Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1987年11月10日
京都帝国大学 邦畿計画事業室
語弊を恐れずに言えば、ここに来てようやく多少の余裕が生まれていた。
地球上からBETAを一掃できる程の戦力や下地が整ったとは口が裂けても言えないが、少なくともこれまで世に送り出してきた戦術機、仮設空母、装甲車両、戦車、レールガン……そしてそれらを支える素材や超伝導体などの周辺技術、これが世界各地の最前線に充足な数が行き渡るだけでも20〜30年間はBETAをユーラシア大陸に閉じ込めておく為の要となりうるだろう。
しかし、同時に決め手に欠けるのもまた事実である。
まず前提となる対BETA戦においての基本戦略として、ハイヴの最深部に到達した上で反応炉を破壊する必要があるのは、言うまでもない。
その為には持続的で連鎖した補給と通信網を構築し、これを絶えさせない事が何よりも重要であることは1978年に決行されたパレオロゴス作戦で培われた教訓からも明らかである。
かの戦いにおいてハイヴ内の貴重なデータを遺した部隊であるヴォールク連隊も補給網の瓦解に伴い、僅か3時間34分で全滅したことからもその重要度が伺えるというものだ。
もちろん、途切れない補給網を確立する為の戦術システムの構築という参謀的な立場からのアプローチも必要だが、それを技術面から支援する事が、何より恭太郎にとっての仕事だった。
つまるところ、補給の回数を減らせる兵装システムの開発こそがその本領と言えるだろう。
その為の一石を投じる事になるのが、推進剤不要の跳躍ユニットである。
「推進剤が不要……いえ、正直言って主任ならいずれはこういうのを出してくるとは思ってましたけど……」
篁大尉は少し困惑した様子で跳躍ユニット開発プロジェクトの立案書を見つめていた。
これは突拍子もなく何も無いところから降って湧いて来たアイデアでなく、今までの技術の延長線上であり集約なのだが。
推進剤を消費しなくなるだけで、別にエネルギーはきちんと消費する……そう、つまり電動化だ。
「とは言え、いきなり作ってみせて、はい搭載、とはいかないので飽くまでも今回は理論実証としての試作ですね」
「ああ、まあ……確かに、何だかんだ言って自律稼動フレームやレールガンみたいな完全に新しい技術はちゃんと検証した上で採用されてましたしね」
「何言ってるんですか、そんなの当たり前じゃないですか」
いくら完成図を知っていたとしても、結局は実際に組み上げて検証してみない事にはそれを現場に送り出す事なんて出来る訳がない。
何せ実際にBETAと対峙する衛士や兵士は文字通り命を懸けて戦っているのだから、何かしらの不具合が生じてしまい無駄にその命を散らしてしまうなんて事は以ての外だ。
跳躍ユニットなどは、戦術機の高機動戦闘を実現するための重要なパーツとなる為、特に検証を重ね信頼性を高めてから実装しなければ。
「それでこれは……ジェットエンジン、なんですか?」
「んー……広義のジェットエンジン、正確には電気推進とか
このエンジンの推進方式は、これまで大気圏内用の電気推進として考案されてきた物のハイブリッド、とでも言うべき代物であった。
まず、エンジンの先端には超伝導モーターに直結されたファンがあり、これで空気をエンジン内に取り込む。
現状でモーター出力は10MW級に達しているが、これでは中型機を跳ばせる程度でしかない。
そこで、従来は燃料を噴射して燃焼温度を上昇させていた燃焼室で、ジェット燃料の代わりにマイクロ波照射装置を設置する。
これで前述のモーターファンで取り込んだ空気をプラズマ化させ温度を上昇させる事で推進力は現行の戦術機に搭載された跳躍ユニットのジェットエンジンと遜色ない推力を確保することが可能に。
更に、最後部にはMHD加速器を搭載。
これは、MHD発電機としては磁性流体のエントロピーを回収して起電力とするものを、逆に磁力と電流によってローレンツ力を発生させ、プラズマジェット流を更に加速させる。
最終的にはMN級……つまり、ロケットエンジン並の推力を確保できる計算となり、これでもって跳躍ユニットの電動化が叶う訳だ。
超伝導体でモーターを作り、発電機とする事が可能なのではないだろうか、という試み自体は常陸や帝芝で既に行われており、マイクロ波をジェット燃料の代替とする電気推進技術は様々な機関で研究されてきたし、MHD加速器に至ってはMHD発電機の応用である。
