Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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26『悪魔と毒蛇』 1986.07.19

1986年6月23日

京都帝国大学 邦畿計画事業室

 

 

『海外に生産拠点ですか?』

 

 

 ブラウン管のディスプレイには疑問を帯びた表情を浮かべる男の姿がリアルタイムで映し出されていた。

 

 邦畿計画から発信される事業の中にはインターネット網の敷設、整備も含まれており、現在では少なくとも京都、大阪、兵庫のほぼ全域とその他近畿地方周辺にまで拡がりを見せている。

 この際に暗号鍵技術に現在主流の因数分解ではなく楕円曲線暗号アルゴリズムを利用したTLSを採用したりだとか、トランスポート層にTCPではなくUDPとTLSを併用したプロトコルで通信の高速化とセキュリティ強化を施して……まあ、多少の時間は掛かったがお陰で1986年現在にしては快適なインターネット環境を構築し、こうしてリアルタイムでのテレビ会議が可能なレベルにまで漸く達していたのだ。

 

 

「まずOFRPに関しましてはオオミノガは日本以外にも中国、インド、マレー諸島、オーストラリア等にも分布しています。今年度におけるオオミノガの糸の生産量は3000トンに達する見込みですが、日本国内はともあれ世界の需要には到底対応できません」

『しかし、海外の拠点や工場から生産方法などの技術が漏洩する可能性があるのでは?』

「技術自体が漏洩することはさして問題ではありません。自律稼動フレームに使用されるOFRPの品質さえ確保できれば良いので、ブランド化して品質の保証を行います。軍需以外の分野に模倣品が現れたとしてもそれ自体は市場の拡大に繋がるのでトータルではプラスに働きます」

 

 

 そうは言っても具体的なビジョンを示さねば分からない事もあると思うのでプレゼンテーションソフトを全体画面に表示して説明を行う。

 

 

「まず、現状においてオオミノガの繊維糸の単価は精錬代も含めると1kgあたり約2万円になり、これは炭素繊維の2〜3倍の単価となり非常に高額ですが大規模の生産拠点が各国で建造されれば当然ながら単価は下がります……」

 

 

 ここでは単純に1/4の5000円になったと想定しよう。

 しかし、例えば『戦術機のフレームにも使用される帝国軍の基準をクリアした本物の品質!』という触れ込みでブランドとしての価値を付与し、現行と同じkg単価2万円で売り出したとすれば、1kg売れば1万5000円の利益が生まれる事になる。

 仮に他国が技術を習得し、同じ品質で1万円や8000円という価格で売り出したとしても『こっちが彩雲のフレームにも使われている本物だよ!』という謳い文句には敵わないのだ。

 それだけの宣伝効果が、既にあの日米合同演習にはあったということ。

 

 同様の例として繊維においてはアラミド繊維、そしてその中でも商標としてのケブラーが挙げられる。

 ケブラーとはアメリカのディポット*1社の製造するアラミド繊維の登録商標であり、ディポット社かそのライセンスを取得した者でなければ“ケブラー”とは名乗れない。

 もちろん、ディポット社以外にもアラミド繊維自体は製造可能であり、日本でもテイボウ*2がトワロンやテクノーラといった商標で生産、販売を行っており、ケブラーと同程度の品質である。

 しかし、ここでは会社としてブランド力のあるテイボウは置いておいて、無名の中国メーカーの製造するアラミド繊維とケブラーを比較し、これが同等の品質で同じ様に防刃グローブを販売していたとしたら、果たしてどちらの方が売れるだろうか?

 中国製の価格がケブラー製の半値であったとしても結果的にはケブラーの方が売れるのだ。

 前提条件としてケブラーと同等と知っていれば中国製を選ぶ可能性もあるが、基本的には中国製がケブラーと同等であるという情報を得られる消費者は少ないし、そうであるとアピールする為にテストしたり宣伝するとなるとそれだけコストが嵩んで結局ケブラーとの価格差は埋まってしまうし、また安物は粗悪品であるというレッテルや思い込みがあったりすると、やはり実績や信頼のあるケブラーが選ばれてしまうことになる。

 

