クザン、もう君はあそこ配属ね。
それは、エマが海賊島提督に就任して1年後の事だった。
「おい、ここで何が起きた!?」
「わーっ!! 皆が氷漬けになってるー!!!」
その光景にレッドアローは狼狽し、ヤマトも大慌てだった。
懇意にしているシマナミカンパニーでオーロ・ジャクソン号の点検を終えた帰航の最中、ある島に寄って行ったクロエ海賊団の面々が、酒場の前で氷漬けになっていたのだ。
「一体誰が、こんなマネを…」
ドーマやマクガイ、デラクアヒをはじめとした強者船員が氷の世界に閉じ込められるという惨状に、ステューシーも絶句した。
それを目の当たりにしたクロエは、無事である船員達に「ラカムの指示に従え」と静かに命令し、エマと共に酒場へ向かう。
「誰がやったなど聞くまでもない……
額に青筋を浮かべる彼女の視線の先には、暗い色のコートを羽織って帽子を被った長身男性が、バーのカウンター席に腰掛けていた。
次期海軍元帥の座をめぐり起きた大将同士の抗争に敗北し、海軍を去った〝青キジ〟だった。
海軍最高戦力だった程の男が飲んだくれているという衝撃的な状態に、仲間を凍らされて怒りを覚えているエマ達も言葉を失った。
「……クロエ、お前も知ってるだろ? おれは〝傷心〟の上、気も立ってんだよ…」
「〝傷心〟だと…? サカズキの事か」
クロエの言葉に、クザンはピクリと反応。世界最強の女と、元海軍大将が一触即発となる。
すると、エマが二人の間に割って入り、困ったような笑みで話しかけた。
「えっと……私の奢りで飲む?」
一触即発の遭遇から5分後。
エマの「とりあえず飲もう」という説得に矛を収めたクザンは、クロエ海賊団と意気投合していた。
「アッハッハッハッ!! イケるクチじゃないか、アイスキャンディー」
「お前もな、ハイパーじゃじゃ馬!! だはははははは!!」
互いにシェリー酒の瓶を呷りながら酒を酌み交わすクロエとクザン。
凍らされていた彼女の仲間達も解凍され、宴が全部エマの奢りと知るや否やクザンへの怒りを忘れて楽しく飲んでいた。何だかんだいい連中である。
「それで? 赤犬は何て言ったの?」
「「同期で殺し合う事になるとは…熱いモンが込み上げてくるわい」……って、熱いも何も!! お前マグマだっつーの!!!」
「ハッハッハッハッハッ!!!」
ステューシーの問いにノリツッコミするクザンに、コル寿郎は爆笑した。
「ったく、とんでもねェ攻撃食らわせやがって……おかげで見ろ!! おれは片足よ!!」
左足をテーブルの上に置き、ズボンをめくるクザン。
そこには肌ではなく氷の義足があり、常時氷で補っている状態だった。
「大将同士の戦いだとそうなんのか…!!」
「お前がそうなら、赤犬はどうなった!?」
「腕の一本はもいでやったか!?」
色々と脚色が多かったりする世経では、両者壮絶な深手を負ったという報道があったが、流石に事実の方が多いようだ。
「しかし、サカズキの下に就けないなら、それこそ英雄ガープのようなスタンスにすればよかったんじゃないのか? 実際、ガープは若い頃から上層部嫌いで知られてたと聞いてる……あんた程の強者ならば、いくら世界政府でも迂闊に消せねェと思うが」
「……おれに、そんな資格はねェよ」
クザンは酒を呷りながらそう返す。
ガープの行動理念をリスペクトし、その背を追いかけ続けてきたのだが、並び立つに足る己の「だらけきった正義」をパンクハザードに置いてきてしまった。
何が正義なのか。あの時自分がとった選択が本当に正しかったのか。それすらも自分なりの答えすら出せなくなったのだ。
「行った先に酒場がありゃ一日中飲みあかした事もある……今のおれは、その辺のクズと変わりゃしねェんだ」
『……』
世捨て人同然の〝青キジ〟の葛藤と苦悩に、誰もが息を呑む中。
「……下らんな」
「!?」
軍を辞めて荒んだ男の前で、クロエは持論を展開した。
「居場所と指針を失ったから何だ。自分の選択についての後悔など、死んでからでもできるだろう。この世界で何が正義で何が悪かなど、心底どうでもいい。大事なのは、自由になった自分が何をしたいかじゃないのか」
「……!!」
自然と、視線が動いた。
自分とほぼ同じ世代の大海賊の言葉は、荒んだクザンの心に響く。
「自由……」
