Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
弱き者の盾となれ──
そして世界を導け──
JAM Project『未来への咆哮』より
1985年11月14日
インド チャンディーガル 元国際空港 現臨時基地
「寒っ……」
11月のインド北部は乾季にあたり、湿度も低く気温は20℃程度に落ち着くので非常に過ごしやすい気候であるが、深夜ともなれば山から吹き下ろす山風も相まって肌寒くなる。
特に北部の都市であるチャンディガールはヒマラヤ山脈とシヴァリク山脈の麓にある立地であり、インドでも珍しく冬季があり、もう少しすれば雪が降る可能性すら出てくる程だ。
それを重々知っている筈であるこの10代の少年であったが、しかし彼は軽い気持ちで兵舎を出てきた事もあってかほぼ着の身着のままBDUだけを上に羽織って来てしまっていた。
彼は少し寒さに震えて腕で肩を組む様にして気休め程度の暖を取りながら滑走路まで進むと、そこで倒れる様にして大の字で横になり、夜空を見上げる格好となる。
そうすれば、少年の視界には満天の星空が一気に広がっていく。
あまり天体学に詳しくない彼でも、軍で叩き込まれた航空航法を参考にしながら少し探してみると、北極星を探し出すことができた。
彼は名をドゥルーヴと言い、それはインドの神話において語られる北極星の神格であるドゥルヴァを由来としており、そんな経緯もあってか北極星に対してある種の思い入れがあった。
「…………」
天に浮かぶ北極星を手のひらで隠してみて、それを握ったり閉じたりして掴みとる様な動作を繰り返す。
子供でもあるまいし、それに何の意味もないことを理解していたが、理屈ではなく行ってしまう癖の様なものであった。
暫くしてそれに飽きたのか、腕を下ろして今度は両手を頭の下に敷いて枕にすると再びボーっと夜空を眺める。
「どうした、クマール新任少尉?」
「っ……!?」
呆けていたドゥルーヴ少年だったが、突然視界の外から聞き慣れた声が自身を呼ぶので緊張が走る。
ほぼ条件反射の様に一気に立ち上がると、その声の主に向かい鋭い敬礼をした。
「も、申し訳ありませんヴァルマ大尉どのっ!!」
「ああ、いや……別に咎めているわけではないんだが……」
その敬礼を受けた女性は困惑をした表情をしながら萎縮しているドゥルーヴ少年を制する様に手を前に突き出すが、彼は頑なにその姿勢を崩そうとしなかった。
どうしたものかと後ろ髪を掻き崩しながら、彼女は彼に話しかけることにする。
「……眠れなかったのか?」
「あ、はい……その」
「まあそんなに緊張するな、今は自由時間なのだから星空を見たって誰も文句を言わんさ」
そう言って、彼女はさきほどドゥルーヴ少年がしていた様にその場で横になって夜空を見上げる格好になってから、その傍らに誘導する様に地面を数度叩く。
「ほら、お前も私の隣で横になれ」
「は……え、しかし……」
「いいから、気にするな。何なら命令にしてやろうか?」
そこまで言われれば断るのは却って失礼になるだろうと判断した少年は諦めてそれに従うことにした。
「少尉は、確か9月の総戦技演習に合格してその足でウチに入隊したから衛士になってからまだ1ヶ月ぐらいか」
「はい……」
「BETAと直接矛を構えている最前線からは少し離れているが──やはり、戦場の空気は息苦しいか?」
「その、普段は何とも無いんですけど、寝る前とかに考え事をしちゃうと……何だか、怖くなってきちゃって……」
「ああ、なるほどなぁ」
「俺……考えれば考えるほど死ぬのが怖くなって……どうしたら良いかわかんなくなって……本当に、どうしたら──」
「別にいいんじゃないか?怖いものは怖い、で」
「ええ……」
あまりにもあっけからんとした物言いに、力が抜けてしまう。
見れば、大尉はカラカラと笑っていて全く気にも留めていない様子で、少し怒りさえ湧いてきた。
「なあクマール少尉、生き残れる衛士ってどんなヤツだと思う?」
「え、ええっ……そうですね、洞察力に優れていて常に冷静で適切な判断が行える人、ですかね?」
「なるほど、なるほど。間違ってはいないな」
唐突に話が切り替わってしまい、うまく飲み込めないながらも考えて返答する。
何故、彼女はそんなことを問うたのか……尋ねようとして再び横に視線を向けると、今の今までとは一変して転じて今度は至極真面目な表情で夜の天を彩る星々を見据えていた。
「私の経験則からすれば……生き残れるヤツっていうのは、ちゃんと怖がれるヤツだ」
「怖がれる……え、どういう意味ですか?」
