Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
──帝国軍参謀本部が動いた。
その言葉が電話越しに土肥さんから伝えられた時の感情は、ある種の納得だった。
不思議なもので、歓喜とかそういったものは一切無く「漸くか」という言葉さえ脳裏には浮かんでいた。
傲慢かもしれないが、それだけ自律稼働フレームには絶対の確信があったのだ。
明石工場では、未だにテスト段階でありながら、自律稼働フレームとそれを搭載した撃震の存在は既に帝国軍および国防省の知るところになっている。
兵器開発においては自社開発と言えども軍への申告と都度報告が義務であるからだ。
自国でどの様な兵器、技術が開発されているかを知らなければ帝国軍も国防省も最善の戦略を打ち立てる事が不可能であり、もしも報告せずにその最新技術の量産、配備、発展が滞り損害が出る可能性を考慮すれば……当然の措置と言えた。
逆に言えば、報告しているからこそ実験用の撃震や帝国陸軍所属の衛士を派遣して貰えているのだが。
「それで、僕は何をすれば?」
『開発者として軍への説明会に参加してもらいたい』
土肥さん達は自律稼働フレームの開発設計者の欄に“須和恭太郎”と約束通り記してくれていた。
よって、その説明会にも主要設計者の出席が求められており、僕はその場で自律稼働フレームについて説明する必要があるという。
「わかりました、当日に備えてこちらも準備しておきます」
『頼む。私もその日は同席させてもらう』
しかし、明石工場でのテストが終了していないにもかかわらず自律稼働フレームの説明を求めてくるということは、帝国参謀本部は何か急かされているのか?
例えば、これが瑞鶴を運用する城内省が声を掛けてくるのであれば早急に瑞鶴の仕様変更を行ってコストを下げたいという事情があるのだろうと推測できるが、寧ろ撃震を運用している帝国陸軍であれば慎重に時間を掛けて自律稼働フレームの性能の検証を行い、現在配備されている撃震に採用するか検討しそうなものである。
まあしかし、幾ら推測しようとも軍の魂胆や事情などわかる筈も無いので、その説明会に備えて準備をするしかない。
○
1982年9月28日
東京府 新宿区 市ヶ谷
帝国軍参謀本部
市ヶ谷といえば、やはり帝国陸軍の国防省および帝国軍参謀本部の庁舎がある場所として国民には認知されている。
はじめてその建物を生で見たのだが、どこか学校の校舎の様な印象を受けた。
様な、というよりも、この参謀本部庁舎は元々陸軍士官学校の校舎として建設されたという経緯があるので、校舎そのものであるとも言えるのだが。
それが第二次世界大戦の折に士官学校は座間や朝霞へ、参謀本部が永田町からこの市ヶ谷に移設された、という経緯だ。
まあ、今回お邪魔するのは参謀本部ではなく、技術廠や企業からの出張所などが置かれているD棟なのだが。
「今回の説明会の一番手は開発者である恭太郎くんになる」
「……はい」
「緊張するなとは言わんが、あまり気負い過ぎるなよ?いざとなったら俺たちが代わってやるからな」
会議室のバックヤードで纏めてきた資料を眺めていると、気遣うように土肥さんが声を掛けてきてくれた。
土肥さんの他には明石工場で自律稼働フレームの実験に関わっている技術者達もいたが、その顔の大半は驚異と好奇の色で染まっている。
「所長……本当に彼があのフレームの?」
「ああそうだ、須和恭太郎くんだよ」
予想通りと言えばその通りだった。
まさかこんな子供が、と思われるのは承知済みであり、その感情を恭太郎は甘んじて受け入れる。
そして、それはまたこれから対面するであろう帝国軍参謀本部の者たちからも同様か、それ以上でぶつけられる事は想像に難くない。
それはごく単純な感情論なのだが、覚悟が出来ていようとも不安と不快を払拭することは出来なかった。
「なあ恭太郎くん、年齢や立場なんて幾らあってもBETA相手じゃ何の価値にもならないんだよ」
「え?」
「だってそうだろ、彼奴等ときたら何でもお構いなしに踏み潰して行くんだから、昔の武家よろしく『我こそは何処ぞの誰々である!』なんて声高らかに言ったって聞いちゃくれないだろ?」
「ええ、そうですね」
「でもな、君が考えたコイツは違う」
土肥さんはそう言いながら手元にある資料をコツコツと指で弾いてきた。
「この技術は確実に誰かの命を救う。技術っていうのは誰が作ったかなんてどうでも良い、そこに確かにあって使える事が重要なんだ」
「…………!」
「いいか?自分で自分を信じられなかったとしても、自分の生み出した技術を信じろ。それでも駄目なら、その技術を信じた俺たちのことを信じろ」
両肩を優しく掴むと、揉みほぐす様にガシガシとゆっくりも力強く握ってくる。
なんとなくそれで緊張が少し解れた気がしながら、土肥さんの顔を見た。
「もしもお前を嘲笑うヤツがいたら、ソイツは何も視えていない阿呆者だと逆に嘲笑ってやれ。それくらいの腹づもりで行ったら、何も怖くないだろ?」
今度はその大きく岩肌の様に荒れた職人の手でいささか乱暴にグシャグシャと髪を擦り潰すつもりかという勢いで頭を撫でてくる。
論理的に理由を説明できなかったが、不思議な事にそれがどうしてか嬉しくて、無意識のうちに笑顔が零れ落ちていた。
