Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1988年6月16日
神奈川県 相模原市 帝国陸軍装備研究所
それは、まさしく外観からして戦車であると見まごう事なき姿をしていた。
巨大な
しかしその戦車は驚く程に静音で、ジェットエンジンのタービンにも似たモーターの甲高い金属音が僅かに聴こえるのみ。
これが、おそらく90式戦車になるであろう試作車両の大きな強みの一つであった。
既存の戦車というのは、ディーゼルにせよガスタービンにせよ内燃機関という性質上、かならず燃料を燃焼することで爆発させて、そのエネルギーでシャフトを回転させ、その動きを連動させる事でキャタピラを動かす……という方式になっている。
ところが、この場で走行している戦車に至っては、電気の力で走るモーター駆動方式であった。
勿論、充電の為にMHD発電機が稼働すればそれなりの音を発する事になるが、基本的にはSMESに蓄電された電気のみで走行するので内燃機関特有の振動も無いし、投入した電力がそのままモーターの回転に直結するので加減速は非常にスムーズだ。
『す、すごい……一気に加速した……!翼を付けたらこのまま飛んでいってしまいそうです!』
そんな悲鳴の様な歓喜の声が、試験車両を操縦する搭乗者から無線越しで聞こえてくる。
実際に飛び立ったりはしないが……しかし、僅か6秒で最高巡行速度である90km/hに到達するその加速度に“飛んでしまいそうだ”という感覚を覚える気持ちは理解できた。
これは戦車に限らずハイブリッド自動車やEVを初めて体感した者も同様だろう。
モーター出力は通常1MW、つまり1341馬力であり、これはM1エイブラムスに搭載された1500馬力のガスタービンエンジンにも匹敵する。
更に、MHD発電機直結で最大出力は2.3MW、約3000馬力まで発揮出来るが……その間は当然レールガンへの給電が追いつかなくなるし、加速を最大まで踏み込めば履帯が外れてしまうので、あくまでもエンジンの性能として余剰がある……という話だ。
兎も角、そんな動力源を有している上に、モーター駆動である為に回転数は24000rpm……従来の戦車の10倍近い数値を叩き出す。
しかも内燃機関の様に徐々に回転数を上げていく必要もなく、一気に最大トルクに到達するのでトランスミッションを必要としない。
結局のところ、この加減速を実現する為にはトルクが重要になる。(モーターの説明を飛ばす)
戦車という物は最高速度から突然に急停車したり、かとも思えば急後退をしてみたり、またそこから前進……といった具合に文字通り縦横無尽の動きをする為に、モーターの回転数を緻密に制御する必要があり、通常のモーターに見られる様なローターの周囲に磁石を並べたマグネットトルク型のモーターは適さない。
故に、リラクタンストルクという概念を導入する。
磁力線には透磁率というものがあり、S極とN極の磁石の間に垂直になる90゜の角度に例えば鉄心を置くと、磁力線の流れは最適で抵抗なくスムーズに通るが、これを45゜にズラすと磁力線の道筋が長くなり抵抗が生じ、90゜の最適な状態に戻そうとトルクが発生する性質がある。
これがリラクタンストルクだ。
このリラクタンストルクと先述のマグネットトルクを合成させた物を
リラクタンストルクを作用させる為に永久磁石は斜めに配置されるが、どの角度が最適であるかはスーパーコンピューターによるシミュレーションを行い見出さなければならない。
まあ、それに関しては既に充分にシミュレーションできる性能を有したスーパーコンピューターが存在するので問題無いが。
しかし勿論弱点もあり、回転数が高くなれば当然として高温になるので熱減磁といって磁力が温度変化によって減少してしまう。
コレに関してはジスプロシウムという希土類元素を永久磁石に添加することで熱減磁を緩和し、更に空冷機構を搭載することで対策した。
更に、インバーターの存在も欠かせない。
インバーターはSMESから供給される直流電流を交流電流に変換する役割であるが、それと同時に周波数や電流量の調整を行い、モーターの回転数を制御する。
また、このインバーターが直流から交流に変換するプロセスはいわゆるスイッチングであるが、この時に高速でスイッチングを行い、かつ高温や高圧電流への耐性と高い熱容量と熱伝導率を有する素材が望ましい。
そこで使用したのは、パワー半導体として高い適正を持つGaN(窒化ガリウム)である。
要するに、頑丈なので多少無茶な事をしても簡単には壊れないスイッチングを作れるのだ。
そして、インバーターとモーターの回転数を同調させる為には回転数を検知するセンサーが無ければ始まらない。
