Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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タイトルの元ネタはスティーブ=ジョブズ氏の言葉を拝借しました


06『貪欲たれ愚者たれ』 1982.08.29

1982年7月7日

東京府八王子市 東京高等専門学校

学生寮自室

 

 

 自分に割り当てられた机へと向かい、白紙の上に鉛筆を走らせる。

 まるで既に下書きがあり、その上に線をなぞっているのではないかと錯覚させる程のスピードで、恭太郎はある図を描いた。

 それは82式戦術歩行戦闘機 瑞鶴であり、瑞鶴の正面図と側面図の2つを描き終えると、その上にトレーシングペーパーを乗せ、再びなにやら描き始める。

 またもやフリーハンドで描くそれは瑞鶴のフレームであり、まるで瑞鶴の機体の中から抽出して取り出すかの如く描ききった。

 

 

「よし、そしてこれを──」

 

 

 そして今度は別紙に自律稼働フレームの図を先程の瑞鶴と同じ縮尺で、これもやはりフリーハンドで描いてしまう。

 更に自律稼働フレームの紙の上に瑞鶴のフレームを重ねると、赤青鉛筆を取り出してその上から修正を入れていく。

 果たして、出来上がっていくのはF-4 ファントム系統の戦術機に対応した自律稼働フレームの下書きともいうべき代物だった。

 

 さて、つまり恭太郎が閃いたのは『第1世代戦術機(F-4)にも自律稼働フレームを適用する』ということであるが、そもそも第3世代相当の性能、形状を前提としている自律稼働フレームを第1世代のそれに利用出来るのだろうか?

 結論から言えば可能である。

 これは、戦術機という兵器が広義にはグローバルに展開される事が前提の工業製品である事が理由に挙げられる。

 

 もしも、模型などで視覚的に第1世代と第2、もしくは第3世代を比較できる状況にあるのならば、是非とも並べてみて欲しい。

 例えば撃震(F-4)陽炎(F-15)を見比べると、前者の方がデブ……もとい、マッシブな印象を受けるだろう。

 では何故その様な印象を受けるのかを分析すると、撃震は重心がおよそ頭一つ分低く、特に脚部の装甲が肥大しており、形状も平面と曲線を多用しているが、逆に陽炎は重心が高く形状は斜面と直線が多用され全体的にシャープな印象になっている。

 しかし、局所的に見てみるとどうだろうか?

 腕部の長さや関節部の大きさ、足部の横幅、関節の接合部など……以外にも共通、もしくは近似するサイズやスケール感のパーツが両者には多くある事に気がつく筈である。

 

 なぜその様な事になっているのかと言えば、これが戦術機が工業製品であるが故の宿命とも言えるべき事情による。

 戦術機が、その世代のみで活躍する短命もしくは単一の兵器として設計されているのであれば、この様なサイズの統一といった規格の共通性というものは不必要であり、専用で使い潰しの設計をしてしまえば良い。

 しかし戦術機は米国単独で運用するのではなく、世界中にバラまいて世界中が同一に戦術機という兵器を運用することを可能にする必要がある。

 そして、それを踏まえて世代を経るにあたっては、第1世代機を運用する上で培ってきた規格や製造ラインをそのまま流用できるのはコスト管理的にも、工業的観点からしても望ましかったという訳だ。

 つまり、第1世代機で使用した部品をそのまま第2世代機で使用できれば、新たな工場を作る必要が無いので余計な費用を使わずに済み、かつ何度も同じ部品を造る事でその工作精度が上がり、更に実際の現場(せんじょう)での運用というこれ以上に無い検証の積み重ね結果をそのまま反映する事ができるので故障率や不具合の低下にもつながる。

 では何故F-4の関節部などが第2世代機でも遜色が無い程に細身なのかと言えば、F-5 フリーダムファイターとその原型である練習機のT-38 タロンの設計や規格と統一する必要が生じ、あの様な処置になったのだ。

 