「ん、良い顔になってきたな。それじゃ、行って来い!」
「はい…………っ!」
最後に託される様に背中をバン!と叩かれ、弾き出される様に会議室の方へ向かう。
その勢いを貰って自分の足で歩みだし、右手で力強くドアノブを握る。
後ろには振り向かない。それは意味が無いし、その必要も無かったから。
ドアを開け放ち、よぅし行くぞと心の内で己を鼓舞するように吐き出す。
もう蛇でも鬼でもなんでも来いと言える程の勇気が、確かに心の中に注がれていたのだ。
○
そうして、その先で突き刺さった視線は先程バックヤードで頂いたものを何倍にも凝縮して鋭くした様だった。
何十もの目と口とが多かれ少なかれ開き、そして息か言葉を漏らしている。
だけど、もうそんなことは関係なかった。
スーツを着た政府関係者、軍服を纏う帝国軍に、白衣を羽織る技術者、花弁の社章を掲げる民間企業、刀を帯びた斯衛……そして、その様な場に詰め襟を帯びた己が堂々と登壇する。
「お集まりの皆様、お待たせ致しました。自律稼働フレーム設計者の須和恭太郎です」
その言葉に、中には息を呑む者もいた。
侮っているのなら僥幸だ、このまま驚いて顎を外して貰おうじゃないか。
壇上の机に用意されていた書画カメラをお借りして、スクリーンに持参した資料を映し出す。
「それでは、私の設計しました自律稼働フレームについてご説明をさせて頂きます」
自律稼働フレームのメリットは生産性、整備性、発展性の三本柱である。
生産性については、それ単体というよりも整備性と発展性に大きく相関したものであり、互いに結びついてはじめて真価を発揮するものだ。
まず整備性、これはフレーム自体で戦術機としての最低限の機能を有するが故に、装甲や跳躍ユニットなどの外装パーツの着脱が非常に容易な構造となっているため、破損時の交換や修理の短縮化が為されている。
それだけではない、このフレームは更にモジュールブロック構造を採用しているのだ。
自律稼働フレームは頭部・肩部・上腕部・下腕部・手部・胸部・腹部・腰部・上腿部・下腿部・足部といった具合にとても細かく分割することが出来る様になっている。
つまり18のパーツが組み合わさる事で1つのフレームとして成立しており、もちろん整備拠点においてはこれらを容易に接続と分解することが可能だ。
この構造により、例えば右腕を損失した戦術機に対しては右腕パーツの移植のみで修理が完了し、戦線への復帰も素早く完了する。
更になんと、同規格のフレームを採用していれば異なる機体……それこそ他国にも採用されれば、日本のボディにソ連の腕、欧州の脚にアメリカの跳躍ユニット……などという戦地改修、緊急修理によるキメラを生み出せてしまう。
そしてそれでも、光ファイバとマイクロプロセッサによるデジタル制御による調整によって操縦性を損なわずに運用出来てしまうのだ。
「もちろん、このフレームを使用した機体が現状では撃震の改修機の1機のみである為、異機種による混合というのは机上の空論に過ぎませんが……それでも理論上は可能なのです」
さて、ここまでの説明を聞けば自ずとフレームの発展性についても理解が及ぶだろう。
高性能カメラを開発したので頭部を、特殊装備を内蔵した腕部や脚部を、姿勢制御の為の補助推進を各部に……といった具合に、技術の発展や任務などの状況に合わせて都度交換するという事が可能なのだ。
それこそ、突撃砲や長刀といった武装を選択し交換するような感覚である。
究極的に言えば、最低限の規格の統一を行うことでこのフレームは半永久的に発展性が担保され、構造的な限界が存在しなくなる*1のだ。
「ここまでは戦略上の運用コストについてお話しましたが、続きまして戦術における機体性能の向上についてです」
激しい動作を繰り返す戦術機にとって、油圧の高圧化は逃れられない宿命であり、オイル漏れや劣化、磨耗による破損、動作不良といった問題が常に付き纏っていた。
それを電動化することで耐久性と反応速度、操作性の向上、軽量化といったメリットを享受できる。
現状で旧来の撃震と比較しても30%の軽量化と2〜3倍の反応速度の向上が確認されており、運動性においても従来の戦術機でみられた所謂“タメ”や“ラグ”と呼ばれる遅延は完全に消失。
更に動作緩慢の原因とされる“動作間硬直”と呼ばれる現象もOSの更新によって解消が見込まれ、目下開発中である。
軽量化に伴い機動性も向上し、従来の跳躍ユニットを用いても巡航速度は600km/hを突破した。
跳躍ユニットの改良によりいずれは700km/h台に突入することも不可能ではない。
これは未検証であるが、条件によってはアメリカ海軍の最新鋭機であるF-14に匹敵するかそれ以上の性能である。
現在までの検証と実験で確認された撃震との性能差は以上であるが、先程述べたモジュールブロック構造におけるパーツ交換により、計り知れない潜在的なポテンシャルを秘めている。
「私からの説明は以上となります。質疑はありますか?」
しかし、列席者からは誰も手を挙げなかった。
彼等は一様に動揺しており、開口したまま動けなくなっていたり、資料のページを漁る様に捲っていて質問する余裕もなさそうだ。
それを一瞥してから「失礼します」と礼をしてその場を去る。
やれる事はやった。あとは、待つだけだ。