ロックス、あんたって男は……!
一敗地に塗れる。
激戦の後、全勢力の猛者達はすぐには再起できぬ程のダメージを負い、ことごとく倒されていた。
これは、大海賊時代を生きる者達にとっての悪夢か。
「ぐふっ……!!」
「カハハハ…いい拳だったぜ」
豪拳が腹部に直撃し、体をくの字に折りながら吹き飛ぶクザン。
海軍大将の渾身の拳ですら、バレットの〝強さ〟を崩すには至らない。
「ハァ…ハァ…おんどれェ…ボルサリーノォ…はよ立たんかい…!」
「
血反吐を吐きながら己を奮い立たせるサカズキに、ボルサリーノは血が流れる頭を押さえ仰向けのまま答えた。
海軍の最高戦力でも、覇王色を纏う〝鬼の跡目〟にはひとたまりも無かった。
「カハハハ……これが、海賊王になれる強さだ」
己の強さを誇示するバレットは、悠然と笑う。
この戦場のあらゆる強者を薙ぎ倒し続け、まともに動けるのは各勢力の中でも最高峰の強さを有する一握りのみだ。
七武海はモリアとドフラミンゴが倒れ、くまとハンコックは遠回しにルフィとジンベエの援護、クロコダイルとミホークはバレットを妨害しながら撤退を開始。
海軍は巨人部隊を含めた全兵力の八割以上が倒れ、海軍古参の豪傑ぐらいしかまともに戦えず、三大将も激しく消耗。パシフィスタも軒並み叩きのめされた。
そして肝心の白ひげ海賊団は、動ける面々で意識のないエースを運び、白ひげが殿となってバレットと交戦。しかし持病の悪化のせいで調子が崩れ、激しい戦闘の末に彼は片膝を突いてしまった。
戦争はすでに、バレット一人によって終結しようとしていた。
「カハハハ…どうした、おれはまだ戦えるぜ。てめェら全員が束になれば、おれを討ち取れるかもしれねェぞ?」
「ほざけ…青二才が…!!」
余裕綽々といった様子のバレットに、センゴクは額に血管を浮き上がらせながら立ち上がる。
「貴様は、ここで討つ!! 明日の正義の為……今一度多くの血を流し、貴様の息の根を止める!!」
「カハハハ……そうだ、この海は戦場だ!! かかって来い!! 貴様らを殺し、今度こそロジャーとクロエを超える!!!」
バレットはさらに覇気を高める。
悪気のない凶悪な笑みにセンゴクは気圧されるも、その目だけは笑わず熱き闘志を燃やし続けた。
この男を倒さねば、この海の未来はない。まだ戦える者は、各々の護るべきものの為、〝鬼の跡目〟の暴走を食い止めんとする。
だが、その時。
「おい、本部要塞の陰に誰かいるぞォ!!!」
〝黒腕のゼファー〟の息子・ゼットが声を上げた。
この戦争を高見の見物している海賊達がいたのだ。
「ゼハハ……やっと気づきやがった」
そう――全ては、この男から始まった。
本質は悪逆非道、なれど豪快かつ計算高く狡猾。
エースを倒して王下七武海に加盟した海賊――〝黒ひげ〟マーシャル・D・ティーチが、自らが率いる曲者揃いの「黒ひげ海賊団」を連れて現れたのだ。
「ゼハハハハハハ!!! 久しいな!!! …死に目に会えそうでよかったぜ、オヤジィ!!!」
「ティーチ…………!!!」
ティーチは高笑いしながら、かつての
しかも厄介な事に、インペルダウンのLEVEL6に幽閉されていたはずの、世界からその存在をもみ消された残虐で凶悪な世界的犯罪者達を仲間に引きこんでいるのだ。
巨人族の中でも飛び抜けた巨体を持つ、海賊〝巨大戦艦〟サンファン・ウルフ。
かつてとある王国を武力で蹂躙し王座に就き、悪政の限りを尽くして国民を苦しめ、反乱を起こされた過去を持つ〝悪政王〟アバロ・ピサロ。
巨大な瓢箪を背負い、酒と刺激を求めて数多の罪を重ねた大罪人〝大酒のバスコ・ショット〟。
狩り取った美女達の首をコレクションにする趣味も相まって「史上最悪の女囚」と称される女海賊、 〝
そして本来は刑務官であるが、気の向くままに囚人を虐殺する事が問題視され、署員であるにもかかわらず「宣告猶予の死刑囚」としてLEVEL6の独房に収監されていた、インペルダウン看守長の〝雨のシリュウ〟。
ティーチの目的は、彼らを解放して仲間に引き入れる事だったのだ。
「しかし動力室には海兵しかおらず異常事態の知らせもなかったはず…!! どうやってここへ来たというのだ」
「ホホホ!! 申し訳ない、単純な話………!! 我ら黒ひげ海賊団がインペルダウンへと出航する前に、私が動力室の海兵に催眠をかけておいたのです…「正義の門」の前に軍艦を確認すれば全て通せと。他の方々の役にも立ってしまったようですが…」
黒ひげ海賊団の航海士・ラフィットが説明すると、ティーチは続けざまに「七武海の称号はもういらねェ!!!」と笑い飛ばした。
それを表情のない目で眺めていたバレットは、拳を構えて武装硬化させ、新たな獲物として狙いを定めたが……。
「ティーチ~~~~~!!!」
ボゴォン!!
