エマがオーロ・ジャクソン号に乗ることになって、早一週間。
クロエはシャンクスに覇王色の指南をしていた。
「シャンクス、私にだけぶつけるよう意識してみろ」
「わかった……!」
緊張気味だったシャンクスは、一度肩の力を抜き、目を閉じて呼吸を整える。
視線の先にいる姉貴分を圧倒するイメージを持ちつつ、他の仲間達には向けないように意識を集中させ……。
ゴゥッ!
見えない波動が、シャンクスを中心に放たれた。
「ッ! ハァ……ハァ……ハァ……」
「――どうだ、バレット」
「……こっちにも普通に来たぞ」
「そうか……」
クロエは顎に手を当てて考え込む。
覇王色に関しては、武装色と見聞色のようにいかない。鍛錬が不可欠であるのは同じだが、当人自身の人間的な成長でしか強化されない特殊な覇気なので、多くの場数を重ねねばならない。幼少期から戦場暮らしだったバレットや、熟練の覇気使いのスパルタ修行に身を投じていたクロエと違い、海賊生活こそ二人より長いが経験値が少ないのだろう。
覇王色は、覚醒直後は感情の高ぶりで暴発しやすい。なるべく早く制御できるようにしたかったのがクロエの本音……戦闘中に暴発してしまうのは困るのだ。
(流石に一朝一夕にはいかないか……だが、かなりいいセンスだ)
シャンクスは息が上がってるが、クロエから見れば想像以上の出来だった。
覇王色は、覚醒直後は制御に四苦八苦する。クロエも覚醒直後は、完璧に制御できるまでよく八宝水軍の船員達を片っ端から気絶させまくり、その度にチンジャオに怒鳴られたものだった。
だがシャンクスは、覇王色に関しては他の覇気よりも上達するのが早い。本来なら誰彼構わず威圧してしまうのに、意識消失の騒ぎが一切ない。まあロジャーやレイリーという強力な覇王色の使い手がいるので、船員達は不意打ちの威圧に慣れているのかもしれないが。
「クロエ……」
「覇王色ばかりは、場数を重ねねばならないからな……だが想像以上の出来の良さだったのは事実だぞ?」
クロエは微笑みながらシャンクスの頭を撫でる。
敬慕する姉貴分に褒められ、シャンクスは得意げに笑った。
すると、そこへ新米船員のエマがヒョコッと顔を出した。
「ねえ、今の覇王色って君でしょ?」
「エ、エマ!?」
「何だ、気づいたのか」
ギョッとするシャンクスを他所に、エマは「私も覇気使えるからね」と笑う。
「私は八宝水軍で覇気や武術を学んだが、お前はどうなんだ?」
「私? 私はお師匠から教わったよ」
エマは自分がこの世界に来てからの話を始めた。
彼女は自分を拾ったお師匠と暮らすようになったのだが、そのお師匠は若い頃は仲間殺しが日常茶飯事な海賊団に在籍しており、今はかつての拠点を牛耳っているという。血は繋がってないため実の親子ではないが、大層かわいがってもらったらしく、エマは大好きな恩人として今でも慕っている。
「ただ、覇気の修行はホント酷い目に遭ったけどね……いつもの愛情どこ行ったのって何度思ったか……!!」
「愛情の裏返しというヤツだな。私なんか何十回も師範に敵船に放り込まれたり、手合わせに至っては覇気どころか八衝拳の奥義を使ってきたぞ?」
「ちょっと待って、それ殺意強すぎない!?」
「何か、クロエが化物みたいに強い理由がわかったような気がする……」
クロエが〝錐のチンジャオ〟から受けた修行の内容の一部に、エマとシャンクスは驚愕。
スパルタ教育を通り越しており、児童虐待の常習犯も真っ青だ。よく心が折れなかったものである。
「で、実際のところはどうなんだ?」
「へ!? いやいやいや、私そんな強くないよ!! 能力者でもないしさ……」
「フフッ……それを聞いて安心した、私がみっちり扱いてやる。ありがたく思え」
クスクスと笑うクロエに、エマは引き攣った笑みを浮かべた。
その時、見張りをしていたスペンサーが「敵船発見!!」と叫んだ。
「……ちょうどいい。エマ、私の手伝いしろ」
「え? まさか乗り込むの!?」
「まさか嫌とか言わないだろうな?」
「いや……射程範囲にさえ入ればノープロブレムだよ」
エマはバンダナを締め直し、腰に差した片手用ライフルを抜いた。
