Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1989年8月23日
アメリカ合衆国 ニューヨーク州 マンハッタン
国連総会本部 地下
「お久しぶりですわね、須和さん」
「ええ、お久しぶりです」
未だに、耳の奥を
恭しく出迎え、手を差し伸べて友好的に握手を求めてくる彼女の名は古鍛冶サラ。
イギリス有数の石油会社であるロイヤル・ペトロリアムの令嬢であり、また日本支部のCEOである彼女は、また世界も有数の資産保有一族であるフェアチャイルド家*1の末裔という側面もある。
だが、彼女は世界的財閥であるフェアチャイルド家の現当主の娘であるだけでなく、クロックフォード家*2の現当主の曾孫でもあるのだ。
この場合、古鍛冶サラがこの場にいる理由はクロックフォード家の縁者である事の方が大きい。
クロックフォード家と国際連合には切っても切り離せない縁がある。
国際連合の本部が置かれているビルは、ニューヨークの中央に浮かぶマンハッタン島にあるのは周知の事実であるが、その土地を提供したのは他でも無い、現当主のジム・クロックフォードその人であった。
彼は資産家であると同時に慈善家としての側面も知られており、大学や国立公園、博物館などの設立にも携わっているのだが…………一説には、国連総会ビルの為の土地提供は彼の息子であるロナルド・クロックフォードの政界進出を支援する為だったのでは無いかと言われている。
実際、ロナルド・クロックフォードは後にニューヨーク州知事とアメリカ副大統領にまで登り詰めているのだから……
閑話休題。
そういう事情から、古鍛冶サラはジム・クロックフォードの名代、という立場を取れば、国連に対しても小さくない影響力を発揮出来るという訳だ。
「この度は、この様な場を設けてくださり誠にありがとうございます」
「いえ……勿論、私の関与が全く無かったとは申しませんが、実際のところ彼等は純粋に須和さんの提出された例のレポートに強い関心を抱いているご様子でした」
例のレポート、つまり、G元素であるグレイ・イレブンを取引する為にこちらが提供出来るであろう将来的な成果の予測を実績と理論から紡いだ、言わば企画書の類である。
コレに喰い付いたのが、古鍛冶サラが以前から交渉を持ちかけていた既存の戦術機ドクトリンを継続しつつも対BETA戦略をより洗練させたいという考えを持つ、国連の中でもハト派とされる勢力であった。
何せ、そんな彼等と対立するタカ派閥の戦略が、核兵器も真っ青な地球破壊爆弾であるG弾を世界中のハイヴにしこたまとぶち込んだ上に、選ばれた少数の人間だけが宇宙船に詰め込んで地球外へ脱出させようという破滅的な計画である為に、これを何とか阻止せんと彼等も必死だった訳だが……
現行のオルタネイティヴ第3計画は見通しが不透明で、更に招致国であるソ連はハイヴ攻略の要件を満たせる性能を有した戦術機を保有していないということで、米国からF-14の改修機を供与されるという始末。
故に、現実的かつこの後のオルタネイティヴ第5計画と真正面から張り合え、かつ突っぱねられる“解決策”を欲していた訳だ。
要するに、俺達はそこに付け込んだということになる。
「更に言えば先日のグラナン社での会合……かの企業もオルタネイティヴ計画にはそれなりに関与していますからね、F-14改修案の技術供与の話から殊更に信憑性が増した、といった具合の様です」
つまり、こちら側の意識としてはF-14の改修案もレポートの内容もグレイ・イレブンを入手する為に提示できる手札の内の一つに過ぎなかった訳だが、向こう側からすれば大局的な観点からして喉から手が出る程に欲する切り札だった、ということだろう。
まあ、
「こちらの部屋です。どうぞ」
「失礼します」
古鍛冶サラに通された部屋には、国連軍の軍服と事務方の制服を纏った多種多様な人種の顔ぶれが連ねている。
