Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1986年1月17日
京都 山百合女学校中等部 校門
「雪だ……」
下駄箱から革靴を取り出し、昇降口から外に視線を移すとしんしんと雪が降り注ぎ地面を白く染め上げ銀世界を構築していく。
確かに、教室の窓からも大粒の雪が空からこぼれ落ちている姿は見えていたし、窓際の席に座っている学友が騒いでいたからそこそこの規模なのだろうなとは予想していたが、まさか踏みしめれば足首の辺りまで埋まりそうなほど降り積もっているとは思ってもみなかった。
何時も通りの心境であればこの光景に高揚して、歓声を挙げながら外に飛び出している所なのだろうけど……今はそんな気分にはなれない。
胸のあたりで淀みの様なものが滾々と湧き、何か重く冷たい物が雪の如く徐々にその嵩を増やして積もっていく様な不快感。
そんな事を立ち止まって考えていたせいだろうか、ヒュっと雪の冷たさを纏った風が校舎に吹き込み、思わずその寒さに震えてしまう。
嵩張るし重いからとコートを着てこない選択をした朝の自分をこっそり怨めしく思いながら肩を抱いて僅かな暖を取る。
「あれ、久賀さん?帰らないのですか?」
寒さに悶えていると、後ろから声を掛けられる。
振り返ると同級の相模が同じ様に下駄箱から出した革靴を携えて来ていた。
ちなみに、彼女はしっかりコートを着てきた様だ。
「あぁー……ええ、迎えの車を待っていましたの」
山百合女学校は主に武家の子女が通う学校なので車での送り迎えをする家もザラにあり、玄関前には車が入って停まれる様に円形の車寄せがあった。
何時もの送り迎えでもそこに運転手の矢口が車を停めて待っていてくれるのだが、今日は雪の影響だろうか、少し到着が遅れている様だ。
「あら、そうでしたの」
「相模さんは、今からお帰りに?」
「ええ、お友達と一緒に帰るために待ち合わせしておりますわ」
「そう……」
周囲を見渡してみると、当然ながら既に終礼が鳴った後なのでチラチラと帰途につく生徒の姿があった。
すっかり高校入試の時期なので、既に部活動に勤しむ者もおらずそそくさと家路を目指している様だ。
受験、入試……それは、自分にとっては非常に縁遠い場所にある言葉。
山百合女学校の生徒は基本的に中等部から高等部へとエスカレーター式に進学する。
基本的にはいわゆる“良家の子女”が通う学校なので高等部まで進んだ後は花嫁修業をするか、極稀に大学や専門学校への進学、今の御時世で言えば軍に入隊する選択をする者も少なくはない。
中等部を卒業する時点で学外へ進学することを選択する生徒は少なく、全体の1割程度でしか無い。
少数派であるが故に、彼女たちは陰では変わり者だと誹りを受けることが通例であるが……
私は、その決意をした一握りの者たちの姿が羨ましく、眩しくさえ見えた。
「そう言えば久賀さんは東條さんのお話、聞きまして?」
「東條さん……?いいえ、心当たりがありませんね」
「私も密かに聞いた話なのですが、高等部には行かずに卒業したら結婚なさるらしいですわ」
「結婚……へぇ……」
「お相手は
確か槍沢家というのは、日露戦争の折にその戦果から家格が譜代に成り上がった比較的新興の家だったか。
そして東條家は一般武家だが、遠縁ではあるものの煌武院家との繋がりを持つ家であり、つまり五摂家と血の縁のない槍沢家としてはその縁を欲しているが故に両家の思惑が合致して婚姻となった、そんなところだろう。
などと、武家の世界で育った癖のようなもので、頭の中では両家のおおよその情報や状況を浮かべながら適当に相槌を打つ。
「久賀さんはどうなんです?ご縁談は沢山ありますでしょう?」
「いえ、そんなことありませんよ……」
嘘だ。
何年か前から、それとなくお父様からその手の話が出ることはあった。
だけど、あまり結婚というものに未来を想像することが出来なかったし、男女というものも分からなかったから断ってきた。
それは多分、お姉さまも同じで────否。
お姉さまはあからさまに恭太郎さんの事を意識していた。
何時からそうなったのかは分からないけど、恭太郎さんを見ている時は明らかに目の色が違ってて、呼び方も気がついたら“須和さん”から“恭太郎さん”になっていたのを私は知っている。
恭太郎さんは、どうなんだろう…………?
