Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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白状しますと、なろうに投稿されている『航空エンジニアのやり直し』という作品に強い影響を受けてこの小説を書いています


03『そして賽は投げられた』 1981.11.15

 

1981年11月15日

東京府 港区 河崎重工東京本社

 

 

 通された部屋は、如何にも応接室ですと言わんばかりの典型的なものだった。

 黒い革製のソファに腰掛けると、飲み込まれてしまうのでは無いかと錯覚してしまう程に身体が深く沈み込んだ。

 いささかこじんまりとした木製の机の上には、恐らく緑茶が淹れられていると思しき蓋付きの湯呑み茶碗が置かれているのだが、どうにもそれを手にとって飲む気にはなれない。

 そう思う程度には緊張していたし、居心地の悪さというか場違い感というものを覚えていた。

 

 

「わざわざ日曜日にこんな所にまで来てもらってすまないね、須和恭太郎くん」

「い、いえ! こちらこそお招き頂きましてありがとうございます……っ!」

 

 

 これはいよいよ大変な事になってきたぞ、と現在の状況に対して恐々としながら目の前で微笑みを浮かべる初老の男性と向かい合う。

 

 

「それでは改めて名乗ろうか、私は河崎重工の技術開発本部で本部長を務めさせてもらっている土肥猛史(どいたけし)だ」

「……須和恭太郎です」

 

 

 サッと慣れた動作で名刺を取り出すとこちらに真っ直ぐと差し出された。

 おずおずと受け取るが、一介の中学生時代である恭太郎は生憎と名刺など持ち合わせていないので名乗り返す事しかできない。

 チラと名刺を覗くと、技術開発本部の本部長という大層な肩書きと土肥猛史の名前、そして所在地が兵庫県の明石市という記載に目が行く。

 遠方から来ているのはそっちの方じゃないですか、という無粋な指摘は流石に立場と緊張感から出来なかった。

 

 

「さて、私が君を呼んだのは、君が書いたというレポートを読ませて貰って君と是非話をしたいと思ったからなんだ」

 

 

 そうして今度は質感の良い革製カバンからファイリングされた紙束を取り出し、二人の間にあるテーブルの間に優しく置いた。

 表紙には『自律稼働フレームの概念と導入による次世代戦術歩行戦闘機の考察』という題が銘打たれている。

 

 それは先日、山口の父親に渡した資料そのものだった。

 ホチキスで留められた紙束はそれなりの厚みがあり、直ぐに読み切れる様な量でも無かったので感想は後日聞かせて貰うという約束を取り付けてその日は軽い雑談のみで解散となったが…………

 まさか、それがこんな人の手元にまで渡っている等とは想像もできなかった。できる筈がない。

 

 

「フレームのみで戦術機としての最低限の機能を付与させ、装甲や跳躍ユニットを外装パーツとする。なるほど、確かに今までの戦術機には無かったアイデアだね」

「ありがとうございます」

「だけど、それだけだったなら只のアイデア止まりだ。我々が興味を抱いたのはこのフレームを成立させる為の技術的考察の方だ」

 

 

 どこか嬉々とした感情が含まれている声を弾ませながら土肥さんはレポートをパラパラと捲り該当するページを開いた。

 

 

「機体の重心バランスが従来の撃震を始めとしたF4系列機と異なりトップヘビーとなり不安定になるがそれを解消する為に油圧を完全排除し電動アクチュエータを配置し制御はデジタルコンピューターに繋ぎ、それを光ファイバで接続する事でラグを極力減らす……よく光ファイバなんて知っているね」

「ああ、はい。確か先日電通公社*1が実験をしているというニュースを聞きまして、それで知ったんです」

 

 

 レポートを書く上で、未来情報ばかり列挙する訳にもいかないので、ある程度辻褄合わせをする必要があり、その辺りは国会図書館の蔵書なども確認しながら根拠となる情報を収集していた。

 つまり今触れられたのはオペレーション・バイ・ワイヤおよびオペレーション・バイ・ライトの概念であるが、実際に電通公社は1980年代の初頭には光ファイバを用いたテレビ会議やテレビ番組のストリーミング再生の様な実験を行っていたのだ。