 これは何も繊維に限った話ではなく、例えば身近な物で言うと山梨県産の高級ブドウが一房5000円、同じ品種の韓国産が2000円で売っていたとして、どちらの方が美味しそうに思えるだろうか?という話と同じだ。

 

 

「ですので、技術漏洩による模倣品が出てきたとしても我々にはダメージになりませんし、安価な類似品の登場は市場の拡大というメリットを享受できます」

 

 

 衣料品や建築資材、縫合などの医療分野、自動車産業やその他の工業製品など……繊維というのは応用できる分野や業界が多いので市場の拡大による大量生産はコスト削減に大いに貢献される。

 それで、我々が利用する分には原価や調達コストが安価になる反面、それを他方に販売して供給する分にはこのブランド力や品質の維持に努める限りにおいて市場の拡大と比例して大きく利益を延ばすことが出来る訳だから、邦畿計画に参画している紡績企業には大きなメリットとなる訳だ。

 

 

「もちろん、これはカグツチにも同様の事が言えます。マレー半島やオーストラリアはユーラシア大陸からの難民を大量に受け入れていますから新たな雇用が生まれる事に対して大変好意的な姿勢で海外から出資の声も挙がってますからね……是非、ご協力をお願い致します」

 

 

 さて、これで企業への説得は概ね成功した訳だが……問題は軍部と政府だな。

 これに関しては複数の組織が権力を各々が勝手に根を巡らせている様な状態で、文字通り一筋縄ではいかない。

 事前に根回しをしておく必要があるか…………まあ、結果的には得をするのは此方だから構わないのだが。

 しかし、今更になって自分で言うのもなんだが、本当に今いる場所は奇妙な立ち位置だと思う。

 須和恭太郎とは、民間人なのか軍人なのか、良く分からなくなる時が多々あるよ。

 

 

 

 

 

1986年7月8日

東京府 首相官邸 特別応接室

 

 

 ここまで来ると、本当に自分の事が分からなくなる。

 首相官邸、つまり現在の日本の政治体制における実質的なトップである内閣総理大臣に専門家として呼ばれた訳だ。

 着慣れないスーツの襟を指で正しながら、机を挟んで対面する官房長官や上座に座る総理大臣に対して恐縮しながら言葉を待つ。

 

 

「今日は君の提言した新型戦術機彩雲の海外諸国によるライセンス生産の許諾とそれに準じた素材の生産拠点を海外に進出させる事に関しての話を聞きたい」

「はい、よろしくお願いします」

「単刀直入に聞こう。まず初めに彩雲を国内の生産拠点で総て賄うということではいかんのか?」

「日本帝国軍で運用する彩雲であれば問題ありませんが、今、この瞬間に最も必要としているのはユーラシア大陸で直接BETAと対峙している前線国家達です」

「ふむ……」

「前線国家で運用するにあたっては、日本で生産された機体を海外へ輸送する必要がある為、配備までのスピードや輸送コストなどが余計に掛かります。また、ライセンス契約による現地生産が有効であるという事は米国のF-4 ファントムやF-5 フリーダムファイターがユーラシア大陸において急速に普及、配備が進んだという事実が証明しています」

 

 

 あの超巨大技術大国であるアメリカでさえ総て自国で生産して供給させる事が不可能であったのに、それが日本に可能なのかと言えば、それはもちろん不可能であると言わざるを得ない。

 時間を掛ければ不可能では無いかもしれないが、そもそもその時間が無いのだ。

 ユーラシア大陸の東を突破されればその先にあるのは日本であり、可能であればユーラシア大陸でケリをつけられればそれに越したことはないのだから、ユーラシア大陸の戦力を充実させるのは戦略的にも必要なことである。

 

 

「しかし、もう一つ懸念点がある。これは国防上の問題なのだが、彩雲とそれに使われている技術が海外に流入した場合にそれが将来、日本の国土や国民を脅かす危険性があるという事だ」

「はあ、その……随分と戦況を楽観視しているなと言わざるを得ませんが」

「何?」

「いえ。それに関しましては、もしも仮に彩雲に相当する兵器で攻められた時の想定をして備えれば良いだけの話です」

「と、言うと?」

「至極単純に、彩雲以上の兵力を備えれば良い訳ですよね?」

「それは……確かに、その通りではあるが──」

「まず装甲のカグツチについてですが、これはジュラルミンと同様に組成や構造を改良することで超ジュラルミン、超々ジュラルミンと進化していった様に超カグツチ、超々カグツチと……まあ、名称は兎も角として……今以上の防御性能を得られる様にすることが可能です」