「クザン……貴様がどこへ行って何をしようと、必ず〝争い〟に巻き込まれるぞ。「正義」に追い出された今、その時に一体何の〝旗〟の下で戦うつもりだ?」
酒盛りの席が静まり返り、クロエ海賊団の視線がクザンに集中する。
無職になり、アテもない放浪の旅に出た元海軍大将は、沈黙の末にこう言った。
「……海軍の中からはできない事を為したいとは、思ってはいる」
「……そうか。だがそれができるとすれば、海賊か革命軍のどちらかだろうな。何なら、私の船に乗っても構わんぞ?」
揶揄うクロエに、船員達も反応する。
「おいクロエ!! 元海兵はおれ様だけで十分だろう」
「これ以上元政府の人間を海賊にしたら、
「嫌がらせにしては上等だろうがな。自分の正義をコケにした同僚へのな」
「ギャハハハ!! レッド、てめェいい性格してやがるな」
元海軍大将のクロエ海賊団加入という提案に、仲間達は口々に笑いながら言い始める。
虫のいい与太話のように、それこそ酒の肴のようにクザンの身の上話をイジり倒している。
「私は自由で在り続けたいから、やりたいようにやっている。だから自分がどうしたいかなんぞ、その時になって考えてきた。それを続けた結果が今の私なんだろうな」
自身のこれまでの海賊人生を振り返りながら、グラスにコーヒーリキュールを注ぐクロエに、クザンはサングラス越しに目を細めた。
(その時になってから考える、か……)
何か決心したかのように深く息を吐くと、クロエに向き直った。
「……クロエ、一つ頼みたい事があるんだが」
「ん?」
「――おれを、仲間にしちゃくれねェか」
「ああ、別に構わんが……は?」
クザンの吐き出した言葉に二つ返事で応じたクロエは、素っ頓狂な声を上げた。
それはエマ達も同様で、全員が目をパチクリとさせ――
『ええええええええっ!!?』
クロエ海賊団結成23年目で、最大の衝撃が走ったのだった。
*
翌日、クザンはオーロ・ジャクソン号に乗船。船長室で改めてクロエと面会していた。
「……で、おれはこの一味で何をすりゃあいい?」
「仲間殺しと堅気への手出しは禁止。食った分は働け。船長命令は絶対。……それさえ守れば、あとは自己責任で好きにしろ」
「あ、そうなの?」
「ただしサボりは許さん」
意外と融通の利く海賊団と知って内心拍子抜けしたが、しっかりと釘を刺されてしまう。
「あと、他の者にも言ってるが…この船を降りたくなったら私に必ず言え。言わずに出たら追跡して理由を聞くまでボコボコにする」
「うわ、エグ…」
至極真面目な顔で言うクロエに、クザンは引き攣った笑みを浮かべる。
要は「黙って出てったらただじゃ置かない」という訳だ。来る者拒まず去る者追わずではあるが、最低限の筋は通せという事なのだろう。
「まァ、サボらず気楽にして過ごせばいい。自由は自己責任だからな」
「おれ限定で難儀じゃね?」
「そう思うのは貴様のサボり癖が悪いからだ」
クスクスと笑いながら、クロエは立ち上がって外に出る。
クザンもそれに続くと、甲板が慌ただしく騒ぎ立てていた。
「あららら……随分と忙しそうねェ」
「フフ…情報が漏れたか?」
どこか楽しそうな笑みを浮かべながら、クロエは仲間達に問う。
「海軍が嗅ぎ付けたか?」
「船長!! 違う、百獣海賊団だ!!」
「カイドウ本人も乗ってやがる!!」
「ハァ!? カイドウ!?」
まさかの相手に、クザンは仰天してしまう。
この世における最強生物が、自ら出陣して船頭に立っているというのだ。驚かない方がおかしい。
「どうすんだ? クロエ」
「……クザン、海を凍らせろ」
「成程、動きを封じて接触を避けろって言うのね」
そう言うや否や、クザンは手の先から小さな氷柱を飛ばして海面に冷気を送り込み、周囲の海全体を凍結させた。
〝
「よし…じゃあこのままトンズラで――」
「総員、戦闘準備!!」
「えっ?」
クロエの船長命令に、クザンは思わず聞き返す。
直後、水平線の先の海賊船から、凄まじい覇気が放たれた。
「おい、見習い!! 足を引っ張ったら承知しないぞ!!」
「ハァ!? おい、マジかお前!?」
「私に続け、クロエ海賊団!!!」
クロエは抜刀した化血を黒刀状態にさせた上で覇王色を纏い、マストを蹴って出撃。
それを確認した先方――五皇〝百獣のカイドウ〟は、人獣型に変身した。
