Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1989年10月10日
京都 上京区 久賀邸
「もう、こんな時期か……」
京都の景色は緑と黄と紅が混じりあい、徐々に秋の色へと彩られつつあった。
油断して薄着で外を出歩いてしまうと身を震わせてしまうくらいには肌寒くなってきている今日この頃。
やがて鮮やかな紅葉が散って白く雪に閉ざされた寒い冬を迎えた頃に、澪月さんはこの家に帰ってくる。
変則的かつ、試験的な派兵遠征であった為に明確なスケジュール自体は無いが、任期としては1年なので単純に見積もれば年末か、遅くても年明けには帰還出来るはずだ。
本来であれば、12月に任期を終えていざ帰還……となっても、広大なインドの陸路と日本までの長い航路を経なければならないところ、だが。
そこに関しては澪月さん達の部隊が
まあ、実際のところ、その介入自体は帝国軍や斯衛軍にとっても益になるので、大目に見てもらいたいところだ。
ちょっとしたサプライズになるだろうから、帰ってきたら是非感想を聞いてみたい。
「さてさて、それはそれとして……」
そんな望ましい未来を待ち望んで果報を寝て待つ……なんて、のんびりな事をしている暇は、残念ながら無かった。
まずは暑いニューヨークでの騒ぎの対処から。
部下である篁大尉の若かりし日の一夜の過ち、そして思わぬ形で再会してしまったミラ・ブリッジス氏とその息子であるユウヤ・ブリッジス。
状況からいってこの子の親が篁大尉であるのは明らかであったし、更には追い討ちでハイネマン氏から三人が親子関係である事を証明するDNA鑑定結果を提示されてしまっていた。
幸いにも、鑑定の際には父親の名は伏せられた状態かつ非公式で行われたので米国の知るところでは無いというが……
結局、この問題を解決する為にハイネマン氏が用意してくれていたお膳立てとエピソード、そしてこちらが利用できる情報省と外務省の人材と職権とをフル活用する他になかった。
まずブリッジス家はアメリカの軍需産業に深く関わりをもった名門の家という事もあり、その発言力や影響力というのは無視できず、単純にブリッジス親子が日本へ渡航するだけでも政府機関なりから“待った”が掛かるのは必至だった。
更に言えば篁大尉の奥さんである
そこで取られた手段は、海外就労を名目とした実質的な亡命だった。
ミラ・ブリッジス氏はMITへ飛び級で入学した後に工学科の博士号を取得し、更にはハイネマン氏の弟子としてF-14の開発にも深く携わった紛うことなき才女であった。
そんな彼女は、とある事情……もクソもありゃしないが、女手一人で息子のユウヤ・ブリッジスを育てる事になったが、実家の都合もあって半ば軟禁の様な状態にあり、ユウヤ自身も日米のハーフという特異な立場から学校では迫害気味な扱いを受けてきたという事実がある。
要するにこの状況から脱却する為に日本に脱して再起のチャンスを図る……というのが、ハイネマン氏の用意したシナリオ。
事実と異なる点があるとすれば、ミラ・ブリッジス本人は篁大尉に迷惑を掛けない為に彼に頼ることなく不当な扱いを受けてもアメリカを離れずに息子を育て上げるつもりだった、というところか。
それで結局、ミラ・ブリッジス氏は再び技術者として手腕を振るいつつ迫害や差別から逃れる為に日本へ渡航、受け入れ先は河崎重工の戦術機開発部門で、外務省は急いで就労ビザを発行して情報省がすり合わせを行い、ブリッジス親子は日本への渡航が叶った。
あとは、ほとぼりが冷めた頃に帰化して日本国籍を取得する算段である。
余談だが、基本的に亡命というのは社会情勢や政治的な理由に伴い生命の保証が危ぶまれる事態から脱する為の最終手段であり、表面上は友好的な同盟国であり共に民主主義国家である日米間においては亡命というものは成立しない。
だがしかし時折、日本の、例えば大学等の研究機関において自身の研究内容が評価されずに研究資金や人材を得られず、仕方なしに研究を続けるために海外へ渡り、そのまま国籍を変えてしまう技術者や科学者というのは存在する。
