Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

32 / 56
──アラン・チューリングの毒リンゴは知恵の実だったのか?


29『携帯電話とゲーム機』 1986.10.01

1986年8月13日

京都 上京区 久賀邸

 

 

「やっと着いた……」

 

 

 家に辿り着いた頃には、すっかり暗くなってしまっていた。

 車と電車の乗り継ぎで、殆ど車内では眠りこけていたのだが疲労が取れた様子は無い。

 肉体というよりも精神的なものなのだろうが、背中や足に(おもり)を背負っているんじゃないかと思える程に気怠さが支配している。

 

 

「ただいまぁ、帰りました……」

 

 

 門扉から家の戸までの僅かな距離の長さも少し煩わしく思いながらも身体を引き摺る様にして歩み、ガラガラと引き戸を開けると澪月さんと玫依ちゃんが玄関で出迎えてくれていた。

 軽く会釈する様にしてお礼を言うことは出来たが、疲労から惰性的に上がり(かまち)に座ってしまうと、今度は肩に石の塊でも背負っているんじゃないかと思える程の疲労感が襲ってきて動けなくなってしまう。

 そうして項垂れていると、二人は心配した様で声を掛けてくれる。

 

 

「恭太郎さん、お疲れみたいだね?」

「ええ、お風呂にしますか?お夕飯にしますか?それとも────」

 

 

 鞄を持ってくれようとしたのか、肩に手を置いて屈んできた澪月さんの声と動きが突然ピタリと止まってしまう。

 おや?と思って視線だけ横に向けると、眉をひそめて険しい表情をした澪月さんが徐々に顔を寄せてくる姿が見えた。

 何事かと僅かに顔も向けるが、澪月さんはお構いなしに尚も近寄ってきていて、肩口から胸のあたりに鼻を寄せてスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる様だった。

 

 

「…………女物の香水の臭いがします」

「香水?あー……」

 

 

 この疲労の原因である古鍛冶サラとのやり取りを思い出してしまう。

 確かに、あれほど密着してしまえば香水の匂いが移ってしまっていても不思議ではない。

 自分も鼻を近づけてみると、確かに香水の残り香が染み付いている様だった。

 

 

「これは、その、取引相手が付けてた香水の匂いが残ってたんですよ」

「普通、首元や胸元に臭いは付きません」

「ふむふむ……確かに、幾らなんでもお腹の方に臭いは移らないよねぇ……密着でもしない限り」

 

 

 突如、背中を冷水で打たれたかの様な寒気が襲った。

 澪月さんはどちらかと言えば無表情で、玫依ちゃんは微笑といった表情であったが……

 妙に凄みというか、何か触れたら弾けてしまいそうな危うさの様なモノをひしひしと感じ取ってしまう。

 

 

「あ、あの!別にやましい事をした覚えは無いというか、不可抗力というか、こっちが被害者というか……えーっと」

 

 

 言い訳がましい口調になってしまったが、事実として淫ら行為を……被ってはいるが……自ら行ってはいない。

 故に罪の意識は無い筈なのだが、無言の圧力にどうしても圧倒されてしまう。

 いや本当に、どうしたら良いというのか……

 

 

「3人とも楽しそうにしているのは良いが、折角用意してくれた夕飯も風呂もこのままでは冷めてしまう。先に済ませてしまってはどうかな?」

「雅匡さん……!」

 

 

 そんな様子に見兼ねてか、雅匡さんが助け船を出してくれる。

 とりあえず、この匂いが2人の怒りを理不尽に掻き立ててしまうのも望ましくないので先に風呂に入らせてもらう事に。

 …………とりあえず、この場を離れて1人の空間に行きたいという本音もあるが。

 

 

「恭太郎さん、後でちゃんとお話してください」

「はい…………」

 

 

 まあ、澪月さんに至っては訓練校まで迎えに行くと宣言したにも関わらずすっぽかしてしまったので、その詫びも必要と考えて甘んじるしかないか。

 

