Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1989年8月23日
アメリカ合衆国 ニューヨーク州 マンハッタン
「恭太郎さん、よろしければ少しシャンパンでも嗜みながらお話しませんか?」
国連本部の議場を後にする際、古鍛冶サラから対談を持ち掛けられた。
場所は彼女の乗ってきた車の車内でということであったが、最早身元も割れている彼女のことを警戒しても今更なのでその提案を承ける事にした。
まあ、最悪何かがあっても情報省の諜報員がどうにかしてくれるだろうという人任せな打算もあったのだが。
案内されたのは、リーランド*1のリムジン。
黒塗りで重厚感があり、全長7mにも及ぶ巨大な車両に内心圧倒されつつも、彼女の部下と思しき者が傅く様にしながらドアを開けて車内へと導いてくるので、退くわけにもいかぬかと意を決して乗車する。
車内のインテリアは、高級なソファの様な革張りの座席が側面から背面にかけて逆L字に拡がっており、その対面には見せつけるかの様にワイングラスがズラっと並び、更にアイスペールの如く様相で氷が敷き詰められた層にはワインボトルが沈められている。
試しにワイングラスを一本取って底面を覗いてみると、バクラ*2と刻印されていた。
流石にこの手の分野に疎くとも、それが今は亡きフランスのラグジュアリーガラスメーカーであり、まあ大層なお値段であろうことは想像に難くない。
「ふっ、ウフフフ……そんなに、緊張なさらないでください」
「…………っ」
古鍛冶サラの息を押し殺してからかう様に弾む笑い声にハッとする。
キョロキョロと車内を見渡して、落ち着かない様子でさながらお上りさんといった醜態を晒していたであろう。
何処か居心地の悪さを覚えながらも、ひとまず座らねばなるまいということで、できるだけ視線を逸らす様にしながら座席に腰掛ける。
ちょうどL字の角の部分、古鍛冶サラと半身だけ向かい合う様な格好になった。
あまり接近するのも如何かとは思ったが、こうしないと振る舞われるグラスを受け取ることすらままならないから、と自分に言い聞かす様にしながらワイシャツの襟首を片手で弄って居住まいを正す。
「ここはプライベートな場ですし、肩肘張らずにリラックスしながらお話しましょう?」
彼女は薄く透ける様なラベンダー色のシアーストールの結び目を解いて、慣れた手つきでサッと畳むとそれを脇に置いた。
そういうものなのかと思いつつ、こちらもネクタイと首のボタンを2つほど外して、手持ち無沙汰になったネクタイをポケットにねじ込む。
しかし、それを古鍛冶サラに制止され、ネクタイをひったくられる様にスルリと奪われたかと思えば、それをクルクルと巻いて返してくる。
「こうしておくとシワになりませんから」
「はぁ、なるほど」
確かに、無造作にしまっても4つ折りにしてみてもネクタイに妙な撚れが出来てしまうが、こうすれば良かったのか。
流石は洋装に慣れ親しんだ英国人だなと感心しつつ、素直にそれを受け取って今度こそポケットに仕舞った。
「なにはともあれ、乾杯しましょう?」
選別する様に幾つかのワインボトルを指さしたかと思えばそのうちの1つを氷の海から引き抜き、これもまたスムーズにコルク抜きでクルクルとあっさり開栓してしまう。
ポンッ!という小気味良い破裂音と共にボトルの口から泡を帯びた琥珀色の液体が弾けた。
それは先程のバクラのグラスに注がれ、琥珀色の液体が泡立ちながら満たされていく。
ワインに関しては疎いが、それが上等な部類であることは容易に想像がついた。
「シャンパン、か……」
「ええ、クリュグのプライベート・キュヴェ1961年……御託はさておき、ご賞味あれ」
いざ、と口に含むと芳醇な香りが口の中で弾けた。
葡萄のみを凝縮したというよりもナッツや柑橘、はちみつにキャラメルといった様々な要素が溶け合った繊細かつ鮮やかな味わいが踊る。