 

 

「更には帝国軍で運用する上で懸念される近接戦闘機動への対策としては新たな機構の関節を搭載し、そしてそれらを採用する事によって伴うエネルギー消費量の増加には単純にバッテリー容量を増やすか小型で高効率の発電機を搭載して解決すると……しかも、その発電機にまで当たりをつけているとは驚きだ」

「はい、まだ頭の中に構造が朧気にあるだけですが……」

 

 

 これも嘘だ。実際には常温超伝導発電機とでも称するべきジェネレーターの設計プランが幾つかあるのだが、これにはまだ1981年現在の日本の基礎技術力と工業力では製造不可能なレベルだ。

 もしも研究開発を依頼するなら、電装品を得意とする光菱電機や常陸ひたち、富田電装といった企業に委ねるべきだろうか。

 

 

「しかし、惜しむらくは君の様な突出した、特に若輩の技術者は、この国では歓迎されないということだ」

「それは────」

「日本では既存の延長線上にある技術や直ぐに成果が出る技術が重宝されるが、逆に革新的なアイデアや将来性が未知数な基礎技術に対してはアレルギーとさえ思える様な嫌悪感を抱いている者が多い」

「…………」

 

 

 日本の研究機関、そして企業の習性とも言うべき問題があった。

 先程ちらと出てきた光ファイバについてもその例に漏れない。

 特に当時は「アメリカも碌に研究してない物を日本人が出来るわけがない!」という風潮もあってか、学会で否定された上に特許庁にも突っぱねられ、1964年には発表されていたのだが日本では認められ無かった。

 その為、仕方なく光ファイバーを実現する為にアメリカに持ち込まれ、特許関係もアメリカの企業に持っていかれたのだが、今度はその手柄が見えると手の平を返したかの様に「売国奴だ!」などと批難された……なんていうエピソードがあるのだ。

 その当時、日本に高純度のガラス繊維を造る技術が無かったというのもあるが……結局、発明者という名誉も彼ではなく別の中華系イギリス人の手に渡ってしまった。

 

 

「恐らく、その保守的な態度は先の大戦で築きあげられてしまったのだろう」

「第二次世界大戦、ですか?」

「ああ。あの当時、河崎航空機もそうだったが、工業力で列強諸国に劣る我々は負けじと新技術で対抗しようとし……そして、身の丈に合わないものに手を出してしまったが故に逆に大きく出遅れる事となった」

「…………」

 

 

 想いを馳せる様に瞳を閉じる彼の心には、一体どのような光景が拡がっているのか……

 それはわからないが、何かその当時に遺してきた忸怩たる想いがあるのだろう。

 そして、土肥さんはレポートを指さしながら忠告するように言った。 

 

 

「恭太郎くん、もし君がこの(・・)道を貫くつもりなら……君はメーカーではなく市ヶ谷に往くべきだ」

「市ヶ谷……帝国軍の、技術廠ですか?」

「ああ、軍であれば先進技術の実験にも積極的だし何よりメーカーに指図できる立場にある。勿論、本音を言えばウチに来てもらいたいんだがな」

「え────」

「ま、今のは先達の老婆心ってヤツだ。君が望むならウチでも光菱でも富嶽でも良い、自分のあるべき場所は自分自身で決めなさい」

 

 

 自分の、あるべき場所────

 そう言えば、知識の中にある技術を世に解き放つ事ばかり考えていて、自分の将来だとか望む立場とかなんて全く考えていなかった。

 知識という無質量なものの方に重きを置いておいて須和恭太郎という我の方を置き去りにするというのも変な話なのだが…………

 

 

「話を戻そうか、このレポートのことだが」

「あ、はい」

「正直、このままの形では世間には認められないだろう。余りにも考察と推定の要素が多すぎて根拠不十分だとこき下ろされてしまうだろう」

「まあ、そうですよね……自分なりに調べてはみたんですけど、戦術機には一度も触れたことが無いので推測で書くしかなくて──」

「だからこれは提案なんだが……ウチで、コイツの実証実験をさせて貰えないだろうか?」

 

