Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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31『暁の水平線に』 1987.03.12

1987年1月1日

京都 上京区 久賀邸

 

 

「…………変な時間に起きちゃったな」

 

 

 ぼやける視界で時計を見ると、時刻は午前の4時。

 まだ日の出まで2時間ほど猶予があるだけに外は暗く、部屋には僅かなナツメ球の光だけが照らしていて、身体を優しげに暖めるコタツの熱も相まって僅かに紡いだ覚醒の糸を断ち切って再び眠りに堕とさんとする誘惑があった。

 確か、紅白歌合戦が終わってゆく年くる年を観ながら年越し蕎麦を食べてから、雅匡さんが上物だと言ってお酒を勧めてきて、共に二十歳を迎えていた澪月さんと頂いて……

 それで徐々に酔いが回わるとコタツの温もりとで睡気が襲い、ちゃんと布団で寝たほうが良いという指摘を受けていながらも頑なに動こうとせず、それで気がついたら本当に意識を手放してしまって、この始末だ。

 

 今更になって己の行いを悔やみながら水でも飲もうかと身体を動かそうとしたところで、ようやく左腕にコタツとは異なる熱と重みがあることに気が付く。

 おや、と傍らを見てみると、こちらの肩口の辺りを枕にして穏やかに寝息を立てている澪月さんの姿があった。

 

 

「澪月さん……?」

「ぅん……あれ……恭太郎、さん?」

 

 

 声を掛けたときに思わず少しだけ腕を動かしてしまい、そのせいか澪月さんの瞳がパチリと開いてしまう。

 そして、文字通り触れ合う距離であった為にそのまま視線が合った。

 

 

「ごめんなさい起こしちゃいましたか?」

「あ……すみませ──痛っ!?」

 

 

 慌ててしまったのだろうか、その場で起き上がろうとしてしまった澪月さんは背中をコタツに強打する。

 そのまま墜落する様に再び澪月さんの顔は肩に埋まって、その様子を眺めている内に思わず反対の手を伸ばして頭を撫でてしまう。

 ピクンという跳ねる様な反応こそあったが、払い除けたり拒絶をする様なことはなかった。

 

 

「えっと……大丈夫ですか?」

「はい……」

「とりあえず、起きましょうか」

 

 

 コタツから引きずる様に体を出して、まだ机の上に残っていたコップに水差しから水を注いで澪月さんに差し出しながら自分も同様にして水を飲む。

 火照っていた身体に、冬の室温で適度に冷やされた水はちょうど良い塩梅で心地よく喉を潤した。

 

 

「ごめんなさい……お布団で寝て貰おうと起こそうとしたのですが、私もつられて眠くなってしまって……」 

「ああ、そうだったんですね」

 

 

 寒い日なんかに家族を起こしに来たが、ついその布団が暖かそうで一緒に入ってしまい……という経験は恭太郎にもあった。

 だからその事を咎めるつもりは毛頭なかったし、そもそも、さっさとコタツから出て布団で寝ていれば澪月さんを巻き込む事もなかったので、むしろ悪いのは自分だ。

 

 

「うーん、しかし4時ですか……」

 

 

 実は二度寝というやつが苦手で、一度完全に目が覚めてしまうと再び布団を被っても意識を保ったまま目を瞑っているだけの状態になってしまう。

 だから普段にこうやって変な時間に目を覚ましてしまった時は思考に耽ってみたり、紙やパソコンに向かってアイデアの整理をしてみたりするのだが……正月くらい、そういうものからは切り放して過ごしたいという想いがあった。

 だったらどうするのかという話だが、生憎こんな時間帯ではテレビは砂嵐だし開いている店がある訳がない。

 かと言って何か飲み食いするというのも違うし…………ふむ。

 

 

「澪月さん、今から海に行きませんか?」

「海、ですか……?」

「はい、今から車を走らせれば2時間くらいで、ちょうど初日の出が拝めるくらいの時間になると思います」

「なるほど……それは、風情がありますね」

「もしも眠かったら車の中で寝ていてくださいね」

「大丈夫です、訓練校では早朝訓練があるので慣れています」

 

 

 なんでも、突然3時とか4時に叩き起こされて集合、即座に隊列を組まされる訓練があるらしい。

 確かに、BETAというのは何時襲撃されるのか分かったものでは無いので、突発的な緊急事態に対応できる様に訓練する事は必要なのだろう。

 それだけでなく、普段から起床ラッパが鳴り響く6時よりも前に起きて身支度を済ませて、すぐに点呼できる様に対応する必要があるので5時50分には起きているとのこと……

 いや、本当に……頭が下がる思いだな。

 