やっぱり恭太郎さんもお姉さまの事が好きなのかな?
正直、恭太郎さんがどう考えているのかよくわからない。
お姉さまと私とで対応を分けている節も無いし、かといって邪険にしたり無視をするわけでもなくて……単純にお姉さまの好意に気がついてないだけなのかもしれないが。
「あら……あの車、久賀さんのお迎えではありませんか?」
「あ……」
相模さんに言われて、赤い車が車寄せに入ってくるのに気がつく。
その車は私達の前まで徐行で近づいてきて、やがて停車した。
そして中から降りてきたのは矢口……では無く、全くの意外な人物であった。
「えっ……恭太郎さん?!」
ジャケットを纏った恭太郎さんが手を振って雪をザクザクと踏みしめながら寄ってくる。
免許を取ったという話は聞いていたが、まさか恭太郎さんが迎えに来るとは考えもしていなかったので、面食らって思わず口元を抑えてしまう。
「いやぁごめんね玫依ちゃん、事前に僕が代わりに迎えに来るって連絡ができれば良かったんだけど……やっぱり携帯電話は必要だよなぁ」
「ああ、いえ私は別に……携帯?」
「ええっと……こちらの殿方は、久賀さんとどの様なご関係なのでしょうか?」
どの様なご関係、ときたか。
久賀家への居候というのが正しいのだろうが、それは久賀家に対してでありお父様から見た関係性だ。
それでは、久賀玫依という私個人から見た恭太郎さんとの関係性は……ハッキリしない。
家族に近しいが、そうとも言い切れない……非常に曖昧な、何なのだろうか?
「うーん……そうだなぁ、玫依ちゃんの家にお世話になっている身、って言ったところかな?」
「はぁ……」
「それじゃあ玫依ちゃん、帰ろうか?」
「あ、はい」
そして先に車に戻った恭太郎さんは助手席の扉を開けた。
助手席…………うーん、いや、恭太郎さんの事だから特に他意は無いのだろうけど、正直周りに生徒の目があるところでソレは、如何なものなのだろうか?
「あ……後部座席の方が良かったかな?」
「いえっ、大丈夫です!相模さん、そういう訳でお先に失礼しますね、ご機嫌よう!」
「は、はい。ご機嫌よう……」
少し意地になりながら助手席に乗り込んで力強く扉を閉める。
運転席側の窓越しに相模さんの顔を伺うと、目を白黒させて驚いた様な表情をしていた。
多分……いや絶対、明日になったらこの事が噂になって伝播していることだろうな。
自分のことが話題になっている光景を思い浮かべながら、それはそれで面白いかもしれないと思い、少しほくそ笑んでしまう。
「そうだ。ひざ掛けを持ってきたから良かったら使ってね」
「あ……ありがとうございます」
車内は既にエアコンがついていたのだろう、決して寒くはなかったが、雪で冷え込んだ身体にひざ掛けはありがたかった。
私がそれを足元に掛けたのを確認してから恭太郎さんは相模さんに会釈をしつつ、車を発進させる。
「結構雪が深くなってきたからね、少しゆっくり目で運転するね」
「はい……」
しばしそこでお互いに沈黙してしまう。
車内には雪をチェーンが掻き分ける音と、ワイパーが定期的に稼動する音と、エンジンの駆動音が響いている。
つまり、無音ではなかったのだが、周期的で代わり映えしない音の繰り返しで静寂さがより強調されていた。
ふと、視線を右に寄せると真っ直ぐと前を見ながら運転する恭太郎さんの姿が。
暫くその姿をじっと見ていたが、信号で一時停止した時に私の視線に気付いたのか見返す様に顔を左に向けてきて、見合う様な格好になってしまい、反射的に俯いて視線を逸してしまう。
「あー……あの、さっき言ってた携帯って、なんですか?」
間が持たない気がして、咄嗟に適当な話を切り出す。
沈黙が続いてしまうのも息苦しいし、気になっていたのは本当だ。
などと心の中で言い訳しながら、再び伺う様にして右を見る。
「ああ……僕が今やっている仕事の一つでね、手のひらに収まる大きさの機械を持ち歩いて無線で日本全国の何処にいてもその場で通話出来る様な電話を作っているんだ」
「手のひら……そんなに小さく?」
「いや、両手じゃなくて、片手でね」
「え?」
私が両手で水を掬う様な形にして見つめていると、恭太郎さんは訂正するように左手で耳を抑える様な仕草をしながらそう言った。
