陽界は非常事態に陥っていた。
何と軍子の肉体に〝世界の王〟が憑依し、その能力で猛威を振るい始めたのだ。
「ヌシア達は〝山ひげのヤルル〟を討ち取れ。キリンガムは
「はっ!」
「すぐに!」
軍子に憑依した「彼」――ネロナ・イム聖は自らも出陣してエマ達と激闘を繰り広げる。
船長を除いたクロエ海賊団とイムの戦いは、普通に考えれば前者が有利と思われたが……。
「……流石に手強いな、アンディ・リードの部下達よ」
「それ人違いだって何度言えば……!!」
宙に浮く軍子に憑依したイムに対し、クロエ海賊団はかなり追い込まれていた。
余力があるのは一味の最古参船員であるエマとラカム、ロジャー世代のレッド達、覇王色を纏えるヤマトと元海軍大将のクザン、そして手の内を唯一知るコル寿郎のみ。それ以外は疲弊しきっていて立ってるのがやっとだ。はっきり言って、コル寿郎の情報が無ければ壊滅してもおかしくない。
それ程までに、ネロナ・イムという存在は強大だったのだ。そして同時にそんな怪物と一騎打ちを繰り広げた自分達の船長の異次元さを痛感する。
「……ヤマトちゃん、どこまでいける?」
「やれる限りやる!!」
「覇王色を纏った攻撃だけが有効打だからな……戦法を変えるぞ、後方支援はおれ達に任せてエマとヤマトが突っ込め!! コル寿郎は直接二人の助太刀をして、他の奴らは一旦退却だ!!!」
総戦力での対抗はダメージが大きいと判断し、ラカムは指示を飛ばす。
それを聞いていたイムは、どこか感心したように目を細めた。
「成程……中々の切れ者がいるようだな」
「ナメんなよ引きこもり、こちとらあの怪物船長に何十年と振り回されてんだよ」
戦鎚を振るい、衝撃波でイムが乗っ取った軍子の肉体を抉る。
しかしパキパキと音を立てながら再生していく。その速さはソマーズやキリンガムとは比べ物にならない。
「ラカム!! それでは御大は倒せん!!」
「だからっつってああなるわけにも行かねェだろ!!?」
ラカムは遠くを指差す。
その先には、倍以上に巨大化した上に悪魔のような風貌に豹変した巨人族の一団が。
彼らはイムの能力〝
「〝悪魔の実〟も〝武装色〟も期待ゼロ、足止めが関の山とはな……」
「わしとて、あとどれぐらい持つか……!! ギャバンはどこじゃのし!?」
(だが幸いなのは、御大が〝リバーシ〟を仕掛けてこない事だな……余とてあの支配を逃れる事はできない)
コル寿郎は内心で安堵した。
あの凶悪的な干渉力を有する〝
下手に能力を行使して支配下に置きたいエルバフを滅ぼすのを避けたいのか、あるいは何らかの制約があるのか……そこまでは神の騎士団ではないコル寿郎の知るところではないが、世界の王でも迂闊に強大な能力を濫発できない事情があるのだろう。
だからと言って、この事態をどうにかしなければエルバフは終わりだ。
(クロエ……まだなの!?)
エマは親友の帰還が思ったより遅い事に、次第に焦りを募らせ始めた。
しかし、焦りを隠せない時こそ落ち着きを取り戻す事で活路を見出す。クロエもそうだった。
(こういう時は冷静に……)
エマは深呼吸をしてから、見聞色の未来視を発動。
傲慢な王が見下ろして余裕綽々である内に集中力を高め、数秒どころか数十秒先の未来を視る。
「…! ヤマトちゃん、
「……!! うん!!」
未来が視えたエマは、ヤマトと一緒に覇王色を放出。
赤黒い稲妻が迸り、威圧感が増す。
「短期決戦か? 無駄な事を」
見下ろすイムに、二人は銃撃や飛ぶ打撃を連発して撃墜を狙う。
覇王色を纏わせたそれらを、そのまま受けて特攻するのは愚策と判断したのか、「彼」は正確に回避していく。
クロエ海賊団の主戦力を以てしても、決定的なダメージを与えられない――窮地とはまさにこの事だろう。
「ダメか…!!」
「このままじゃあエルバフが…!!」
「そうとも…ムーの支配は誰にも抗えぬ。抗う者はムーの手で葬るのみ」
イムは三叉槍を振るい、魔法陣から二門の砲口を召喚。
その照準を疲弊したステューシー達に向けると……。
「私を無視するとはいい度胸だな」
「何っ!?」
イムは聞き覚えのある声に驚き、背後を振り返った。
すると目と鼻の先に、化血を抜刀したクロエが急接近していた。
(陽動か!!)
イムは悟った。
エマとヤマトは、確かに自分を撃墜するつもりで遠距離攻撃を仕掛けていた。しかし真の狙いは、その場に留めてクロエが帰還・攻撃を仕掛ける時間を稼ぐ事。二人が覇王色を放出したのは、クロエの覇気が感知されるのを防ぐ為であった。
完全にしてやられたと、内心で舌打ちしつつ迎撃しようとするが……。
「貴様の技を借りるぞ、
琥珀の瞳が、赤黒い剣閃と共に〝神〟を捉える。
クロエという海賊の最大の武器は、強大な覇気でも非常に高い基礎戦闘力でもなく、極めて高い精度で他者の技をコピーする「模倣力」だ。
大海賊時代以前から大海に名を轟かせた伝説達の必殺技を盗み、ただ模倣するだけでなく独自の改良を加えるのが彼女の
そんな彼女が繰り出したのは、不可能と言われた世界一周――「〝
「〝
ドォン!!