 さて、話を戻すと、自律稼働フレームを第1世代にも利用できる理由とは、アクチュエーターや基礎フレームの部分が第1世代と第2世代以降とで共通規格化している部分が多いので、逆に言えば相違点のみを埋めてしまうだけでこの世代の壁を突破出来るからだ。

 

 

「よし……それじゃ、コレを土肥さんに送ってみるか」

 

 

 こうして恭太郎は第1世代機であるF-4系列に適合する新たな自律稼働フレームの設計を数時間で終えていた。

 その間に、夕食などで部屋を離れていた同室の者たちが帰ってきていたが「ああ、また何かやっているのか」と言わんばかりに一瞥だけするか、もしくは殆ど無視をしてしまって、既に自分のベッドへ向かい就寝している。

 それを知ってか知らずか、作業を終えた恭太郎も倣う様にベッドに倒れ込む。

 

 この設計案を送るにあたっては、恭太郎自身は軍属ではないのでそのまま郵便局に持ち込んでも軍事郵便は利用できない。

 かといって、普通の書留で送るのは、万が一に郵便事故や事件が発生してしまい、この図が外部に漏れてしまっては様々な方面に禍根を残す結果になるので、不可能だ。

 よって、高専が休みである日曜日に河崎重工の東京本社へと赴き、そこにいる明石工場との連絡係の者に手渡し、その者に軍事郵便を使用して貰えば良い。

 日曜は郵便局も休業である為、実際に明石工場の元に届くのは、14日頃になるだろう。

 

 

 

 

 

 

1982年8月28日

東京府中野区 須和家

 

「寮にはいつ頃戻るの?」

「土日だと色々バタバタしてるから平日にするつもりだよ」

「そう、じゃあ慌てなくても大丈夫なのね」

 

 

 母が切って出してくれたスイカを齧りながらそんな話をする。

 夏季休暇、高専でもその間は授業が無いのでこうして実家に帰省する事が出来ていた。

 昼の時分、父は未だ仕事の最中だし、次兄は家では集中できないと言うので図書館へ行って受験勉強をしている、筈だ。

 長兄は既に実家を離れて大学近くの下宿先へ戻ってしまっている。

 何だかんだ優秀な長兄はなんと医学部生であって、これは恭太郎にとって少なからず家族の自慢であった。

 

 

「恭太郎まで戻っちゃったら、また暫く慶輔だけになっちゃうのね……数年前まではあんなに騒がしかったのに、何だかちょっと寂しいわ」

 

 

 慶輔というのが、恭太郎の次兄の名である。

 恭太郎と慶輔とは、やれおやつの大きさが違うだの、お前は臭いだの、態度が気に食わないだのと、小さなことでよくよく喧嘩していた。

 それが喧しくとも日常だったが故に、その喧騒が無くなり静かになった我が家に対して母は何か思うところがあるのだろうか……?

 

 

「んとさ……その、休みの度にってのは難しいけど、出来るだけ家に帰れる様にするからさ」

「ああ……ごめんなさいね恭太郎、そんなに気を遣わなくても良いのよ?」

「うーん……?」

「ふふふ……あのね、子供が親離れをしていくのは寂しくもあるけれど、それと同じ位にちゃんと大人になっていくんだなって嬉しくもあるのよ?」

 

 

 そういうもの、なのだろうか。

 有り合わせの知識を総動員してもその感覚を理解することは出来なかった。

 恐らくそれは、子を持つ親にしかわからない感覚で、そして長い月日の流れの中で培われる縁が無ければ到達し得ないものなのだろう。

 であれば、記憶や思い出といったものが欠落しているこの知識では解らない。

 

 

「恭太郎も親になって、自分の子供が自立出来るまで大きくなったらわかるわよ」

「そうなのかなぁ」

 

 

 なんて会話をしながら、緑茶を啜っている時だった。

 ジリリリン!と金属を細かく削り取った様な音が繰り返しで居間の外から流れてくる。

 

 

「あら、電話ね」

 

 

