Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
38『インド・クリスマス戦役』 1988.12.23
1988年12月13日
インド ニューデリー陸軍基地 基地司令官室
船上の人となり揺られて約一ヶ月、更に陸路を二三週間ほどをまるでキャラバンの如く車列を組んで進み、ようやく着任地であるインドはニューデリー基地まで辿り着いていた。
現在ではその機能の大半こそバンガロール基地に移転したが、それでもかつてはインド陸軍本部が置かれていた場所であり、建物の造りは立派だ。
諸々の手続きを終えた後、基地司令官室に通されそこで着任挨拶の運びとなる。
「──以上12名、日本帝国斯衛軍スティール中隊、本日より着任致します」
その言葉に合わせて我々中隊員は姿勢を再び正し、新庄中隊長が挙手の敬礼をする。
「生憎と司令は諸用で外しておりましてな……僭越ながら、副司令として諸君らの着任を心より歓迎します」
新庄中隊長の敬礼に対して、ニューデリー陸軍基地の副司令パウル・ラダビノッド大佐は手の平をこちらを見せるイギリス由来の方式で答礼してきた。
その手を下げた後、ラダビノッド副司令は些かばつの悪そうな表情をしたかと思えば、ぽつりぽつりと言葉を漏らす様にして語る。
「正直、我々インド軍は苦境に立たされていると言わざるを得ない。既にジャンムーの防衛線が崩壊して久しく、BETAの先鋒はルディヤーナーに到達し、インド北方軍は続々と撤退を強いられているのが現状……」
「そんな折に、こんな最前線までご足労して頂くのは大変心苦しいのですが……」
「
「うむ……いや、あまり手厚い持て成しは出来ませんが、出来うる限りの取り計らいを致すことを保障致しましょう」
「はっ、度重なるお心遣い誠に感謝致します!」
誰も口に出さないが“出来うる限りの取り計らい”というのは、実のところ正当な対価に近い。
我々スティール中隊はいわゆる
一部を除き、兵装の試験が終了次第我々は装備を残して帰還、それらの装備はインド軍に譲渡……もとい、お下がりとなる。
私が言うのもなんだが、日本の持ち込んだ兵装がインド戦線に与えた影響は決して小さくなく、彩雲を始めとして大きな戦果を叩き出しており、インド軍としてはその新兵器等は是非とも手に入れたい代物である筈だ。
故に、我々には任期まで出来る限り消耗を抑えた状態で引き渡して貰いたい、というのが大凡の本音であろう。
「さて、長い旅路を経てお疲れのことでしょう、本日はゆっくり休んでください。今、食堂まで案内させましょう」
その言葉に我々は再び副司令に礼をし、部屋を後にした。
○
ニューデリー陸軍基地 士官食堂
「これが合成食かぁ……うぅむ、なんというか……想像以上だな、これは」
中隊長の言葉に一同は無言で頷く。
端的に言えば、美味しくないのだ。
不味いという訳ではなく、香辛料を使っている影響かカレーの様なシチューの様な判別のつかない汁物の味は如何にもインド風といった具合で、嫌いな味ではなかった。
しかし…………食感が壊滅的に、不快。
合成肉は筋繊維がバラバラのホロホロで妙に柔らかくて歯ごたえがなく、合成野菜に至っては紙を食べている様で……柔らかいのか硬いのかも判別できず、噛み切れないし呑み込みづらい。
更に合成されたパンなのだろうか、それともいわゆるナンなのか良くわからない薄く堅焼きにしたデンプンの塊は口の中でボロボロと崩れ落ちて水分を奪い、味は乾いたおからの如く。
合成食は不味いと聞いていたが……想像していた不味さとも方向性が異なり、皆が衝撃を受けて身体から魂魄が抜けた様な顔つきになってしまっている。
「だがお前ら、今からコイツに慣れておけよ……これからの前線は合成食が主流になるんだからな……」
幸い、まだ国土の半数以上が残るインドでは補給さえ叶えばまだ天然食が手に入る。
逆に言えば前線基地である此処では、BETAの侵攻次第では補給が滞る可能性を常に孕んでいると言えた。
故に、まるで船乗りみたいな話だが、長期的な士気を維持する為と合成食に慣れさせるという目的の為に天然食は温存し、2,3食に1回は合成食が卓に並ぶという。
とはいえ、同じ保存の効く物なら戦闘糧食の缶飯の方が何倍もマシだ。
そしてふと、この事を恭太郎さんに伝えたらどうなるのだろうか、という好奇心めいた疑問が浮かんできた。