スパークリングワインを飲んだのは初めてではなかったが、口と鼻を通して広がる優美な風味は、今まで味わってきたものとは全くの別物である様に感じられた。
「お気に召しましたか?」
「ええ……ソムリエや美食家みたいに風雅で気の利いた言い回しはできませんが……」
「それは良かったですわ」
彼女はもったいぶった様に琥珀色の液体をワイングラスの中で揺らし、顔に近付けて香りを楽しんでからゆっくりと口に含んでいた。
その姿はやはり何処か優雅で、何となく、このワインに相応しい飲み方の様な気さえする。
「この災禍の最中にシャンパーニュ地方も喪われてしまい、新たに“シャンパン”を醸造する事は永遠に叶わなくなり、既に相場は数倍から物によっては10倍に跳ね上がってしまいました」
「…………そんな貴重な物を?」
「貴重だ貴重だとありがたがって死蔵してしまうよりも、飲み頃に飲んであげる方がワインも報われるというものですわ」
それはフェアチャイルド家の財力から裏打ちされた余裕なのか、それとも彼女自身の気質なのか…………
おそらくは、後者なのだとは思うが。
「それでも人類の執念は恐ろしいものでして、出来る限り醸造所の環境を維持することが可能なコンテナを造り、ワインやウイスキー、ブランデー等を樽ごと移動させ、種や土を冷凍保存したりと何とか名酒を存続させようとあれこれ知恵を振り絞り尽力しました」
「………………」
「もちろん、それらがシャンパンやコニャックを名乗れるのかどうかは意見が割れるでしょうけど、涙ぐましい努力だとは思いませんか?」
「そう、ですね…………それだけ拘りと誇りと意地を持って、先祖から受け継いできた結晶を遺したいと努力された方々がいらっしゃったのでしょう」
「そして、その想いに共感して手を差し伸べる物好きな資産家もいたわけです」
「まあ、そうでしょうね……この味を知っていれば、そう考えても不思議ではない」
醸造家や好事家の想いは想像することしかできないが、しかし、生半可なものではないのだろう。
種類にもよるが、10年や20年の熟成を要する酒もあり、しかもそれが本当に美味であるかは時を経て樽を開栓してみるまでわからない訳で……
途方もない苦労と想いが、ボトル一本一本に込められているのだと思うと、僅かにこの手元のシャンパンの味わいにもより一層深みが増した様な気さえする。
「だから我々も、貴方が導き出そうとする未来に賭けてみようと思ったのです」
そう言いながら、そっと空いていた左手を包み込む様に手を添えながら引かれる。
祈るような仕草と、少なくとも悪意が宿っている様には到底見えない瞳に安堵を抱きながらも、状況から思わず苦笑する様に息を吐いてしまう。
「…………まさか、引き合いに出すためにわざわざシャンパンを?」
「いえ、コレは偶然にも上物のシャンパンが手に入ったので……先ほども言った通り、保管しておくのは性に合わないのでどうせ開けてしまうのであれば恭太郎さんと飲もうと思いまして」
「ああ……そう、なんですね」
何となくその言葉に気恥ずかしさを感じてしまい、誤魔化す様にグラスに注がれたシャンパンを一気に飲み干してしまう。
そのせいだろうか、酔いが無駄に回って火照ってしまった様な気がする。
これで顔が赤らむ事の言い訳にできるのであればそれで良いか、などと馬鹿なことを考えていたり……
「あら、そんなに慌てないでください。まだ夜は長いですし、ビジネスのことだけでなく恭太郎さんとプライベートなお話もしたいですから……もしよろしければ、このまま私の宿泊しているホテルで語り明かしませんか?」
「ええ、そうですね──」
◯
1989年8月24日
アメリカ合衆国 ニューヨーク州 カルバートン
グラナン 兵器予備工場
「ふむ、朝帰りですか」
「…………なんですか?」
朝になって合流すると、篁大尉は妙に優しげで何やら「察しました」と言わんばかりの細めた瞳でこちらを見つめてきていた。