 こちらが反応する前に母は慣れた動作で向かい、そのまま受話器を取る。

 それから暫くして怪訝そうな顔をしたので、知り合いでは無かったのだろう。

 

 

「はい、はい……河崎?ええ、おりますが……ああ、高専の?恭太郎、高専の河崎さん?からお電話が来てるわよ〜」

 

 

 何か、情報の伝達が致命的に失敗している気がするが、誰から電話が来たのかは理解できた。

 電話の主は土肥さんで、高専の方に掛けたが自分が不在だったので此方に電話を掛けたのだろう。

 そして母は土肥さんの存在を知らなかったので身分の信頼が出来ず、高専の関係者という事で通した……と、いったところか。

 

 

「もしもし、代わりました恭太郎です」

『ああ恭太郎くん、すまなかったね、休みで実家にいるところに……』

「いえいえ、何かありましたか?」

『うむ……実は問題が起きてね』

「と、言いますと?」

『何でも、自律稼働フレームを操作する為に必要な間接思考制御システムをデジタルコンピュータ用に0から作り直さなければならなくなったが、それが難航してしまい、事実上頓挫しかけてしまっているという』

「ふむ……」

 

 

 そう呟きながら恭太郎は心の内では「しまった!」と叫んでいた。

 自律稼働フレームについてはハードウェアがメインである為、その完成を優先していたばかりに渡したレポートにも設計図にもソフトウェアについては全く触れていない。

 油断と言い換えても良い。

 そしてその恭太郎の油断によって、開発の現場では今この瞬間も大きな挫折と混乱の渦中にあるという。

 これは、完全に恭太郎の落ち度だった。

 

 

『それで、出来たら解決の為のアイデアを出しては貰えやしないかと電話をしたわけなんだが…………』

「……わかりました」

『ん?』

「今から、その解決策をそちらに順次FAXで送ります。ちょっと待っててください」

『は──なんだって?』

「それと、準備の為にコンピュータを使う必要があります。河崎重工の方で話を付けて借りられる様に取り計らって貰えませんか?」

『あ、ああ、それくらいならお安い御用だが…………』

 

 

 戸惑う土肥さんを尻目に、その頭の中では解決の為の算段を探る為に思考をフル回転させていた。

 一瞬、高専に戻って何時も通りにFAXを使わせて貰う事も考えたが、それでは総てを手書きでやらねばならなくなってしまうので夏休みが終わるまでに間に合わない。

 とすれば、河崎重工の機材を借りるべきだろう。

 

 

「それでは一度電話を切ります……進捗がありましたら説明も含めてまた掛けますね」

『……ああ、わかった』

 

 

 受話器を置いてから、はてな?と言いたげな顔でこちらを見ていた母に振り返る。

 

 

「ごめん母さん……ちょっと、夏休みの最後にやり残してた宿題があってさ……もう出なきゃいけないんだ」

「…………そう」

 

 

 その時の母は、何と言えば良いのか……微笑しているとも、不安そうとも、誇らしげともとれる複雑な表情をしていた。

 

 

「うん。あの人も言っていたけれど、今の恭太郎の顔はとても活き活きしてるわね」

「父さんが……?」

「ええ、『何か自分のやりたい事を見つけた男の顔付きになった』って言ってたわ」

「…………」

「実はね、少し前までの恭太郎は何て言うのかしら……悩んでいるというか、つまらなさそうというか、覇気が無くてちょっと心配してたのよね」

 

 

 そう言われてみると、確かに今は自律稼働フレームの事について全身全霊を捧げているつもりだし、何よりも戦術機の技術を発展させたいという信念に突き動かされている。

 そうした姿勢が親の目からすれば透けて見えるというのであれば、それはその通りなのだろう。

 何とも、気恥ずかしいものがあるが……。

 

 

「でも、今の恭太郎ならきっと大丈夫よ」

「……うん」

「ほら!もっとしゃっきりとして!…………行ってらっしゃい!」

「────行ってきます……!」

 

 

