Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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36『愛 憎』 1988.3.27

1988年3月25日

京都 下京区 京都駅 駅ビル

 

 

 店外の通路も、そして店内の他の席を見てもそこには異様な光景が広がっていた。

 皆、行き交う人々は揃いも揃って手元にある光を放つ四角い機械に視線を向けながら歩いている。

 

 携帯電話、ポケコン、スマートフォン、HCP(Handy Computer Phone)などメーカー毎に色んな名称があるが……どれも中身は同じ物だ。

 列挙される名が表す通り、手のひらの上に収まるサイズの電話でありながら小型の超高性能コンピューターが内蔵されており、電卓だとか電子手帳としてのメモやカレンダー、スケジュールといった機能から始まって、カメラ、ビデオ撮影、インターネットと呼ばれる電子ネットワーク通信の機能によって地図を見たり図書館で行う必要があった調べもの、電子メールまで……

 本当に、ありとあらゆる機能が十数センチの薄い板状の機械に詰め込まれており、電波の届く限りどんな場所でも使用する事が可能だった。

 

 異様というのは──それが、数年前までは存在し得ないものであったからだ。

 2年前と言えば、まだ世間ではコードレスの電話子機自体の認知度も低く、電話と言えば紐の付いた黒電話か公衆電話というのが主流だった。

 しかし、手鏡の如く大きなガラスの画面を備えたこの携帯電話が世に解き放されると、圧倒的な維持費の安さも手伝ってかそれは爆発的に普及し、あっという間に市井の必需品となっていた。

 何せそれまでは固定電話を設置をする為だけに7万円、そして月々の基本使用料が1800円と更に距離に応じた通話料と、それなりに家計に占める割合の大きい負担だったのだが、携帯電話であれば端末代金は無料で月々の通信料は数千円で収まってしまう。

 しかも通話料は全国のどこに掛けても一律料金である上に、料金体系によっては回数も時間も無制限のいわゆるかけ放題まで実現し、学割が適用される10代の学生からこういった新しい技術や機械に抵抗感の薄い20〜40代程の世代に深く浸透していき、今では所持していない若者の方が少ないくらいだ。

 

 かく言う私の手の中にもその携帯電話……メーカーのJECはスマートフォンと称している……が収まっていた。

 

 

「澪月さん、お待たせしました」

 

 

 携帯電話に保存してある写真のアルバムを表示していた画面を少し慌てる様に消して視線を上げると、我が家の同居人が購入してきた飲み物を2つ、両手に持って戻ってきていた。

 何を隠そう、この同居人……須和恭太郎こそ、この携帯電話の開発者その人である。

 この携帯電話を開発しただけでも偉大な功績であると賛するに過分では無いのだが、彼の本領はどちらかと言えば兵器開発であり、彩雲や嚮烏といった国産戦術機をほぼ1人で設計と開発をした上に戦車や空母といったものにまで携わっているという。

 ハッキリと言えば異常なまでの天才……最早、天才という言葉でさえ不相応と思えてしまう程の人智を越えた頭脳の持ち主、神憑りとでも言えば良いのだろうか。

 天照大御神が日ノ本を憂虞して遣わした八意思兼神(オモイカネ)の化身である、などと嘯かれても信じてしまう自信がある。

 

 

「改めまして、卒業と任官おめでとうございます()()()()

 

 

 飲み物をテーブルの上に置いた彼は、居住まいを直して案外と綺麗な敬礼をこちらに向けてくる。

 そして、彼の冗談めかした私の呼び方に、戸惑いと僅かな苛立ちを覚えてしまう。

 

 

「……やめてください、()()()()

「ははは、確かに、何だか慣れないし落ち着かないですね」

 

 

 思えば、過ぎてしまえばあっという間ではあったが衛士養成学校での訓練に明け暮れる3年という歳月は確かに長かった。

 その間にユーラシア大陸の情勢は悪化、斯衛軍は嚮烏の配備を決定、教育基本法の改正もあって養成学校のカリキュラムも変わり、後輩は2年課程になったり等……身の回りの社会も常に変化し続けていた。