「人間、死ぬのが怖いのが普通だろ?それじゃあ、死ぬのが怖い時って人はどうする?」
「どうするって……逃げるとかです?」
「そうだな。死ぬのが怖いやつはどうしたら生きる事が出来るのかって常に考える事ができる、生き物の生存本能ってやつだな」
「はぁ……」
「逆にな、死ぬのが怖くないって言っている様なヤツは本当に死を恐れなくなっちまう……死を恐れないってことは死を受け容れるってこと、生きることを諦めて考えるのをやめちまったら、それこそ終わりだ」
「…………」
「だから、お前も死ぬのが怖いって今の気持ちを忘れるなよ?そしたら、案外に人間っていうのはしぶとく生き延びるもんだ」
「大尉……」
ドゥルーヴ・クマールは再び夜空を見上げた。
中隊長であるアイラ・ヴァルマの言葉の意味を総て理解できたとは到底思えないが、それでも張り詰めていたものが幾らか楽になっていたのを自覚する。
恐怖が己を助けてくれるかもしれない、そう考えてみると少しだけ自分のことを肯定出来る気がしたのだ。
「わかったらさっさと宿舎に戻って寝ろ。ここも前線である事に変わりはないのだからな」
「はい……っ!」
立ち上がり、敬礼した後に土埃を払いながらその場を後にする。
今日は久し振りにゆっくりと休めそうだ……そう考えていた矢先だった。
突然、その安らかになった心をブチ壊す様な甲高いサイレンと不快極まりないブザー音が耳を殴りつけてくるかの如く響きわたる。
「
「チッ、こんな時間に……クマール少尉!私は司令室に行く、お前は会議室を開けておけ!そのままブリーフィングだ!」
「は、はっ!了解!!」
その瞬間、二人の瞳は戦士のソレに変貌していた。
○
同日
臨時基地 第5会議室
「全員傾注!これよりブリーフィングを開始する!」
ヴァルマ大尉は資料を携え、飛び込む様に会議室に入ってきた。
事態が緊迫していることは、その行動と表情から明白である。
ドゥルーヴは、一度鎮まった筈の恐怖が再び心臓の中で爆発して、痛いほどに強い鼓動を叩いている感触に、ただ胸を抑えながら歯を食いしばる事しか出来ない。
「状況を説明する。ランプル周辺に展開していた防衛戦の一部に穴が空き、そこをBETAが突破した」
その話が出た一瞬、中隊の者達はザワついたが、ヴァルマ大尉が机を拳で一叩きするとすぐにそれは止んだ。
「現段階においてシムラーの臨時基地から展開した部隊が対処しているが、諸君らも存じている通り、ヒマラヤ山脈は多数の谷や支線道路という脇道が存在する為、山岳にある基地から総てのBETAを捕捉するのは不可能である」
大尉は脇に抱えていた資料をプロジェクターに投影し、次いで説明を続けた。
「我々はこの旧チャンディ・マンディア方面から来襲するBETA群の殲滅が目的だ。この部分はシムラーなどの山岳にある都市との交通の為に切り開かれており、ここに集中してくる事が予想される」
こうして見ると、この街は碁盤の目の如く整えられた都市計画が敷かれているのだな、などと気を紛らす様に余計な思考を挟みつつ、きちんと耳は傾ける。
どうやら、指揮官達の見立てではBETAは一度この大きな道で合流するが、それを抜けると幾つかに分岐する事が予測された様だ。
「チャンディーガルはヒマラヤ山脈の麓にあり、山と平地を繋ぐ交通の要所……つまり、我々が抜かれればBETAは平地に浸透し、一気にルディヤーナーやニューデリーなどの大都市への侵入を許してしまう事になる」
「っ……!」
そう、チャンディーガルからニューデリーまでは約260km……かなりの遠距離である様に感じるかもしれないが、BETAの平地における侵攻速度は驚異的だ。
このチャンディーガルが墜とされるというのは、言わば城門を崩されるのと同義。
何としてもここで喰い止めなければ国の存亡にも関わってくる重要な局面に他ならない。
「想定されるBETAの規模は3000程……この基地に配備されている一個大隊の戦力で充分に対処できる筈だ」
一つの基地の戦力としては少なく聞こえるかもしれないが、国際空港を接収して作られたこの臨時基地はその名の通り正規の基地では無いので、他と比べたらマシな方である。
そもそもヒマラヤ山脈は横に千数百キロにも及ぶ長大な距離を総てカバー出来るように戦力を配置するのは事実上不可能であった。
それでもこの基地にはヴィジャンタと喚ばれるイギリス製の物を改良した第2世代戦車も配備されており、ある程度の面制圧も行える体制が整っている。
今までのデータ通りであれば、この基地の戦力でも充分に対処できる規模だ。