例えば有名なところで言えば、高輝度青色発光ダイオードの開発者*1だろうか。
この世界においては有機ELディスプレイを実用化する為に必要なので自分が先に開発してしまったが……BETAのいない世界では彼が青色発光ダイオードを開発して後にノーベル賞を受賞するまでに至るのだが……当時彼が所属していた企業と特許権や報酬の面などで揉めてしまい、法廷で争った後に米国に国籍を移し、その後にノーベル賞を受賞、という形になってしまった。
そういった、自分の直接的な生命を守る為ではなく、立場や目的の為に他国へと渡り国籍を変更することを、勝手に社会的な亡命と呼んでいる。
今回のミラ・ブリッジスの件もそんな社会的な亡命と言えるだろう。
「まあ、それで正直に話したせいで篁家は案の定修羅場になったらしいけど……まあ、勝手にやってくれって、なぁ」
そこまでは流石に面倒を見切れない。
「さて、と」
とりあえずこの件に関しては、もう既に自分が直接関わってどうこうするという段階は過ぎてしまったので、これ以上はどうしようもない。
それよりも……先日の邦畿計画総会で出てきた新たな技術について整理をしておきたかった。
〇
1989年9月21日
京都帝国大学 邦畿計画事業室
「繊維積層型蓄電池……?」
「はい、従来の電池の弱点を一気に解決できる可能性を秘めたものです……!」
それは22回目を迎える邦畿計画総会でのことだった。
富田自動車*2の研究職である彼は、邦畿計画のシステムを利用して他企業とも連携し、共同研究によってとある新しい電池の機構を開発したので、是非直接見てほしいと俺に声を掛けてきて、折角だからと見せて貰うことに。
そうして出てきたのが、彼の言うところの繊維積層型蓄電池だったのである。
「基本的な仕組みは当然ながら従来のリチウムイオン電池等と変わりませんが、名前の通り繊維状の電池を積層することで高出力かつ大容量を両立しています」
「これは…………」
それは、まさしく富田自動車が未来で作り出す事になるファイバー電池そのものであった。
未来で同企業が作り出すものなら問題無いだろうと思われるかもしれないが、何しろ早すぎるのだ。
ファイバー電池に技術的な目途が経ったのが2020年代、更に製品化は2030年代になる訳で……実に30~40年近くの前倒しであり、航空機で言えばライト兄弟が初飛行した頃に飛行可能なターボジェットエンジンの試作型が出来た、というレベル。
さて、それではどうしてファイバー電池、もとい繊維積層型蓄電池が革新的な技術であるのか、それを理解する為にはまずリチウムイオン電池の基本的な仕組みと性質を理解する必要がある。
リチウムイオン電池には正極、負極、セパレート、そして電解液という4つのパーツで基本的には構成されている。
充電時には正極側から負極側へとリチウムイオンが電解液を介して移動し、逆に放電時には負極側から正極側にリチウムイオンが移動し、その際に生じるエネルギーで発電して様々な機器に給電を行う仕組みだ。
さて、このリチウムイオンの移動というのが性能に大きく関わってくる。
正極と負極の層が厚い程にリチウムイオンの貯蔵量は増えるので電池容量は増える。しかし、逆にこの層が薄いほどリチウムイオンの移動はスムーズになるのでエネルギーの出力は強くなるという、トレードオフの関係である。
故に、基本的には電気自動車の様な大容量かつ高出力が必要となる用途では、この正極と負極をできるだけ薄く構成させた小型のセル(1つのセルで1本の乾電池、という風にイメージすれば良い)を複数搭載することで容量と出力のバランスを取ってきた。
従来のリチウムイオン電池は円筒型か角形が主であり、また円筒型の方がよりエネルギー密度が高いが、どうしても円筒型を複数個積み重ねる様にして使用すると隙間が生まれて逆にエネルギー密度が低くなる、といった問題があった。
では繊維積層型蓄電池においてその点をどう解決したのか。