 もう二度と相見える事は無いと思うが、というか御免被りたいが、万が一にでもその様な事があれば古鍛冶サラには報いを受けてもらいたいものだ。

 奴があんなハニートラップ紛いな事をしてこなければこんなに気を病む必要も無いし疲れ果てる必要性も無かったと言うのに……

 いささか対応が甘過ぎたかもしれないと今更になって後悔をするが、時すでに遅し。

 とは言え、何かしらの形で還元はして貰おうと心に誓うのであった。

 

 無論、非接触で。

 

 

 

 

 

 

1986年9月16日

大阪府 北区 DDC本社

 

 

 昨年、電気通信事業法の施行で通信の自由化が行われ、それに伴い電通公社はJTT(Japan Telephone and Telegraph corporation)に、第二電通はDDC(Daini Dentu Cellular)へと民営化された。

 DDCは帝セラ*1を中心としてソナー*2や光菱商事などの出資を受けて設立された会社で、JTTがもともと千代田区の霞が関に拠点を構えていた影響もあって東京を中心とした関東圏に、対してDDCは京都、大阪を中心とした関西圏の電話や通信事業を担っている。

 この度、ついに日本で本格的な携帯通信事業が開始されるということでその最終調整の確認の為にDDCに訪れていた。

 

 

「杉山社長、お久しぶりです」

「おお須和さん、こちらこそご無沙汰しております」

 

 

 直ぐにDDCの杉山社長が出迎えててくれ、共に会議室へと向かう。

 会議室には光菱電機や帝芝*3、ソナー、竹下電器*4、JEC*5、ドレー*6等々……日本の名だたる家電製造メーカーの者が集っていた。

 かの企業たちは邦畿計画に参加した上で技術提供を受け、その技術をもってDDCおよびJTTに携帯端末を納品することになった。

 とは言え、1986年という時期からすればあまりにも革新的な技術を盛り込み過ぎてしまった手前、企業が独自に機能を付与する余力はなく……殆どが邦畿計画から提供させてもらったサンプル端末の中身をそのまま、外観や一部のUIデザインを変更している程度で代わり映えしないラインナップになってしまったが……ここから企業がそれぞれサンプルを研究して独自色溢れる(変態な)端末を開発して貰いたい。

 

 

「さて、企業の皆様におかれましては既に端末を納品済みであり、製品仕様については重々承知の事とは存じておりますが……この場でもう一度おさらいを兼ねて確認させて頂きます」

 

 

 まず、今回の携帯端末……いや、つまりはスマートフォンなのだが。

 そのスマートフォンの根幹たるCPUは帝芝とJECとで共同開発した32bitシングルスレッドの動作周波数は450Mhz駆動でプロセスルールは90nmを達成した。

 

 ちなみに、アメリカのシンセルがデスクトップPC用に発売した最新型CPUである386では動作周波数は12MHz駆動でプロセスルールが1.5μm、つまり1500nmである。

 約17倍の微細化と既に意味がわからない事になっているが、CPUの製造技術自体を数十年ほど前倒しにしてしまったので残念ながら当然と言わざるを得ない。

 ちなみに、その386と同価格帯で1.2GHz駆動のデスクトップ用CPUをJECは態々時期を合わせてまで販売したが、見事にスーパー301条を喰らってアメリカ市場からは締め出された。

 但しJECの経営陣達が言うには嫌がらせと冗談半分でアメリカ市場にセールスを掛けただけで国内とヨーロッパ、アジア市場で充分需要を満たせる程度にしかそもそも生産していなかったらしい。

 

 

「次に画面表示ですが、近年では薄膜トランジスタを用いたアクティブマトリクス方式によるカラー液晶の研究が始まっていましたが……正直、大型のテレビ等への用途としては兎も角、小型携帯端末の映像表示装置としては不向きと言えます」

 

 

 従来主流であったブラウン管というのは、画面の奥に電子銃と呼ばれる電子を発射する装置があり、これを電磁石で電子の発射する方向を525段階に調節して画面部分に塗られた赤、青、緑の3色の蛍光体に電子が衝突するとそれに応じた色に発光するという仕組みだ。