「おわァァァァ!?」
白ひげがグラグラの実の能力を行使し、強烈な衝撃波を放った。
間一髪のところでティーチ達は脱出したが、その攻撃で処刑台は完全に崩れ本部要塞も半壊した。
「ハァ……ハァ……」
「ゼェ…ハァ…容赦ねェな!! …あるわけねェか」
ティーチは冷や汗を掻きつつも、笑みを絶やさない。
「てめェだけは息子とは呼べねェな!! ティーチ!! おれの船のたった一つの鉄のルールを破り、おめェは仲間を殺した!! ハァ…ハァ……4番隊隊長サッチの無念、このバカの命を取っておれがケジメをつける!!!」
「……」
バレットとの激戦で満身創痍だった白ひげは、老体に鞭を打ってティーチに薙刀の切っ先を向ける。
それを眺めていたバレットは、何か思うところがあったのか、攻撃しようとしなかった。
いや……もうわかっていたのだ。
「誰も手ェ出すんじゃねェ……ケリをつけるぞ、ティーチ!!!」
「ゼハハハハ!! 望むところだ!! 〝
ティーチの全身から黒い靄のような物質が漏れ出ると、そのまま地面を覆う。
これがサッチを殺して手に入れたもの――
「なァ、オヤジ……サッチは死に、エースも殺されかけちまったな!! おれァあんたを心から尊敬し、憧れてたが……!! あんたは老いた!!! 世界最強の男が〝鬼の跡目〟に一矢報いるのも精一杯な程に!!!」
ティーチの言葉を受けた白ひげは、僅かに眉を顰め不愉快そうな表情を浮かべる。
彼の挑発が怒髪冠を衝いたのか、隊長格の何人かは殺意を剥き出しにするが、白ひげの手出し無用の命令で堪えていた。
「おれの前では能力は全て無駄!! 〝
ティーチは地震のオーラを纏う白ひげの拳を、闇の掌で真っ向から受けた。
すると、地震のオーラが消滅していくではないか。
そう、ヤミヤミの実の真髄は、悪魔の実の能力をも引きずり込み封じるという
「ゼハハハハ!! 地震はもう起こせねェ!!」
「ぬゥ…!!」
黒ひげは左の拳で白ひげの鳩尾を、右の拳で顎を穿つ。
いくら全盛期から大きく衰えてるとはいえ、あの世界最強の男がまともに殴られるのを見て、誰もが驚きを隠せない。
白ひげはすかさずティーチの手を振り払い、地震のオーラと武装色の覇気を拳に纏わせて反撃に移るも、そんな事などお見通しだと言わんばかりにヤミヤミの能力によって抑えられてしまう。
「どうだ、おれの能力は…!! ゼハハハハハ!!」
「……!」
白ひげは薙刀を真上に投げ、空いた右手で拳を振り抜く。
ティーチは「無駄だ!! 見苦しいぞオヤジ!!」と再び封じ込めたが……。
「ウッ!?」
「うェあァァァァ!!」
油断で生じた一瞬の隙を突き、白ひげは放り投げた薙刀を受け取って一閃。
ティーチの左肩を思いっきり斬りつけた。
「ゴワアァァ!!!」
もんどりを打って倒れるティーチは、左肩を押さえながら藻掻き苦しむ。
実はヤミヤミの実は、他の
弱点より利があるのが悪魔の実だが、ヤミヤミの実はその中でもかなり極端なバランスの悪魔の実と言えよう。
「
「過信……軽率……お前の弱点だ……」
見習いの頃から変わらぬ短所を呟きつつ、白ひげは裏切者の首根っこを押さえた。
「や…やべろォ!! オヤディやめろ!! おれは息子だど!! 本気で殺スン…!!」
バガァン!!
