Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1989年12月14日
インド ハリヤナ州 旧ロータク周辺
インド北方の防衛の要であり、かつての首都であったニューデリーから僅か70km程度の距離しかないこの場所にBETAが出没する事も既に珍しくもなく、日常的とさえ言える有様になっている。
そんな中、神鳥の名前を戴いた護国の巨人たるType-86IN ガルラはその身を醜い赤褐色の血に染めながらも佇んでいた。
「ハーティー1よりHQへ、現在圏内にはBETAの反応は確認できない。オーバー」
『HQよりハーティ1。了解した、引き続き周囲を警戒を行いつつ規定時間まで哨戒を継続せよ。オーバー」
「ハーティー1了解。交代の部隊はまだか?オーバー」
『HQよりハーティ1へ、既にプラーナ中隊は基地を発進しランデブーポイントに向かっている。オーバー』
「ハーティー1了解」
『…………ハーティ1、天然の鶏肉が手に入ったのでムルグマカニ*1を用意しておく。帰投後速やかに小官の元へ訪れる様に』
「おお、それは……楽しみにさせて貰おう。アウト」
通信を切ったハーティ中隊の隊長であるヤダブ大尉はフウウっと、肺の中に溜まった空気を根こそぎ掻き出す様にため息をついた。
先程まで、中隊から大隊規模相当のBETA群を撃退する為に30分に亘る戦闘を終えたばかりで、漸くその激務から開放されたからだ。
30分、といって侮ってはいけない。
常に一瞬たりとも油断が許されない極度の緊張状態に30分間も晒され続けていたのだから、身体的にも心理的にも疲労が与儀なくされる。
それに、いつ何時に再びBETAが出没するかも定かではないのだから小休止といっても油断できなかった。
「ハーティー1から中隊各機へ。小隊単位でリロードとステータスチェックを行い残りは周囲を警戒監視。終了次第哨戒を再開する」
幸いな事にハーティー中隊に犠牲は無く、指示も滞りなく通った。
部隊全体の平均残弾数は38.2%とやや心細いが……HQからは後続の部隊が向かって来ているという報があるので、よほど大規模なBETA群が突発的に奇襲でもしてこない限りは不足することは無いだろう。
『いやぁ、しかしガルラの配備が進んでからは哨戒任務もだいぶ楽になりましたね』
「…………そうだな」
部下からの唐突な私語だったが、ヤダブ大尉はそれを咎めるよりも納得の感が強く、思わず反射的に肯定してしまう。
F-4 ファントムがインド陸軍における主力機だった頃は、その操縦性の鈍重さに辟易とし、特に密集戦においては僅かなBETAと接触も命取りになりかねないので常に死の危機と隣り合わせであった。
その操縦性と追従性の重さから、悪態をついたことも数え切れぬ程だ。
その点、Type-86IN ガルラは凄まじく軽い。
機体重量が物理的に半分近く軽いのは勿論のこと、コンピューターによる機体制御とその接続に光ファイバを用いる事でラグとノイズを極力排除したオペレーション・バイ・ライトを採用しており、まるで手に吸い付く様な遅延の無い追随性を見せる。
当初は、余りにもレスポンスがF-4と比較して敏感すぎる程に早いので恐怖すら覚えたが、今では逆に機体をF-4に戻せと言われたら除隊を真剣に考えたい程にType-86IN ガルラの性能に惚れ込んでしまった。
更に、リクライニングが殆ど90度の角度まで後退するので肉体への負担も段違い……そのままの体勢では飲食が出来ないのが玉に瑕だが。
「ところで大尉、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「ん……ど、どうした、シャルマ中尉?」
座席のリクライニングを上げ、携帯レーションの栄養バーを齧っていると小隊長のシャルマ中尉が何か企んだ様な気味の悪い笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
シャルマ中尉はゴシップ好きとして基地でも有名で、どこで仕入れて来たのかと関心するやら呆れるやら詳細な情報を持ってくる。
そんな部下から狙いをすましたかの様な目線を喰らったヤダブ大尉は、心当たりがあるだけに居心地が悪そうに視線を少し逸らしながらもその声に応じた。
「ウチの部隊付き
「む……ぅ、ぐ……」