この回転するローターと固定されたステーターにおける磁束量の変化を検出して回転角度を導き出すのがレゾルバという機械だ。
実はこの高精度のレゾルバを作れるのは世界でほぼ唯一、長野県にある天竜川精機*1のみであり、モーターの回転数検出だけでなく主砲角度の制御にも同社のレゾルバが採用されている。
この主砲に採用されたレゾルバの精度は凄まじく、1km先にある5cmの目標を捉えて撃ち分けられる程である。
「もちろん、これを簡略化したものは88式共通戦術装輪車にも採用されていますからね……ここで培われた技術は自動車や電車、エレベーターなんかにも応用できますね」
「はぁ……街中を走る車もいずれは電動化するんですかね」
「しますよ。というか、実際のところレシプロエンジンやディーゼルエンジンで走らせている従来の車の方が電気自動車なんかよりも技術的には遥かに高度な物ですから、逆に言えば仕組みが単純な電気自動車はすぐにでも実用化できます」
「えっ……?それじゃあ、なんで電気自動車って市販化されていないんですか?」
「バッテリーの問題ですよ。鉛バッテリーは言うに及ばず、リチウムイオンバッテリーでギリギリ許容範囲……500kgぐらい積んで航続距離は良くて300〜400km程度、しかも劣化して徐々に短くなりますからね」
SMESであれば、現状は兎も角として突き詰めれば現行のリチウムイオンバッテリーの2〜4倍に相当するエネルギー密度を実現できるので、200kg程度で100kWh…冷凍機を加味しても車体の軽量化も合わせれば航続距離600kmは見込める筈だ。
そうなれば、実用に足る電気自動車が作れる様になる。
このエネルギー密度を増やせる見込みというのは、つまり半導体における高性能化の概念と同じ事で、微細化や効率化ができれば同面積、同質量上における容量が増えるということ。
それこそ補助バッテリーと併用して導入すれば、普通の乗用車であればMHD発電機無しでピュアEVとする事も可能だろう。
「まあこの戦車の特徴は足回り以外にもあるんですが──」
MHD発電やSMES、モーター等の一連の駆動系はパワーパックとして1つのユニットに纏められているが、このパワーパックは通常の戦車と異なり前方に配置した、いわゆるFF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式になっている。
戦車においては後方にパワーパックを配したRF(リアエンジン・フロントドライブ)方式が主流であるが、エンジンを前方に配置することで単純に障害物が出来るので、搭乗者視点での防御性能を向上させることができる。
どのみちBETAの攻撃力を鑑みれば、基本的には戦車の前方が攻撃を受けた瞬間に乗員毎破壊されて戦闘も逃走も不可能になるので、同じ戦闘続行不可能になるなら戦車を犠牲にして搭乗者に逃げる余地を与えた方が良い。
戦車なら後で資源が可能な限り新しく造れるが、人的資源の損失はそう簡単には取り戻せないのだから。
これに関しては、中東からアフリカへの門番を担うイスラエルで生産し運用されているメルカバ戦車も同様の方式となっている事から、マイノリティではあるが搭乗者保護の観点からすると決して斬新過ぎる方法という訳でもない事がわかる。
損耗の激しい中東最後の戦線を支え、アフリカへの侵攻を抑えつける防波堤としての役目を果たす為にある程度物資や資源の輸入という点において余裕のあるイスラエルでも、補充に限度のある戦車兵の命を優先した設計となったのだろう。
そして、今までの戦車との大きな相違点としてはもう1つ、砲塔の無人化が挙げられる。
と言うのも、レールガンの砲身が10m以上でなければ2,30kgに及ぶ戦車用の砲弾を満足に撃ち出す為のローレンツ力を発生させる事が不可能である為、レールが砲塔の中央を貫通する様に配置されており、そもそも砲塔に人が搭乗するスペースを確保すること自体が不可能だったからだ。
更に下から上へと砲弾を装填する機構上、砲塔内の自動装填装置の制約や砲弾の搭載量を考慮した結果、砲塔を無人化した方が効率が良いという結果に落ち着いた。
「そう言えば、随分と主砲の口径が大きいですね……」
「ああ、将来的により大口径の砲弾にも対応出来る様に主砲は70口径144mm電磁投射砲を積んでいますからね」
「は…………70口径?えっ、つまり砲身長が約10.1mで、重巡洋艦並の……?」
「砲身長だけで言えばそういうことですね。とは言っても基本的には120mm砲弾を運用することになるとは思いますが」