 そして、恭太郎さんも時を同じくして大学院を卒業、博士号を取得してそのまま技術士官として軍属に。

 しかし帝国軍も斯衛軍もその扱いに苦慮したのだろうか、少々特殊な役職に就いたようである。

 

 

「将軍殿下直属の邦畿祐筆に任ぜられたとか……?」

「ああ、仕事の内容は大きく変わりはしないんですけどね……皇帝陛下の全権総代である政威大将軍の名代という名目上の立場でありながら軍籍は国防省の預かりという何ともチグハグな立ち位置で……組織図だけで見たら内閣総理大臣と同列なんですよ?これが」

 

 

 そんな権限は無いんですけどね、等と否定する様に片手を振りながらミルクティーを口に運ぶ。

 カップを置いてから、机の上をなぞる様にして指を滑らせながら説明を続けた。

 

 

「軍籍は国防省にあるので、少佐という階級は国防省直属の帝国軍少佐という立場になります。陸海宙のどれにも属さず、飽くまでも指揮権の無い三軍に技術士官としての意見を提案するアドバイザーになります」

「ふむ」

「しかし、斯衛軍から見ると少し複雑で、斯衛には軍籍は無いので階級はありません。しかし、邦畿祐筆頭という官職を与えられたので、つまり斯衛軍と城内省への直接的な指揮権と任命権を持つ将軍殿下からの命さえあればこれを動かす事も可能です」

「それは────」

 

 

 時と場合によっては、将軍家に準ずる五摂家よりも強い立場と権限を有する事になる。

 更に言えば、祐筆という事は公文書を認める事が許された役であるから…………後に更新されるであろう武家諸法度の内容次第ではあるが、殿下を介さずともある程度は己の裁量が許され、恐らくは斯衛軍の部隊の1つや2つを自由に動かす事さえ可能だろう。

 

 須和恭太郎という人物を客観的に評すれば、何とも妥当な地位だと思えてきてしまうのも酷い話だが……

 しかし、どうにもきな臭い。

 具体的に言えば、政治的な駆け引きの片鱗が見えてしまう。

 

 

「それは、あるでしょうね。城内省は先手として将軍直属の地位に置く事で斯衛との結びつきを強く内外に示しておきたい。国防省としては軍律に大きく影響する立場を与えたくはないが、将軍直属という役を持つ者を中途半端な位置に置けば軍内部で分裂が生ずる可能性すらある……落としどころを探ったら、こんなコトになったのかと」

「…………」

 

 

 ある意味、恭太郎さんもこの国の内情に巻き込まれたと言える。

 かつて、この国の(まつりごと)は皇帝陛下の全権総代である政威大将軍が執っていたが、何時ぞやから民主主義と法律という盾を振りかざされその実権は削り取られ続けていた。

 斯衛、もとい城内省は恐らく恭太郎さんとの距離の近さを利用して日本国内における将軍殿下の権勢復古の為の足掛かりとして利用しようという魂胆なのだろう。

 そして、恭太郎さんはそれに気付いている上でその流れに逆らわずに乗っている……

 

 

「まあまあ、僕のことはこれくらいにして。澪月さんの話も聞かせてくださいよ」

「私の、ですか?」

「正式な赴任は4月からでしたっけ?」

「はい、桂基地の評価試験部隊に」

 

 

 斯衛軍の主任務は皇帝陛下と将軍殿下、そしてその御二方の御座す京都の守護。

 故に基本的に斯衛軍の基地は京都内にあり、もしも都外に出る必要がある際には帝国軍の基地で設備を利用させて貰う形となる。

 また、この桂基地は皇帝陛下が京都を訪れになられた際に御滞在される桂離宮の側にあり、その警護や管理を担うという目的の為に設置された。

 桂基地は近畿地方の兵站を支える補給基地としての役割があり、その特性を活かして斯衛軍における新兵装の運用試験を行う評価試験部隊が置かれ、私はそこに配属された形だ。

 

 