 

 

 まだスーパーコンピュータの性能や金属やセラミックの加工技術が求めるレベルに達していないので改良が出来ていないだけで現行のカグツチを超えるカグツチのアイデア自体は頭の中に既にある。

 基本的にはセラミックの自己修復性を活かして、破損してもある程度の防御性能を維持できる方向性に持っていくつもりだ。

 まあ対BETAとした時に求めるべきは防御性能そのものと言うよりも、レーザー属種に対する耐熱性と要塞級の分泌する溶解液を防ぐための耐腐食性の方だが。

 それに関しては別の方法で解決するとしよう。

 

 

「また、万が一にも日本に対して敵対的な国やそれに準ずる組織が侵攻してきてその装備をカグツチの装甲で固めていたとしても、カグツチを貫通する武装を装備すれば問題ありません」

「そんな事が可能なのか……?」

「ええ、可能であるからこうやって申し上げている訳で……手段の一つとして帝国陸軍には既に電磁投射砲(レールガン)という形で提言させて頂いています」

 

 

 これは、現在開発中の新型戦車……つまり後の90式戦車の開発計画に乗っからせて貰うことにした。

 90式は和製M1 エイブラムスとでも言うような仕様に落ち着きつつあったが、これを全く改めて0から作り直すことで電磁投射砲(レールガン)の搭載を前提とした次世代の戦車を開発しないか、という提案をしたところ非常に好意的に受け容れられた。

 その為にはレールガンの技術を確立させなければならないが……既に設計が出来ている車体の開発は始まっている。

 また、戦車だけに限らず戦艦や巡洋艦にも将来的には艦載可能であるとして海軍からの協力も得られている。

 

 

「総理、僭越ながら今の時制においては日本のみが国益を追求している余裕などありません。BETAとの戦いにおいては国政や国防だけでなく世界全体に広い視野を持つ必要があると具申致します」

「…………君の話はわかった。閣議では参考にさせて貰おう」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 

 

「…………どう思う?」

「どう、とは?」

「彼、須和恭太郎のことだ」

 

 

 須和恭太郎が特別応接室を去った後に、首相は神妙な顔で官房長官に問うた。

 

 

「既に前回の閣議の時点で軍関係は兎も角として通産省や運輸省まで賛成に回っていた」

「はい……」

「そして、徐々に他の省庁も賛成を唱えつつある……探ってみたら、まさか彼自身が動き回っていたとはな」

 

 

 様々な経路から調査した報告書の内容を思い出しながら、首相は額に手を置いて思考を巡らせる。

 

 まず、帝国軍や斯衛軍に関しては既に関係が深かったというのはあったが、それぞれに餌をチラつかせる事で完全に抱き込んでしまった。

 斯衛軍には邦畿計画や新型戦術機で既に利を与えていたし、陸軍には新型戦車、海軍には新型艦船など……コンセプトだけでなく、既に草案段階ではあるものの設計図を見せてそれが実現可能であることを示す。

 

 次に、通商産業省とは邦畿計画やそれに属する企業群、および財閥である河崎重工とのパイプを利用して渡りをつけ、半ば脅迫するような論調で説き伏せてしまう。

 とは言え、彼が邦畿計画でもたらした技術は実際に国内外での経済を大きく動かす代物ばかりなのでどの道彼に味方しただろうが。

 そして財界が須和恭太郎の味方をするとなれば、税収を司る大蔵省も有無を言わさず、はいと頷かざるを得ない。

 

 更にどこからコネクションを繋げたのか定かではないが、運輸省の官僚で、官房副長官でもある榊是親と結託したことで彼の横の繋がりがある建設省や外務省も賛成に回る。

 榊官房副長官を説得する為に『日本中の幹線道路と線路を総て敷き直す為に協力を惜しまない』と豪語したらしいが……本当にやってしまいそうだ。

 

 