幸いなことに今回の大陸派兵に先んじて恭太郎さんから衛星通信が行えるスマートフォンを持たされている為、今すぐにでも連絡する事は可能だ。
冷静に考えれば、恭太郎さんの専門は工学分野なのだが……なぜだろう、どうにかしてしまいそうな気がする。
何か成果や改善が施される事は期待半分に愚痴として語ろうと塩の味しかしないスープを啜りながら決意していた。
○
1988年12月19日
ニューデリー陸軍基地
「おーいそこの嬢ちゃん」
「よぉ、あんたがこの前着いた斯衛のお姫様かい?」
「…………」
この基地では、基本的に国際標準言語とされている英語で会話が交わされる事が殆どであるが、それは日本語だった。
基本的に同じスティール中隊間のみでしか日本語を使用する機会は無かったが……話しかけてきた彼等が日本帝国陸軍のBDUを纏っていたのを見て合点がいく。
彼らは、我々よりも早くニューデリー陸軍基地に着任していた帝国陸軍の衛士の様だ。
しかし
議論されているとは言え、未だ徴兵制が導入されていない日本の現状においては女性衛士の数は少ないので、それに関してやっかみを受ける事は決して少なくはない。
更に言えば帝国軍と斯衛軍では担当省庁が異なるものの、軍事費の予算配分等で大きく揉める事もある為、両軍の仲は敵対的と言って良い。
故に、そういった事情を含めて敵愾心や侮蔑などの感情から来る
「へぇ、想ったより綺麗な顔してんじゃん」
「まだここに来て日が浅いから不慣れだろ?俺達が案内してやるよ」
まるで品定めでもしているみたいに、上から下まで全身を舐め回すかの様な不快な視線を浴びせられた。
だらしなく口角は緩み、薄ら笑いを浮かべる
「ご提案はありがたいのですが私は結構です。失礼します」
「おいおい、ちょっと待てよ」
「っ……!」
踵を返して立ち去ろうとしたが、握り潰すつもりなのでは無いかと思う程に強い力で腕を掴まれ、強制的にその場に制止させられてしまう。
痛みからくる苦痛と理不尽な怒りを表情に乗せて相手に叩きつけてやったつもりだったが、まるで意に介さない。
「離して、ください……っ」
「いいじゃねぇかよ、武家のお姫様は厳粛にぃ、てか?ツレないねぇ」
「近くに安く呑める店があるからさ、連れて行ってやるよ」
そのまま、私の腕を引き揚げる様にしてその場から引き摺りだそうとする。
比較的近くにいるインド現地の一般兵士と思しき者達は、日本語で話されている内容がわからないせいか、怪訝そうに見つめるだけで止めに入る様子は無かった。
そもそも彼らとは管轄も所属も異なる日本帝国陸軍の者であることと、片割れの階級章が中尉であることから、傍から見れば私が上官から詰問を受けている光景に見えるのかもしれない。
「いい加減、に……っ!」
「お、おおっ?!」
引き摺られまいと膝を屈曲させて踏ん張っていた脚を無理やり伸ばし、そのまま相手側に飛び込む様にして地面に向かって倒れ込む。
向こうの方が明らかに身長も高く筋肉量も多いのは明白だったが、意図せぬ方向に数十キロの重量の負荷が生じれば如何に屈強な男と言えどもバランスを崩す。
そのまま受け身を取ったまま背中に倒れ込んだ私は、片側のみで体重を支えているその脚に蹴り込み、同時に私の腕を掴んでいた手を捻りあげる様にしながらこちら側に頭部を引き込んで喉元に肘鉄を喰らわせてやる。
私の横に倒れ込んだのを確認してから、その場で両手で床に着いて体重を支えながら下半身を振り上げる様に回し蹴り。
四つん這いになっていた彼の丁度背後から蹴り上げる様な形で私のつま先が股間に突き刺さった。
こちらの履いているのは標準装備の安全靴、つま先の部分には鉄板が入っているのでさぞ痛かろう。
「ぐおおおおおっ?!」
「滝崎ぃ!!てめぇ、何てことをしやがる!?」
その様な言葉には意を返さず、回転を殺さずに脚は振り抜き、弥次郎兵衛やダルマの如く勢いをそのままに立ち上がる。
もちろん、そのまま構えを取り間合いを離すことも忘れない。
股間を殺られた方は身悶え無力化できた様子で、もう片方は内股になってこちらを睨みつけていた。
そしてあろうことか、腰に帯びていた折り畳みナイフを取り出すと展開して切っ先を向けてきたではないか。
生憎と、こちらは刃物に対抗できそうな武器の類は持ち合わせていない……これは、些かマズいかもしれない。
「もうタダじゃおかねぇぞ……!」
そう叫びながら、ナイフを見せ付ける様に天へと掲げて駆け出してくる────!