階級章を見る限り一番階級が高い者は中将で、その周りを固めているのも少将や准将と言った将官が列しており、国連軍の中でもかなりの地位と権限を有している者達が集っていることがそれだけで容易く察することができた。
まず初めに声を掛けてきたのは、その中将の階級章を掲げているアラブ系の男だった。
「お初にお目にかかりますミスター・スワ、統合参謀事務次長のジハード・カシム中将です」
統合参謀事務次長。
国連軍という組織は、国連統合参謀会議の下に各方面軍・後方支援軍集団・航空宇宙総軍・治安維持軍の4軍が編成され、更にそこから細かく地域や管轄ごとに分割されている。
例えば、日本や中国は東アジア方面軍になるし*3、後方支援軍集団は兵站輸送や研究開発団、航空宇宙総軍は軌道降下兵団や軌道防衛軍……といった具合だ。
さて、話を戻すと統合参謀事務次長とは国連統合参謀会議に属し、後方支援総軍を指揮する統合参謀事務局長の副官にあたる役職になる。
つまり、このジハード・カシム中将は国連軍の研究開発団を管理する立場にあり、要するに現行のオルタネイティヴ第3計画や後の
「率直にお伺いします。レポートに記された将来的な戦術機の技術、運用プラン……これらは実現可能なのでしょうか?」
「……技術ベースの話であれば“人類が地球上からBETAを一掃することが可能な技術レベル”に到達するまで約10年、またそれを日本帝国軍および斯衛軍において適切に運用・量産が可能になるまでは更に最低5年は必要になると見積もっています」
これまでの、カグツチや自律稼動フレーム、レールガンといった技術の開発は基本的に既存の技術を見直したり、未来の技術知識をベースに技術的課題や障害を解決するための解答をカンニングしたりと、手直しや発想の転換程度のレベルであった。
しかし、携行式荷電粒子砲やハイドロゲンリアクターは未来の技術知識をもってしても未知の領域。
つまりここからは今までの様に、少なくとも戦術機関連技術に関しては真っすぐな最善手への最短ルートを提示することは叶わず、霧の立ち込めた道なき道を手探りで進んでいくことになる。
故に技術の確立と、それを戦場で運用できる人材や整備体制が十全に構築できるまでに要する時間は決して短くはない。
「ふむ……ミスター・スワ、それを日本だけでなく世界各国が総て漏れなく運用できる状態にまで拡げる事は可能だと考えていますか?」
「世界規模、ですか……?それは、少なくとも『ハイヴ攻略が可能である』という事実を日本が世界に実績として示すことができれば、或いは……しかし、当然ながらそう各国に判断されたとしても実際に運用が可能になるまでは更に月日が掛かるかと」
正直なところ、ジハード氏の質問が意図するところを測りかねていた。
字面だけで推測するならば“日本だけでその技術を独占するな”と言ったところか……?
「結論から申し上げましょう。我々はミスター・スワ氏のレポートを元にした新たなる人類救済の為の道筋……
「オルタネイティヴ、ゼロ……」
「従来のオルタネイティヴ計画は、BETAの生態を解析する事によって従来の直接戦闘による排除以外の手段を持ってBETAとの戦争状態を解消する事を目的としてきましたが……正直なところ、現段階におけるオルタネイティヴ3に至るまで、BETAに具体的な手段を講じられずに無闇に時間と資源を費やして来たのが現実」
「…………」
「
20年、多少の猶予がありそうに聞こえる数字だが、そう単純な話でもない。
例えば2010年がタイムリミットだとして、2005年頃に対BETA兵器の決定版が完成したとしても5年弱の期間でその兵器を量産・配備して揃えなければならない。
しかもその頃には恐らく、ユーラシア大陸は既に堕ちた上にアフリカ大陸にまで戦線は伸び、またアラスカやカナダ等の北方から北アメリカ大陸にまでBETAが迫っている可能性すら想定される。
そうなれば人類は常に喉元に刃を突きつけられた状態となり、果たして反攻が間に合うのか、また間に合ったとしても人類には再興できる余力が残っているのかも疑問だ。