レールガンは筒状の滑腔砲とは異なり、2本のレールの間に電気を通すアーマチュアを備えた弾体であれば発射可能であるから、レール間の幅を調整して挟み込んでしまえばより小口径な弾を使用する事も可能である。
実際に、イギリス海軍では駆逐艦に搭載した120mm電磁投射砲にて速射性の向上を目論んだ76mm弾での実戦テストが行われたという前例があり、こちらは上手く行った様だ。
また、多目的弾を新造するにあたっては、120mm口径よりも144mm口径である方が望ましかったという事情もあるのだが。
「多目的砲弾?」
「これは戦術機の120mm砲にも同様のことが言えますが、従来は状況や目標に合わせて弾種を選択して撃ち分けていましたよね」
「ええ、APFSDSやキャニスター弾、
「多目的砲弾というのは、基本的にAPFSDS弾以外の役目を一挙に担える、文字通り多目的な砲弾のことです」
その仕組みは、データリンクや戦車に搭載されたコンピューターによって、照準したBETA等の目標に対してどういった攻撃手段を用いるのが最も適切であるかを演算し、その情報を信管に伝えて最も適したタイミングで起爆する様に設定するというもの。
戦車級等の装甲の薄い小型種の群集を攻撃する際には範囲の広いキャニスター弾、突撃級の様な硬い外殻に覆われた敵にはHESH弾や
その切り替えを行う為に、発射前のレールに装填された砲弾にパルス電流を送り込んで、信管の起爆タイミングをセット、コントロールする。
こういった万能砲弾というのは19世紀頃には既に考案されていたが、信管を制御する技術が無かった為に実現する事は無かった。
何せマトモな物が世に出てきたのは別の世界のアメリカで採用されるM1147 AMP弾というM1エイブラムス用の物が、2022年にようやくといった具合。
ただし万能というのは裏返せば器用貧乏。
特にキャニスター弾なんかは元の専用砲弾と比較すると威力がかなり減少してしまうのは否めない。
「そこで、威力を補うために多目的砲弾に用いる炸薬も新規開発しました」
「そんな物まで……」
「これです。オクタアザキュバン」
「なんですかこれ、また無茶苦茶な形で結合してますね……」
スマートフォンの画面を操作して、篁大尉にその姿を見せる。
そこには窒素原子が8つ、立方体状に結合した同素体を立体的に描画したグラフィックが表示されている。
化学式で表すならばN⁸。
この物質は、元々はスーパーコンピューターによって導き出された仮説上の物質であり、自然界に存在しないばかりかその生成方法も発見されていなかった。
それを何とか、安定して生成する方法まで確立することが出来たと言うわけだ。
「河崎重工で研究していた100%純水素を燃料とした、水素ガスタービンエンジン……ですが水素を燃焼した時には人体に対しても有害な窒素酸化物が大量に排出される問題があって、それをMOFで解決しようと思ったんですよ」
「ああ、MOFはフィルターとしても使えるんでしたね」
「ええ。それで、単純に窒素酸化物を回収するだけっていうのも芸が無いなと思いまして、そういえば構造さえ工夫すれば窒素だけを、しかも任意の形状で絡め取る様にする事が出来るんじゃないかと思いつきましてね」
「という事は、水素ガスタービンを使って発電すればするほど、幾らでも手に入る爆薬ってことですか……」
「勿論それだけじゃありませんよ。このオクタアザキュバン、TNT換算で5倍以上のエネルギー密度があるので……現在主流な軍用爆薬であるヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンと比較しても2.5倍の威力がある訳です」
「それって、つまり……核の次に威力のある爆薬を大量に生産する方法を確立したって事ですか……?」
「しかも水素ガスタービンの方は有害物質を吐き出さなくなるので一石二鳥、ということになります」
この場では流石にテスト出来ないが……下北試験場でまたオクタアザキュバンの炸薬を搭載した新砲弾をテストしてもらうとしよう。
理論上では、戦車砲から小口径な戦艦並の威力を持った一撃が幾らでも飛び出すということだ。
これが戦術機の120mm砲弾や36mm砲弾の炸薬として利用される様になれば、衛士の生存率も大幅に向上するだろう。
「…………ビームが飛び出して来なかっただけ御の字、といったところでしょうか」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も?」
○
1988年8月5日
京都 宮津市 由良海岸
こうして、京都の海を訪れるのは3度目だった。
淡々と浜辺に打ち寄せる波を視界に置いてから、水平線の彼方を見つめる。
この日本海の向こう、ユーラシア大陸では今もBETAの毒牙が静かに浸透している事がまるで現実味が無く、まさに対岸の火事の様。