「我々は第一中隊の援護をしつつ、途中でスイッチして第三中隊に繋ぐ橋渡し役だ。
これをローテーションしてBETAの殲滅を実施する!それでは総員戦術機にて待機!」
「“了解!”」
これはドゥルーヴを始めとして何人かの新任少尉における初めての実戦となる。
更に胸の痛みが激しさを増すが、それを無視してハンガーへと急ぐ。
怖さは拭えない。
それでも、必ず生き延びてみせると決意を固めて────
〇
同日
チャンディガール ダリア
チャンディガールとハリヤナ州の境目であるダリアは、疎開が殆ど完了していることもあって深夜の1時ともなれば人影も灯も全く無い闇で埋め尽くされていた。
ヴァルマ大尉率いるハヌマーン中隊は、このダリアの上の高度300m程度を超低空飛行している。
既に先行したジャマダハル中隊はBETAと交戦を開始しており、現状では光線属種の存在は確認されていないが、ヘタに高度を上げて山の中に潜んだ光線級からレーザーをお見舞いされるのは御免なので安全を期す。
そして、ついに戦術機自体に搭載されている近距離レーダーに反応があった。
『どうやら
「あれが、BETA……っ!」
カメラを望遠モードにすると、50から100程の
緑色の外殻は血染めの様な不気味な斑点が拡がった模様をしており、それが接近してくるという事実を認識すると、尚一層と恐怖が増す。
それでも荒くなった呼吸を落ち着ける為に敢えて意識して激しい深呼吸をして、徐々にそれを抑えていく。
これも、中隊長のヴァルマ大尉から教わったリラックス方法であった。
『クマール新任少尉、訓練通りにやれば良い。突撃級の対処法はどうすれば良かった?』
「あ、はっ……背後に回り込んで、外殻の無い柔らかい皮膚に36mm弾を撃ち込みます!」
『そうだ!適切な高度を保てていれば突撃級の体躯が戦術機に当たる事は絶対に無いからな、冷静にやれよ!』
「りょ、了解っ!」
そして、文字通りに突っ込んでくる突撃級をやり過ごしてその背後にロックオンする。
トリガーを引けば、連射された36mmの弾丸の雨が突撃級に降り注ぎ、そこから紅い血を噴き出すと次々にその動きを止めていった。
ホッと息をつきながら、最初に確認された突撃級の群れを総て狩り尽くした事を確認してF-4を着陸させる。
戦術機の推進剤は無限ではないので、出来るだけ接地して燃料を節約する事を念頭に置いておかねばならない。
そうしなければ、いざという時に飛び立てずにBETAに撃墜される……そんな事は、別に珍しくも無い事だ。
『我々はこのまま歩行で進軍してジャマダハル中隊との合流を目指しながら、そのお漏らしを処理する。良いか?後者の方を優先するが深追いは絶対にするなよ!最悪の場合は基地にスィンハ中隊が控えているからな!』
『“了解!”』
『ああ、それとハヌマーン8はハヌマーン12の面倒を見てやってくれ』
『了解しました。そういう訳だからハヌマーン12、よろしくね』
「はい、お願いします!」
網膜投影ディスプレイに表示されるGUIの左上には、ハヌマーン8と
これで、ハヌマーン8とは武器弾薬や推進剤の残量、機体装甲ダメージのステータスなどのデータが共有され、必要に応じて半自動で弾薬マガジンの受け渡し等が可能になる。
基本的にこの機能は中隊長クラスの権限がある者が部隊間の管理を行う為にあるのだが、その権利の一部を譲渡して貰ったということだ。
『陣形は
鶴翼陣形は防御の為の陣形として知られており、基本的に進軍スピードが速く突破力の高いBETAに対しては不向きであるとされている。
だが、前方にいる先行のジャマダハル中隊の攻撃によってその数が減らされており、かつ道幅の狭い山岳地帯を突き進んで来ているという事も相まってそのスピードが大きく低下している為に、BETAを包み込んで迎え撃つ陣形がこの状況においては適切であると言えた。
実際、
『全機停止!この場でジャマダハル中隊とスイッチする!撤退の支援をするぞ!』
ここで、先行して弾薬や推進剤の多くを消費していたジャマダハル中隊と交代する。
ジャマダハル中隊は後方にある補給ポイントまで一時撤退し、補給が完了しだい此処に戻ってきてまたハヌマーン中隊と交代し、ローテーションを形成することで中長期の継戦に挑む。
まだヒマラヤ山脈の方からは千体以上のBETAが続々と進んできており、予想される総数に対して撃破数は2割に満たない。
つまり、単純計算でこのローテーションを5回は繰り返さねば戦いは終わらないということ。
それが果たしてどれほどの時間になるのかは定かでは無いが……その間、集中力を切らさずに戦い抜くことはできるのだろうか?
