Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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20『舟の編み方-1』 1984.11.22

1984年10月27日

京都帝国大学 邦畿計画事業室

 

 

「大陸派兵、ですか……」

 

 

 その一報を耳にした途端に眉間に皺が寄ってしまったのを自覚する。

 しかし大陸派兵というのはそれだけ寝耳に水の話だったし、あまりにも性急過ぎるというのが正直な感想だった。

 

 恭太郎の知っている歴史では、日本が大陸派兵を決定したのは1991年のことである。

 その背景としては1989年に研究目的でライセンス生産が始まったF-15J陽炎が1990年に制式配備が決定されたことで九州を防衛する帝国陸軍第4師団における機体更新がある程度進み、大陸に回せる撃震の余裕ができたことと、同じく1990年頃を境に中国本土が主戦場になったことで日本本土へのBETA到達の危機が高まったという状況も相まって1991年という時に決定したのだ。

 

 故に恭太郎は新型戦術機の配備を1988年と想定しており、3年で大陸派兵に問題ないだけの生産数を確保できるだろうと試算していた。

 それが、まさか5年以上も前倒しになってしまうというのは想定外にも程があるというもの。

 

 

「まあ、決まってしまったことをああだこうだと文句を言っても仕方がないですね。それで……大陸派兵に合わせて武装等を揃える必要がある、と」

 

 

 まず、要求に挙がっているのが多目的追加装甲──要はシールド──であったが、これは比較的容易だ。

 OFRPで形を作り、カグツチで耐久性を与え、最後に耐レーザー蒸散膜加工を施してやれば良い。

 形状としては92式多目的追加装甲を参考に、下部に稼動部を設けることで打突武器や土木作業用としてのドーザーブレードになる機能を付与するが……

 ここで更に、下部を本来の92式では90゜が限界であるところを180゜近くまで稼働し折り畳める様にした上で、上部の先端部分に74式近接戦闘長刀の技術を応用したOFRP製のブレードを設ける。

 これは、OFRPとカグツチで獲られる高い耐久性が可能にした構造だ。

 92式多目的追加装甲では指向性爆薬を搭載することでリアクティブアーマーとしての機能を持たせていたが、カグツチの防御性能を持ってすれば意図せぬ作動が起こりうる指向性爆薬を排除し、かつ爆発後に破棄しなければならないという問題点を解決し継戦能力を向上させることにも繋がる。

 

 しかし、ここでも工業的にまだ技術が追いついていないが故の歯痒さを感じてしまう。

 光線級のレーザー照射による撃墜を防ぐためには、どうしても耐レーザー蒸散膜では不充分なのだ。

 まず必要になるマテリアルはグラフェン。

 グラフェンとは、炭素原子を六角形セルのハニカム構造で結合させたシート状の物質でその結合距離は0.142 nm、ダイヤモンド以上に炭素同士の結合が強く、少なくとも向こう何十年で見出される物質としては最も硬く、熱伝導率も電気の伝導度も引張強度もトップクラスという夢のような物質である。

 しかもその厚みは炭素原子1個分なので、なんと0.332nmという驚異的な薄さであり、1g分でテニスコート約10面分になるし、ハンモックにすると一層だけで約4kgを支えることができるのだ。

 

 さて、グラフェンを製造すること自体は、実は現状でもそこまで困難なことでは無い。

 グラフェンの存在自体は比較的昔から知られていたのだが、炭素の塊である黒鉛(グラファイト)からグラフェンを生成するのは非常に困難で研究が進まなかった。

 しかし、ある意外な方法でグラフェンを容易に生成できる事が判明する。

 黒鉛(グラファイト)にセロテープを貼り付けて、剥がす。貼り付けて、剥がす。

 これを何度も繰り返し、最後にシリコンの基板に貼り付けると、あら不思議。薄いシート状の物質が形成されている。

 そう、これがグラフェンであり、こんな余りにも単純な方法で造れてしまう物だったのだ。

 

 そんなに単純ならばさっさと造ってしまえ、という話なのだが、しかし耐レーザーという観点ではここで終わりではない。

 グラフェンはあくまでも炭素原子が平面の二次元的に結合した薄いシートであり、これを単純に積層させても剥離しやすくグラフェンの性質を活かせない。

 そこで、二次元構造であるグラフェンを積層させる上では三次元的にも炭素を自由な形で結合させる事ができれば、グラファイトやダイヤモンドの様な性質を持った物質を造る事が可能になる。