その眼差しの鋭さに、クロエ達は目を見開きつつも船首楼甲板へ向かうと、すでに臨戦態勢のロジャー達が堂々と構えていた。
「おう、準備できたか」
ニカッと笑いながら、ロジャーは敵船を睨む。
敵は、海賊旗を掲げたガレオン船で、オーロ・ジャクソン号より一回り大きい。甲板には血の気の多い海賊達が武器を手にしている。
「あの、そのまま船を面舵にできますか?」
「は!? このままか!?」
エマの一言に、操舵を務めるギャバンだけでなく、他の船員達も驚いた。
もう百メートルまで迫っているのに、ここへ来て船の進路を変えろというのだ。
が、ロジャーやレイリー、クロエは違った。エマの真剣な眼差しに、何か策があると察していた。
「エマ、そうしたらどうなる?」
「向こうが私の〝キルゾーン〟に入ります」
ロジャーの問いに答えつつ、片手用ライフルの撃鉄を起こすエマ。
要するに、今から面舵に船を進めれば、敵に大ダメージを与えられる
彼女の言葉に一同は半信半疑だが、ロジャーが「やれ」と一言告げたことで、ギャバンが迷わず操舵。オーロ・ジャクソン号は右へ15度逸れた。
「何だ!? どうしたゴールド・ロジャー!?」
「ビビったか!?」
「逃がすな、皆殺しだ!!」
突然進路を変えたオーロ・ジャクソン号を見て、敵の海賊達はロジャーを嘲笑した、次の瞬間!
バァン!!
エマが引き金を引いて発砲。
武装色の覇気を纏った銃弾は、敵船の船体を貫通し――
ドゴォォォン!!
『!?』
敵の海賊船の後方部分が大爆発を起こした。
その衝撃で海面は大きく波打ち、甲板にいた海賊達は一気に海へ投げ出された。
「やった!!」
「な、何だ!? 何をしたんだお前!?」
エマはガッツポーズをするが、乗り込む気満々だったおでん達はまさかの事態に口をあんぐりと開け、仏頂面コンビのバレットとクロエも瞠目した。
「ロジャー船長! 浸水して沈まない内に!」
「――おうっ! ギャバン、船を寄せろォ!!」
「了解っ!!」
取り舵で船を敵船に寄せ、ロジャー達は殴り込みをかけた。
爆発で混乱していた海賊達は、真面な統率も取れずに蹂躙されて全滅。ロジャー達はあっという間に敵船に積んでいたお宝を全部奪っていったのだった。
*
「宴だァ~~~~~~!!!」
『おおーーーーーーーっ!!!』
夕暮れ時、ロジャーは仲間達と戦勝祝いの宴を開いた。
今回はエマの加入祝いも兼ねており、いつも以上に男衆ははしゃいだ。
そんな中、クロエはエマとガールズトークで盛り上がっていた。
「クロエって今何歳? 私まだ18歳なんだけど」
「21歳」
「ウソ、年上……!? 前世同い年なのに……」
転生した時間の差異のせいか、同い年のはずなのに今世では三年の差があることにショックを受けるエマ。しかし前世からクロエが大人びてたことを知っているため、違和感はないようだ。
「それにしても、クロエがロジャー海賊団にいるなんてね。それも異名は〝鬼の女中〟と〝神殺し〟!! 本当にヤバい事しでかしたね」
「ロジャーとはただの巡り合わせだ。それに豚共を何人殺しても世界は変わらん」
「そっか……」
樽のジョッキの酒を男らしく呑み進めるクロエに、エマは嬉しそうに目を細めた。
彼女の前世での最期を知ってる分、色々と想うところがあるのだろう。
「お前こそ、言ってる割には強いじゃないか。昔から器用だとは思ってたが」
「それクロエが言う? クロエの覇気、はっきり言って異常なんだけど」
「お前の覇気の強さも相当だと思うがな」
そんなガールズトークに熱が入っていると、酔っ払ったロジャーが千鳥足で近づき、エマの肩に手を回した。
「わっはっはっは!! エマ、やったなァおい!!」
「ちょ、ロジャー船長!! 飲み過ぎ!!」
「ハァ……貴様のその酒癖はどうにかならないのか、ロジャー」
親友に絡むロジャーを嗜めるように睨むクロエ。
エマは「前世より目付き怖い……」と怯んでるが、ロジャーは意にも介さず大笑いする。
「エマ、おめェ何をしたら鉛玉一発で船を爆破できたんだ?」
「〝見聞色〟で探知能力を高めて、火薬庫を狙撃しただけです」
「成程な……あの距離であの射撃能力……ウチの狙撃手確定だなァ!!」
エマの能力を知ったロジャーは、豪快に笑いながらバシバシと肩を叩く。