『次のお客様方がいらっしゃったぞ!総員警戒しろ!』
「っ……!!」
しかし、BETAはこちらの都合なんて待ってくれるわけが無かった。
次いでやってきたBETAは
これはBETAの群衆における大型種の6割を占める大群で、二本の前腕衝角を用いて攻撃してくる。
インド軍におけるF-4の装備はCIWS-1Aという短刀を装備しているが、これの有効攻撃範囲は目と鼻の先であり、基本的に大型種との戦闘でこの短刀を使用することは推奨されていない。
であれば突撃砲で対処するしかないが、この前腕衝角というのが
攻略法としては、120mm砲を喰らわせるか、もしくは側面か後方に回って前腕衝角の届かない位置に向けて36mmを撃ち込む二択。
弾薬補給の関係からしても、できるだけ後者の手段を用いたいところだ。
『ハヌマーン12、落ち着いて。私と同じことをすれば良いから』
「はい、わかりました……!」
前方のハヌマーン8に続いて
跳躍時の機体の振動か、それとも己の恐怖心が故にか、操縦桿を握る手が震えて機体制動に少し手間取る。
しかしその程度の誤差は機体の自動補正機能が修正を行い、ハヌマーン8と遜色ない飛行機動を描きながら、36mm砲弾は要撃級の側面に突き刺さっていく。
『そう、近づき過ぎないで距離を保って。余裕が出来てきたら少しだけ周りに気を配る様にできれば、大丈夫だから』
余裕というが、その余裕は到底できそうにもなかった。
外から見ればそれなりに上手くやっている様に見えるかもしれないが、それを動かす身としては必死だ。
心臓は相変わらず痛いほど打ち付けてくるし、視界は少し白くチカチカして目には疲れを覚える。
緊張でむしろ周りが見えなくて視野が狭窄してしまっているのを自覚しながらも、ハヌマーン8に喰らいついて1匹でも多くのBETAを屠らんと尽力する。
「はあっ、はあっ……」
少しBETAの波が落ち着いたところで、漸く機体を止める事ができた。
残弾数は36mmが約100、120mmはあと1発。
そろそろマガジンチェンジを考えなければならないなと考えながら、時計に目をやる。
作戦開始時間からは30分近く経過していたが、驚くべき事にこの場所にたどり着いて要撃級への攻撃を開始してからはまだ5分弱しか経過していなかった。
衛士には“死の8分”という言葉がある。
初陣における衛士の生存率において、この8分を切り抜けられた者は劇的に向上するというもの。
逆に言えば、この8分までの時間が最も衛士の死亡率が高いということ。
あと3分……それさえ切り抜けられれば、きっと自分も──
『ボサっとするなハヌマーン12!次が来るぞ!!』
「……っ?!」
叩き起こされる様な声に眼を瞬かせると、確かにレーダーは新たな反応を捉えていた。
その方向に機体を向けると、思わず視線を上げてしまう。
ジリジリと大地を踏み固める様に現れたものは、戦術機の高い目線から見ても小さな山が動いている様にしか見えない。
全高66mの巨体を誇り、全体的に堅牢で装甲の様な表皮で覆われ、5対10本の脚部は要撃級の衝角と同等の硬度がある。
更に尾部の先端にもナイフの如く鋭利な突起物があり、これをまるで鞭の様に振り回してくるが、最長で50mにも及ぶ。
もちろんこれが刺されば戦術機の装甲は貫通するし、接触するだけでひとたまりもないが、最悪な事に戦術機の装甲どころか中の搭乗者ごとドロドロに溶かしてしまう強力な溶解液までここから分泌してくる。
つまり、コイツは戦術機にとって天敵のような存在という訳だ。
正直なところ、コレを相手にしたいとは到底思えなかった。