 今回の件が片付いて、学校との予定とも擦り合わせて少し落ち着いたら……また家に帰って、家族と色々と話さなければならないな、と。

 母の表情を思い浮かべながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

同日────

東京府 港区 河崎重工東京本社

 

 

 事前に土肥さんから預かっていたIDを受付の女性に見せると、既に話は通っていた様で暫くその場で待つようにと告げられる。

 言われた通りに玄関口で待っていると、土肥さんの部下で技術開発部の所属であると名乗る2,30代ぐらいの若い男が迎えに来てくれた。

 彼の案内に従ってエレベーターで共に8階まで登ると、今回の為に充てがわれた部屋へと導かれる。

 

 その部屋は焦げ臭い様でも、薬品の様でもある独特な臭いのする部屋で、既に一通りの筆記具と、小型コンピュータや電話機、FAXなどが配線も済まされた状態で置かれていた。

 つまり、一種の個人用のラボラトリの様な体裁である。

 そんな手際の良さと状況に対して何とも言えない専有感を覚え、高揚して思わず笑顔が溢れてしまう。

 

 

「こちらの部屋の物はご自由に使ってください。また、何かありましたら内線で呼び出してください」

「すみません、何から何までありがとうございます……!」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 こんな子供に頭まで下げてくれるが、土肥さんは一体この人に自分の事をどの様に伝えているのだろうか……?

 疑問に思いながらも声には出さず、男も部屋を去ったので独りになる。

 

 

「さて……まずは、今回の問題解決にあたってのロードマップを作って送らないとな」

 

 問題を解決する為には、自律稼働フレームに搭載したデジタルコンピュータに適合する間接思考制御システムを構築する必要がある。

 そのプロセスに必要なものは、大まかに以下の3点だ。

 

・自律稼働フレームの動作を制御する為のOS

・そのOSを構築するためのプログラミング言語

・それらを走らせる為のハードウェア

 

 この3点をこの場で開発し、現場に伝え、形にしてもらう必要がある。

 

 

 まずは、土台であるハードウェアの構築が必要なのでそこから取り掛かろう。

 机の上には、現地で使用されている自律稼働フレーム用のコンピュータの仕様について記載された資料があったので、それを覗く。

 それを見て、真っ先に思ったのは────

 

 

「やっぱり、メモリが少な過ぎる……」

 

 

 根本的なリソース不足。

 そのコンピュータのメモリ容量は、たったの256KBしか無かった。

 いや、しかし、よく考えてみたら1982年現在では専門職用のワークステーションであっても、256KBもRAMメモリを搭載していたら上出来な時代なのだ。

 

 今回は自律稼働フレームの動作の処理にのみそのリソースを割くのでそこまで大きなメモリを使用しない筈だが……それでもx86は黎明期の16bit CPUであり、その特性上メモリの最大使用量は1MBという制限がある。

 正直、ギリギリのラインではあるのだが、とりあえずの突貫工事としてはこの制限内でやるしか無い。

 

 128kbのメモリを直列で接続し、そして出来る限りの損失を無くす為のメモリコントローラを設置する。

 並列接続?メモリ伝送速度の向上は今回は必要ない。

 いずれは並列接続を確立して効率を上げたいが、そのためのOSの構築やCPUの作り直しが要求されるので、逆に今は不可能と言える。

 なお、この回路基板をプリントなどして作るのは後回しにして、はんだ付けを多用して無理やりくっつけて貰う。

 とても美しくないが、今回はプロトタイプなので美観を追求できない。

 

 ハードウェアについての手直しはこの程度しか出来ずに歯がゆいが、これは現在のCPUの限界とも言えるので発展を待つ他ない。

 国産、という観点においてはここがネックになるので国内メーカーにCPUを開発してもらう事を視野に入れなければならなくなる。

 申し訳ないが、歴史を捻じ曲げてでもJECや帝芝、コジマには第一線級の半導体メーカーとして国産CPUを作ってもらおう。

 

 