「榊副官房長官は、総理の陣営に入ったのでしたね」

「ああ、官僚派*3として育て上げたいと思っていてね」

 

 

 現職総理である中園首相は陸軍将校から官僚、そして政治家へと道を辿った経験から、対BETA戦略において国政を司る者は世襲や専従政治家としての党人派では無く国事を肌で感じ取り俯瞰的に見据える事のできる官僚出身者にいずれの後継を譲りたいと考え、官僚出身者を囲い込んだ派閥を構築しており、その中でも榊是親は有望株として一目置いている存在である。

 そんな後継者候補の一人からの口添えもあったので、中園個人としてもやってみせよという心境になっていた。

 

 つまり、海外進出については既に外堀を埋められた状態にあり、最早総理と言えども個人の一存では覆らない段階にまで至っているので、まさか政治生命を賭けてまでこれを断固として妨害しよう等とは考えている訳が無い。

 では何故この様な場を設けたのかと言えば……彼が個人的に須和恭太郎という人物に会ってみたいという興味が湧いたからであった。

 

 

「ああいう怪物の如き人物は時代の趨勢の中で忽然と現れるものではあるが……最早怪物どころか悪魔と言っても過言ではないやも知れぬ」

「悪魔ですか……あの少年が?」

「怪物は己の利の為に他者を蹴散らす事も厭わないが、悪魔は契約を重んじ対価が伴えば一国をも灰燼に帰す……契約さえ遵守すれば栄耀栄華を得ることもできよう。されど、契約を違えたり敵として(まみ)えた時は……骨の髄どころか魂までも絞り尽くされて何も残らないだろうな」

 

 

 初夏の屋内、吹くはずもない寒風に身を震わせながら、ただこの胴元のいない賭けの行く末を案じ、見守ることしか彼には出来なかった。

 

 

 

 

 

1986年7月19日

東京府 千代田区 ホテル パーティ会場

 

 

「こんばんは先生、この度はご尽力頂きまして誠にありがとうございます」

「おお、須和くんか!よく来てくれたね!」

 

 

 天井からは煌びやかなシャンデリアが会場を厳かに照らし、シルクのテーブルクロスの上には銀食器に盛られた名前も知らない彩り豊かな料理の数々、来場者の手にはこれみよがしにと深紅や琥珀色で満ちたワイングラスを揺らしながら貼り付けた笑顔で談笑している。

 東京に数多あるホテルの中でもトップクラスの格式の高さと由緒を持ち合わせたホテルでは、とある国会議員の政治資金パーティが行われていた。

 こういった類のパーティは政治家が資金を得る為の手段であると同時に、列席する者は政治家やその秘書、財界の者や様々な権力者とコネクションを結ぶ事が出来、周囲を見れば新聞やテレビでその顔を見た記憶がある者もちらほらといる様だ。

 

 何故そんな場所にいるのかといえば……今回、海外に生産拠点を進出させる為に官房副長官である榊是親さんの伝手を使い様々な与党幹部に根回しを行ったのだが、その協力に対する挨拶回りの一環ということになる。

 

 

「君みたいな若い子には退屈なパーティかもしれんが、食事や飲み物も出るから好きなだけ摘んでいきなさい」

「ご配慮ありがとうございます」

 

 

 しかし、ここで言われた通りに腹が膨れるほどに飲み食いをすると顰蹙(ひんしゅく)を買うことになる。

 とはいえ、逆に何も手をつけないのはそれはそれで失礼になるので、未成年らしくノンアルコール飲料を頂く。

 挨拶もした事だし、壁の方にでも引っ込んでいようかと思った頃に声を掛けられる。

 

 

「おおそうだ!良い機会だから紹介しよう、おおい古鍛冶くん!」

「あら、如何なさいましたか先生?」

「以前から会ってみたいと言っていただろう、彼が須和恭太郎くんだよ」

「まあ……初めまして須和さん、古鍛冶サラと申します」

 

 

 

 議員が手招いたのは、年若い女性だった。

 

 まず目を引くのは、漆の如く艷やかで吸い込まれそうな黒髪と、深海の様に暗く底冷えするのでは無いかと錯覚する程の碧い瞳。

 人を見る目があるとは口が裂けても言えないが……彼女を一目見た瞬間に抱いたのは、恐怖と疑念だった。

 それを自覚してしまったからだろうか、無意識に左足が後退ってしまったのを居住まいを正す様にして誤魔化す。

 