てっきり無線というから牛乳パックくらいの大きさを想像していたが……恭太郎さんの手の形からして、それは少し大きい湯のみ茶碗ぐらいの大きさでしか無さそうだ。
「できるんですか、そんなこと……?」
「うん、まぁ……機械そのものはもう完成しててさ、後は無線を受け取って遠くまで送るまでのアンテナと基地局をどうやって敷設していくかって話だね」
既にそんなものが存在していると聞いて、少し目眩がした気がする。
少し前にポケットベルなるものが出てきて、電話が近くになくても着信を報せる画期的なものが売り出されたとテレビの特集で放映されていたなと思ったばかりなのに……
今、この世界は瞬きをした刹那の間に総てが変わり、全く別の世界になってしまっている。
それはBETAのこともそうだし、私達の身の回りのことも含めてだ。
純国産の戦術機の開発に成功しただとか、空母が竣工しただとか、石油資源節約の為に化繊からミノムシの糸を使った服に切り替えようという動きであったりだとか────そうやって、この世界そのものを変えてしまいかねない様な事を、それらを総て仕切っていると言っても過言ではない存在が、たった今、自分の隣で車を運転してくれているという事実に、奇妙な感覚を覚えてしまう。
「…………あの、恭太郎さん」
「んー?」
「恭太郎さんは、中学を卒業して、直ぐにそういう仕事を始めたんですよね?」
「あー、そうだね」
「迷わなかったんですか?」
「えっと……ごめん、何を?」
「その、進路というか将来に対しての不安、とか?」
「不安は多少あったけど、迷いはなかったよ」
キッパリと少しの逡巡もなく応えられ、どこか突き放された様な気分になってしまう。
それで、次にどういった言葉を紡ごうかと口を小さく開いたり閉じたりしながら考えて見るが、良い言葉が思いつかない。
「…………何か、困ってることがあるのかな、進路とかで?」
「私は、恭太郎さんやお姉さまみたいにコレがやりたいっていう物がなくて……このままなし崩し的に高等部へ進んでしまって本当に良いのかなって考えたら、不安になってしまったんです」
「やりたいこと、か……」
「恭太郎さんは、凄いですよね……私ぐらいの頃にはもう全部自分で決めてしまっていたんでしょう?」
「うーん……凄くは、ないかな。僕の場合は他のことが考えられないくらいに単純な人間だったってだけだから」
「でも、実際に凄いじゃないですか、色々と」
「それは結果的にうまくいっただけであって、短絡的に選んだ道が正しいだなんて保証はどこにも無いじゃない」
「それは……そうですけど……」
「僕は寧ろ、ちゃんと自分の将来のことを考えて悩める玫依ちゃんの方が凄いと思うよ」
「え──?」
「だってそれだけ真剣に考えているってことだし、それで自分が納得できる答えを導き出せたら、それは自分の生き方を支えられる強い根拠になる筈だからね」
「…………」
「うん、考えたり悩むのをやめろって事じゃなくてさ、猶予を与えられたモラトリアムの時期なんだから……もう少しゆっくり悩んで、結論を急がなくても良いと僕は思うよ?」
「そう、なんですかね……」
「そうだよ、澪月さんも結構悩んでから衛士になるって決めてたからね」
「…………ふーん?」
何故か、そこでお姉さまの名前を出された事に苛立ちを覚えてしまう。
不機嫌になった表情を恭太郎に見せつけてやろうかと睨む様にして振り向くが、恭太郎さんは正面を見ていてコチラの様子に気付いた様子は無い。
運転をしているのだから余所見をせずに前を向いている方が正しいことなのだが、余計に腹が立つ。
「もう一つ、聞いてもいいですか?」
「ん?いいよ?」
「恭太郎さんはお姉さまのこと好きなんですか?」
「ええっ?!」
少し意地の悪い質問をしてしまう。
明らかに動揺した様子で表情を白黒させながらこちらを見ると、私の不機嫌そうな顔を見てか「なんで?!」の感情がより強くなっていくのが見て取れた。
それでも運転には支障をきたさなかったが、応えには詰まっている様だ。
「えっ、えー…………」
「じゃあ、お姉さまのことが嫌いなんですか?」
「いやいや、そんなことはないよ!」
「それならどういうことなのか教えてくださいよ〜」
「弱ったな……」
結局、その問答は家に到着するまで続いた。
仕方ないので、質問の答えは宿題ということにしておいてあげよう。
次回は米軍との合同演習でVS.F-15