つまり、このエンジンは既知の技術の集合知であり、それぞれ単体であればほぼ確立されている技術の凝縮。
よって、現状においても理論実証機としてであれば完成させることが可能であると判断した為、研究を開始することとした。
「まあ、ただ問題がありましてね……」
「問題ですか?耐久性とか?」
「いえ、これだけの大規模システムとなると……520kNを発揮するのに約110MW、ロケットエンジンを基準とする1MNでは約300MW……しかもこれ片側での推測値で、実際にはこれが2基必要なので単純に2倍は必要です」
「…………仮に、600MW出力の発電機を戦術機に搭載することは可能なんですか?」
「現状の技術で言えば、原子力発電所を担げば、あるいは……」
「つまり、無理なんですね」
いや、しかしこれはそもそも既存のロケットを基準に1MNなんて数字で概算している方が問題だな。
垂直に機体を浮かせる為には推力重量比が1を越えれば良いのだから、彩雲の82.8tで考えれば815kNもあれば充分な訳で……仮にこれで1000km/hの加速を得たいならば……2基の合計で250MW程度で充分だということ。
そして、ロケット噴射なんて精々数秒程度であるし、余裕を持って10秒と仮定すれば700kWhのSMESを搭載できれば、消費電力を賄える事になる。
現状のSMESの性能では1750Lの体積が必要で……つまり1.2mの立方体で収まるわけか。
SMESは超伝導体の材質の変更で蓄電量を増やせる余地があるから、更に小型化できる可能性もある。
そちらの方向性で探ってみるとするか。
「まあ電力の供給源の問題が解決しようが、どのみちこの機構で運用出来るのかをテストしなければなりませんからね……早速FHIに試作機を製作して貰いましょう」
1987年12月3日
京都 上京区 久賀邸
超伝導電磁推進は、結局SC(SuperConducting)マグジェットという名称で落ち着いた。
Magjet……まあアークジェットなんかと同じ調子で行くと、磁力を用いたジェット推進ということでそんな感じの名前になるのか。
まずは小規模な総出力2MW程度の試験機が作られテストが行われ、これの結果は良好。
超伝導モーターもマイクロ波照射装置もMHD加速器も滞りなく稼動してみせた。
現状そのままでは精々セスナを飛ばせる程度でしかないが、ここから更に検証を重ねて実機で耐えられる仕様へと徐々に施して行けば良い。
強いて問題があるとすれば、モーターの回転数にマイクロ波の照射出力、そしてMHD加速器へ投入される電流量を衛士がコントロールする為の間接思考制御ソフトウェアの完成度を高めなければならないという事か。
今回は試験機ということで冗長性のあるシステムが組まれていたが、実際に戦術機に搭載するとなれば出来る限りコンパクトかつシンプルである必要があるが、まあこれは最悪自分で調整してしまえば良いのでさほど大きな問題にはならないだろう。
それよりも、これを稼動させる為の小型かつ大出力の発電機を如何にして用意すべきかという事に頭を悩まされている。
「うぅん……鳳翔に搭載したMHDジェネレーターを小型化出来れば、あるいは……」
この発電機は1基あたり80MWの大出力であるが、元々船舶に搭載する事が前提であったこともあり、全長は約6mで高さと幅は約4m、重量にいたっては7tにも及ぶ。
跳躍ユニット自体の全長が8m程なので、これをそのまま搭載することは不可能。
しかも、現状は燃料として天然ガスを使用しているので……質量としては航空燃料とさほど変わりなく、推進剤を排した意味合いが無くなってしまう。
何か、燃料という概念の無いSMESの様な蓄電装置か、若しくは天然ガスよりも更に軽い燃料で稼動する発電機に置き換えられれば……
「結局のところは、水素か?」
液体水素の比重は約0.07、1000リットルあたりの重量は70.8kgであり、航空燃料や液化天然ガスの実に1/10程度。
しかし、体積に対するエネルギー密度は1/3なのでそのまま水素タービン発電機を搭載したとしても軽量化は叶っても出力が下がってしまい、無理やり帳尻を合わせれば航続距離が短くなってしまうので、それでは本末転倒だ。
何か、水素だからこそ可能な高出力の発電機というものはないだろうか?