 

「彼女はイギリスの石油企業のご令嬢でね。しかし、彼女自身も若い身空ながら既に一つの企業を運営する経営者で、光菱とBAEの合弁会社にも出資をしているんだ」

「それはそれは……」

 

 

 BAEはイギリスの国営企業で、ビッカーズ*4等の元航空機メーカーが統合され、現在では戦術機やその周辺装備を製造・開発している企業である。

 そのBAEと光菱がライセンス生産や技術習得の為に合弁会社を設立するという話は業界でも比較的大きなニュースとして知られていた。

 日本からも財閥や銀行が出資した様にイギリスの企業が出資するのは不自然なことではない。

 では何が引っかかるのか?

 その理由が判らないからモヤモヤしているのだ。

 

 

「それじゃあ、ワシは失礼させてもらうよ」

「はい先生、ありがとうございました」 

「…………」

 

 

 議員が離れると、古鍛冶サラは更に近づいてきた。

 香水だろうか、バニラやシナモンといった甘くてスパイシーな香りが鼻をくすぐってくる。

 表情は、少なくとも表面は優しげな笑みを浮かべているが、よく見ると右側の頬と口角が一方的に膨らんでいて左右非対称になっており、そのことから何か思考を巡らせていることが読み取れた。

 そして目線は明らかにこちらの瞳を捉えており……思考の内容は“須和恭太郎”では無いが“須和恭太郎”を探りに来ている……そんなところか。

 

 正直、相手の素性も手札も見えない状態で出来もしない心理戦などしたくもないのだが……

 

 

「私、須和さんの束ねる邦畿計画にとても興味がありますの」

「一応その頭に名前を置かせて貰ってはいますが……ただの担がれた神輿ですよ」

「あらご謙遜を。貴方が今の日本経済の原動力の要の一つと言っても過言ではありませんわ」

「それこそ買い被り過ぎです……偶々、妄想にも等しい思いつきが良い結果をもたらしただけです」

「それとも……貴方にとっては、邦畿計画すら手段の一つに過ぎないのかしら?」

 

 

 キン、と冷たい金属の音を錯覚してしまう

 それほどに鋭いものが彼女の瞳の中にはあった。

 引き込まれぬ様、飲み込まれぬ様にと警戒していたつもりだが……その僅かな隙間の中に針を通す(したた)かさがあるのか。

 もしもここに後ろめたさを持ち込んでいたら、今頃打ちのめされていたかもしれない。

 ブラフ…………確かにそれはブラフだが、それはただの牽制ではなく、伏せられた手札を確実に絞り込まんとする攻勢の一手。

 直撃を避けたとしても、それを続けられればいつかは曝け出され、喉元を突き刺されるだろう。

 短い一瞬の時ではあるが、殆ど確信していた。

 

 

「ふーん、そう……ウフフ、ますます貴方に興味が湧いたわ」

「…………それは、随分と酔狂ですね」

「人を見る目があると言って欲しいですわね」

「ハハハ……それは、どうでしょうか」

「でも今日は、この場でビジネスの話をするのも無粋ですから……また今度、個人的にお話しましょう?」

「そうですね……また、機会があれば」

 

 

 出来ることなら、こんな蛇に睨まれたカエルの様な心境にさせられる人とお会いするのは二度と御免被りたいのだが……

 

 

「フフフ……その機会は、恐らくそう遠くないと思いますよ?」

「ええ?」

「その時は、もう少し込み入ったお話をしましょうね」

「っ…………」

 

 

 最後には、耳元にまで口を寄せて、息の吹きかかる程の距離で置き土産だと言わんばかりに言葉を(ささや)いてからその場を去っていった。

 

 こそばゆさの残る右耳に手を当てながら、去っていく翠色のドレスの後ろ姿に向けて行き場の無い感情を込めて睨みつけることしか出来ない。

 

 

「なんだって言うのさ、本当に……」

*1
デュポン

*2
帝人

*3
官僚上がりの議員の通称

*4
ヴィッカース

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