「本計画は、オルタネイティヴの名こそ冠してはおりますが、BETAとの直接戦闘による正攻法へと回帰したものであり、あらゆる情報や資材、人材などを集約できる既存のオルタネイティヴ計画のシステムを流用している事を示すものです」
「はぁ……」
「つまりはリセット、オルタネイティヴ計画を
「え……それでは、お言葉ですが、ここまでの話は机上の空論に過ぎないのでは?」
「ええ、正規の手順に則るのであればそれこそ絵空事に過ぎません。しかし、先程も述べた通り我々が権力闘争で役職を勝ち取って正規の手段を講じられる機会を伺っていては手遅れになりかねない────そこで」
ここで、ジハード氏が突然に立ち上がって、議場の大型ディスプレイを指差すと何やらプレゼン資料の様なものを投影させていた。
どうやら、何やら説明を始める様子だ。
「まず、正式にオルタネイティヴ0計画を公式に認可させるまでは、非公式な裏計画として国連上層部には秘して水面下で組織体制を確立させます」
ディスプレイの中央には、点線の枠で囲まれたAlternative 0の文字。
恐らくは、非正規故の表現といったところか。
「我々が現在有する職権やコネクションをフル活用して横領や粉飾決算……あらゆる手段を尽くして資金や資材を掻き集めて土台を形成します」
架空の作戦や計画をでっちあげて、その成果を横流ししてオルタネイティヴ0に収束。
そして時勢と基盤が整い次第、伏せていたダウンカードを一気に引っ繰り返すかの如く、既存のオルタネイティヴ計画やその他の国連主導の計画や作戦をも飲み込み、秘密計画から国連の主要方針へと大転換させる、という寸法。
本当にそんな事が実現可能なのか、という現実的な課題や問題を脇においておくとして、面白そうな話ではある。
「初期の運動資金に関しましては、
「古鍛冶、さん……それは、ロイヤル・ペトロリアムの日本支部が企業として投資して頂ける、ということですか?」
「フフフ……いいえ、違いますわよ?」
「…………?」
「オルタネイティヴ0に投資するのは我々……フェアチャイルド家、より正確に述べればフェアチャイルド一族による……ヨーロッパの金融界からの出資、そう捉えて頂いて結構です」
フェアチャイルド家はイギリスやフランス、ドイツ、イタリア、オーストリアなどのヨーロッパ主要国を根差す様に5つに分化し、それぞれがその国の金融システムそのものを支配してきたと言っても過言では無い。
今やユーラシア大陸は堕ち、国土が残るのはイギリスだけとは言え、アメリカやオーストラリア、日本等のアジア各国にもその影響力を残すフェアチャイルド家の権力と資金力は未だに侮れないのだ。
つまり、この時点でオルタネイティヴ0は、ただ単なる秘密計画や秘密組織の領域を越えた。
言うなればフリーメイソンやイルミナティの様な都市伝説級の秘密結社になりつつある。
そう言っても過言では無い程度には、己の知らぬ間に大きいものに膨れ上がっていた。
「ミスター・スワにお手間を取らせる事は何もありません。貴方には今まで通りの研究を日本で続けて頂ければ……G元素など、必要な物は我々が可能な限り用立てる事をお約束致します」
そして、このオルタネイティヴ0においては契約書などのサインが交わされる事は無い。
万が一裏切り者やスパイが紛れ込んでいたり、どこかの諜報組織にバレた際にそんな証拠品が残っていれば芋づる式に計画も組織図も発覚してしまう。
フェアチャイルド家がごっそり関わっているとなれば、それこそスキャンダル等という言葉に収まらない歴史的な大事件となる。
その為に、防諜として証拠は極力残さない、という事なのだが…………
これは、逆に言えば既に計画は俺の預かり知らぬところで勝手に始動しており、更に言えば此方には是是非非の選択肢なぞ無く、強制的に遂行されるという事に他ならない。
初めから拒否権もある訳も無く。
つまり、古鍛冶サラにしてやられたという訳だ。
「…………」
「…………ふふっ」
恨めしげに古鍛冶サラを睨むように見据えるが、彼女は何時もの調子で嘲笑うかの様に妖艶な微笑みを返してくるだけだった。