Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1982年7月7日
東京府八王子市 東京高等専門学校
学生寮食堂
『次のニュースです。BETAの侵攻により国土の大半を失ったソ連に対してアメリカ政府はアラスカを50年間の期限付きで租借することが議会で承認され、本日未明には正式にソ連もこれに同意し調印を行い、アラスカは正式にソ連へ租借されました。これをもってソ連国民の大規模な疎開が開始される事となり、我が帝国海軍でも第二輸送船団の派遣を予定し──』
妙に塩味の強い味噌汁を啜りながら食堂の天井棚に設置されたテレビを観ているとそんなニュースが流れ込んできた。
既にソ連はかつての首都であったモスクワ周辺にウラリスク、ヴェリスク、ミンスクの3つのハイヴを抱えており、80年までには殆どの国民はバイカル湖以東であるヤクチア、カムチャツカ、そして首都であるハバロフスクへと避難が済んでいる。
しかしBETAの侵攻は留まるところを知らず、以前からソ連はアメリカに対してアラスカ州の購入を打診していた。
まあ、ソ連国民からすれば元々アラスカはロシア帝国時代の領土なのだから返せよ、ぐらい言いたいのかもしれないが。
結局のところ、その折り合いは租借という形で落ち着いた様だ。
「おいおい、このまま日本にまでBETAが来るなんてこと無いよな……」
そんな悲観的な声がどこからか聞こえてきたが、現在の情勢としてはモンゴルに届くか届かないかといった具合で、中国の主要都市やインド、朝鮮といった東南アジアはほぼ健在だ。
どうしてもソ連は日本の隣国、というイメージが付き纏ってしまうが、日本本土はまだまだBETAの射程圏外である。
しかし、だからといって楽観視できるかと言えばそんな事はない。実際に危機感を抱いているからこそ日本帝国政府は戦術機の国産化を急いでいるのだから。
「須和恭太郎さーん!土肥さんという方からお電話が来てますよー!」
「はーい!今行きます!」
そんな事を考えていると、恭太郎を呼ぶ声が聞こえた。
電話に早く出たいのはやまやまだが、ここで中途半端に夕飯を残すのは心苦しかったし、何よりここで食いっぱぐれると夜にひもじい思いをして苦しむ事になるだろう。
そう判断すると、碌に噛まずに吸い込む様に白米と焼き魚を口の中に放り込み、僅かに残っていた味噌汁で無理やり流し込んだ。
結果、色々なものが胃の中から飛び出してきそうな不快感に耐える羽目になってしまう。
「も、もしもしっ、ゴホッ、お待たせして、すみません土肥さん……」
『いや、大丈夫だ……恭太郎くんの方こそ大丈夫か?』
「大丈夫です。それで、何かありましたか?」
『ああ、何時もの進捗の説明だよ』
現在、土肥さんは河崎重工の明石工場で例のレポートを元に自律稼働フレームの実験を行ってくれていた。
東京と明石では距離がかなり離れているし、こちらも学生の身なのでおいそれと明石まで赴く時間もお金の余裕も無いのでこうやって電話でやり取りをしている。
口頭では伝えきれない様な内容については、幸いにも東京高専の職員室にはファクシミリが設置されており、教員たちに話をつけて使用させて貰える事に。
また、それ以上の重要書類に関しては……軍事郵便の機密文書ということでやり取りをしており、先日も瑞鶴についての諸元が届いていた。
…………一般人である自分がそんなモノを受け取っていいのかは甚だ疑問ではあるが。
『ひとまず、現状では光ファイバとモーターを繋いだアクチュエータの試作は一定の形になってきている。問題はそれを制御する為のデジタルコンピュータだ』
「シンセルのx86コンピュータはどうでした?」
『ううん……一先ずアメリカから取り寄せて試してみたはいいんだが、どうにも持て余してしまっていてな』
アメリカの新興メーカーであるシンセル社が販売を開始したばかりのx86は、世間でも早くに登場した実用的な商用16bit CPUであり、アメリカのコンピュータ業界のドンであるHAL社が小型コンピュータへ参入するにあたって採用を決定した事によって一気に世界的なスタンダードになりつつあった。
これが実際、向こう100年近くにわたってコンピュータのメインアーキテクチャとして磐石の地位へと登りつめていくのを知っているが…………実際はダウングレード版のx88が採用されたり、世間的な評価も未だに並程度であったのだが。
それは兎も角として、世界の最先端技術である事に間違いなく、半導体専門企業ではない河崎重工にとっては扱うのが厳しい代物であった様だ。
「それでしたら、JECに協力を要請してみては如何ですか?」
『JECだって?』
「はい、餅は餅屋と言いますし、同じシンセルの8bitCPUを搭載した企業用小型コンピュータの製造販売実績を持つJECでしたらx86にもある程度は造詣があるかと思いまして」
『なるほどな』
なんてことはない。そのx86の互換品を自社で開発した上で搭載した小型コンピュータである9800シリーズの初代を今年の10月頃に販売開始するということを知っているが故に提言しているに過ぎない。