「評価試験部隊、ですか」

「実は、養成学校でも戦術機の評価試験に少しだけ関わっていまして」

「ということは、今年に制式採用される予定の──」

「そうです、 嚮烏(きょうえん)の」

 

 

 88式戦術歩行戦闘機 嚮烏(きょうえん)は86式戦術歩行戦闘機 彩雲を斯衛軍の戦術ドクトリンに合わせて改修された機体だ。

 具体的には、近接戦闘能力の特化とそれに伴う装甲や主機出力の強化、関節強度の向上にOSの変更など……

 未熟な訓練兵がどの程度まで扱えるのか、という試験を養成学校で行われた際に部隊長に目を掛けられ、いわばスカウトされ、此度の配属となった。

 

 

「嚮烏は評価試験が必要な項目の殆どが終了し、既に先行量産機の生産も開始されましたが……まだ実戦での評価が残っています」

「もしかして澪月さんも?」

「…………私も秋には大陸へ赴きます」

 

 

 それは、衛士になると決めた日に既に覚悟を決めていた。

 いずれは戦術機を駆ってBETAに切っ先を向ける為に死地へと発つ日が来るということは。

 だからこの胸中に渦巻く()()というのは命が惜しいだとかそういう物とも違う、締め付ける様な灼熱を帯びた細く儚い何か。

 正体に見当がつくからこそ、鼻を鳴らして自嘲してしまいたい衝動に苛まれながらも何処かでその純真で愚直な己の一部を捨てがたくも想う矛盾した感情の融液に浸かってしまう。

 溺れてしまうのだな、と自覚した頃には、無意識に恭太郎さんの右手を掴まえる様に両の手で包んでいた。

 

 

「澪月さん……?」

「…………」

 

 

 現実的に考えれば、今この手を離してしまってもその気になれば再び手に取る機会は幾度と訪れるだろう。 

 しかし、もっと曖昧で主観的な感覚が、この温もりを逃すことを惜しく思ってしまうのだ。

 久しく遠ざかっていた暖かみだからだろうか、もっと近くに引き寄せたいという欲求が湧き出してしまう。

 だけど……そんな単純な感情の波に突き動かされるままに飛び込んでしまえば、かろうじて保たれている天から吊るされた蜘蛛の糸の如く細くて儚いこの繋がりが断ち切れてしまうのでは無いかと考えてしまって、踏み込めない。

 

 待っている、などと私は前に曰わったが……結局のところ、私は臆病なのだ。

 今の関係性に甘んじて、変化を恐れているだけ。

 それでも前に……少しずつでも、一歩だけでも近づきたいというのも、それもまた本心だから──

 

 

「恭太郎さん」

「はい」

「また何時か、海に連れて行ってください」

「ああ……もう、暫くですね」

「また温泉に入ったり、ゆっくりしたいです」

「そうですね、時期的にもそろそろ…………また皆で行きたいですね」

「…………」

 

 

 少し、チクリとした。

 恭太郎さんは、善意でそういう言い方をしたのだろう。

 平等というか、視野が広いというか、彼の優しさは誰か一人に注がれるというよりも満遍なく降り注がれる。

 しかし、その優しさを独り占めしたいと思っても……欲しても、良いではないだろうか?

 それに多分、言わなければ私の気持ちは察してくれないと思うのだ。

 

 

「違います」

「え?」

「私は恭太郎さんと……2人で、2人だけで行きたいんです」

「あ…………っ」

「駄目、ですか?」

 

 

 いつも、焦りは私のことを少しだけ強くしてくれる。

 

 

 

 

 

1988年3月26日

京都 上京区 久賀邸

 

 

「…………」

 

 

 眉間に皺が寄ってしまっているのを感じ、それを解さんと手掌の底を押し付けてみるが、一向に気が晴れる様子はなかった。

 胸の内、心臓の辺りの周囲は、乾いて鱗の様になった泥が幾重にも積層して貼り付いてしまったかの様な不快感で一杯になってしまっている。

 そんな淀んだ感情に陥っている事を自覚してしまうと、自己嫌悪も手伝って結局は更なる怒りが積み重なってしまう。

 