 

「それじゃあ書き置きを卓の上に残しておいて、と……行きましょうか」

「はい」

 

 

 

 

 

1987年1月1日

京都 宮津市 傘松公園

 

 

「まさかソアラに乗る日が来るとは思いませんでした……」

「ははは、でもお陰で乗り心地は良かったでしょう?」

 

 

 90年代に販売される後期モデルと比較すればまだ洗練されていない部分も確かにあったが、この当時の車としては仕上がりも良かった為、免許を取得してから初めて乗る車としてソアラにする事は前々から決めていた。

 その分お値段もかなり良い具合にしたが……まあ、幸いにも余裕で購入できる程度の給金は頂いているのでそこは問題ない。

 

 そんなこんな車を飛ばして2時間弱、途中で寄ったコンビニで買った香りの飛んでしまっているコーヒーを携えながら下車して、少し小高くなっている道を登っていき、公園にある展望台にたどり着く。

 周囲を見れば、ちらほらと自分たちと同じ様に初日の出を拝みに来た家族連れやカップルの姿が見える。

 時刻は6時を少し過ぎたところ。

 群青の空の中、天橋立(あまのはしだて)の更に向こう側から仄かに橙色の陽光が漏れ出す様に僅かに伺えた。

 

 

「三年前に皆で行った海水浴場は……あの辺りですね」

「…………流石に、見えませんね」

「黒崎半島越しですからね、明るくてもちょっと見えないと思います」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 しかし以前に訪れた海岸ではなく、この様な展望台を選んだのには理由があった。

 太陽の昇る方角というのは、地球が丸い為に位置と時期によって異なり、日本において1月では南東の方角から登ってくる事になる。

 つまり、日本海側から見ると北にある海ではなく、それを背にして南にある山の中から出てくる形になってしまうのだ。

 それなら京都市内から拝むのと大して変わらなくなってしまうので、海越しに拝む為にはUの字状になった地形の左辺側から臨む他に無い。

 

 であれば黒崎半島も該当するのだが、天橋立といえば日本三景に数えられ、更に古事記や日本書紀などの神話においては国生みと謂われる日本創世の地とされており、初日の出を拝む地としては縁起が良いだろう、というのもあった。

 

 

「そろそろですね…………あっ」

 

 

 そして、コーヒーを啜っている間にその瞬間は訪れた。

 黒崎半島の先の方から真紅の珠が躊躇う様に少しずつその姿を現して、瑠璃色に堕ちていた空も徐々に暁紅(ぎょうこう)に染め上げられて光が拡がっていく。

 肌寒さはあったが、しかしその光景を見ていると心の内から暖められていく様な感覚に包まれていて、熱を帯びるようで、むしろその冷たさが心地良くさえある。

 

 ふと、上着のポケットに手を突っ込んで外に放っておいた腕に柔らかい感触が広がった。

 見ると、その腕を抱える様にして澪月さんが抱きしめてきている。

 その瞳は原初の火の如く紅い陽を捉えていたが、無意識だろう、口はポッカリと空いていて感嘆の息が感情と漏れていく。

 

 暫くどちらとも声も出せず、ただその光を見つめていた。

 

 

「────恭太郎さん」

「はい」

 

 

 先に、その沈黙から脱したのは澪月さんだった。

 

 

「私が家を出たあの日のこと、覚えていますか?」

「…………はい、覚えています」

「あの時、ちゃんと言葉にしようと思っていたのに……いざ、恭太郎さんと向かい合ったら怖くなってしまって、言えなかった言葉があるんです」

 

 

 周りからは、もう陽もそこそこに昇って満足したのだろうか、(まばら)らに降りていく人達の姿があったが、今はこの場から動く気にはならなかった。

 澪月さんの眼は、以前にも増して強い感情と熱が宿っている様に見える。

 それは、陽の光が反射したが故の錯覚か、それとも──果たして。

 

 

「私は……恭太郎さんのことをお慕いしております」

 

 