今回の戦闘で、エマは若輩
ここまでの優れた狙撃手は、世界中を探してもそうはいないだろう。〝魔弾〟の異名は伊達ではないようだ。
「ギャハハハ!! ピータームー、お前もうちょっと頑張れよ!!」
「そうだ、今度二人に狙撃対決させてみようぜ!!」
「いや、もうすでにハートも撃ち抜かれてるから無理じゃねェ?」
「変な事を言うなエリオ!!」
一斉に茶化されて顔を真っ赤にするピータームー。
茹蛸のようになった彼を見て、ロジャー達は腹を抱えて爆笑するのだった。
*
宴が終わり、皆が寝静まった頃。
クロエとエマは船首楼甲板でガールズトークの続きをしていた。
「コーヒー淹れてきたぞ」
「あ、ありがと」
カップに入れたコーヒーを口にするエマ。
強い苦味と濃い味が口の中に広がり、コーヒー特有の心地の良い香りが鼻を擽る。
この濃さが妙にクセになるのだ。前世から変わらない親友のコーヒーに、エマは涙を流しそうになった。
「何を泣きそうになってる」
「いや……もう二度と飲めないと思ってさ」
「……おでん食って泣いたことを思い出すからやめろ」
涙を拭うエマに、クロエはばつの悪そうな顔を浮かべた。
クロエもおでんを食べてエマのことを思い出し、ロジャー達の前で泣いたという苦い記憶がある。ロジャー達はクロエの意外な一面に好意的だったが、当の本人は人前で泣くのを避けるために恥ずかしさを覚えているようだ。
「そう言えばお前、私が死んだ後はどうしてた?」
「小説家になったんだ。子供の頃からの夢を叶えたよ」
「そうか」
「でも……人気絶頂になった時に
エマはクロエの死後から自分の最期までの話をした。
クロエが自殺してからは、彼女の葬儀をしてから小説家となり、特に異世界への転生を題材とした作品で広く認知されるようになったという。しかし、小説を執筆中に事故に遭い、信号無視をした車に轢かれてしまい、目を覚ましたらこの世界にいたという。
エマもエマで、凄絶な最期だったようだ。苦しむことなく逝ったのが、せめてもの救いだろうか。
「……私の糞家族は?」
「クロエの死亡保険金で喜んでたから、腹立って晒したよ。その後は知らない」
「中々やるな、お前も」
前世の自分を追い詰める要因の一つだった家族の末路に、クロエは笑みを溢した。
すると話は、今後の自分達についての話題に切り替わる。
「ねェ、クロエ……これからどうするの?」
「私はこの船を貰って、自分の海賊団を作るが」
「え!? 一から船造ってもらうんじゃなくて!?」
「どうせロジャーは手放すさ」
クロエはコーヒーを飲みながら語る。
ゴール・D・ロジャーという男は、冒険に記念品を作らない人間であり、最後の島に到達すればオーロ・ジャクソンを手放すだろう――クロエはそう認識している。
彼女としては、一人海賊の頃に使った船は沈めたため、ロジャーの部下を辞めた後は新しい船を必要とする。オーロ・ジャクソン号を手放すくらいなら、自分の船として再利用する方がいいと考えているので、解散後に〝我が儘〟としてロジャーに要求するつもりだそうだ。
「船くらい貰っても問題ないだろう」
「ダメだって言われた時は?」
「奪うに決まってるだろう。こんな良い物件、棄てろなんて勿体無い」
ケチくさいか? と言ってクロエは微笑みながら親友を見据える。
エマはそれに対しては「海賊だしね」と返し、釣られるように笑った。
「……あのさ、クロエ……もし自分の一味作るんならさ……」
「ああ……お前を右腕にするさ」
「やっぱり!?」
ズイッと嬉しそうに迫るエマに対し、クロエは夜の水平線を眺めながら不敵に笑う。
もう決めているのだ。ロジャーの部下でなくなった瞬間、〝鬼の女中〟は〝魔弾〟を右腕に旗揚げすると。
「旗揚げするとなれば、相応の人数がいるよね?」
「別にそこまで大勢である必要はないさ。強いて言えば……まずは船医が欲しい」
「あー……確かにいないのは死活問題かも」
潮風を浴びながら、眠くなるまで今後について語り合う二人であった。
エマの育て親が何者なのかは、おわかりですかね?
彼女の懸賞金は、次の機会に公表しますのでお楽しみに。
次回はワノ国とゾウを一気にやります!