フィガーランドはいつか触れるのかな……?
ついに最後の島を目前としたロジャー海賊団。
一行はある港町に停泊し、最終準備をしていた。
「ゲホゲホッ!」
そんな中、船長室ではロジャーが咳き込んで吐血していた。
不治の病はすでに末期だ。クロッカスのおかげで進行を多少なりとも遅らせて苦しみも和らいではいるものの、常人ならここで危篤になってもおかしくない状態だ。
胸を押さえながらなんとか立ち上がるも、数歩足を進めたところで激痛が走って倒れそうになる。が、その時、ロジャーの身体は誰かに受け止められた。
「……
「……」
倒れかけたロジャーを受け止めたのは、クロエだった。
「〝見聞殺し〟で入ってきたのか?」
「弟達に勘づかれると困るんでな……」
「ハハ……おめェも随分と化けたもんだな」
顔色が悪いロジャーをイスに腰掛けさせ、背中を優しく擦るクロエ。
荒れた呼吸が落ち着きを取り戻したところで、近くに置いてあった海賊帽をロジャーに被せた。
「おっ! ありがと、よ……」
ロジャーはニッと笑って感謝を述べたが、クロエの悲しげな顔を見て固まった。
ロジャーは人前で決して弱さを見せない。不治の病が末期を迎えても、船員達には決して苦しむ姿を見せず毅然として振る舞ってきた。愛する仲間達に、余計な心配をかけないためだろう。
奇しくもそれは、クロエも同じだった。彼女も人前で弱さを見せるのを嫌い、仲間達の前で涙を流すことすら恥辱と感じる程で、無力だった前世とは違うと自己暗示するように振る舞った。
ある意味でロジャーとクロエは、似た者同士だったのだ。
「……おれァ大丈夫だぜ、クロエ」
「っ……」
ロジャーはクロエの頭に手を乗せ、撫で始めた。
普段なら鬱陶しそうに振り払うか覇王色を放って威嚇するが、クロエは黙って受け入れていた。ロジャーと過ごした日々が終わりを迎えるから、寿命が近い彼のやりたいようにさせているのだろう。
「わははは! おめェも可愛いトコあるじゃねェか」
「余計なお世話だ、病人が」
からかい半分で言うと、クロエは凄い目つきで睨んできた。
ロジャーはいつも通り威圧してくる彼女に安心したように笑うと、クロエに手を差し伸べた。
「ホラ、行くぞ」
「……」
クロエはロジャーと共に、部屋のドアを開けて甲板に出た。
「最後の島の場所はわかったか?」
「ああ、わかった!!」
「出航はいつにする?」
「今すぐだ!!!」
船長の一言に、一同は士気を高めた。
〝最後の島〟への大冒険を始めるべく、全員が持ち場につこうとした時だった。
「はうっ……」
「おい、バギー!」
何とここへ来て、運がいいのか悪いのか、バギーが突然の発熱。
クロッカスからのドクターストップがかけられ、〝最後の島〟への航海を断念した。
「大冒険の直前に風邪ひくとか、ガキかよ」
「うるせェ!! もう治ったって言ってんだろ!!」
「顔真っ赤で熱っぽいんだから大人しくしてろ」
「誰が鼻真っ赤でデカッ鼻だとォ!?」
高熱を出しながらもシャンクスに掴みかかるバギー。
が、その時バギーに凄まじい威圧が襲い掛かり、白目を剥いて気絶した。
ロジャー達は一斉に覇気を飛ばした人物に顔を向けた。バギーに覇王色を浴びせて強制的に寝かせたのは、クロエだった。
「ハァ……大人しく寝てろと言ってるだろうに」
「クロエ、覇気の使い方ちょっと違くない!?」
エマのツッコミに対し、クロエは平然と「戦闘だけが全てじゃないだろう」と反論。
「ん? じゃあ武装色とか料理でやるのか?」
「当たり前だ、包丁を買い替えずに済む」
「それまな板どころか台所ごと斬ってねェ?」
「私はそこまで馬鹿じゃない」
クロエはタオルを絞り、バギーの額に乗せる。
「バギーの看病なら私がやろう」
「!! いいのか?」
「私は財宝や名声に興味はない。それに行き方はもうわかってるしな。……エマはどうする?」
「
クロエとエマは最後の島への同行をせず、弟分の看病をすると告げた。
それに続いて、バレットも「宝目当てでこの船に乗ったんじゃねェ」と主張して拒否。そもそもバレットはロジャーを超えるために船に乗ったので、目的が違う。ロマンがないなとレイリー達は呆れた笑みを浮かべた。