教導で倒し方を教えられていたとしても、この巨体を切り崩せるとはどうしても考えられない。
撃破の実績がある中隊長や先任の衛士に任せてしまう方が建設的であろうと、臆した感情を誤魔化す様に思考を吐き出す。
『ハヌマーン12、距離を取って!』
「は、はい……っ!」
しかし、迫り来るBETAは要塞級だけでは無い。
比較的小型な戦車級も大量に貼り付けば戦術機の動きを止められてしまうし、何よりその大顎は充分に脅威で、これも戦術機の装甲を砕いてしまうパワーを持っている。
そして周囲を見渡せば大群の要撃級もこちらを取り囲む様に近づいており、こちらも隙あらばと衝角を振り下ろしてくる。
そう、BETAとは要塞級や光線級の様な例外を除けば単体では大きな脅威とはならない。
しかしBETAの最大の武器はその物量であり、冷静で万全な状態であれば対処できるがそれが長時間かつ大量に相手していると、いずれ集中力が途切れてしまい、思わぬ形で足元を掬われることになる。
シミュレーション上では些細なミスでも、実戦ではそれが原因で死に繋がってしまう。
極度の緊張状態で張り詰めた糸がプツンと途切れてしまう時間こそが、凡そ8分。
それこそが、死の8分の正体。
「くそっ……!!」
余りにも際限なく続く敵勢に思わず悪態をつく。
ここに来て、ある程度F-4の操縦に慣れてきたドゥルーヴはその機体特性である鈍重さに煩わしさを覚えてきた。
光線級が確認されていない頃に設計・開発されたF-4ファントムは重装甲でBETAの攻撃を防ぎきる事を想定し、回避性能は些か蔑ろにされた戦車に近しい思想が盛り込まれている。
故に、BETAの側面に回り込もうとする為に跳躍ユニットを吹かす度に機体の追従性の悪さとウエイトに対して不満を抱く。
もっと軽快に動いてくれればやり易いのに、と。
『ハヌマーン12!後ろっ!!』
「え────うわああああっ?!」
突然、背後から強い衝撃が伝わり、機体は大きく揺られる。
最後に前方向に強い揺れを感じたが、恐らく墜落したのだろう。
要撃級の側面に出て銃撃する事に気を取られ、背後の警戒を怠っていた。
機体のステータスをチェックすると……跳躍ユニットと脚部がレッドアラート、脚部は辛うじて歩行が可能である様だが、跳躍ユニットは破損してしまい、使用が不可能である事を告げるウィンドウが重なっている。
何が起きたのか……軋む様な音をあげながらF-4を背後に方向転換させると、そこには要塞級の姿が見えた。
どうやら、その鞭の様に伸びる尾部の触手で叩き落されてしまったらしい。
「ぐうぅ、このぉ、立てよぉ!!」
倒れた機体を何とか立て直そうとするが、動きが今まで以上に緩慢でなかなか立ち上がらない。
どうやら脚部のダメージが深刻で上手くバランスが取れない様だ。
しかし、その間にもBETAはこちらに迫ってくる。
出来れば突撃砲で弾をバラ撒いて時間を稼ぎたいが、それは出来ない。
これは戦術機のOSの癖で、一つの動作が完了するまで次の動作を受け容れないのだ。
現在、F-4はぎこちなく立ち上がろうとしているが……完全に起立したと機体が判断するまで銃撃は行えない。
そして、それを知ってか知らずか、2体の要撃級が左右から挟み込む様に接近してきて──衝角を振り下ろす。
「ぅあああっ!?」
再びF-4は後ろ向きに倒れ込み、視界には空だけが映し出される。
動作エラーを検知。当たり前だろ。
痛みと怒りに悶えている暇は無い、何とか建て直さねば。
とりあえず、120mm砲で要撃級を少しでも遠ざけない…………と?