製造方法は負極としてカーボンナノファイバーの撚り糸を芯とし、これを糸を巻いたロールからロールへと流す過程でセパレーターと正極になる材料を塗布していくというもので、これで直系0.3mmの正に糸状の電池が出来上がる。
製法が製法だけに大量生産に向いているが、このままではやたらと細くて超低容量の電池でしかない。
要になってくるのは、この繊維状の電池を束にして重ね、それをプレス圧縮することで正方形や六角形に成型することが可能で、従来の円筒形のバッテリーと異なり辺が直線なのでピッタリとくっ付けて積層することが出来る。
富田自動車は元々、富田自動織機という紡績企業がルーツであり、ある意味原点回帰とも言えるだろう。
「この繊維積層方式であれば、従来の円筒型バッテリーの隙間を埋める様な構造ですので体積エネルギー密度は約20〜30%の向上、またセル単位で周囲を鉄で保護する必要がないので重量エネルギー密度は大容量になればなるほど高効率になります」
「なるほど……これなら繊維の端を電極でサンドイッチして何かしらの絶縁体で保護すれば良いだけだから形状やサイズも大分自由に扱えますね」
「はい。しかも正極や負極の材料は簡単に置き換える事ができるので、実験段階においてもウチと日之出*3の共同でやってる硫化リチウムを使った全固体電池にも転用可能でした」
随分と優れた技術である様に聞こえるが、このファイバー電池は少なくとも戦術機に搭載される事は無かった。
戦術機の動力としては、1990年代の後半よりマグネシウム燃料電池とリチウムイオンバッテリーが採用されたが、戦術機というのは案外と低燃費であり300kW出力、約400馬力程度の燃料電池と跳躍ユニットの複合エンジンから供給される電力とで賄えてしまえる程度であり、バッテリーは飽くまでも予備でしかない。
故に、技術の需要としては蓄電よりも発動機や発電機に重きが置かれており、BETAのいない世界に比べて燃料電池の技術は著しく発展したが、逆に固体電池等はかなりスローダウンしてしまっている。
なので、この技術に将来性があるかは些か疑問ではあるのだが…………
「わかりました、では引き続き繊維積層型蓄電池の研究と開発を続けてください。プロジェクトとして承認して予算配分を行います」
「はい、ありがとうございます!」
○
正直、戦術機に搭載するにしては微妙ではあるが、別に無用の長物という訳でもないので、そのままじっくりゆっくりと研究を続けて貰って、特にコチラから干渉して無理やり完成させるつもりは無かった。
“無かった”というのはつまり、事情が変わったということ。
一つは、運輸大臣の榊是親と会談する機会があり、とある計画を持ちかけられたこと。
もう一つは、リーエンス*4から実用的なジャイロソーサーであるE-170*5が発売され、漸く今更になってその情報をキャッチしたこと。
このジャイロソーサーというのは、要するにジャイロセンサーとバッテリーを搭載した小型の電動マルチコプター……つまり、ドローンの始祖である。
ドローンというのは名称からしても2010年にフランスから発売されるAR.Droneの方がどうしても知名度は高いが、実は世界で初めて市販したのは日本の企業だったのだ。
つまり、例の繊維積層型蓄電池は戦術機のバッテリーとしては望み薄だが、ドローンに搭載するバッテリーとしての適性はこれ以上に無いほどに高かった。
だから、静観を決めて2週間足らずであるが、方針転換して早々にこの繊維積層型蓄電池を完成させてしまう事にした。
ついでに、容量等の観点からリチウムイオンバッテリーではなく、全固体式のリチウム空気電池とする。
理論上の重量エネルギー密度は11140Wh/kg……流石にそれは極論だが、安全性と充放電サイクル回数を維持しつつも繊維積層方式を用いることで3000〜4000Wh/kgの容量は確保できる筈だ。
現行のリチウムイオンバッテリーと同じ重量比において数倍〜10倍相当の容量向上になる。
しかし、このバッテリーの活用先はドローンよりも……新幹線のパンタグラフを取り払ってしまう役目を果たすのが先だ。