 これがいわゆるナノテクノロジーというやつで、例えば下層や中層は強固な結合を施して、上層はパラボラアンテナの如く光を乱反射する様な構造にしてしまえば、グラフェンの高い熱伝導率も相まって、重光線級は困難でも通常の光線級のレーザーであれば分散させてしまってほぼ無効化できる耐レーザー拡散膜という塗料の様なコーティング剤を造り出すことが可能になるのだ。

 

 だったらそれこそ何で造らないんだという話になるが、まずはスーパーコンピュータで適切な形状を見出して、更にその製造に適した方法を模索して試行を繰り返し、更に実際にできた試験材で本当に有効なのかをテストする必要があり……まだ、このナノレベルで物質がどの様な反応を示すかをシミュレートできるスーパーコンピュータがこの世界には存在しないのだ。

 故に、既に半導体の微細化や高性能化の道筋は示したので、後はJECや帝芝における半導体技術の発展を待つしかない。

 まあ、先にグラフェンの製造方法を公開して大量生産できる準備をしておく必要があるので、幾つかの企業に依頼して試験量産は既に開始している。

 

 というわけで、今回の先発隊と再来年の大陸派兵部隊には既存技術を応用した多目的追加装甲を装備して頂く他にない。

 

 

「ハチナナ……いえ、この突起がなく取り回しの良い新設計突撃砲は2,3年かけて数が用意できる様になってから採用するべきでしょう。今から間に合わせるならWS-16Cの改造に留めるべきです」

「何故でしょうか?」

「単純に弾薬の問題です。新型突撃砲の特殊な形状の弾倉を採用してしまうと互換性が無くなってしまいますから、最悪現地で弾薬が補給できないという危険があります」

 

 

 新型突撃砲の提案として挙がって来ているのが、つまり87式突撃砲の試作なのだが、これを制式採用された87式突撃砲の設計図に修正してしまうのは、それは勿論簡単な話なのだが、補給の観点からそれは許容出来ない。

 そもそも、軍隊が装備を統一させているのは補給物資の種類を極力減らす為であり、もしも仮にバラバラの銃器でバラバラの弾倉を使っていたら、補給がままならないのは想像に難くないだろう。

 それで、これが自国で補給線を構築できて充分な補給を行える体制であればまあ87式突撃砲を前倒しで配備するのは問題ないのだが、今のBETA大戦におけるアジアの最前線はインドであり、条件によっても異なるが航路で約1ヶ月を要する距離である為、潤沢で迅速な補給が期待できる筈もない。

 つまり、現地で展開されている友軍から補給を融通してもらったり、破壊された戦術機から弾倉を頂く様な機会も訪れる事を想定すべきであり、であれば現在ユーラシア大陸の戦線において主流であるWS-16Cに互換性のある突撃砲を用いるべきだ。

 

 

「突撃砲の採用を決めるのは軍部なので、一応意見書と照準と内部構造の改善案でも送っておきましょう」

「かしこまりました。しかし……ここまではまだ戦術機の装備の相談だとしてわかるのですが」

「そうですね、まさか艦船について意見を聞かれるとは思ってもみませんでした」

 

 

 相談、という名目で軍部から送られてきた文章には、多目的追加装甲と突撃砲の他にも戦術機を大陸へ輸送するための艦船をどの様に手配すべきかという意見を聞きたいという記述があった。

 

 

「日本には戦術機を輸送するための専用特化艦が無いというだけで、ただ輸送するだけならコンテナ船に無理やり積んでしまえば良いのですがね。それでは満足できないということでしょうか?」

「いや、というよりも何で戦術機のエンジニアである主任に空母の話を持ち掛けるのかという疑問が……」

「まあまあ、既に戦術機以外にも素材関連で色々と手を出してますからね、何か出てきたら儲けものぐらいに考えているんじゃないですか?」

 

 

 しかし、軍部はどういう艦が欲しいのだろうか?

 要求仕様やその類のものはなく、ただ戦術機の輸送手段とあるが、それだったら今言った様にコンテナ船でも使えば良い話になる。

 つまり、ただ輸送するだけでは不充分ということになる訳だから────戦術機の運用能力、つまり整備や補給などの拠点となる戦術機母艦が必要ということか。

 何を躊躇ったのか、恐らくは日本で40年近くも空母の建造が行われてこなかった事から言語化するのを臆したのか、それとも何かタブーに接触するのか?