このx86系を搭載したコンピュータは80年代から90年代初頭までの日本における小型コンピュータ業界を席巻する──90年代中頃からアメリカのナノソフト社を基点とした一連のシステムに敗北し荒廃してしまうのだが──という事実が知識の中にはあるのだ。
ちなみにx86系に拘るのは、やはり将来的なアップデートを見据えると淘汰されてしまう物よりも普及している物の方が望ましいからであるが、これは未来の知識があるが故に取れる最良の手段だ。
『うむ。ではその件に関しては一度本社を通してから交渉してみるとするか……』
「はい」
『それはそれとして。フレームとは別件だが、戦術機に関して国防省で動きがあった』
「国防省ですか?先日瑞鶴がロールアウトしたばかりなのに?」
「その瑞鶴が問題ってことさ。城内省の一部官僚と武家は随分と喜んでるみたいだが、現実が見えているヤツの顔は随分と曇ってたな」
土肥さん曰く、82式戦術歩行戦闘機-瑞鶴は城内省の要請により急ピッチで仕上げられた、言わば妥協の産物であった、とのこと。
結果的には撃震の性能向上版という程度に収まってしまったが……それは時勢を考慮すれば仕方が無いものだった。
そもそも戦術機の祖たるF4ファントム自体が1974年に初めて米国で実戦配備された物なので、戦術機の歴史自体が未だ9年弱という短さなのである。
日本においては1977年に漸く撃震という形でライセンス生産が可能になったのだが、なんと城内省はその直後に新型機の開発を依頼してきたのだ。
それもF4の改修機としてではなく、完全な新規設計機という条件を突き付けて来たものだから、河崎重工をはじめとしたプライム企業3社からは「不可能」だと即断されたのは、至極当然のことだろう。
考えてもみてほしい。やっとカレーを作れる様になった弟に対して無遠慮な兄から「完全にオリジナルで絶対に美味しい料理を新しく0から作りだせ!」なんて一方的に言われたら、拳の一発でも喰らわせてやりたくなるだろうが。
『お偉いさん方は訳知り顔で「この体たらくでは純国産機の製造は絶望的である」ってなぁ……んなの当たり前だろうがって話だ!世界を見渡しても純国産機を作れたのは精々ソ連のMiG23ぐらいなもんで……アレだって、だいぶF5フリーダムファイターの面影が残ってるしで完全にオリジナルかって言われたら疑問なんだが』
「えっと……そんな状況で、国防省は何をしようとしてるんですか?」
『だから、純国産機のリベンジだよ』
「ええ……」
『まあ、未だその前段階の帝国軍におけるドクトリンや戦術を照らし合わせた上で、どんな戦術機が日本には望ましいかってのを検討する為の研究会、ってレベルだな』
それで挙がってきた要求仕様を元に仕上がるのが不知火なのかぁ、と、この世界では己しか知らない未来に対して想いを馳せる。
『まあ、まだ企業の方には声が掛かってないが、いずれはアドバイザーとして呼ばれるだろうさ。それで、そうなった時なんだが、例のレポートを他社や国防省に見せても構わないだろうか?』
「ああ、はい、もう全然。実験を行って頂いているのも河崎重工さんですし、お好きに使って貰って構いませんよ」
どうやら今日の電話の主旨はそこだった様で、こちらから了承の言葉が伝えられると二言三言の雑談があった後に会話が締め括られ電話を切った。
殆ど二つ返事で承諾してしまったが、問題は無いだろう。見向きされるかは兎も角として、その技術が広まるに越したことはないのだから。
さて、それでは電話も終えた事だしと棟を出て寮へと向かう。
行きの時は余裕が無かったので気付かなかったが、外へ出てみると何やら少し活気がある。
何事かと伺うと、どうやら笹を持ち出して おり、そこに何やら紙を括り付けていた。
「……ああ!」
少し考えてから、今日が七夕である事を漸く思い出す。
思い至ってから空を見上げると、そこには見事に煌めく天の川が夜空の中に拡がっていた。
新暦における七夕は梅雨の時期と被る為、雨や曇りに遮られ肝心の天の川が見えない、という年も珍しくない。
そう考えると、こうやってハッキリと見えるのは幸運なのだろう。
どうせならと恭太郎も周りに乗じて短冊に願い事を書いて笹に括る事にした。
「これで良し、と」
それを確認してから、再び天の川に視線を戻す。
すると、ちょうどその時だった。
天の川を突っ切るかの如く、一筋の流れ星が過ぎていくのが見えた。
「お…………」
吉兆の告げか、と期待する程には神秘的な光景だった。
両者ともに願いを叶えるという謂れのある星の連なりに思いを馳せていると、自然と笑顔が浮かんでくる。
どうせなら短冊に書いた願いを叶えてくれ、と。
「────そうだ」
流れ星を見てか否か、恭太郎の頭の中にふと思い付きのアイデアが湧いた。
それが実現すれば、先程短冊に書いた願いの一助になるやもしれない……そんな事を考えながら、寮にある自室へと駆けていく。
恭太郎の見ていないところでまた、夜空から零れ落ちるかの様に流星が瞬いていた。
★小ネタ
シンセル→インテル
HAL→IBM
JEC→NEC