 言葉を返そうとして、口が半開きになって、そして乾きを覚えた。

 言い訳がましいが、しかし、その躊躇いの()は拒絶などではなくて、真摯にその言葉に向き合わなければいけないと思ったが故の逡巡だったのだ。

 どの様な言葉を返すのが適切なのか、そもそも己の感情は、考えは、想いは……巡り巡って堂々と、その出口を見失ってしまう。

 それに恐怖して、何とか言葉を紡ごうと息を静かに吸うと──

 

 

「いいえ」

 

 

 しかし、その惑う口は、澪月さんが1本だけ突き立てた人差し指に阻まれて()き止められる。

 

 

「恭太郎さんは優しいですから、きっと、優しい言葉しか言えないでしょう?」

 

 

 見透かされてしまっている気がした。

 

 

「私、待ちますから。ちゃんと恭太郎さんの言葉にしてから応えは聞かせてください」

 

 

 澪月さんはそのまま腕を引いて、少し高くなった岩場の所にヒョイと身軽に飛び乗った。

 2人の顔は陽の光に紅く染められていて、再び狭い静寂に包まれる。

 どうしようかと、再び口が僅かに開くが……

 

 また、互いの唇は、塞がれた。

 

 

 

 

 

 

1987年3月12日

アメリカ合衆国 ワシントン ペンシルベニア通り1600番地

 

 

「日本が海底油田を掘り始めた、だと……?」

 

 

 信じられないと言いたげに辺りを見渡すが、返ってくるのは沈黙という名の肯定だけであった。

 

 

「どういう事だ、詳細を聞かせてくれ」

「はい、日本は東シナ海の北緯35度付近の海底にて採掘を開始しました。この海域は日本と韓国の両国において日韓共同開発協定が結ばれていましたが、日本はこれを一方的に破棄し、海域及び海洋資源の権利を主張しております」

「馬鹿な……それは、国際法的にはどうなるのだ?」

「この協定が結ばれた当時は大陸棚を基準とする海域境界線が主流となっていましたが、現在では排他的経済水域(EEZ)を基準とすることが国際司法裁判所でも多くの判決で採択されておりますので、国際法的には問題ありません」

「むぅ……」

「そもそも日本がこの協定を呑んでいたのは、中国もこの領海権問題に干渉していた為にそれを払い除ける意味合いがありましたが……ご存知の通り現在の中国は腹の中にオリジナルハイヴを抱え、青海(ちんはい)省および甘粛(くぁんすー)省に戦線が伸びきっておりますので東シナ海に干渉する余裕がありません」

「しかし、一方的な条約の破棄となれば日本は孤立するのでは無いか?」

「それが、そうでもないのです」

「何故だ?」

 

 

 男のその疑問に答えるべく、机の上に世界地図を広げると日本を始めとしてあらゆる国の位置を指さしながら説明を始めた。

 それはつまり、常に変動し続ける国際情勢の一幕を切り取ったもの。

 日本を爆心地として大きく変革を遂げつつある新秩序と言っても過言では無いものである。

 

 

「まず、日本のこの行動に対して韓国は当然ながら異議を唱えましたがこれに対してイギリスをはじめとした欧州連合が待ったを掛けました」

「イギリスだと……?」

「理由は定かではありませんが何かしらの秘密取引があったと見てしかるべきかと…………つまり、対BETA戦禍における兵器の供与などの可能性です」

「あの忌まわしき戦術機か……あれだけでそこまで変わるというのか?」

「いえ、日本の脅威はそれだけに留まりません」

「こちらをご覧ください」

 

 

 そして提出されたのは数枚のボヤけた写真とそれを補足するレポートだった。

 

 

「これは…………?」

「レールガンの試射テストの様子です」

「馬鹿な、レールガンだとっ?!アレは莫大な電力を消費するから現実的ではないという話では無かったのか!!」

「はい……我が国では国防総省を主導に空軍を除く3軍とDARPAが共同で研究しておりますが現状において専用の発電所を設けた上で20〜30mm程度のアルミニウム弾体を発射するに留まっております」

「それで、日本は?」

「この写真で捉えられているのは、120mmの弾体で重量は10kgにも及ぶそうです……」

 

 

 30mmといえば機関砲程度の口径ではあるものの弾体はアルミニウム製で重量は数百グラム程度であった。

 レールガンというのは弹体が軽量である程に消費エネルギーが少なく、つまり技術的難易度が低い。

 この当時、アメリカで研究されていたレールガンの出力は数十kWであり、日本で試験された物が30MWであった事から、文字通り桁違いの差がある。

 

 