…………言いたい事があるのであればハッキリと言って貰いたいのだが、そう指摘すると手を軽く突き出しながら振って制止してくる。
「ニューヨークには理性を狂わせる魔力の様なものがありますからね……若気の至り、とも言えるかもしれません」
「先日の計画の出資者とこれからの展望についての意見交換をしていただけですよ」
「ええ、ええ。そうですね」
それで、皆まで言うなと言わんばかりに頷いてくるものだから、流石に苛立ちが胸中で沸き立つ。
しかしここで声を荒げたところで何か状況が改善する訳でもなし、幼く感情的な振る舞いをした時点で何か負けてしまう様な気がするので却下だ。
というか、篁大尉の態度がというよりも、その言葉に対して反論することが出来ない事実に苛立ちを覚えている訳なので、八つ当たりする訳にもいかない。
それはそれとして、その顔面に一発ぐらいお見舞いしてやりたい気持ちも本心ではあるが。
「お待ちしておりましたミスター・スワ…………ええと、何かトラブルでも?」
「ああいえ、何でもありません」
グラナン社の兵器工廠の責任者に声を掛けられ、ハッと我に返る。
そう、今日は先日に交わされたF-14の改修案であるASF-14の開発に関する打ち合わせや現状のグラナン社における取り組みの説明を受ける予定であった。
細かな設計の詰め込みなどは河崎重工ニューヨーク支社を介して行われる予定ではあるが、今日はこれまでグラナン社が次世代機開発の為に行ってきた成果物のお披露目的な意味合いであり、言葉を選ばなければ工場見学の様なものだ。
「それではご案内させて頂きます。機体の説明に関しては中で待機しているハイネマンにお聞き頂ければ幸いです」
工場内部を見た時の第一印象というのは、カラフルだなというものだった。
まずスタッフは役職や役割毎に色分けされた作業着やビブスを纏っており『Avionics』だとか『Engine』という文字もデカデカと記されているので遠目にも分かりやすい。
また塗装前の戦術機というのも、組み立てがどの段階まで進んでいるのかだとか危険区域がどこなのかを示す為にマスキングや警告表示などがあるから、赤青黄緑と複数色が配されていて、どこかアニメだとかの創作物的な印象さえ感じられる。
そして、F-11 タイガーやF-14 トムキャットといったグラナン社製の戦術機群を過ぎていくと、ある意味その場には似つかわしくない見慣れた機体の姿があった。
「これは……」
「XFJ-86、通称レイヴン。日本から研究目的で購入した機体で、現在は自律稼動フレームの技術習得を行う為の実験に使用されています」
「ハイネマンさん」
「遅れて申し訳ありません。少々準備に手間取りまして」
機体の説明をしてくれたのは、グラナン社において主任設計を任されているフランク・ハイネマン氏だった。
彼の言う通り、86式戦術歩行戦闘機 彩雲はイギリスやインドといった友好国だけでなく仮想敵国ですらあるアメリカやソ連に対しても販売やライセンス生産が許可されている。
これは外貨の獲得や自律稼動フレームの普及促進といった単純な理由もあるが、同時に「この程度の機体は譲っても日本には痛くも痒くも無いよ」という牽制の意味合いもあった。
少なくともアメリカにおいては14機の購入が確認されており、基本的に研究目的の為に各地でバラされているという。
実は注文数自体は50機程であったが、インド戦線への優先投入を理由にアメリカへの輸出は後回しになっていて……
それは事実であると同時にF-4ショックと呼ばれる1972年にユーラシア大陸への優先配備を理由に武装である74式長刀のみが納入され、実機の到着が4年後の1976年まで遅れた事に対する意趣返しの意味合いもあった事は想像に難くない。
それでいて少数は期日までに納入してみせる所が日本人の意地というか性格の悪さを体現している様な気がしてしまうのは、考え過ぎだろうか?