「…………あ、もしもし?須和恭太郎です」

『おお恭太郎くん……それで、どうなった?』

「問題解決の為にJECの技術者さん達にやってもらいたい手段、手順についてまとめた物とハードウェアの改良案については完成したので今からFAXで送ります。まずはこちらを見せてください」

『わかった……!』

 

 

 電話を切り、宣言した通りにロードマップとメモリ周りを弄った設計図を送る。

 

 次はソフトウェアだ。

 プログラミング言語については既存のものは使えない。

 正確には使えるが、メモリ節約の観点からして使いたくないのだ。

 

 メモリを節約する上ではプログラミング言語はコンパイル型言語である必要がある。

 簡単に言えばコンパイル型言語は全文翻訳で、それと対をなすインタプリタ型言語は同時通訳だ。

 時間が無いので専用設計で最低限の静的コンパイラを作るが、いずれは動的言語にも対応させたコンパイラ基盤にしたい。

 

 次に、ガベージコレクションもいらない。

 これは不要になったメモリを自動的に消してくれる機構の事だが、その仕組みまで設定していると逆にメモリを喰ってしまう。

 なので未来のプログラミング言語のアイデアをそのまま()()させてもらうとする。

 変数の値に所有権、借用、ライフタイムという概念を持ち出すことでメモリリークやバッファオーバーフローといった概念を根本から排除してしまうのだ。

 

 まあ、未来を知っている者がいたら「それ、rustのパクリ……」と突っ込まれるだろうが、そう、つまり現代版の劣化rustである。

 勿論、これも後から肉付けして完全版としてrustと同等かそれ以上の物を作り上げるつもりだが、やはり時間の都合でベータ版として送り込む。

 

 JECの技術者達は「なんだこれは?!」と疑問に思うだろうが、その構造や概念、ルールなどはプログラミング言語として一定の完成度に達したら説明するから今はそのまま打ち込め、と厳命しておく。

 

 そして、この新造プログラミング言語を用いて自律稼働フレーム用の制御OSを作る。

 要は、元からある間接思考制御システムのアナログ的回路を頭の中で分解して構造を把握して、それをデジタルのプログラミング言語として構築し直して吐き出せば良いのだ。

 時間は掛かるが、0から作る訳ではないので新しくプログラミング言語を作り出すよりは容易に出来る。

 

 とりあえず、今は動けば良いのだ、動けば…………。

 綺麗なコードを書くから、手直しもしやすくするから、と未来の自分に言い訳をしながら黙々とコードを書き連ねる。

 

 

 そして────

 

 

 

 

 

 

1982年8月29日

河崎重工東京本社 開発主任室

 

 

「お、終わったぁ……」

 

 

 印刷機の轟音をBGMに、椅子の背もたれに、全体重を預けながら呻き声を上げる。

 昼過ぎ頃にはこの部屋に入り、夜は更け、朝日が昇り、そしてまた時計は昼の12時過ぎを告げていた。

 つまり、完徹。それも20時間近い作業時間の…………。

 死ねるなぁ、コレは、と思った。

 

 兎にも角にも疲労が溜まって動けそうにもないので、昨日言われた通りに内線を掛ける事にする。

 電話越しに聞こえたのは知らない女性の声だった。

 

 

「あ……もしもし?」

『はい、秘書室の沢口です。どうされましたか?』

「すみません、出来れば何か飲み物を持ってきて頂けたらと思いまして……」

『ああっ、気が回らなくて申し訳ございません……っ!直ぐにお持ち致します!』

 

 

 そして、暫くすると沢口さんと思われる人がこの部屋の扉を突き飛ばす様に開けて、お茶を持ってきてくれた。

 空きっ腹に熱いお茶が注ぎ込まれ、その刺激が幸福感と痛みとが綯い交ぜになって胃を中心に拡がっていくのを感じる。

 それでふぅ、と溜め息を吐き出しながら印刷機を見るが、まだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 

「あの、すみません……食事や睡眠はとりましたか?」

「え?あー……いえ、ちょっと忙しくて」

 