「嘘だろ……無い……?」
両腕の前腕が、レッドを飛び越してロスト……つまり、欠損していた。
間接思考インターフェイスがドゥルーヴの防御姿勢を検知し、両腕を前に出して要撃級の衝角を防御していたのだが、そのせいで切断されてしまっていたのだ。
ドゥルーヴのF-4は攻撃手段と移動手段を喪い…………最早、鉄の棺桶とでも言うべき存在に成り果てていた。
「嘘だ……こんなの、嫌っ、嫌だ……誰かあっ!!助けてぇ!!」
恥も外聞もなく助けを呼び、叫ぶが、しかし僚機は誰も接近してくれない。
ドゥルーヴからみて50m圏内に要塞級の姿があり、下手くそに近づけば彼の二の舞いになってしまうことを恐れているのだ。
誰かが120mm砲を撃ってくれてはいるが、とてもダメージを与えられている様には見えない。
心は、既に絶望で埋め尽くされていた。
「あ……あ、ああっ…………」
死ぬ。
死が、音を立てて近づいてくる。
目を瞑ると、両親の、妹の、友人の、仲間の顔が次々と浮かんでは消えていく。
これが走馬燈というヤツなのかという考えに至っている頃には、操縦桿を握っていた手は脱力してブラリと下がり、頭は項垂れ小さくため息を吐いていた。
死神に背中から抱きしめられ、あとは消えていくだけ……そう、死を受け入れた。
瞬間────空気を斬り裂く一閃の音が眼前で凪いだ気がした。
何かが弾ける音が聞こえる。
死は、まだ訪れていなかった。
恐る恐る薄目を開けると、眼前には見たこともない黒い戦術機がドゥルーヴの機体を庇う様にシールドを構えて立っている。
何が、誰が、どうして、様々な疑問の言葉が混乱と共に過ぎりながら、ただ目を奪われる様にそれを見ていることしか出来ない。
『レーヴァン3よりレーヴァン・リーダー、交戦規定に則りこれよりBETAの殲滅および損傷機の護衛を行う!』
『レーヴァン・リーダー了解。こちらレーヴァン・リーダーよりハヌマーン・マムへ、我々は日本帝国陸軍所属、レーヴァン中隊である。インド国軍の要請に従い諸君らを援護する!』
『
そう、聞こえた。
ではこの黒い戦術機は、日本の新型機?
細身で洗練され、鍛え抜かれた
その戦術機は左腕には巨大な盾を構え、右腕にはタルワール(インドの片刃刀)の様な先端が少し屈曲した刀剣を装備している。
一瞬、その頭部がこちらの姿を捉える為に僅かに振り返った気がしたが──次の瞬間には、ドゥルーヴを襲った2体の要撃級が同時に両断されていた。
「え……え?」
更なる疑問が矢継ぎ早に浮かんでくるが、それが解消される事もなく黒い戦術機は躍動する。
跳躍ユニットに火を入れ、飛び立つと巨大な要塞級へと果敢にも飛び込んでいく。
もちろん要塞級も応戦する為に触手を向けるが……左腕の盾で触手を弾く様に振るいながら跳躍ユニットも連動させて無理矢理右方向に機動を修正し、それを回避してしまう。
そしてそのまま要塞級に尚も接近し──先程と同様に長刀でもって要塞級の唯一の脆弱な部分である関節の接合部に刃を入れ、これを切断してみせた。
絶命した要塞級は沈黙し、その場で崩れる様に倒れ伏す。
あまりにも急な展開に、ハヌマーン中隊の者たちは言葉を発する事も忘れてしまったのか、部隊間の無線は沈黙で埋め尽くされていた。
『よく、もちこたえたな』
「え、あっ……あ?」
その沈黙を破る様に交信を繋げてきたのはレーヴァン3、今ついさっきドゥルーヴを救ってくれた張本人であった。
『その機体はもう保たない、ベイルアウトして仲間に拾って貰うんだ』
周囲を見渡すと、この異常はこの場限りで起きている現象では無いということが瞬時に理解できた。
この一帯の至るところで、黒い戦術機が鳥の如く舞い、BETAを軽やかに屠っている姿を捉えることが出来る。
一言で言えばその機体は、疾かった。
鈍重なF-4とは比べ物にならない、軽やかな身のこなしでBETAの攻撃を避け、そして最低限の動きで斬り、撃ち、滅ぼしていく。
それを操縦する衛士の練度の高さも充分にあったが、それ以上に機体性能の圧倒的な違いを見せつけられていた。
「すごい…………」
それが、未だに正式な名を与えられていなかった、日本の神鳥の名を冠する機体との初めての会合であった。
この日の思い出は、自分の恥ずべき汚点の楔であると同時に、未来への光を見出した希望の象徴。
まさか2年後にこの時に羨望と畏怖の眼差しで見つめた機体の系譜を持つ戦術機を己が操る事になろうとは、想像もしていなかったが──
これはまだ“死の8分”という言葉が現実であった頃の話である。