「なっ……!何なんだよお前等はっ!?」
「いい加減にしろっ!!」
「止まれ止まれ止まれぇ!!」
「こちらMP2、刃物使用による傷害未遂発生、至急応援を要請する、オーバー」
しかし、それを遮る様にライフルを掲げた者達……言動と服装から憲兵の類と思われる……が現れ、帝国軍衛士のナイフをライフルに着いた銃剣で打ち払い、そのまま銃口を向けながら手際よく拘束してしまう。
「失礼、私はニューデリー基地MP第2小隊のロイ伍長です。少尉、お名前と所属をお尋ねしても良いですか?」
「はっ、帝国斯衛軍より派遣されましたスティール中隊所属の久賀澪月少尉です」
「ありがとうございます久賀少尉。後ほど少尉にも事情聴取をさせて頂きます」
「……はい」
結局、その不埒な帝国陸軍衛士の2人はMPに連行されていった。
その際にも叫んだり抵抗する素振りを見せていたが……何とも往生際の悪いことか。
私はと言えば、その後に呼び出しを受けて素直に事情聴取で説明を行い、最後に中隊長から諌められた。
曰く、状況的に正当防衛ではあるがやり過ぎだ、とのこと。
「周りに人はいたんだろ?騒ぎを起こされてその処理に追われるこっちの身にもなってくれ……」
「誠に申し訳ありませんでした」
「とは言え……これは個人的な意見だが、陸さんの不届き者に1つ灸を据えてやったというのは胸のすく思いであった」
「…………大尉?」
「何はともあれお前が軍規的に裁かれる事はあるまいよ……だが念の為に、お前はお前で出来る根回しはしとけよ?」
「根回し…………あぁ」
「奴さんらも相手が悪かったと言うか、相手の相手が悪かったと言うか……まあ、ご愁傷様ってところだな」
新庄中隊長は何かを含んだ物言いで、ニヤッと下世話な目でこちらを見てくる。
それの意味するところを理解しながら、私は視線を逸らしつつ直立不動で腕を下ろしながら礼をしてやり過ごす。
「まあ、念の為に暫くは中隊の誰かと2人以上で行動する様にしておけ。それから、仮に次があったらMPを要請する事、良いな?」
「はい、了解です!」
「もう遅いからな、明日に備えてしっかりと休んでおけ。行っていいぞ」
「失礼します!」
○
1988年12月23日
インド 旧パーニーパット近郊
投棄された街の残骸、脱け殻のゴーストタウンとも言えるそんな場所で地に響くような音が木霊していた。
その正体は、2機の彩雲が
「中尉、とんだ災難でしたね……」
「まったくだ……大隊長の野郎も大袈裟過ぎんだよ、ったく!」
「さっさと哨戒コースを廻って帰りましょう」
鵜飼貴久中尉と滝崎栄少尉の両名は、先日の斯衛軍衛士への軟派行為……もとい、傷害未遂の懲戒として3日間の謹慎の後に3ヶ月間の周辺哨戒任務が科せられていたのだ。
しかし、滝崎少尉の素っ気ない言葉に対して鵜飼中尉は怪訝そうに眉を潜めて網膜投影ディスプレイ越しに睨みつけた。
「おい、滝崎ぃ……確かに哨戒任務は億劫だけどな、ぜってぇに手を抜くんじゃねえぞ?」
「え、はっ、はい?」
「いいか?ここは最前線のすぐ手前、最前線では弾薬や補給も限られているからどうしてもBETAの討ち漏らしが出てきちまう」
「それは、そうですね」
「わかってねぇな、俺達がその討ち漏らしを見逃してソイツが基地に侵入して何かしらの設備が破壊されてみろ?基地機能が途端にダウンしちまう」
「…………」
「わかったらレーダーには常に気を配っておけ!いいな?」
「り、了解っ!」
滝崎少尉にとって、この鵜飼貴久という男との付き合いは既に1年を過ぎていたが未だにその
酒や煙草は嗜むし、慣れない異国の地にも関わらず様々な夜の嗜みに精通しており法的にグレーな遊びに付き合わされた事は何度もある。