 

 沢口さんの視線は部屋を見渡す様に逡巡されたが、用意されていたにも関わらず全く使われた形跡のないベッドや飲食物が一切置かれていない机の上が気になった様子だ。

 こういう作業は、一度途絶えてしまうと解釈が変わってしまったり連続性が無くなってしまう気がして、一気に通しでやってしまいたかった。

 故に、文字通りの不眠不休でやってしまったのだが…………。

 

 

「今すぐに寝てください!」

「え、ええっ……いや、でも、印刷が終わったらFAXで送らないと……」

「そんなこと、私がやりますから!」

 

 

 突発的な災害に見舞われた様な気分だ。

 吐き出すかの様な叫びの怒声に気圧され、思わずたじろいでしまう。

 

 

「えっと、あの、お構いなく……」

「そうやって大丈夫だ大丈夫だって根拠も無く言う人は信用できません!私の夫もそう言いながら酒と煙草とコーヒーに溺れて肺も胃も肝臓もダメにしたんですからね!」

 

 

 一方的な物言いではあったが、その言葉には説得力がありありと満ちていた。

 まるで母に説教をされている気分になってしまい、おずおずと引き摺られる様にベッドへと歩かされる。

 

 そして促されるままにベッドに横になってしまうと、今まで無視していた疲労や眠気がまるで奇襲の機会を伺っていたゲリラ兵の如く一気に波状攻撃を仕掛けてきた。

 まるでベッドの底へと落下しているかの様な錯覚を覚えながら、そこで意識が朦朧とした上に目蓋が重くなり、視界が一気に黒く墜ちてしまう。

 何なら、呼吸をするのさえ億劫なくらいだった。

 

 

「後で食事も持ってきますから今は寝なさい!良いですね?」

「はい…………」

 

 

 正直、何を言われているのか半分も理解できずに、そこで完全に意識は途絶えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 結局、それから8時間も眠ってしまい、夜になってから漸く起きる事が叶い、沢口さんは雑炊を持ってきてくれた。

 寝ている間に、沢口さんは宣言通りにFAXで明石工場にプログラミングを記した文章を送ってくれており、土肥さんに電話すると早速JECの技術者達が作業に取り掛かっているとのこと。

 

 しかし、こうやってFAXや電話でやり取りをするのはやはり大変億劫なものだ。

 インターネットとeメールがあれば良いのだが……無いもの強請りをしても仕方がない。

 

 

「良いですか須和さん?社長からも許可を頂きこちらの部屋を今後自由に使っても構わないという事になりましたけど、作業をする際には頃合いをみて、ちゃんと食事と睡眠は充分にとってくださいね。いいですか?」

「はい…………」

 

 

 その言葉に、ただ頷くことしか出来なかった。

 






★小ネタ
 
帝芝(帝国芝浦電機)→東芝
コジマ→富士通
※古賀(こが)電工+ジーメンス。富士通は古河(ふるかわ)電工+シーメンス


私は結局のところ専門職や経験者では無いので、工業分野やプログラミングにおける知識や情報は正確性に欠けていたり憶測や解釈間違いが発生してしまう事があります
しかし、小説を書く上では「それっぽい」リアルに出来る限り近いモノが説得力を与え、物語を面白くすると信じています
ですので、もしも私の小説の中に間違いを見つけた人は是非とも教えてください…………!

※RAMメモリ1MBについて
これは厳密なソースと根拠がある訳ではないのですが
私も使用したことのある近藤科学さんのkhr-3hvシリーズという、組み立てキットの二足歩行ロボット(イメージとしては、ロボティクスノーツのガンつく2を40cmくらいに縮めた物だと思ってください)を制御する為のマイコンのRAMメモリが確か256kbだったと記憶しています(この辺り、romの可能性もあり、曖昧)
またスペースシャトルの制御コンピュータのramが1mbでした

これらを踏まえ、ramが1mbでも二足歩行ロボットの制御は可能である、と判断しました
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