「水素なぁ……水素、重水素、化合物、吸蔵金属、還元、循環……あ、なんか出てきそうな…………ぁ?」
「…………なに、やってるんですか?」
座卓に両腕の肘を付けて手首の辺りで頭を保持しながら考えを巡らせていたが、なかなか良いアイデアが思い浮かばず、脚はあぐらの体勢のまま上半身を伸ばしながら仰向けになってみる。
すると視界には、奇怪な物を目撃してしまったと言わんばかりの怪訝な表情を浮かべる、制服姿の玫依ちゃんの姿が。
そして、体勢と位置の関係上スカートが……すぐに身体をひっくり返して、視界を床に下ろしながら立ち上がった。
「ごめんごめん、ちょっと考え事をね……今帰ってきたんだね、おかえりなさい」
「…………はい、ただいま」
玫依ちゃんはぶっきらぼうに言葉を吐き出す。
断っておくが、スカートの中を覗き込んだりなどはしていない。
それを弁解する様に言葉にしてしまうと、言い訳がましくなって逆に機嫌を更に損ねる可能性があるので言ったりはしないが。
これでも5年近く同じ屋根の下で暮らしているのでね、少なからず学んでいるのだよ。
「はぁ……てっきり、水素の歌でも歌っているのかと思いましたよ」
「水素の歌?」
水素に固有の歌や音というものは無いと思うが……
「今日はヨネさんにお暇を出していますから……私が夕飯を作りますけど、何か食べたい物はありますか?」
「ああ、えっと……それじゃあ、冬だから鍋、とか?」
「鍋ですか……アジがありましたから、つみれ鍋にでもしますか。ちょっと着替えてきますね」
そう言って、玫依ちゃんは自室へと向かう。
手持ち無沙汰になって、とりあえず座卓に広げてしまった書類を一度片付けるか、と動いていると……少し離れた場所からくぐもっているが、それでも響く雄叫びの様な玫依ちゃんの声が聞こえた。
「うわ、ビックリした」
恐らく、枕に顔を押し付けて大声を出して消音したつもりだったのだろうけど……何処かに隙間ができてしまったのだろう、ここまでその声の一部が聞こえてしまう。
何だろう……ストレスを発散する為に?
さきほどのアレがよほど気に障ったとでもいうのか……
暫くして、玫依ちゃんは軽装の和服に着替えて戻ってきた。
「あの……もしかして、何か怒ってますか?」
「いいえっ、別に?怒ってませんけど?」
「はい……」
というか、今日に限らず最近の玫依ちゃんはこうやってご機嫌が斜めになってしまっている事が頻繁にある。
玫依ちゃんも年頃の女の子だからな……思春期というか、何かと精神的に不安定になることもあるだろうさ。
ここは刺激せずに、できるだけ穏便に過ごせる様にしなければ……
「ええっと、何か僕に手伝えることはあるかな……?」
「そうですね……アジを包丁で叩いてから、裏漉ししてください」
「わかりました」
大きな骨を取り除いでから、細かく切り込みを入れて、砕く様にして包丁を叩き込む。
そうしてある程度細かくしてから、裏漉し器に身をヘラで押し付けて裏漉ししていく。
アジは神経系が発達していて小骨がたくさん張り巡らされる様に拡がっているので、包丁で大雑把に砕くだけでは残ってしまうので、それを取り除く為に裏漉しする必要があるのだという。
そして、裏漉しされた物に塩と片栗粉を混ぜて、つみれ団子にする。
その頃には玫依ちゃんが野菜の下処理と合わせ出汁を完成させていたので、そこにつみれを投入。
あとは、これを煮て火が通るのを待てば良い。
「裏漉し……フィルター、出汁、液浸……」
先程まで水素の事についてばかり考えていたからだろうか、鍋の製作工程が何故か別の何かと関連付けられて連想してしまう。
頭の中にはつみれでは無く、水素の団子が忙しなく飛び跳ねていって……
「あ……あっ、もしかしたら、いけるかもしれないっ?!」
「うわぁ、びっくりした……急に大きな声を出さないでくださいよ……っ!」
「ご、ごめんなさい……」
しかし、この思いつきを寝かして忘れてしまうのは避けたいので、すぐにメモを取って残しておく。
もしかしたら、水素を用いた小型で高出力な発電機を作れるかもしれない……!
まさか、つみれ鍋を作りながら思いつくとは思ってもみなかったが。