ならば、シャンクスはどうだろうか? ロジャーはシャンクスに一緒に来るのか否か訊いてみると……。
「おれもいつか、自分の船で行くよ!! 自分の海賊団を持って、ロジャー船長達に負けない仲間を連れてさ!!」
「そうか!!」
快活に答えるシャンクスに、ロジャー達も口角を上げたのだった。
*
その夜。
ホテルの一室を借りたクロエは、鼻提灯を膨らませて寝込んでいるバギーの看病をしていると、エマが酒を片手に部屋へ入ってきた。
「……シェリー酒か」
「日本酒が中々見つかんなくてさ……店に売ってるのラムとワインばっかだったから」
机に置き、栓を抜いてからグラスを取り出してドクドクと注ぐ。
シェリー酒はアルコール度数の高い白ワイン。辛口から極甘口まで幅広い味わいがあり、カクテルにして飲んだりアイスクリームにかけて大人のデザートにするなど、飲み方にも種類があるが、やはり一番はストレートだ。
グラスに注がれたシェリーを呷ると、芳醇で豊かな甘みが口の中に広がる。どうやら甘口のようだ。
「……ねェ、クロエ」
「何だ?」
「本当に良かったの? ワノ国のこと」
エマはクロエにそう問いかけた。
今のワノ国は邪魔が入らない鎖国を利用した独裁者により、民も大名も悪政で苦しめられている。元日本人として無視できず、どうにかしなければとクロエは公言していた。ましてや、〝最後の島〟にも〝莫大な宝〟にも興味を持たないのなら、自分と一緒にワノ国に降りてもよかったのではないのか。
それに対し、クロエは「そう判断するしかなかった」と答えた。
「どういう事?」
「考えてみろ。ワノ国はそれぞれの
クロエの言葉に、エマはハッとなった。
反乱で解決できれば、おでんがいない間に誰もがそうする。そうしないのは、祖国で無益な血を流したくないという想いも当然あるだろうが、一番は武力で解決できないような厄介者が国を牛耳っているということだ。
「この海の勢力図では、ロジャーとニューゲートに加え、〝金獅子のシキ〟と〝ビッグ・マム〟で知られるシャーロット・リンリンが君臨していると聞く。ニューゲートはおでんの兄弟分だから、まずない」
「となれば、やっぱりお師匠の顔馴染みかな」
「顔馴染み?」
「あれ、言ってなかったっけ? お師匠は昔、白ひげと同じ一味だったんだよ」
エマ曰く、お師匠は白ひげやビッグ・マムと同じ船に乗って暴れた過去があり、金獅子とも面識があるという。そしてその一味は、ロジャーとガープのとんでもないタッグによって崩壊したとのことで、その際に船長だった男は討ち取られたとの事だ。
しかもその船長の野望は「世界の王」……実質的な世界征服であり、世界政府に不都合な事件をこれでもかと起こし、海賊行為よりもテロ活動に重きを置いた恐るべき海賊だった。
そんな奴の船に乗ったということは、彼の意志を継ぐ者がいて当然のこと。シキが世界の支配を目論んだのは、かつての船長の意志に強く感銘を受けたのだろう。
「いずれにしろ、私とエマだけじゃあ手に余る。
「確かに……」
「私達がすべきなのは、ロジャーの冒険を終わらせて独立する事……そして自分の海賊団を率いておでんと同盟を組む事だ」
敵との戦力差を想定すると、ワノ国の黒幕はかなり強い。
長期戦は国力の疲弊に繋がるので、相応の戦力で短期決戦を仕掛ける他ない。
「そういう訳だ。この話は終わりだな。酒はどうも」
「クロエ、どこへ行くの?」
「ロジャーと話をしてくる。それまでバギーを見てくれ」
クロエはコートをなびかせ、部屋を後にした。
「……寝顔可愛いね、君」
エマは微笑みながらバギーの鼻をツンツンと指でつついたのだった。
夜の港。
オーロ・ジャクソン号を一人眺めるロジャーは、仲間の気配に反応して振り返った。
「クロエか」
「ロジャー、頼みがある」
「! 何だ、やっぱり行きてェのか?」
「気が向いたら自力で行くと言ってるだろうが」
眉をひそめるクロエに、そう怒るなとロジャーは豪快に笑う。
改めて、クロエの頼みに耳を傾ける。
「で、おれに頼みってのは?」
「バレットとの決闘、最後はロジャーから吹っ掛けてほしい」
その言葉に、ロジャーは目を大きく見開いた。
「あいつの目的は貴様との決闘。最後くらいは声を掛けてほしい」