「ちなみに、一部では“カタナ”と呼称されているそうです」
「刀?」
「アメリカ人にとってF-86と言えばセイバーですからね、日本式セイバーということでカタナ、なのでしょう」
F-86 セイバーとは第二次世界大戦後の1950年代からアメリカ及びその同盟国で運用された主力戦闘機であり、黎明期のジェット戦闘機として世界中で活躍した。
まあ、彩雲における86式の数字は制式採用された1986年からの由来なので、この一致は本当に偶然なのだが。
ちなみに、F-86セイバーは原型機の一つとしてXFJ-1というレシプロ艦載機であるP-51の改修機があったのだが、奇しくもアメリカに渡った彩雲にはXFJの型式が与えられている。
XFJ-1と言えば、もうこの世界に不知火は誕生し得ないだろうが、その不知火の後継機であり日米共同開発が行われた不知火弐型の試作機の型番もまたXFJ-01であった。
その不知火弐型の開発にもこのフランク・ハイネマン氏が主任設計士として大きく関わっており、ASF-14もまたある意味の日米共同開発機であり彼が携わるというのは……何とも、数奇な運命を感じずにはいられない。
「とはいえ、現状では我々には分解してデータ収集をする事しか出来ませんが……ミスター・スワの手配してくれた蜘蛛糸によるOFRPの生産は1年以上待つ事になるでしょうから、本格化はそれからですね」
「ああいえ、それでしたらカーボンナノファイバーを利用したCFRP製フレームの情報も提供しましょう。自律稼動フレームは元々CFRPで試作を行ったという経緯があるのでOFRP生産までの繋ぎとなるでしょう」
「おお、それはありがたい……」
カーボンナノファイバーであれば、既存の戦術機における関節等のアクチュエーターにも使用されていたことから、アメリカでも充分に生産量を確保できる。
また、CFRPによる自律稼動フレームは日本でもOFRPの繋ぎとして少数だが瑞鶴及び撃震用に量産されており、余剰があるので要請すれば早急にこの工場に送り届けられるし、フレームの換装とF-14の改修によってそのままF-14のフレームとしても転用可能だ。
既存戦術機の自律稼動フレーム化とCFRPからOFRPへの換装は既に実績があるので是非とも活用して頂きたい。
そして、今後の調整について打ち合わせを交わしたところで、ハイネマン氏から改まった様に話を切り出された。
「ところで、実は本日はかつてF-14の開発にも携わった当社の元スタッフが子供を連れて見学に訪れているのですよ」
「はあ……?」
唐突な話に、些か戸惑いを見せてしまう。
ハイネマン氏やグラナン社がその元スタッフ親子に工場内を見せて良いという判断しているのであれば、こちらから口を挟む様な事はないのだが……
「ああ調度来たね。やあミラ、こっちだよ」
「ねえフランク……アレって日本のType-86でしょ……私達みたいな一般人が見てしまって良いの?」
「勿論だとも。寧ろ、君達に見てもらいたいものがあって来てもらったんだ」
「hmm…………?」
ハイネマン氏がこちらに招いたのは、ブロンドヘアーの妙齢の女性と、その子供と思しき10歳頃の少年だった。
随分と若い。見た限り30代程であるし、ハイネマン氏が親しそうなのを見るとかなり優れたスタッフであったことが伺える。
そして、ミラと呼ばれたその女性がXFJ-86 レイヴンから視線を下ろしてこちら側に移すと、何故かとても驚愕したような表情に一変してしまう。
「マサタダ……?」
「ミラ…………?ど、どうしてここに!?」
「それはこちらのセリフよ!どうして貴方がここに……!」
どうやら、篁大尉とも知り合いらしい。
ということは曙計画の頃の縁だろうか?しかし、それにしても尋常では無さそうだ。
「まさか……また、貴方に逢えるなんて思っても見なかった…………」
「それは僕もだよ…………そうか、結婚、したんだね」
篁大尉の方に振り返ると、ミラ氏とその子供を慈しむ様な目で見つめていた。
彼も同じ年頃の娘を持つ父親であるから、思う所があるのだろうか。
「ええと、その…………」
「マサタダ、ミラの苗字はブリッジスのままだよ」
「ちょっと、フランク……!」
「えっ、それは……?」
「まったく、キミも察しが悪いね。それとも鏡を見たことが無いのかい?その子の顔をよぉーく見てみなよ」
釣られて、子供の容姿に注目する。
目鼻立ちも掘りがあり欧米人の子供らしくはあったが、黒髪に肌は白人のそれよりも些か濃い、アジア人らしい要素が垣間見えていた。
それで、ハイネマン氏の言葉からとある恐ろしい考えが浮かんでしまい、その子と篁大尉の顔を思わず見比べる。
案の定というか…………どこか、面影があった。
「もしかして、その子は…………」
「…………ええ、貴方の子よ」
「そんな……!どうして教えてくれなかったんだ!」