 

「ああっ、もう……!」

 

 

 思わず、その怒りを散らさんと襖のふちへと横向きに拳を打ち付けてしまう。

 しかしそれで気分が晴れることなどある筈も無く、結局は小指の辺りに痺れる様な痛みがじんわりと拡がるだけだった。

 

 

「あの、玫依ちゃん……大丈夫?」

 

 

 背後から、こちらを案じる様な声が聞こえる。

 反射的に振り返ると、恭太郎さんが案の定こちらの様子を伺う様にしていた。

 しかし私の表情と態度を見てか、いま一歩近づくのを躊躇いる様子だ。

 

 

「…………」

 

 

 この怒りや不穏な感情の元凶。

 いいや違うと、否定したくても一度抱いてしまった感情の奔流を鎮める事は出来そうにも無い。

 そもそも違うって何だ、この人の態度に憤りを覚えているのは事実じゃないか。

 

 もう、なんだか、もう嫌だ。

 原因となっている恭太郎さんの行いもそうだし、そうやって言い訳みたいに理由とか探している感じも、こうやって悶々としていることも。

 

 

「…………恭太郎さん」

「は、はい」

 

 

 自分でもびっくりするぐらいの低い声が飛び出していった。

 

 

「昨日、お姉ちゃんとデートに行きましたよね……なんで帰ってきちゃったんですか?」

「いや、えっ……だって、もともと夕飯時までには帰るって……」

「遅くなるとか、予定が変わって泊まる事になったとか一報を入れれば良かったじゃないですか。何のための携帯電話なんですか?」

「ん、んん……」

 

 

 ばつが悪そうな顔をして視線を明後日の方向にずらすが、反省しているというよりも話題に気まずさを感じている様子だった。

 それで押し黙ってしまって何も言いそうにないので、更にこちらから畳み掛ける事にする。

 

 

「恭太郎さんは、どういうつもりなんですか?」

「どういうって…………ごめん、何の話?」

「だから、お姉様のことですよ。お姉様のことだから、遠回しにでもちゃんと恭太郎さんの事が好きだって告げられているんでしょう?」

「うっ、え…………まあ、その……ハハハ」

「何ですかその巫山戯(ふざけ)た反応は。そんなので誤魔化せると思ってるんですか?」

「ごめんなさい……」

「で、どうなんですか?ハッキリ言ってくださいよ!」

「はい……その、明確に好意を寄せていると、言われています……」

「でも、お姉様と交際している訳ではないんですよね?」

「…………はい」

「それが意味わかんないんですよ!」

 

 

 ヘタにはぐらかされてこの場を逃げられてはいけない……そう考えていたら、半ば無意識に恭太郎さんの襟元を掴んでいた。

 20cm近く身長差があるので下方に引き寄せる格好となり、抵抗しなかった恭太郎さんは前へとつんのめる様な姿勢に。

 驚愕と動揺、それと幾らかの恐怖が入り交じった恭太郎さんの瞳と表情が見えた時、何故か心で立ち篭める暗雲が少しだけ晴れた様な気がした。

 

 

「痛っ……玫依ちゃん、離し……息くるし……」

「お姉様の事が嫌いじゃないって言って、好きなら応えればいいし、そういう風に見られないなら拒めばいいじゃないですか!何で、なんでそうやって……(もてあそ)んでいるつもりですか?!」

「違……澪月さんも、まだ、いいって……」

「その言葉に甘んじて、結局なにもしてないのなら……(たぶら)かしているのと何が違うって言うんですか!!」

 

 

 見るからに苦しそうに、襟首を掴み続ける私の手を外そうと試みたが適わなかった様で、離すのを促すように今度は叩き始めた。

 流石に、このまま窒息させてしまうつもりも、それを気付かずに落としてしまう程にまで我を見失っていた訳でも無いので、襟首から手を離してやる。

 ただし逃さないように今度は手首を締め付ける様に握ったが。

 結局、苦しそうに咳き込みながら腰を抜かす様に床に座りこんでしまい、私は上からそれを覗き込む様な形になった。

 