 しかしこれは、電子銃という部品が大型なのとこの電子を発射する為には大電流が必要である為に電源装置も大型になったりと、小型化と薄型化にはどうしても限界がある。

 

 そこで次に主流となったのが液晶ディスプレイ。

 液晶というのは、液体の流動性と結晶固体の様な異方性を兼ね備えた物質の総称で、分子の配置によって更に分類されるが、これが全くのランダムな物は柔粘性結晶と呼ばれ、これは超伝導物質の冷却を行う為の冷凍機の冷媒として使用されている*7

 さて、そんな液晶の中でもネマチック液晶という、通常状態では棒状の分子の向きが長軸方向に規則正しく並んでいるが、これに電圧をかけると電界の方向に並ぶ性質がある。

 この性質を利用すると、通常は液晶の分子に沿って光は素通りするが、電圧をかけると分子の方向が変わって光を遮断するシャッターやフィルターの役目を果たすようになり、この1つの単位を液晶素子という。

 例えばデジタル表示の時計で言えば、電圧がかかっていなければ白い何も表示されていない画面があり、その一部の液晶素子に電圧をかけると光を遮断して画面は黒くなり、これを組み合わせる事で黒い数字を形成しているのだ。

 

 液晶ディスプレイというのはこの発想を逆転して、通常時は全ての液晶素子に電圧をかけて黒い画面を表示する。

 その上で一部の液晶素子の電圧を切ることで光を透過させ、この透過した光をカラーフィルターというブラウン管で言えば蛍光体に該当するフィルターを通して光に色を付け、更に偏光フィルターで光の透過具合を調整することで光の三原色を利用して調色をしている訳だ。

 つまり、表示される画面の像に問わず常に光を発するバックライトの存在が必要なので一定以上の電力を消費し続けるというデメリットが存在した。

 

 

「ですので、今回は有機発光ダイオードを用いた新たな画面表示装置を開発し、搭載しました」

 

 

 有機発光ダイオード、有機ELやOLEDといった名称の方が馴染み深いかもしれないが、これを用いたディスプレイというのはブラウン管や液晶よりもプラズマテレビの仕組みに近い。

 簡単に言えば、有機発光ダイオード自体に電流を流すと自力で有色の光を発する為、構造がシンプルになり部品点数も少なくなるので液晶ディスプレイと比較してもより低消費電力、薄型化が可能になる。

 

 発光のプロセスは半導体のpn接合を利用した仕組みで、電子の不足した正孔と呼ばれる部分に電子が結合させると消滅する際にエネルギーとして発光するというもの。

 しかし、電子と正孔を結合させるには、有機層から電極、更に電極から有機層という経路の移動が必要で、この間にはエネルギーギャップがあり、これが障壁となるので通常では有機層を通過させる為には高電圧を必要としてしまう。

 そこで、電子と正孔の移動を容易にする為にエネルギーギャップを埋める電子輸送層と正孔輸送層でサンドイッチした多層薄膜構造とし、低電圧でも発光する様に工夫をした。

 

 更に、発光材料となる半導体の物質を変える事で発光する色を変更することが可能で、赤色、黄緑色、青色と光の三原色のRGBを揃える事で液晶やブラウン管と同様にディスプレイとして使用する事が可能になる。

 つまり、バックライトとカラーフィルターの機能を凝縮した上に分散化してしまった様なものなのだが、それでも一つの素子の厚みは1μm程度なので省電力化と薄型化に貢献するという訳だ。

 

 

「正直、今回の端末はこの有機発光ダイオードの製造コストで、いわゆる原価割れによる逆差也(ぎゃくざや)状態*8になってしまいますが……しかし、先程もお話した通り構造がシンプルなのでまだ実用化されていないカラー液晶を商品化、発展させていくよりも将来的なコストを安く抑える事ができます」

 

 

 そして、携帯電話というのは使用すれば使用するほどに通話料や通信料が発生し、しかもこれは一過性のものではなくユーザーが使用している限り請求する事が出来るので、中長期的に投資資金を回収する事が出来る。