「ウォロロロロ!!! 何だか見覚えのある面の新入りがいるなァ、キング!!!」
「いや、見覚えどころか…あれは〝青キジ〟じゃ…!?」
カイドウは気にも留めてない様子だが、キングや後ろに控えてる部下達は狼狽している。
辞めたとはいえ、海軍の最高戦力だった男がクロエ海賊団にいるなど、インパクトが大きすぎる。
だからと言って、撤退する理由にはならないが。
「おれに続け、野郎共ォ!!!」
カイドウは跳躍し、一気に距離を詰めてクロエに迫り――
「〝錐龍錐釘〟!!!」
「〝咆雷八卦〟!!!」
凍結した海を砕く勢いで覇気がぶつかり合い、大気が激しく震えた。
それを目の前にしたクザンは、開いた口が塞がらない。
「……世界の均衡を何だと思ってんだよ」
「カイドウはウチの船長の数少ない喧嘩友達だからな……まァ、慣れろ」
「おい、クザン!! ボケッとしとる場合じゃないぞ!! 百獣海賊団の本隊が向かってくるぞ!!!」
エルドラゴが指を差す先には、まるで大群のように押し寄せる百獣海賊団の構成員達が。
しかも最前列には大看板の〝火災のキング〟をはじめ、〝飛沫のフー〟や〝盛っ切りのササキ〟といった強豪達が雁首を揃えている。
「まァ、こうなっちゃったらしょうがないよね」
「……デビュー戦にしちゃ荷が重すぎないかねェ」
「諦めろ、これがこの一味の「普通」なのだ」
レッドフィールドにそう諭され、クザンは頭を抱えるのだった……。
*
さらにそれから三日後。
海軍本部が新世界に移転し、サカズキ新体制が発足した〝ニューマリンフォード〟に、その衝撃の報せが届いた。
「クザンが…クロエ海賊団に入ったじゃと…!?」
「そりゃあ、エラい事になったねェ~……」
伝令将校からの報告に、元帥となったサカズキは両手の指をグッと握り、大将を務めるボルサリーノは驚きを隠せないでいた。
クロエはサカズキにとって最大の宿敵だ。その因縁はゴールド・ロジャーが海賊王になる前に始まり、数々の事件で衝突しながらも彼女を倒す事ができず、今日にまで至った。いつか必ずやこの手で仕留めると誓ったが、激化する海賊時代に対応すべく、元帥の座に就いてより強力な「正義の軍隊」になるよう力を入れてる。
そんな矢先、軍を辞めた元最高戦力がクロエの仲間になった。「海軍大将が海賊になった」だけでも重大なのに、あろうことかクロエ海賊団に所属するとは。
「クザン…あのアホは自分が何をしたのかわかっちょるんかァ…!!?」
「落ち着きなよォ、サカズキィ~」
憤慨する元帥を宥めつつ、ボルサリーノは冷静さを保ちながらも困り果てた表情を浮かべる。
ただでさえ海賊時代が激化してる上に、新たな事態として元海軍大将の海賊堕ち。それも、あの悪名高き〝鬼の女中〟と呼ばれる女の仲間になるなど、とても笑い話ではない。
「厄介な事になりそうだねェ~……
「どこで何をしちょろうが関係ありゃあせん、と〝上〟に言えんのう……!!」
葉巻を握り潰し、サカズキは険しい表情を浮かべた。
そして、時同じくして聖地マリージョアではというと…。
「クザンが…クロエの仲間になった…!!」
五老星の一人・サターン聖が冷や汗を掻きながら告げた。
「本隊だけならばまだ他の五皇で抑えられるかもしれんが、ハチノスの海賊共も蜂起すれば今の海軍では止められんぞ……!! どう対処する……!?」
そう危惧するサターン聖に、他の五老星も沈痛な面持ちを見せる。
ただでさえ〝白ひげ〟存命時から現役最強と謳われた女の下には屈強な覇気使いが揃っているというのに、更に元海軍大将までもが加入した。しかもクロエ海賊団が拠点とする海賊島には〝ロックス〟の残党達が生き残っており、同盟に近い関係とされている。
もしこれでクロエが本格的に世界政府に牙を剥き、全面戦争となれば、甚大な被害が出るのは目に見えている。それこそ、自分達が出張らねばならない程の事態に陥るだろう。
「早急に手を打たなければなるまい…三大勢力の均衡がより不安定になった以上、放ってはおけぬ…」
「……
ふと、ナス寿郎聖が思い出したかのように尋ねた。
「ああ…加入には同意したそうだ」
「そうか……では奴が政府側にいる限り、クロエを牽制できるのではないか?」
マーズ聖は、クロエと新七武海の関係性を語り出した。
「あの男は、クロエや赤髪の義兄弟。……身内には甘い女だ、本気で敵対しても迂闊に手は出せまい」