 

「けほ、うえっ……力、つよ……」

「話は終わってませんよ?」

「ぅ……ん」

「恭太郎さん、自分のことを優しいとか勘違いしてませんか?恭太郎さんのやってること、優しいんじゃなくて、決断する事が怖くて後回しにしてるだけですからね?」

「……返す言葉もありません」

「違うでしょ!言葉を返すのは私にじゃなくて、お姉様にです!」

「…………」

「お姉様が今どういう気持ちでいるのか、ちゃんと考えた事があるんですか?!」

「そ、それは……もちろん……」

 

 

 何かを言いたげに、口元をもごもごと小刻みに震わせている。

 しかし、そこから言語化するまでには到らぬ様で、結局沈黙によるシンとした冷たさだけが狭い空間の狭間に取り残されただけだった。

 思わず、溜め息が漏れてしまう。

 

 

「…………お姉様が何を求めているかなんて、見たら一目瞭然でしょうに」

「え?」

「分からないんですか?お姉様は恭太郎さんと逢瀬を重ねる機会を伺っているんですよ。ことあるごとに恭太郎さんに近づこうと、身体に触れようとしているのが分からないと?」

「…………」

「それとも言葉の意味がわかりませんか?セックスですよ、セックスしたいと思ってるんです、お姉様は」

「ちょっ……玫依ちゃん!?」

「何を恥ずかしがってるんですか?もう22の、いい歳をした大人でしょうに」

「いや、ん……どちらかと言うと身内の口からそういう言葉が出てくると気恥ずかしさがあるというか……」

「それで、どうなんですか?お姉様にどうしようって考えているんですか?」

 

 

 しかし、訊ねても応えは返ってこない。

 それで促してみても、もう少し待ってだとか考えさせて欲しいという言葉ばかり。

 煮え切らないその態度に、自我を抑えていた感情の楔は既に融解して断ち切れていた。

 

 

「だからっ、この…………!!」

「な────!?」

 

 

 再び襟首を掴み上げ、一度押し付ける様に身体を持ち上げてから今度は手前に突き落とす様に引っ張り上げる。

 すると恭太郎さんの身体は面白い様に床に叩きつけられて、私はすかさずそのお腹の辺りに座り込む。

 もちろん、抵抗されて起き上がられない様に脚は抑えて手首を掴み上げて。

 結果、私は恭太郎さんを押し倒していた。

 

 

「ぐ、背中打っ……痛あっ……」

「恭太郎さん、流石に少しは鍛えた方が良いと思いますよ?」

 

 

 私はこれでも武家の娘として基礎的な鍛練を行ってきたし、周りと比べてもそこそこ上手くやっている。

 今ではアジアの情勢の悪化の影響もあって高校では教練が義務化され、いつでも国家総動員に対応出来る様な状態になっているぐらいだ。

 だから、デスクワークばかりにかまけている恭太郎さんがこのマーシャルアーツ擬きを避けることも逃れることも不可能だとは思っていた。

 実際、身をよじられてはいるが外される気配はない。

 

 

「…………そうやって、人の目ばかり伺って……もっとハッキリ自分はどうしたいだとか、嫌だとか、言ってくださいよ!他人には出来るのに、どうして私達には……!」

「…………」

「そうやって……そうやってぇ、はぐらかすから!私にだってチャンスがあるんじゃないかなとか、考えさせられちゃうんじゃないですか!!」

 

 

 感情的に、意図していなかった言葉は防波堤が決壊してしまったかの如く溢れ出していく。

 だけどそれを制御することは出来ず、また制御しようとすることを燃え上がっている様な感情が許そうとはしなかった。

 思いの丈をそのまま、言語に直訳して殴る様にぶつけてしまう。

 

 

「ああっ!そうですよ、私だって!私だって恭太郎さんの事が好きですよ!でもお姉様が……だから諦めかけたのに、どうしてそう、決着させないからっ……!!」

 

 