 故に最新技術を詰め込んで超高コストになってしまっても敢えて端末は安く販売する事も可能であり、更にここで培った技術をパソコンやテレビなど他の家電にも還元することで未来の利益に繋げることも可能だ。

 

 ちなみに、光の三原色RGBのBにあたる青色発光ダイオードの実用的な発光物質である窒化インジウムガリウムが見出されるのは、異なる世界の話とはいえ1993年のことであるが……まあ、誤差である。

 

 解像度は854×480のSD画質……これは現状のアナログテレビ放送である720×480のVGA画質を表示する事が可能であり、かつコストを抑える為に最低限必要な画素数を稼ぎつつ、将来を見据えて16:9のアスペクト比を求めた結果だ。

 

 ついでに、操作方法としてはキーボードやスタイラスペンを使用するものはとてもスマートではないので、某氏も語っていた通り人類が産まれながらにして持っている世界最高のポインティングデバイスである指を用いたタッチパネルを搭載した。

 タッチパネルの方式は圧力を感知する抵抗膜方式ではなく、縦横のXY2軸にそれぞれセンサーになる電極層をマトリクス状に形成して静電容量の変化を捉えることで指の位置を検出する投影型静電容量方式を採用。

 これで2点以上のマルチタッチにも対応できるので、ピンチやズームといった直感的な操作感を実現できる。

 静電容量方式のマルチタッチに対応したタッチパネルは1985年にトロント大学の研究で実現するが……その前後でタッチパネル周辺の多くの技術特許を取得していたのは実はドレーだったりする。

 なので邦畿計画では静電容量方式タッチパネルを気兼ねなく使用する事が可能だった。

 

 

「また、通信方式についてはヨーロッパで策定されていたGSM方式を利用します。これについては海外市場を見据えた上でそのまま販売する事が可能だからです」

 

 

 とは言え、この世界ではヨーロッパは情勢悪化で携帯電話の為に環境を整備している余裕は無いしアメリカが史実と同様にGSMを採用すること無く独自規格を見出す可能性は捨てきれないが……

 海外のメーカーの流入を抑える為に独自規格を採用するというのは、本来であれば日本が選択した手段なので、そうなってしまうと日本とアメリカでアベコベになってしまうな。

 

 また、700MHz帯と800MHz帯は国有として郵政省が資金を出してアンテナや基地局を整備し、1800MHz帯および1900MHzはそれぞれJTTとDDCが自社で整備する事に決定した。

 低周波域は障害物に強く山岳部などでも使用しやすいという性質があり、これを国が整備して通信会社にMVNO方式で分配することで、この後に続く通信事業社が新たに参入しやすい環境を作るのだ。

 出来れば競争力の確保の為にも3社か4社体制になることが望ましい。

 

 

「また、補助記憶装置につきましては帝芝さんで開発されたNANDフラッシュメモリを、バッテリーは飛鳥化成*9さんと浅水電池さん及びSG電池さん*10で共同開発された全固体電池を採用しておりますので、この携帯端末はまさに日本の技術の結晶と呼んでも差し支えありません」

 

 

 更に、これは数年後の話であるが、地図機能などを利用するための位置測位に現在はアメリカのGPS衛星を利用しているが、これは機能制限されていて満足に扱えない為、いずれは日本独自の全地球航法衛星システムに転換する予定だ。

 これは勿論スマートフォンに限らず、車載のカーナビゲーション戦術機や軍艦、戦車にも搭載される戦術データリンクにも利用される。

 その為には更に技術を詰める必要があるが1990年までには衛星を30機ほどは宇宙に飛ばしたいと思っている。

 

 

「現在、東京を中心とした関東一円と京都、大阪を中心とした近畿一円に電波塔と基地局の建設、整備が進んでおりサービス開始は来月の半ばを予定しています。その折は、よろしくお願いします」

 

 

 さて、これで液晶ディスプレイを素通りして有機ELディスプレイを普及させ、更にその他の周辺技術も合わせて企業の力で発展させていく為の土台造りが完成した。

 あとは基本的に大きくタッチすることは避けて、企業に委ねたいと思っている。

 