 そう言えば、日米安保条約によって日本は戦艦の維持が義務付けられていたな。

 予算の都合もあるだろうが、米国からの圧力で空母を保有することが出来ないとか?ありそうな話ではあるが。

 

 

「まあ、でも大隈級みたいなのは良いんだよな……VLCC(大型石油タンカー)の改装……船体構造を利用しつつも設計し直した方が良いか」

「あの、須和主任……?」

「蒸気は逆に時間が掛かるか。ならば電磁式にして、アングルドデッキは……流石に、な。全通飛行甲板で妥協するとして、まあ簡易空母と考えれば」

「ああ、駄目だこりゃ、完全に入っていらっしゃる」

「船舶用エンジンならオニヤ*1と常陸*2か?いや待てよ、今更ガスタービンやディーゼルにしてもな……今なら行けるか?だったらFHI*3には今回を機に技術を習得して貰わなければ……ならエンジンの設計もして、だったら冷却も……」

「はいはい。紙と鉛筆ですね、用意してありますよ」

「ああすみません、ありがとうございます」

 

 

 とりあえず、およそ半年で間に合うのかは正直不透明だが、基本的なロードマップは頭の中で完成した。

 

 

 一つ目、まずはVLCCタンカーをベースとした船体の設計。

 

 二つ目、仮装空母として成立させる為の電磁カタパルトの開発。

 

 三つ目、既存のガスタービンエンジンに変わる新技術を盛り込んだ電動エンジンの開発。

 

 四つ目、カタパルトとエンジンを動かす為の超伝導体を用いたコイルと大出力発電機の開発。

 

 

 これを総て同時並行で進めていき、それが滞りなく順調に行けば来年の夏までに完成させる事が出来るだろうか……

 ああ、それと軍港は今は大和型の改装で埋まっているから、民間の造船業者とドックを捕まえなければいけないな。

 

 

「あの、一応言っておきますが、別に帝国軍から空母を建造しろと言われた訳ではないんですよね?」

「そうなんですが、まあ大丈夫でしょう。どうせ実際に運用できる空母なんだか揚陸艦が完成したら、寧ろ我先に要請者の座を争う事になるでしょうし」

「ああ……まさか国防省や帝国軍の高官達も18歳の少年に手の平で踊らされるとは思ってもみないでしょうね」

 

 

 篁大尉は祈るように手を合わせたかと思えば、何処か遠いところを見る様な目をして天井を見上げていた。

 まあそんなことはどうでも良い。

 何か一つが滞るだけで総てが台無しになりかねないくらいにスケジュールはカツカツなのだから。

 

 

「さあ大尉、立ち止まっている暇はないですよ」

「ええ、どうせ言っても止まるだなんてハナから思っていませんから」

 

 

 

1984年11月22日

茨城県日立市 常陸製作所 日立研究所

 

 

「ありがとうございます所長、まさかこんなにも早く形にしてくださるとは」

「いえいえ、私達としても実のある研究をさせて頂きましたから」

 

 

 超伝導コイル、そしてリニアモーターといえば常陸……というのは、安直な発想だったかもしれない。

 まあ、現状において超伝導に関する技術の最先端は超伝導リニアモーターカーの研究を行っている東京帝国大学や国鉄の研究機関なのだろうが……生産性や将来性を加味して今回は常陸製作所に協力を依頼した。

 そして今日、実際に試験機が超伝導状態になるのかのテストを行うことになった。

 

 超伝導とは、特定の物質が特殊な条件下におかれる事で電気抵抗が0になる現象を指す。

 それは絶対零度に近しい極低温だったり、1GPa以上の超高圧状態であったりと、まずその環境を作り出す事が困難であり、更にそれを維持し続ける必要があるという技術的障壁があるが故に、実用化が進まないという課題があった。

 当初、超電導体の必要温度がマイナス200度以下であった事もあり、液体ヘリウムや液体窒素などを液浸させ、かつ循環させる必要があった為にポンプとタンクが非常に大型化してしまい、重量とコストが大きく伸し掛かっていた。

 しかし、研究が進み高温超電導材料の開発と液体ヘリウムなどの寒剤なしに超電導コイルから直接熱を奪って冷却する直接冷却冷凍機を用いられる事で大きく改善し実用化へと躍進していく。

 その一端が、常陸も開発に携わった新幹線に替わる高速鉄道であるリニアモーターカーであり、それに別の世界の常陸が関わっていたと……そういう訳である。

 

 

「しかし、冷媒に用いられる柔粘性結晶でしたか。聞き馴染みのない物でしたが」

「そうですね、知られている物ではシクロヘキサンやフラーレンなどがありますが、あまり一般的なものでもありませんからね」

 

 

 柔粘性結晶とは、固体と液体の中間状態にある物質のことで、液体のような流動性と結晶のような異方性を兼ね備えている。

 この柔粘性結晶の中には高い圧力熱量効果を持つものがあり、それを冷媒にした直接冷却冷凍機の検証も同時に行う。

 冷凍機の仕組みというか機序は案外にレガシーなもので、1816年に発明されたスターリングエンジン方式の、ある種の発展型と言えた。

 それは加圧すると放熱し減圧すると吸熱するという断熱膨張・断熱圧縮の仕組みを利用したもので、機構こそ違うがエアコンや冷蔵庫を冷やす為の冷却方法と同じ現象を利用している。