 声の大きさか、言葉の内容か、私の表情か、手首を締め付ける力か。

 もう恭太郎さんは目を大きくするだけで掠れた様な息を流すだけで言葉が出ない様子である。

 そしてその胸の辺りに、何かが滴って服にシミを作っていた。

 それが自分の瞳から零れ落ちた涙である事に気づくまでに数刻の間が必要で、この顔が酷い有り様になっているのだろうなと察してしまう。

 だからと言って、今更その程度で立ち止まれる訳が無かったのだが。

 

 もう少し恭太郎さんに寄り掛かる様に体重を乗せると、鼻と鼻が触れ合うぐらいにまで互いの顔が接近する。

 恭太郎さんの強く、だけど抑え気味になって頻度の減った呼吸音がよく聴こえ、息と息が絡み合うのを肌で感じ取れた。

 

 

「恭太郎さんが何も言わないなら、私が横取りしても……別に、良いですよねっ?!」

「ま…………」

「玫依……っ?!何を、しているんですか!」

 

 

 そのまま唇を奪って中に舌を入れてしまおうか、等と思っている矢先に横槍が入ってしまう。

 お姉様はすかさず二人の間に割って入る様に飛んできて、私の腕を掴むとそのまま捻り上げられて、今度は私が床に叩きつけられた。

 鈍い痛みが腕とお腹に響く中で、半ば放心しながら流石は現役の衛士だなぁ……なんて、感心する。

 

 

「っ……お姉様、離してください」

「何をしていたのかと、聞いているんです……!」

「……恭太郎さんに聞いていたんですよ、お姉様のことをどう考えているのかを」

「どうして、そんな……?」

「お姉様、このままじゃ別の誰かに恭太郎さんを盗られちゃうかもしれないんだよ……?それでも良いの!?」

「な…………にを?」

 

 

 一瞬、動揺して力が緩んだ隙を逃さずに身体をズラしてお姉様の拘束から抜け出す。

 

 

「お姉様もお姉様よ……告白しておいて、何時までも待つとか言って、私は理解がある女ですって自分に酔いたいだけじゃない!」

「玫依……あなたっ!」

「それやって待っていても、恭太郎さんが他の女に奪われないなんて確証は無いでしょ!恭太郎さんは、赤の他人には基本的に素っ気なくてどちらかと言えば厳しいぐらいだけど、少しでも情に絆されると直ぐに心を許しちゃう人なんだから!」

「いや、あの……2人とも?落ち着いて?ね?」

「恭太郎さんは少し黙ってて!今はお姉様に話しているの!」

「は、はい……」

「お姉様、本当は怖いんでしょ?恭太郎さんが盗られちゃうかもしれないって心の何処かで考えていて……だから今も嫉妬して、必死になって止めたんでしょ?」

「それは……」

「言っておくけれど、その他の誰かって私かもしれないんだよ?私は躊躇わないから……私だって恭太郎さんの事が好きだし、だからこそちゃんと応えて貰いたいし、待つのなんて嫌だよ?」

「玫依…………」

「…………」

 

 

 見つめ合うだけになってしまい、その間に置かれた重い沈黙に押し潰されそうになる。

 でも、もうここまで来たらもう後には退けない。

 それに……お姉様も、あと一押しをしたら、多分止まらなくなると思う。

 普段は出来るだけ冷静であろうと努めているけれども……一度境界線を越えてしまえば案外と感情を抑制している(たが)が外れてしまうきらいがある。

 10年以上前になるが、橙色に彩られた(かんざし)をお父様にねだった時、家格の都合もあり拒まれたので最初は我慢していたけれど、やはりどうしても欲しいと普段からは想像もつかない程の癇癪を起こして、幼いながらにその豹変ぶりには驚愕したものだ。

 だから今もうまく追い込めれば、きっと──

 

 

「ねえ、お姉様……?」

 

 

 お姉様の両肩に手を置き、そっと囁くようにして語り掛ける。

 

 

「昔から、欲しい物が一つしか無い時は早い者勝ち……だけど、半分に分けられる時はそうしようって、決めてたよね?」

「玫依、何を言って……?」

「まだ、今だったら、二人で分けても許されるんじゃないかな……?」

 