 もう一つ、半導体技術を発展させる為の下地も構築しつつあるのだが……

 

 

 

 

1986年10月1日

東京府 港区 JECエンターテイメント本社

 

 

「これが試遊機ですか……」

 

 

 テーブルの上にはブラウン管テレビと、それに線で接続された小型の白い“箱”だった。

 手のひらに収まるサイズで、更に前方に向かって更に小型のレバーと幾つもボタンが配された四角い操作盤の様な物が有線で接続されている。

 

 つまりこれは、家庭用のテレビゲーム機、その試作型であった。

 

 

「このゲーム機は発売を今年に間に合わせる為に必要最低限の機能のみ盛り込みましたが、筐体の後部に拡張バスを設けることで、後出の周辺機器を接続して機能を拡張する試みをしています」

「ほうほう」

「当社ではコレを『コア構想』と呼んでいるのですが、実はこの発想は須和さんの開発された自律稼動フレームから着想を得たんです」

「えっ、そうなんですか?」

「はい、あの撃震から少しの換装だけで彩雲に早変わりする姿を見て……我々も長い期間ユーザーに使って貰えるデバイスを造ろうという事になって、採用させて頂きました」

「それはそれは……なんというか、光栄ですね」

 

 

 このゲーム機の誕生には、PCやスマートフォンよりも安価で家庭に普及させやすい半導体を用いた機器を開発、販売したいという思惑から、これに賛同してくれるメーカーをまず探した事に始まる。

 

 まず初めにJEC。

 JECはPCよりも更に簡易的で幼い子供にも扱える様なテレビに接続する個人用のコンピュータを作りたいという構想があり、この話に賛同してきた。

 更には、ゲームの観点からは北海道のベンチャー企業であるシロクニ*11の影響があった。

 PCのソフトウェアや周辺機器の開発、製造を行っていたシロクニはアメリカのテンゲン社*12の販売していたVCSという家庭用ゲーム機の様なものを作り、日本で販売したいと考えていたがシロクニには半導体を開発する技術がなく、以前からJECを始めとした国内のPC製造メーカーに提案をしていたが、これが軒並み断られてしまっていたのだ。

 この世界の日本ではスペースインベーダーの様なコンピュータゲームが流行せず、コンピュータゲームや電子ゲームというジャンルの認知度が薄かった事もあり、日本では普及しないだろうというのがメーカーの者達の見解であった。

 しかし、ここで邦畿計画から家庭用ゲームの話が持ち上がった時に、JECの担当者がシロクニの存在を覚えており、今回の協力関係が実現したのである。

 

 ちなみに、1982年末から83年にかけてテンゲン・ショックと呼ばれるゲームソフトウェアの品質管理問題が露呈してしまったことでアメリカの家庭用ゲーム市場は既に崩壊してしまっている。

 

 

「しかし、日本でゲーム機は普及しますかね?」

「案外普及すると私は踏んでいます」

「ふむ……ですが、消費者の心象はどうでしょうか?正直、玩具に対する風あたりは強いと思いますが」

「ええ、ですから今の日本人の心理をついた販売戦略を取ろうと考えています」

「と、言うと?」

「ええ……実は、このゲーム機は購入から5年が経過した以降から、購入当時の定価の10%の金額で軍が買い取るという確約を発売と同時に打ち出します」

「それはまた、どうして?」

「このゲーム機のCPUは旧式化しても、誘導ミサイルに搭載するCPUとして再利用できるんです」

 

 

 スマートフォンのCPU、正確にはその他の機能も一つのチップに集積したSOCであるが、それと同等の物がこのゲーム機には搭載されている。

 故に、ミサイルに該当する機器を搭載すればGPS測位機能やジャイロによる姿勢や方向検知、カメラの制御なども行う事が可能となっているのだ。

 つまり、例えば定価24800円で売り出したとしたら5年後には2480円で帝国軍が買い取る事が可能であり、ミサイルにおいて高価な部品である制御コンピュータの部分を、JEC等のメーカーと国民に負担して貰う事で安価に入手することが可能。