「なるほど……つまり、日本はこの試験結果をカードにイギリスと交渉したということか」

「いえ、その……」

「閣下、こちらの資料をご覧ください」

「これは駆逐艦……?」

「イギリスのミサイル駆逐艦です。艦首にある砲をご覧ください」

「なんだ?ただの艦砲じゃ…………まさか?!」

「はい、現在その駆逐艦の主砲はレールガンに置き換わっています」

 

 

 あまりにも、それは早過ぎた。

 イギリスのシェフィールド級が元来よりエンジン主機と発電機が別系統として備えられていたという事情を踏まえたとしても、レールガンの完成よりも遥か前に改修の計画が立案されていなければ到底不可能な所業だ。

 つまり、少なくとも数年前には日本とイギリスでこの油田に関する綿密な遣り取りが交わされていたという証左に他ならない。

 

 事の真相としては、レールガンの試射が終わった数日後にはシェフィールド級の改修設計図をイギリス海軍に提出していたのだが、それを彼らが知る由もなかった。

 何せ、当のイギリス海軍にしても『どの様にして日本はシェフィールド級の詳細設計図を手に入れたのか?』と首を傾げながらその余りにも正確な改修設計図を眺めていたのだから。

 

 

「そうか……西欧の殆どの首脳陣は現在イギリスに身を置いている。ということは」

「ええ、フランスや西ドイツといった国土を喪った諸国は喉から手が出る程にこのレールガンを欲するでしょう……そうなれば日本に対して融和な態度を取るのは必然」

「くそっ……何故あの外交下手な日本がこれ程にまで手廻し良く動けた?!」

「お言葉ですがプレジデント、日本が動かざるを得ない程にまで追い詰めたのは原油輸出規制が原因である事は明白です」

「む…………っ」

「考えてもみてください、あの国は自国に満足な資源が無いが故に、資源の枯渇の危機にとても敏感なのです。第二次世界大戦の折にもアメリカに対して日本が宣戦布告を決断した一因はABCD包囲網とそれを盾にしたハル・ノートであることはプレジデントもご存知の筈」

「…………」

「そんな負の記憶を持つ日本がそれを思い起こされる様な外交措置を取られれば、持ち得る総ての手段を持ってそれに対処せんと動き出すのは明らかでしょう」

「しかし、この日本の勢いを削がなければ必ず我が国に不利益が被られるだろう!戦術機にせよレールガンにしろ、何とかコレを凌駕できんのか!」

「それはかなり難しい…………いえ、現在の状況ではほぼ不可能でしょうな」

「どういう意味だ!?」

「プレジデント、これをご存知ですか?」

 

 

 男がスーツの懐から取りだしたのは、手の平よりもやや大きくアンテナや番号を表示するディスプレイ、アンテナ等を備えているロルモータ*1製の最新型携帯電話である。

 アメリカのビジネスシーンの改革とも言えるその文明の利器は、訊ねられた男も所有していた。

 

 

「携帯電話だろう?それがどうした?」

「ええ、これはアメリカで販売されている最新型の携帯電話です。そしてこちらが、日本の携帯電話になります」

 

 

 そうして次に取り出してきたのは、先程の物とは打って変わって板の様に平べったい、金属とガラスで構成された箱とでも言うべき代物であった。

 周囲の者たちはその正体に見当も付かず、頭には疑問符が浮かんでいたが、男がその箱の側面にある小さなスイッチを押すと、正確な時刻では無いがデジタル表示の時計とカレンダーが表示され、今度は驚きの声と表情が溢れる様にして浮かんだ。

 更にその画面には、電話を模したと思しきものや、京都の神社仏閣と日本の自然風景が続々と映し出されていく映像を見た頃には、訳が分からないと頭を抱える者まで出てくる始末。

 しかもその操作方法がボタンやスタイラスペンではなく、明らかに指で画面をなぞって行っている事に衝撃が走る。

 

 

「なんだそれは?!」

「ですから、携帯電話です」

「そんなスパイの秘密道具の様な携帯電話があるものか!!」

「しかし、日本にはあるのです」

 

 

 凄すぎて、もはや何が凄いのかを理解出来ないままに男達はその混乱の感情を吐露する。

 兎に角それが、自分達の所有する携帯電話と称する物よりも圧倒的に優れたデバイスである事だけは明白であった。

 

 