 

 肩をそっと引いて、視線を恭太郎さんに誘導する。

 当の恭太郎さんはと言えば、腰の辺りに手を当てながら壁にもたれ掛かり、そのまま膝を立てているだけで動きそうにもない。

 思ったよりも強く床に押さえつけてしまっていたのか、未だに痛みが残っているようだが……これは好都合だった。

 

 

「あの、玫依ちゃん?澪月さん?ちょっと……2人とも眼が、何だか怖いんだけど……な?」 

「背中が痛むのですね……見せて頂けますか?」

「えっ、あ……はい」

 

 

 お姉様は痛みを労う様にして、自然な所作で恭太郎さんの衣服を脱がせてしまう。

 何だかんだ、意外とお姉様もあざといご様子で……結構なことだ。

 

 

 

 

 

 

1988年3月27日

京都帝国大学 邦畿計画事業室

 

 

 

「ぐ、うっ……痛ぁ……」

 

 

 全身という全身、隈無く色んな種類の痛みが常に異なる強さで絶え間なく襲ってきている。

 正直、ここに来るまでもしんどかったので家で横になって過ごしたかったぐらいなのだが……そうしたらそうしたで、痛みが更に悪化しそうだったし、何より精神的にも休まりそうにも無かったので、身体に鞭を打つ様な覚悟でもってここに来ていた。

 今夜になれば雅匡さんを含めて家には人がいるので大丈夫……な、筈だから。

 

 

「主任……いや、少佐?どうなされたんですか?」

「ああ篁大尉……いえ、身内でトラブルと言いますか、ちょっとありまして……」

「ははぁ……もしや、女性絡みですか?」

「……まあ、そんなところです」

「それはそれは、随分とこってり(しぼ)られたご様子ですね」

「絞られたというか、ごっそり(しぼ)り取られたというか……」

 

 

 いちいち何か行動しようと身体を僅かでも動かそうとする度に痛みを訴える姿に見兼ねて、篁大尉は医務室から鎮静薬を持ってきてくれた。

 ジクロフェナクナトリウム……そこそこ強い非ステロイド性抗炎症薬で、適用範囲も広いし少しは楽になるだろうか……

 流石に座薬を尻穴から入れるのは痛みも含めて(はばか)られたので、錠剤の方を貰ってゆっくり効くのを待つ事にする。

 

 

「私もあまり女性の扱いに明るいわけでもありませんが……少ない経験から言わせて頂くとすれば、時には刹那的に動かなければならない時もある、ということです」

「刹那的に、ですか……?」

「普段であれば軽率であると思える様な行動や言動でも、時に女性はそういった方を好むこともありますからね」

「はぁ……」

「普段は逆にそういった姿勢を見せない慎重な人であればこそ、刹那的であったり衝動的になってくれるということは、それだけ自分が愛されていると実感する事が出来て安心する……の、だそうですよ」

「ええっと、それは栴納(せんな)さんが……?」

「いえ……実を言えば私も昔は何と言いますか、若気の至りで刹那の愛という物に走った事がありまして」

「それって要は不倫じゃ……」

「あ、いや、その、妻にはどうか内密にお願いしますよ?!」

「別に言っても何の得もしませんからね……いいですけど……」

 

 

 篁大尉の口からそんな話が飛び出してくるなんて、意外や意外、中々に信じ難い話であった。

 どちらかと言えば奥さんの栴納さん一筋で娘さんの唯依ちゃんが何よりも大切な存在だ、という印象で、実際にそんな風に公言していたぐらいだ。

 

 

「ま、まぁ兎も角……仲直りをしたいのならちゃんと話し合った方が良いですよ」

「まともに話し合えるかなぁ、色んな意味で……」




実は、原作ってR-18指定の所謂エロゲなんすよ……

恭太郎くんが恋愛事に疎いというか下手なのは玫依ちゃんに今回みたいなキャラㇳ役周りをさせたかったらですね

えー、で、やったのかって?何を?
少なくとも否定する要素は無いですな
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