それ見たことかと予想通りの問いかけが来たことに天を仰いだヤダブ大尉は、否定するのも癪だが認めるのも小っ恥ずかしいという相反した思考が巡り、どうしたものかと手で頭を覆う。
指の隙間から部下達の様子を伺うと、シャルマ中尉を初めとした女性陣は勿論のこと、男性陣も期待の眼差しをこちらに向けているのが写った。
結局、観念したかの様にため息をつきながらポツリポツリと話し始める。
「ダーシャ、あ、いや……バネルジー中尉とは確かに、婚約状態ではあるが……」
「おー、おー!やっぱり本当だったんですね!!」
その肯定の言葉に対して、耳元の通信機から悲鳴の様な声の合唱が弾け飛びだし、思わず顔をしかめてしまう。
ああ、言ってしまったという後悔と、なんとなく隠してしまっていた秘密を思いがけず曝してしまった事による開放感の様なものを覚えながら、今からどうやって言葉を続けたものかと惑う。
「いやぁ、愚直が服を着て歩いているかの様な大尉が何時の間にか!」
「大尉も隅に置けませんなぁ~」
「実は俺も怪しいと思ってたんですよね、バネルジー中尉って明らかにヤダブ大尉にだけ態度が違いましたし」
「お、お前らな……」
「それで、結婚式はいつ頃挙げる予定なんですか?」
「……3月に任期が満了して休暇が出るからな、そこで式を挙げるつもりだ」
最前線国家の衛士、それも中隊長ともなれば容易に休暇を取ることもままならない。
しかし、ヤダブ大尉の率いるハーティ中隊の任期は来年1990年の3月に満了する予定であり、そこから約1年は一応の後方基地であるセイロン島のコロンボ基地に駐在する事となる。
基本的に何処の国のどんな兵科であっても1〜2年の任期を終えた後は祖国か、ないし後方に下がる事が許され、そこで訓練に励みながら実質的な休養や後進の為の教導を施したりすることになるのだ。
でなければ、四六時中に亘って死と隣り合わせで同衾している様な環境で、人間は簡単に参ってしまう。
更に言えば、ヤダブ大尉は婚約について軍部に報告しているので数週間程度であるが完全にフリーの休暇を取得する事が可能だった。
世界的に人口が減少の一途を辿る中で、特にそういった婚姻や出産が奨励されるのは当然と言えるだろう。
「どうせなら、任務が終わったこの後に前祝いしましょうよ!」
「おお、いいねぇ。PXに声を掛けて何か酒を見繕って貰おうとするか」
「お前ら……祝ってくれるのは嬉しいが、今は哨戒任務中だ────っ?!」
そんなヤダブ大尉の苦言に呼応するかの様に突然、けたたましい警報の音が木霊した。
心臓を揺さぶる様な警告音、CODE:991の発令。
前線のあらゆる位置に設置されたビーコンがBETAの接近を探知し、それを報せているのだ。
その忌々しく耳障りな煩音が耳を引っ掻いた途端に、穏やかだった空気から一変してハーティ中隊の衛士達は一瞬で警戒態勢に移行した。
位置と方角を確認、現在位置から北西約60km、旧ジンド方面から70km/h程度の速度で大隊から連隊規模のBETA群が後方のニューデリー基地を目指している様だ。
『
「そんなことはわかっている!規模的にプラーナ中隊だけじゃ間に合わない!増援は?!」
『現在スクランブルを掛けています!配置完了までの推定は30分です!!』
問題なのは、数そのものよりも、BETAが左右に間延びした形で南下していることだ。
BETAは禄な陣形を組まないので間隔もバラバラであり、東西1.5km程度まで広がってしまっている。
これを、2個中隊24機が横一列に広がる様に
故に、それをカバーする戦術機中隊か、もしくは根本的な数を減らす為の戦車部隊が欲しかった。
『ハーティ中隊は現時点より前進し、接敵次第BETAと交戦してください』
「なに?!合流すらままならないのか!?」
『北方90kmの旧カンダラ区域でも大隊規模のBETA群が南進しているのが確認されています!部隊の展開を待っていたら挟み撃ちに遭います!』
「くそっ……!ハーティ1了解、中隊前進する!」
何よりもBETA群が……向こうにはそんな意図は微塵も無いのだろうが……合流してしまうのが一番マズい。
故にヤダブ大尉は群体の右端側から段階的に押し潰す事を選択した。
そうすれば、旧カンダラ区域から迫ってくるBETA群と引き離せるし、仮にBETAが目標を鞍替えしてハーティ中隊を包み込む様に転進してきても北、東、南に撤退する経路を確保する事ができる。