 

 真実味のない提案に対して、思わず呆けてしまい言葉が出ない。

 その様子を見て焦れったくなったのだろうか、畳み掛ける様に言葉は続いた。

 

 

「自律稼働フレームが使い物になるかどうかは実際に作って動かしてみないことには判らん。だから、明石でのプロジェクトとして提案してみようと思う。それで検証して実際の論文にしてしまえば形になるだろうさ。勿論、筆頭著者の名前は恭太郎くんでな」

 

 

 確かにそれは願ってもない提案だが────土肥さんに、河崎重工にメリットはあるのだろうか?

 

 

「実際に動くものが造れれば企業としての技術水準の底上げになる。少なくとも撃震の改修機を弄ってるよりよっぽどタメになるさ」

 

 

 

 そもそも、これを突っぱねてレポートを持ちかえったところでまた誰かが拾ってくれるとは限らない。

 それにもともと河崎重工に中身だけ持ってかれても良いと思って山口の親父さんにレポートを渡したのだから────彼らに委ねても問題ないだろう。

 

 そして、準備の良い事に既に契約書の様なものがあって、その場でサインを書くことになった。

 

 

 

 

 

 

1981年11月16日

東京府 港区 河崎重工東京本社

 

 

 翌日、土肥は再び本社を訪れ、目的を果たすためにとある男の居所である部屋に向かう。

 その部屋は昨日恭太郎と会った場所よりも豪華な家具や調度品が並べられており、部屋の持ち主が河崎重工の中でも有数の地位にある者である事は誰の目にも明らかだった。

 まだその者は会議中だということで、先に秘書から部屋へ通された土肥は出された茶を飲みながら暫し待つ事にした。

 

 4杯目のおかわりを飲み干した頃に漸く部屋の扉が開き、目当ての男が現れた。

 

 

「すまない、待たせてしまった様だな」

「いえ、こちらも昨日の今日で突然割り込ませてしまって申し訳ありません」

 

 

 明らかに土肥のそれよりも仕立ての良いスーツを纏った男はやはり社内において高い地位に着いている様であったが、2人は勝手知ったる様子で接していた。

 そこに形式的なものは一切なく、男は急かす様に「それで?」と話を促す。

 

 

「新しいプロジェクトの提案です。稟議書を出す前に根回しを、と思いましてね」

「おう、なかなか悪どい事をするなぁ?」

「ははは、なにぶん稟議書に書ききらない……ここだけでしか出せない物でしてね」

「ほぉ?もしや、斯衛の例の戦術機の話か?」

「いえ、そちらの件につきましては殆ど大筋が決まりまして、年明け迄には詳細なデータを提出できると思います」

「そうかい。ん、それじゃあ?」

「こちらをご覧ください」

 

 

 土肥は昨日改めて恭太郎から受け取ったレポートを取り出し、同時に話を円滑にする為に概略のみを抜粋した別紙を男に渡した。

 そこに記載されていたのは概ね──

 

 

・自律稼働フレームの概念

・フレームを共通化する事による後継機開発のコストダウン

・フレーム自体の特性により機動性と運動性の大幅な向上が見込めること

・重心バランスの不安定さを補う技術の提案

 

 

 といった内容についてが記載されている。

 

 

「ふぅん……また突拍子も無い事を考えるなぁ。コイツは明石で出てきた案なのか?それとも他社か?」

「いえいえ。実はね、コイツを書いたのはまだ中学生の子供なんですよ」

「…………なんだって?」

 

 

 予想外の言葉に面食らう男に対して、土肥はまるでイタズラに成功した子供の様に呵呵と大きな声で笑う。

 

 

「冗談じゃあ……ないみたいだな」

「そりゃあもちろん、冗談ならこんな所に持ち込みませんよ」

「むぅ……しかし、なんでまたそんな子供の書いたもんを稟議に出そうなんて?」

「そうしたら、コイツと見てください」

 

 

 次に男が取り出したのは、戦術機が撮られた写真が数枚と全文が英語で書かれた書類で、付箋で必要な部分の翻訳が貼り付けられている。

 どうやら、アメリカ海軍に関するものの様だった。

 