『!!?』
クロエは覇王色と武装色を纏わせた化血を横薙ぎに一閃。
〝世界の王〟を斬撃で吹き飛ばし、宝樹アダムの巨大な枝がへし折れそうな勢いで叩きつけた。
「……待たせたな」
「クロエ!!」
「母さん!!」
『船長~~!!!』
我らが最強の船長が帰還し、歓喜する一同。
それは、聖地マリージョア以来の二度目の頂上決戦の幕開けであった。
一方、ルフィ達はというと。
「ししっ!! カタクリがいると心強いなっ!!」
「まさかお前と共闘するとはな、〝麦わら〟……」
かつてホールケーキアイランドで死闘を繰り広げた二人は、どこか嬉しそうに言葉を交わす。
すでにハイルディン達はリンリンの兵士達と共に、陽界に辿り着いている頃だろう。
なお、リンリンは新たに生み出したホーミーズの「ヘラ」に乗り、誰より早く向かっていった。
「ついさっきまで一触即発だったのにな…」
「あの覇気は、ママと〝鬼の女中〟すら驚く程だったからな。不本意だが、おれ達もいがみ合う場合じゃねェ」
実家であるヴィンスモーク家の関係で色々あったサンジは、ビッグ・マム海賊団幹部のオーブンと話し合う。
海賊界でもイカれた海賊として恐れられる彼女ですら、目の敵にしていたクロエ海賊団と麦わらの一味との共闘をせざるを得ない――それだけで、このエルバフを襲う未曽有の事態が如何に異常なのかが伺える。
もっとも、リンリンとて本心からこの共闘を認めた訳では無いのだろうが。
「……麦わら。クロエ海賊団とお前達の他にも強い覇気を二つ感じたが……誰だ?」
「あっ!! コロンの父ちゃんとバツのおっさんか!!」
「てめェ名前憶える気あんのか!?」
勝手につけたあだ名で呼ぶルフィに、オーブンは青筋を浮かべる。
するとサンジが代わりに話した。
「あー…一人は元ロジャー海賊団のギャバンっておっさんだ。もう一人はエマちゃんの顔見知りの凶って男だ」
「ギャバン……あのスコッパー・ギャバンか!!?」
「〝山喰らい〟だけじゃなく……〝銀斧〟もいるのか!!? 道理で強い覇気だ……」
感じ取った覇気の正体がリンリンの同世代である伝説の海賊達と知り、オーブンとカタクリは瞠目する。
元ロジャー海賊団に元ロックス海賊団。大海賊時代以前の猛者達も、この島にいるのだ。
(……それに対し、今感じ取れる異様な覇気が三人。エルバフの全戦力がこちら側だとすれば有利な状況だが……)
カタクリは自らの見聞色が捉えた神の騎士団の覇気に、怪訝な表情をする。
一人だけ規格外がいたが、たった三人だ。それに対して世界最強の国の戦士達と五皇、第六の皇帝に伝説の海賊達とすれば、数で押しきってもどうにかなるはず。それが通用しない異常事態が、
「何にせよ、ママ達の援護が必要だ。オーブン、おれは麦わら達と行く。お前は他の者達と事態収拾を」
「それ以外の選択肢が無さそうだな。やるしかねェ」
ビッグ・マム海賊団でも柔軟性のあるオーブンは、カタクリの意見に同意する。
その同時刻、陽界ではキリンガムが次々と
「盛り上がってきたな!! あの方が来たんなら遠慮はいらねェ!!」
ケンタウロスのようなフォルムで宙を駆けるキリンガム。
その素顔は美形悪役で、ギザ歯や鋭い目つきなど、つぶらな目で穏やかそうな外見だった獣型とはまるで正反対だ。
「好きなだけ暴れ続けろ
「〝威国〟!!!」
ドン!!
「ハァ!?」
キリンガムが指揮した時、突如としてとてつもない衝撃波が襲い、幻想の怪物達が次々と巻き込まれて倒れる。
何事かと思い、衝撃波が飛んできた方向に目を向ける。
「誰だい!?
『お前のエルバフじゃねェよ!!!』
ハイルディン達のツッコミを他所に、剣になったナポレオンを片手にリンリンが推参。
まさかの五皇最古参の大海賊の登場に、キリンガムは目が飛び出る程に驚いた。
「ビ、〝ビッグ・マム〟~~~~!!?」
「おや? これは珍しい生き物♡」
そして珍獣コレクターの一面を持つリンリンは、麒麟という幻獣の半人半獣であるキリンガムに目を輝かせた。
いくら不死身の身体とはいえ、たった一人でビッグ・マムを相手取らねばならないという絶望的な状況に、彼は泣きそうになった。
不死身の神の騎士団も、やっぱりカイドウやビッグ・マムとのタイマンは嫌なんでしょうかね?