グラグラのエネルギーがティーチを襲う。
巨人族ですら一撃で沈める一発だ、いくらタフなティーチでも耐えられないだろう。
土煙が晴れると、そこには倒れているティーチと、立ったままピクリとも動かない白ひげの姿が。
……それが、世界最強の男の限界だった。
「ヒィ…!! こ、この〝怪物〟がァ…!!! 死に損ないのクセに!!! 黙って死にやがらねェ…!!! やっちまえェ!!!」
『!!!』
ティーチの号令と同時に、黒ひげ海賊団が至近距離から白ひげに集中砲火を浴びせた。
私欲で鉄の掟を破ったかつての仲間に、オヤジが蜂の巣にされていくのを指を咥えて見る他ないマルコ達。そしてジンベエやクロコダイル、センゴク達も、その瞬間を見届けるしかなかった。
*
地獄から這い上がってきた大罪人達を乗せた軍艦の艦隊が、黒煙を上げて沈む。
その間を、赤い刀身のソードクロスが描かれた赤旗のドクロを掲げた海賊船が通る。
「ハァ……」
世界最強の女は珍しく頭に包帯を巻き、湿布や絆創膏、ガーゼなどで傷を隠しつつ欄干に背を預けていた。
彼女の仲間達も傷だらけで、船医のラカムも疲れ果てていた。それだけ戦いは熾烈なもので、疲労困憊もいいところだった。
「流石に、骨が折れたな……」
「まさかあの中に〝世界の破壊者〟が交ざってたなんてね……」
クロエの言葉に、エマも包帯を巻いた頭を摩りながら相槌を打つ。
〝鬼の女中〟が率いるクロエ海賊団と、インペルダウンの最悪の囚人達との海戦は、予想以上の苦戦を強いられたのだ。なぜなら脱獄囚の中に、若き日のセンゴク・ガープ・ゼファーの三人によって捕らえられた大海賊バーンディ・ワールドがいたからである。
5億ベリーの賞金を懸けられた大海賊時代以前の古参海賊は、30年もの間インペルダウンに投獄され、さらに氷漬けにされていた為に全盛期から弱体化はしていたが、海戦においては無敵を誇る〝モアモアの実〟の脅威は健在であった。
自分が触れたものの大きさや自分自身のスピードを最大100倍まで倍加させる事ができる能力は、銃弾は砲弾に、砲弾は軍艦を一撃で沈める隕石に、一握りの砂つぶてが数十人を薙ぎ倒す弾幕に変わる。圧倒的強さを誇る戦闘の達人であるクロエでも、能力で急激に肥大化する物量差を瞬時に捌くのは至難の業だった。
三時間に及ぶ死闘の末、ワールドを含めた囚人達の壊滅に成功したが、代償として乗組員は全員が負傷するという久しぶりの大損害が生じたのだった。これ程の被害は、フールシャウト島での神の騎士団や金獅子との交戦以来だ。
「この状態でバギーに会うのは、少し気が引けるな……みっともない」
「贅沢を言うな、あの面子を相手に瀕死避けただけでも大したものだぞ?」
(お前が一番軽傷なのが腹立つ…!!)
コル寿郎の言葉に、その場にいる全員が同じ事を思った。
「……クロエ、もう一度訊くけど…本当にいいの?」
「エースか。……あの戦場でどこの誰に殺されようが、上手く立ち回って生き延びようが、心底どうでもいい」
「――愛した男の倅だろう、なぜそこまで毛嫌いする?」
ド直球で尋ねるコル寿郎に全員が「お前わざわざ突っ込むの?」と言いたげな顔で彼を見る。
それに対し、クロエは意外な返答をしてきた。
「……私に潰された後も、
『!』
クロエは言葉を続ける。
「だがあいつは、ニューゲートの部下になった。父親の名前の重さに押し潰されるかどうか見届けるつもりだったが……その気すら失せた。〝白ひげ〟を海賊王にするという建前で、ロジャーから逃げたんだ、あのクソガキは」
それが、クロエが真にエースを見限った理由だった。
父を超える為に海賊になったのに、過去に父と渡り合った男を担ぎ上げた。〝
――〝火拳のエース〟に、ルフィやウタに匹敵する価値はない。
「センゴクはあいつの将来性を危険視してるだろうが……あんなクソガキが次代の頂点に立つのを許す程、この海は甘くない」
エースのポテンシャルは、確かに計り知れないだろう。何せロジャーの息子だ。
しかし、そんな事など何のステータスにもならない程、この海の最高峰に君臨する者達は強く、盤石の地位を築いている。五皇だけじゃなく、ハチノスを牛耳る王直や雲隠れした〝金獅子のシキ〟をはじめ、伝説と呼ばれる海賊達はまだまだ跋扈している。
そんな猛者達の中で、白ひげ海賊団に入っても未だに一介の隊長でしかないエースは、
(……ロジャー…)
クロエの脳裏に、ニィッ……と笑うロジャーの顔が過ぎる。
自分がこの世界で最も愛した男は、どんな気持ちでエースを見ているのだろうか。息子の顔を拝む事なく逝った偉大な王は、エースをどう思うのか。
世界最強の女海賊に、それを知る術はない。ロジャーは死んだのだから。
(……やはり私を超えられるのは、ルフィだけだな)
麦わら帽子を被った一人の少年海賊を思い出しながら、クロエはこれからの立ち回りを考えるのだった。
クロエはロックスとロジャーを足して割ったみたいなバケモノキャラなので、いつかはイム様にも会わせようと思います。
次回、クロエがようやくマリンフォードに見参。
怪我した状態である為、万全ではありませんが相当気が立ってるので、緊張状態が最高潮に……!!