しかし、そんな死地に澪月さんは近い将来に旅立つ。
「私は人のいない海が……いいえ、恭太郎さんと2人きりの海が好きです」
「ええ僕も、こうしてると落ち着きます」
砂浜に腰を降ろし、互いに伸ばした手を繋ぎながら海を眺めている。
まるで学生の逢い引きみたいだな、等と思いながらも、これはこれで居心地が良かった。
手を握れば、それに呼応して握り返してくれる人肌に、儚くも尊い実感が湧き上がってくるのを感じられたから。
そんな他愛もない、言葉にもならない当然で普通の事が、今は何よりも愛おしい。
「澪月さん」
「はい」
「なんというか……その、これでも色々と考えてみたんですが……」
「何をですか?」
「将来のことです」
避けてきた、というよりは考えるべきでは無い、という忌避感の様な物が頭の片隅に凝りの様に燻ぶっていたのだ。
久賀家は将軍殿下より赤の色を頂く五摂家に連なる有力武家であり、これを無理やり貴族や華族(この世界では武家の力が強くて華族制度は誕生しなかったが)に喩えるならば、侯爵家に相当する。
彼女はそんな家の家督を継ぐことが約束された嫡子であり、対して自分はその家の血を僅かに継承しているとは言え、武家でさえない一般の家。
平民という言い方は差別的であるからと最近は使われないが……つまり、そういうことだ。
身分違いの恋や婚姻というのは、慣習や伝統を重んじる武家社会においては許される事ではないと断言しても良い。
それを打ち破るというのは、もちろん並大抵のことではないし、何よりも澪月さんや久賀家そのものに悪影響を及ぼす可能性が大いにあった。
「でも
「…………」
「それに、こちら側だけ立場とかを押し付けられるのも何だか
「思っていたよりも、恭太郎さんって強引なんですね」
「知りませんでしたか?こう見えて、やると決めたら手段は選ばない質なんですよ」
「それにしても、急というか、なんというか」
「急?あそこまでされておいて何の心境の変化も行動も起こさない訳が無いでしょう」
「あ、あれはっ!その、気の迷いと言いますか出来心と言いますか……」
羞恥心からか、澪月さんは顔を赤らめながら俯いて反対にそっぽを向いてしまう。
あまりそういった仕草や表情を見せない人だから、いつにも増してその姿は可愛らしく、いじらしく見えた。
油断、というか気を許してくれているのだなと思うと、なんとなしに嬉しい気持ちになる。
「あの…………そういう言葉は、無いんですか?」
「あー、それに関しては改めて……総て滞りなく済ませてからにしておきます」
「そうですか……」
「その代わりと言ってはなんですが、プレゼントはあります。はい」
ポケットから用意していた紙袋を取り出して澪月さんに手渡す。
中身を検める様に紙袋の全体を潰して、それから封のテープを破って中身を取り出した。
それは細長い青色のアクセサリーボックスで、更にそれを開くと……中にはネックレスが入っている。
「ネックレス、ですか……?」
「はい、ちょっとお借りしますね」
1度澪月さんの手に渡ったネックレスを借りて、後ろに回ってからその首に着ける。
ネックレスには耐久性を考慮してチタン製の物を選び、ペンダントトップには花の形をあしらった朱色の飾りが揺れていた。
「武家は身に着ける装飾の色にもしきたりがあるそうですから、ガーネットにしてみました」
中世ヨーロッパでは、戦いに赴く兵士は『必ず家に帰る』という誓いを込めて妻にガーネットを贈ったという。
この場合は、立場が真逆になるのだが……まあ、そういった慣習以外にもガーネットの赤色は血を連想させ、血を流さず無傷で帰還できるといった魔除けめいた御守りとして兵士が持ち歩いたという謂われもあるそうなので、そちらに肖ったという事にすれば良い。
「綺麗ですね……ありがとうございます」
「…………澪月さん、必ず無事に帰ってきてくださいね」
「はい。絶対に……」
ネックレスを贈ることは「あなたとずっと一緒に居たい」や「あなたは私だけのもの」という意味があるのだそうで
……首輪かな?
今回は敢えて描写していませんが、花弁にはガーネットが、中央にはダイヤモンドをあしらった物になっています
ダイヤモンドについて言及していないのは、どうしても高級品の印象が強いので、重いと思われたく無いとかいう女々しい理由があったり
なお
ガーネットの石言葉は「真実」「情熱」「勝利」「繁栄」「実り」
ダイヤモンドの石言葉は「永遠の愛」「完璧」「不変」「不屈」
椿の花言葉は「理想の愛」「私は常にあなたを愛します」「誇り」「美徳」「謙虚」
ちなみにそれらを認識した上でチョイスしているので、充分に重いですね