「だって、貴方に迷惑を掛けたく無かったから……!」
あー…………なんか、昼ドラみたいな展開が突如として始まってしまった。
気を利かせたグラナンのスタッフは言い合う二人を尻目に少年……ユウヤ君というらしい……を連れて行ってしまう。
戦術機に興味津々なご様子なのでF-14 トムキャットのコクピットに搭乗させてあげるらしい。
その判断と対応に関してはグッジョブと心の内でサムズアップを送っておく。
「まあ、あの二人には精々10年間の鬱憤を晴らしてもらおう」
「…………ハイネマンさん、これは貴方が謀ったことなんですか?」
「謀った、とは人聞きが悪いね。まあ、でもそうだね……これはマサタダに対しての意趣返し、かな?」
「意趣返しですか?」
「ああ……まあ、少し二人で話そうじゃないか、ミスター・スワ」
篁大尉達からは少し離れて、ちょうど戦術機のハンガーが陰になる場所へと誘導され、ハイネマン氏は語り始める。
彼の表情は、悔しさや諦観を帯びつつもどこか晴れやかで誇らしげでさえあった。
「ボクはね、人の色恋沙汰っていうのをバカにしてきた、そもそもが人嫌いだったんだ。ボクには能力があって、やりたい事も沢山あった……だから、何で態々ボクの貴重な時間を無駄に費やす必要があるのかって、今思えば愚かしい程に傲ってたんだ」
「…………」
「そんなボクにも、色を知る時がやってきた。あの時の情緒の乱れは鮮烈的だった……安い文学とか映画で言う様な雷を浴びたような……だけど、女の子どころか人付き合いすらマトモにやってこなかったボクには、その想いを告げる勇気すらなかった」
「………………失礼ながら、それは、もしかして?」
「ああ。ミラ・ブリッジス、彼女にだよ」
そう呟きながら、未だに恋愛映画も顔負けな言葉の応酬を繰り広げている二人の姿をそっと見つめている。
慈しみを帯びた優しい瞳から受ける印象は、正直なところ稀代の天才技師と謳われるフランク・ハイネマンのイメージとは余りにもかけ離れていた。
「ボクが勝手に片思いしていた彼女は、マサタダを選んだ。もちろん、嫉妬や後悔の念に駆られたけど……それと同時に、驚いたことに納得してしまっている自分もどこかにいたんだ」
「だけど、篁大尉は……」
「ああ、マサタダは彼女を幸せにはしなかった。あれから10年近くが経つけど、ボクはずっともどかしい気持ちに苛まれ続けてきた」
「それでも、連絡を取る手段はあったでしょう?篁大尉は、例え表立って受け入れる事ができなくても、少なくともあの親子を見捨てる様な人では決して無い」
「その通りだね。だけど、ミラはマサタダの負担になりたくないと言って、一人で
「…………」
「でもねぇ、ボクはそんな寂しさだけが残る悲恋の物語なんて好きじゃないんだ。ご都合主義で後先のことなんて微塵も考えてない様な大団円の方が良いに決まっている」
「だから、こんなマネを?」
「そう、これはボクの後先のことなんて考えていない、二人へのささやかな復讐なのさ」
そして、彼はポケットに手を差し込むと、3枚の紙を取り出したかと思えば、こちらに差し出してきた。
我々が帰国予定のものと全く同じ航空便のチケットが2人分、そしてそれなりの金額が記載されている小切手。
「ボクから手渡しても受け取ってくれない気がするから────いいや、本当のところは渡す勇気が無いからなんだけど……君から渡しておいてくれないかな」
「…………押し付けるつもりですか?」
「君たちなら、ミラとユウヤを悪い様にはしないって信じられるからね。アメリカ国内での面倒事はボクが全力でなんとかする。だから、彼女たちを……どうか、よろしく頼む」
押し付けられる様に手渡され、その上に力強く包み込む様にしてギュッと腕を握られてしまう。
まさか、棄てたり投げ返したいする訳にもいかず、はてどうしたものかと困り果てながら再びハイネマン氏の顔を見返すが…………彼は、何時ぞや見た様な子供っぽい満面の笑みを浮かべていた。
タイトルについて
bastardとは馬鹿げたとった様な意味があり、用法としてbastard childで庶子(妾の子、隠し子)という意味になります
またannularとは輪状とか輪廻的な所から繰り返すといった意味で、eclipseは覆い隠すという意味です。
annular eclipseは金環日食になります。
ちなみにマブラヴの外伝であり今回のエピソードにも関わりの深いtotal eclipseは皆既日食という意味になります
私はトータル・イクリプスというタイトルについては勝手な解釈と考察ですが、隠し子(庶子)といった意味合いがあるのではないかと妄想しております
大きく強い光を放つ恒星たる太陽が、矮小な地球の衛星である月に遮られて光を閉ざされる現象ですからね
完全に閉ざされ、隠されたのがトータル・イクリプスなのであればアニュラ・イクリプスは隠しきれなかった、という状態なのかもしれません