 そうしてこの事実を伝え、ゲーム機を購入することは、ひいては国防に繋がるのだと、今の日本国民の意識に訴える情報を流すことで玩具に対する忌避意識を少しでも和らげようという作戦だ。

 

 

「その他にも、戦略シミュレーションゲームやフライトシミュレーションゲーム、戦術機の操縦を極力再現したシューティングゲームや対戦ゲームを販売することで『将来、お子さんが入隊する事があればその経験が活きますよ』とか、そんなことをテレビでコメンテーターに喋る様に依頼するんです」

「うわぁ……」

「テレビやマスコミの影響は馬鹿に出来ませんからね、まあ印象操作っていうのは使い方次第ですから……」

 

 

 結局のところ、半導体の発展の為には新たな半導体の需要も同時に生み出していかなければならないので、こういうアップデートプログラムで促進していくのも必要になるだろう。

 

 

「使用するメディアは、CDにしたんですね」

「ええ、家電メーカーであるJEC本社としてはCDの普及も促進したいので」

「つまり、テレビをCDプレイヤーに出来ると……なるほど」

 

 

 CDプレイヤーとしての需要というのは、案外バカに出来ない。

 例えば、今は徐々にCDが普及し始めているがそれまで主流だったLPレコードが直径30cmで30分、カセットテープは大分小型化されて10×6cmほどだが片面で45分が限界で、どちらもアナログ方式なので劣化の懸念がある。

 しかしCDは直径12cmの片面で74分まで録音が可能になっており、あのベートーヴェンの第九を丸々録音することも、デジタル方式なので理論上はほぼ無劣化で行うことが可能だ。

 コレには11.5cmの69分と12cmの74分のどちらの規格にするかという戦いがあったりしたのだが……それは割愛させてもらおう。

 

 兎も角、おおよそのこの世の音楽を全て余すことなく保存できるメディアであるCDだが、その再生機器は高価格帯の代物で、ソナーのCFD-5が恐らく最初の家庭用CDラジカセであったが、これがメーカー小売希望価格で10万5000円ほどであった。

 それが2万円程度でテレビに接続することでCDが再生できるとなれば……CDの普及が大きく進むのは間違いがない。

 

 

「いずれは、これにキーボードやプリンターなんかを接続して簡易的なPCとして使える様にしたいと思っています」

「わかりました、細かい売り方や拡張についてはお任せします」

 

 

 こうして、日本にも異なる世界からおおよそ10年ほど遅れてテレビゲーム機が販売されることになる。

 もしもこれがコケてしまえば、また半導体の生産数を増やす為に別の方法を探らなければならないが……恐らくは大丈夫だろう。

 しかし、これで日本の家庭の光景がガラっと変わってしまうのは確実だな。

 

 ──この試みによって世界の舵取りが大きくズレたことを、須和恭太郎はまだ知る由もなかった。

*1
京セラ

*2
ソニー

*3
東芝

*4
松下電器、現パナソニック

*5
NEC

*6
シャープ

*7
当作品においては、である

*8
原価割れをしているので売れば売るほどメーカーが損をすること

*9
旭化成

*10
GSユアサ

*11
ハドソン

*12
アタリ社




★今回の小ネタ

ドレー→シャープ
 シャープの由来がシャープペンから来ているので、ドイツ語のドレーシュティフトから

ソナー→ソニー
 ソニーの由来であり、ソニックの語源でもあるラテン語で音を意味するsonare(ソナーレ)から。

ハドソン→シロクニ
 ハドソンはいわゆる鉄オタが多く、C62蒸気機関車の車軸配列とC62の別名であるハドソンを由来としている。そこからC62の愛称であったシロクニとした


前書きについては、アップル社のロゴが現代のコンピュータの祖の一人であるアラン・チューリングが青酸カリを塗った毒リンゴを齧って自殺したエピソードから着想を得たのでは?という説から、iPhoneとスティーブ・ジョブスへのリスペクト、それから前回までの毒蛇というフレーズを合わせたもの
もとい、没にしたタイトルです

この世界ではプレスタ2がいずれ発売されます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。