何かとストレスの溜まりがちな大陸派兵の折において、滝崎少尉はこの“悪い先輩”に伴われて過ごす非日常的なやり取りが嫌いではなかった。
酒と女と金、つまり欲望の類にだらしなく節制や謙虚といった言葉からまったくの対局に位置する様な人間。
なのだが、こと戦闘や任務に関しては誰よりも真摯な態度を見せてくる。
言葉遣いや態度を取り繕ったり豹変する訳ではない。
今回の様な要所要所で、それも何時もの変わらない様子でピシャリと諌めて来ることがあるのだ。
しかも疑問を呈せば、割と丁寧に理由を教えてくれる……
彼の見せる二面性の理由は微塵も分からぬが……付いていけば生き残れるのでは?と思わせる凄みがあった。
そして結局、付いてきた結果が今回の懲戒という結果なのだが。
『──ちら……誰……応答…………くれ!』
「ん……?」
少し考えに耽っている最中、耳の間近に据えられたスピーカーから人の声の様な音が響く。
しかし、ノイズ混じりでその内容までは聴き取れない。
たった今、鵜飼から注意を受けていた滝崎はコンソールを操作して周波数と感度を調整し、なんとかその音を聞き取ろうと試みた。
『──誰でも……い!……救援…………いのかっ!……』
「救難……いや、救援要請ですかね?でも大分遠いみたいだし電波干渉かも──」
「こちらアックス1より
『こちらニューデリーHQ、アックス1どうした?』
「哨戒任務中に広域オープンチャンネルによる救援要請と思しき通信をキャッチした!至急に近隣の拠点に確認を取ってくれ!」
『ニューデリーHQ了解、アックス1とアックス2は引き続き該当通信の出処を探索してくれ』
「アックス1了解!」
自分達には関係のない内容の通信……そう結論付けようとした滝崎であったが、鵜飼は先程と同じ様な調子で何時もは眠たげな目蓋がクワッと大きく開き、焦眉の急と言わんばかりの早さでHQに通信を繋いで何かしらのやり取りを行っていた。
未熟な滝崎にはその理由がわからず狼狽える事しか出来ない。
「どういう事ですか中尉……?何故そんなに焦って?」
「馬鹿野郎!お前も衛士なら自分達の使ってる機器の性能や特質を把握しておけ!」
「えっ、えーっと……」
「いいか?戦術機や戦車に搭載されている通信機で使用されている
「ええ、そうですね……」
「つまり、その圏内でただの援軍や救護の要請する為なら態々広域オープンチャンネルに電波を垂れ流したりはしない……という事は?」
「その圏内に友軍がいない……?」
「そういう事だよ!しかも、CPに設置される様な中規模基地局はおよそ100km圏内の通信をカバーする……にも関わらず、この通信は垂れ流しだ。幾らだだっ広い大陸とは言え通信網を構築せずにその範囲外に兵力を送り込んだりはしねぇ」
「待ってください……つまり、今の通信を行ってきたやつの周囲100km圏内にある拠点は……全滅したって事ですか?!」
「それがわかんねぇから調べろって話なんだよ!漸く事の重大さが理解できたか、このすっとこどっこいが!」
鵜飼の行動の理由が理解できた滝崎の表情は徐々に青褪める。
そして鵜飼はと言えば、コンソールのキーボードを展開すると仮説に基づいた計算を始めており、滝崎もその画面を共有して検証を行う。
「ルディヤーナーのHQも拾えてない、そこから100km以上離れた距離にある拠点は……」
「あっ、チャンディーガル!」
「そうだ!つまり、BETAが
「BETAが越山してきた可能性が……北側から一気に平地に雪崩込んで来るって事ですか?!」
「そうなったら俺らの
大凡の位置を絞り込んだ二人は、その最悪な仮説がただの杞憂であることを願いながら