「プレジデント、Fray X-MP*2というコンピュータをご存知ですか?」

「世界最速のスーパーコンピュータだろ……おい、嘘だろ、やめてくれこの流れは……」

「アレは4つのCPUプロセッサで構成されていますが、この携帯電話を動かしているコンピュータはFray X-MPのCPUプロセッサ2つ分の性能を有しています」

「待て待て……アレは確か5トンぐらいの重さだったよな?どうしてこんなに小さくなるんだよ……」

「ああ、ちなみにこの端末の重量の殆どはバッテリーと画面で占められているので、CPUの大きさはこの程度……精々が数十グラム程度ですね」

 

 

 そう言って見せた男は25セント硬貨よりも少し大きい程度の円を人差し指と親指の先をくっつけた輪っかで作って見せていた。

 それが何かを了承した合図(OKサイン)などでは無く、プロセッサのサイズがその程度の小型な物であると説明しているという事は明白だった。

 

 

「わかりますか?我々はこういう物を平気で出してくる国を相手にしなければならないのですよ」

「最早、論点がすり替わっているが……つまり、技術力に差が有り過ぎるが故に、我々にはこれと同じ様な物は作れないと言いたいのだな……何故こうも差が開いたのだ?」

「これも総ては須和恭太郎という少年の仕業です」

「須和……確か日本の戦術機、彩雲の設計者だったか。これらの技術が戦術機からのスピンオフということか?」

「いえ、むしろ逆です」

「逆?」

「ですから総て須和恭太郎が開発した物なのですよ。戦術機も、レールガンも、携帯電話も、空母も……何もかもこの数年の内で革新的だと言える物の全ては彼が作りました」

 

 

 大統領は遂に、我慢ならぬと言わんばかりに頭と腕をテーブルに崩れて倒れこむ様に力強く叩きつけて、うつ伏せの様な姿勢になってしまう。

 

 

「私は……!エキスポ(科学技術博覧会)やコミックスの品評会を見に来たつもりは無いぞ……!」

「落ち着いてください、これは現実です」

「………………私にどうしろと言うのだ」

「今からでも遅くありません、日本との外交関係を融和政策に転換させてください」

「しかし、それでは世論が……」

「貴方は目先の支持率とアメリカの将来、どちらを優先すべきなのかわからぬのですか!?」

「ぐっ…………!」

「苦渋の決断であるとお察ししますが、今は耐えてください。日本の技術を我が物としなければATSF計画そのものが破綻してしまいます」

 

 

 ATSF計画とは、F-15に続く次世代戦術機の運用思想や性能要求をまとめた一連の開発計画である。

 その概要としてはBETAとの戦いが終結した後にBETAの巣窟であるハイヴからもたらされる、人類にとっては未知の物質であった所謂G元素を確保する為に人類間での戦争が勃発する事を想定した上での戦略ドクトリンを踏まえたものだ。

 つまり、第2世代戦術機の特性である高機動性能と運動性能を更に発展させた上で、ステルス性能および高性能なレーダーやセンサーによる索敵からファストルック&ファストキル能力を付与させた第3世代戦術機を開発し、他国の戦術機を圧倒せしめんというコンセプトの元、現在はその要求仕様に応えたYF-22とYF-23が次期主力戦術機の座を懸けてしのぎを削っていた。

 

 しかし、そんな中で通常兵器では撃墜不可能な存在が現れたらどうなるだろうか?

 それが彩雲であり、その身を守るカグツチと称される装甲システムであった。

 例え、その身を曝さずに攻撃することが適ったとしても逆に自分の存在を知らしめるだけであり、奇襲に失敗した忍者も同然だ。

 アメリカが既に多額の予算を費やして行ってきたATSF計画を成就させる為には、その守りを崩す為にカグツチを分析し、かつそれを突破する術を見つけ出さなければならず、その為にはカグツチそのものを入手する他にない。

 

 つまり、アメリカが日本を締め付ければ締め付ける程、逆に己の首を締め付ける行為になってしまうのだった。

 

 

「…………わかった。一連の原油輸出制限とスーパー301条の緩和を行おう」

 

 

 忌々しげに虚空を睨みつけながら、大統領は苦渋の決断をした。

 

 この時から、大統領職の引き継ぎの際には核兵器のスイッチや情報と共に対日政策に伴う注意点を纏めた一連のノート、通称“交換日記”が受け継がれることに。

 その研究内容の大半を占める記述が、須和恭太郎に関するものであるということは、語るべくもない。

*1
モトローラ

*2
Cray X-MP

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