 また伝導体の材料には二ホウ化マグネシウムを用いるが、これは前述のリニアモーターカーで(別の世界の話ではあるが)実績があり、39ケルビン(マイナス234.15度)で超伝導状態に移行し、低消費電力で動作させることが可能だ。

 その消費電力は従来のヘリウムガスを冷媒に用いた冷凍機でおよそ3kWであり、これは1馬力の業務用エアコンとほぼ同等であるが、更に効率の良い柔粘性結晶を用いれば1kW程度となり、これは6~8畳タイプの家庭用エアコン並になるということ。

 二ホウ化マグネシウムはホウ素とマグネシウムからなる無機化合物であるが、ホウ素もマグネシウムも比較的安価に採取できる素材である為に、製造コストも抑えられる。

 鉄系超伝導体や銅酸化物超伝導体の方がより高い温度帯で超伝導性を得られるが……これらは精製方法が複雑だったりイットリウムやルテチウムなどのいわゆるレアアースを必要とする為、採用は見送った。

 

 

「それではテストを開始します。こちらへどうぞ」

 

 

 今回は二ホウ化マグネシウムのコイルを超伝導状態に移行させた上で電流を流し超伝導電磁石として利用する事が可能なのかをテストする為、コイルから強力な磁場が発生することが予想されるので、電波や磁気から守るシールド処理が施された壁や扉で隔てられた空間で行われ、内部の様子は窓越しで観察することになる。

 つまり、病院のMRI室の様な物を連想すると分かりやすいだろう。

 

 

「10秒カウントします……4,3,2……流れました!」

 

 

 まずは冷凍機のスイッチが入り、コイルが冷却される。

 やがて温度の表示版は20ケルビン(マイナス253.15度)まで冷やされたことが示され、目論見通りであればこれでコイルの電気抵抗はゼロになった筈だ。

 しかし、これでコイルに電流を流してテスターなどで電気抵抗を計測して0Ωと表示されたとしても、それは超伝導に移行したことの証拠にはならない。

 何故ならば、機械でも計測できない非常に微弱な電気抵抗があればそれは超伝導ではないという事になるからだ。

 ではどうすれば良いのかと言えば、磁場を測定してしまえば良い。

 コイルはリング状にしてしまって、電極による供給ではなく電磁誘導によって電流を渡し、この渡した電流がリング内で流れている間はアンペールの法則に従って磁場を発生させる。

 そしてこの磁場が減衰しない状態が続けば超伝導体であると認められる訳だ。

 ちなみに、電気抵抗が0の超伝導体であれば、この投入した電流は理論上永久に流れ続けるのでこれを永久電流と呼ぶ。

 

 そして──

 

 

「30分経過……依然として0.1テスラを観測、減衰していません!」

「須和さん、やりましたね!!」

「よし……では、このまま観測は継続してください。暫定的に実験は成功したものとして、次のステップに移行します」

「はい!」

「主任、次のステップとは……?」

「この超伝導コイルを使った発電機を作るんですよ」

 

 

 現在は実験用なので磁力は低めだが、コイルを更に大型化して洗練させれば2~3テスラ級のコイルが作れる想定だ。

 そして、そのコイルを利用したとある機関を持つ発電機を数機搭載すれば……原子力空母に搭載されている原子炉と同等か、それ以上の出力を叩き出すことが可能になる。

 

 

「これで足掛かりは出来たので、我々も移動して次に取り掛かりましょう」

 

 

 次はエンジンと発電機になるわけだが……これがポシャると総てが台無しになってしまう。

 まあ、超伝導電磁石は完成したので、MRIや他の分野で利用が出来るので完全な無駄ではないが、やはり当初の目的通り艦が完成しなければ、敗北と言っても過言ではない。

 

 

「暫くは茨城と福島を往復することになると思いますが、よろしくお願いします」

「はいはい」

*1
ヤンマー

*2
日立造船

*3
IHI




★参考資料
・日立製作所 -線材長さ8kmの二ホウ化マグネシウム超電導線材を開発-
https://www.hitachi.co.jp/rd/news/topics/2019/1008.html
・TDK 「超電導磁石と小型冷凍機」
https://www.tdk.com/ja/tech-mag/ninja/123
・固体冷媒を用いた新しい冷却技術の開発に期待
https://www.jaea.go.jp/02/press2018/p19032902/
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