更にプラーナ中隊は逆に西端側から攻めて貰えれば挟み撃ちにする事が可能で、かつ射線が開けるので戦車隊の展開が完了次第支援砲撃を受けやすい。
それを一瞬で頭の中のそろばんで弾き出したヤダブ大尉は中隊に指示を飛ばす。
「中隊各機へ、陣形は
『『了解っ!』』
待機地点から
やがて、戦術機レーダーにもBETAの影が表示され、戦域マップに詳細な位置が浮かび上がってきた。
数は大型種だけでおおよそ600、1個中隊12機で対処するのはかなり難しい。
「残弾も半分を切っている、120mm弾は撤退する時の為に1発は必ず残せ!絶対に深追いだけはするなよ!」
『『了解!』』
残っている建造物などが多少のブレーキになってくれるとは言え、それは逆に戦術機にとっても逃げ道が狭まる事を意味し、100km/h以上の速度で突っ込んでくる重量物を近接戦闘で相手にするのは、とても正気だとは思えなかった。
現在インド軍ではもともと少数配備されていた77式近接戦闘長刀と、日本より持ち込まれた74式近接戦闘長刀が混在している状況だが、77式近接戦闘長刀が採用される見通しであり、ハーティ中隊のType-86IN ガルラも77式近接戦闘長刀を装備していた。
小型種は機体に接近する個体は
BETAの数を減らすことに固執して孤立してしまったり、BETAの群れに囲まれてしまう事を回避する為だ。
それこそ強化外骨格を装備した機械化歩兵部隊でも充分に対処可能である為、無理に弾を消費する必要も余裕も無い。
『エリア内BETAの損耗率5%を突破しました』
「増援は!流石に長くは保たないぞ!」
『プラーナ中隊は現着し戦闘を開始、戦術機1個大隊と戦車2個中隊は編成が完了次第出ます。また、日本帝国軍から戦術機2個中隊がスクランブルで出てくれています』
「…………よし、こちらの残弾も不安だ。日本軍にスイッチを依頼してくれ。我々は引っ掛けない様に迂回しながら下がるから追っ掛けてくる奴に支援砲撃を頼む」
網膜投影ディスプレイに表示されている広域データリンクが示す機影と部隊ステータスを一瞥してから瞬時に判断して指示を飛ばしていく。
彼の経験則と客観的な状況から、今が引き時であり、余程のイレギュラーでも発生しない限りプラーナ中隊の犠牲無く、また基地の戦力で充分にBETAを一掃できると判断した。
擦り付ける様で申し訳ないが、弾薬も燃料も豊富にある部隊と交代させて貰おう────
『これは……?!大尉、BETAの動きが妙です!』
「なに…………?」
『素通りした筈の突撃級が此方に反転して……っ!?後続も方向転換をっ!!』
部下の悲鳴の様な報告を聞きながら広域データリンクを見ると、確かにBETAの進路が急に何かを忘れ物でも取りに来たかの如くターンしてハーティ中隊の方へ向かっていた。
それは本来あり得ないことであり、BETAは基本的に前進しかしてこない。
だからこそ、BETAの天文学的な物量に対して人類は何とか対抗して今日まで生き延びてきたのだから。
しかし、実際にBETAは反転して、まるで囲い込む様な動きまで見せてきたのだった。
(どうする……まだ
一瞬、囲まれてしまう前に跳び上がって抜けてしまおうという考えが浮かぶが、BETAの規模から光線級の射程圏内に入ってしまっていると気が付き、その案を投げ棄てる。
そうなってしまえば、前線の戦術機乗りらしく地上スレスレを這いつくばる様に飛ぶ他に無い。
「ハーティ1から中隊各機へ!120mm砲で道を抉じ開けながら
光線級からのレーザー照射を避ける為に、飛行高度を2,30m程度に留めて突撃級が遮蔽物になる様にType-86IN ガルラを浮かせる。
勿論、大型BETAの体高と乖離しない高度なので接触する恐れがあるがカグツチと称される新装甲は突撃級の突進や
撃墜リスクを天秤にした場合、多少の被弾を考慮に入れても
「ハーティ7、出遅れているぞっ!要撃級に構うな!」
要撃級に貼り付かれそうになって浮けずに地面に釘付けになっていた部下の援護を行う為に、機体を反転させつつ空中に
36mm数発で沈黙させ、ハーティ7は遅れながらも部隊の先発に追い付こうと全力で跳躍ユニットを噴射させていた。
それを確認してから自身も追いかけようと再び機体を反転させたところで────
右側面からボディーブローを喰らった様な揺さぶられる様な、鈍く不快で浸透していく強い衝撃に襲われ……視界が白く、フラッシュした。