 

「コイツは数日後にアメリカ海軍に引渡し予定の新型戦術機、F14の詳細資料です」

「おまっ、制式配備されてない最新鋭機の情報なんて何処から……」

「技術者っていうのは、案外国境とか関係なしに横の繋がりがありましてね……まあ、良き友人からコッソリと分けて貰いました」

「はぁ……」

「それよりも、コイツと見比べてどう思いますか?」

「どう、って?」

「似てるとは思いませんか?機体の大まかなシルエットとか、コンセプトが」

 

 

 そう言われ、男は改めて2つの資料を読み比べる。

 確かに両者ともに従来のメジャーであるF4系列にみられる重装甲の要素を削り落とし、随分とシャープでホッソリとしたシルエットをしていた。

 どちらかと言えば、一部の後進国にアメリカから降ろされたF5フリーダムファイターのシルエットに近しい。

 

 

「アメリカ、もといグラナンでもユーラシア大陸での戦闘データを踏まえた結果、過剰な装甲を施しても光線級のレーザーへの回避が滞り撃墜率が増え、逆に簡易機と見なしていたF5の方が回避率と生存率が高かった、という事項に着目したみたいです」

「そうすると、こういう形に行き着く訳か」

「ええ」

「それで?」

「このレポートで提唱されているビジョン……F14と同等か、むしろそれ以上の物が造れると確信しています」

「それ程の、モノなのか……コイツは?」

 

 

 土肥は何も言わず頷きながら、一息をつく為に5杯目のお茶を飲み干す。

 そして暫く黙するが、やがて意を決して口を開いた。

 

 

「実を言えば斯衛の新型機ですがね、アレの出来はウチを含めて光菱さんも富嶽さんも不満たらたらなんです。我が国全体の技術力と発想力の低さを改めて痛感させられてしまった」

「…………」

「コイツは言わば突然降って湧いてきた天啓なんです。もしもコレが実現出来れば、河崎は一気にこの国のトップに踊り出る事ができる。何なら他社を下請け扱いにできてしまう程に」

 

 

 土肥は熱く語る。

 恐らくその脳裏には、若き日に己の全てを捧げて携わった液冷エンジンの不甲斐なさが過ぎっていた。

 諸外国にも負けない先進的な技術が目の前にあったにも関わらず、己らの無力さが故に満足に起動させる事もままならなかった欠陥品の山々…………

 

 故に、再び目の前に現れた原石を土肥は逃したくなかったのだ。

 それはある意味、土肥個人というよりも明石工場の意地であるとさえ言えた。

 

 

「お願いします社長!コイツを、俺達にやらせてくださいっ!」

 

 

 その場で土肥は頭を床に叩きつけんばかりの土下座を決め込んでしまう。

 社長と呼ばれた男も土肥のことをよく知っているが為に、首を縦に振らない限りその頭が再び浮上する事は無いだろうと悟ってしまっていた。

 

 

「はぁ……わかった、わかったよ。だが、やるからにはやり遂げろよ?」

「はいっ!必ずや形にしてみせます!!」

 

 

 こうして、恭太郎の与りしらぬ所で振られたその賽の目は大きく揺れ動いていた。

 

 

*1
電話通信公社。電話や電報サービスを国民に提供する国営企業。広告代理店ではない




★今回の小ネタ
 
マブラヴの設定では川崎重工→河崎重工といった具合に実在の企業を捻った名前がつけられているので、この小説でも原作に登場しない企業に関してはそれに倣って名付けさせていただきました。
 
 
 
土肥猛史→土井武夫(ww2に川崎航空機が製造した飛燕などの設計者の名前から拝借。ただし、土肥さん自身は設計士ではなく当時の製造に関わった技師)
 
電通公社(電話通信公社)→電電公社(現在のNTT)
 
常陸→日立グループ
 
富田(とみた)→トヨタ自動車
 
富田電装→デンソー(成り立ちとして、トヨタ自動車の電装部門から分かれた会社であるという経緯から)
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