「ロジャー…ロックス…死してなお、我々を脅かすか…」
苦々しげにそう言う五老星は、深い溜め息を吐いた。
*
その頃、新世界のとある島。
ティーチ率いる黒ひげ海賊団は、その島の海賊達を束ねる一人の男と酒盛りをしていた。
「ゼハハハハハ!! ワノ国を追い出されて約20年…!! よく生きてたもんだ!!」
「ぐふふふ……天はわしを見捨てなかったのよ」
豪快に笑うティーチと対峙するのは、顔が非常に大きく頭身が低めで割とずんぐりした体格の和装の巨漢。丁髷頭に王冠を被り、どことなく獅子舞を彷彿とさせる顔立ちだ。
その男の名は、黒炭オロチ。
かつてワノ国でカイドウの後ろ盾を得て悪政を敷いていた元独裁者で、今は海賊「オロチ一派」を率いて活動している悪党だ。
「まさかカイドウがあのような形でわしを裏切るとは思わなんだ……!! おかげでわしは罪人として御用になり、おでんのせいで言語に絶する苦痛を味わったが……」
オロチは政権崩壊後の己の人生を語り出す。
光月が将軍家として政権を取り戻した後、オロチは将軍家の監視下に置かれて自由を奪われていたが、彼が悪魔の実の能力者である事を把握してなかった為に脱走に成功。
ワノ国への復讐心は未だ燻ってたが、味方がいない以上は不可能と諦め、まるで逃げるように出国して海を彷徨い、今の島に辿り着いたのだ。それが、自身が大きな力を得るきっかけになるとは思いもよらなかった。
「この島に眠る巨大な硝石の鉱床を、わしは見つけたのよ!! それを掘り起こし、あっという間に富を得た!!! 天竜人も海軍も、わしの知略には気づかなんだ…!!」
「ゼハハハハハ!! 大した野郎だぜ、おめェは!!」
そう、それがオロチの復活劇の始まりだった。
漂流先の島の地下には、豊富な硝石の鉱床が存在していた。硝石は黒色火薬の製造に必須の火薬材料で、銃砲火器には欠かせない資源だ。これを発掘・売り捌く事でオロチは莫大な利益を得て、瞬く間に島とその周辺海域を跋扈する海賊達の頭領になったのである。さらに将軍時代のノウハウを活かし、情報操作を徹底して海軍や世界政府に自分の事を隠し通し、手配書に載らずに海賊稼業に手を染めてきた。
とはいえ、オロチ自身も「いざという時に自分の身を守れるのは自分だけ」と流石に悟ったのか、20年かけて能力を鍛えていたようで、そこいらの海賊なら軽く捻り潰せる程に強くなった。
その中で、虎視眈々と時代の頂を狙う海賊〝黒ひげ〟と運命的な出会いを果たした。ティーチの計り知れない野心と大きな器にオロチは惹かれ、彼の仲間になる事を決意した。
「オロチ、じゃあおれの仲間になるか!?」
「ぐふふふふ!! ぜひそうさせてもらおう!!」
「ゼハハハハ、そう来なくちゃな!!! おめェのチカラ、歓迎するぜ!!!」
狡猾な謀略家同士で意気投合したのか、オロチとティーチは肩を組んで笑い合い、黒ひげ海賊団の面々もそれを祝福するかのように乾杯の音頭を取った。
「おう、野郎共!! 新しい仲間の為に盛大に祝おうぜェ!!!」
『オォォォォォ~ッ!!!』
船長の号令に反応し、成り上がりの一味は雄叫びを上げた。
後日、オロチは「黒ひげ海賊団10番船船長」の肩書きと共に、正式にティーチの仲間として名を連ねて新世界に悪名を馳せる事となる。
皮肉にも、ワノ国で将軍の地位に就いた時よりも大きな「名声」「富」「力」を得て。
というわけで、クザンはクロエの仲間になりました。
海賊見習いとして入団しますが、基本的な立ち位置は原作の黒ひげ海賊団のメンバーと似ていて、程々自由にやってます。クロエとはコーヒー談義で盛り上がってそうです。
なお、クロエ海賊団で氷漬けを突破できるのはクロエ・エマ・ラカム・コル寿郎・ヤマト・レッドフィールド・ナグリの7名です。
そしてクザンがクロエ海賊団の一員になったからか、黒ひげ海賊団にはまさかのオロチが加入。
まぁ、第32話以降何の音沙汰もなかった上、黒ひげ海賊団に混ざっても違和感なさそうなんで起用しました。原作より強くなってますが、どっちかというと謀略に重きを置いているようです。
ちなみに彼は硝石の鉱床がある島に漂流して巨万の富を得ましたが、他の勢力に目を付けられないようにあの手この手で徹底的に工作活動をして自身の情報を遮断してたようです。