「……それはおめェが代わりにやってくれると思ったんだけどなァ」
「私は二の次に過ぎない。バレットの本命は貴様だ」
その言葉に、ロジャーは「それもそうだな」と笑った。
バレットにとって、ロジャーは生涯初めて出会った尊敬すべき男であり、同時に超えるべき「目標」でもある。ロジャー海賊団の一員となったのも、ロジャーの強さの秘密を知りたいためであり、ある種のライバル扱いだ。
それゆえにバレットは、同じ船の仲間達とは必要最低限のコミュニケーションに済ませ、ロジャーとの決闘を最優先した。
そんなバレットの運命の転機は、クロエとの決闘だった。
悪魔の実の能力者ではないのに、女だてらに全力のバレットを上回った彼女は、年が近いのもあってバレットとは馬が合った。そして彼女の強さも知りたいと、バレットはロジャーの手が空いていない時はクロエに挑んだ。
クロエはバレットの挑戦を真っ向から受けて立ち、時には自らの強さは何たるかを鍛錬や手合わせで示し、バレットはそれを受け止めた。他者を一切信じず戦い続けるバレットが、クロエに対しては心を許していたのだ。
バレットは未だ一味で最も仲間意識が希薄だ。しかしロジャーへの敬意とクロエへの信頼は本物で、本人は口にしてないが二人は気づいていた。
「わかった。仲間の頼みだ、船長として受け入れなきゃな」
「言っておくが、今のバレットは相当強いぞ。私との修行で覇王色の技能を会得してるからな」
「……自慢の弟分か?」
「ああ。覚悟しておいた方がいい」
クロエの中々お目にかかれない悪い笑みに、ロジャーも釣られて悪い笑みを浮かべた。
翌日、ロジャーは若輩達に見送られながら最後の島へと出航し、〝莫大な宝〟を目の当たりにし「世界の全て」を知った。
ジョイボーイと同じ時代に生まれたかったと、とんだ笑い話だと、ロジャーはレイリー達と涙が出る程笑うと、こう宣言した。
――なァみんな。800年誰も行きつけなかった「最後の島」に、こんな名前をつけねェか? 〝「
*
海賊王誕生から一夜明け。
ロジャーの記事を凝視するバレットと、回復したバギーが飯を食い漁る中、クロエはエマに今後の展望を尋ねられた。
「クロエ、仲間って誰にするつもり?」
「……何だいきなり」
「だって、独立したらそれなりの人数じゃないと。私達二人じゃあキツいよ?」
エマの率直な意見に、クロエは考え込んだ。
戦力的な面で言えばクロエ一人でも十分すぎるのだが、海賊団を率いるからには相応の有能を揃える必要がある。特に安全に航海ができるように指示する航海士と、船員の傷病を治療する船医は是が非でも押さえねばならない。
最悪、クロエとエマが兼任する形で勉強して覚えるというのもあるが、それでは意味がない。役目を与えなければ、仲間ではなく食客――下手すればただの居候だ。それは前世でみっちり働いていた自分達が許さない。
「……とりあえず、メンバーは多くても二十人だな。統制を利かせるには私の目が行き届きやすい方がいい。三桁どころか三十もいらん」
「クロエ……中間管理職やってた?」
「……」
無言で頬杖を突いてムスッとした表情を浮かべるクロエに、エマは察した。
前世ではストレスと心労との闘いに身を投じていたようだ。
「エマこそ、何かあるのか?」
親友の要望を尋ねるクロエ。
エマは「大事なポジションがある」と前置きしながら、ニカッと笑って答えた。
「音楽家ほしい!!」
「不要」
「えーっ!?」
平然と要望が却下され、エマは少しキレた。
「クロエ、前世からそうだけどノリ悪くない!? 海賊は歌うでしょ!? 私も歌うの好きなんだし!!」
「そんな奴いてもいなくても問題ないだろうが」
バッサリと切り捨てられ、エマは意気消沈した。
その時、シャンクスが慌てて駆け込んできた。
「どうした、シャンクス」
「クロエ!! ロジャー船長が帰ってきた!!」
『!!』
ロジャーが海賊王となって帰ってきた。
すぐさまクロエ達は港へ向かうと、オーロ・ジャクソン号が停泊し、ロジャー達が降りてきた。
「帰ってきたあ!! 派手に帰って来やがった!!」
「船長ーっ!!」
シャンクスとバギーは、我先にロジャーの元へ向かう。
バレットは腕を組み、いつもの仏頂面を貫いている。
「…………エマ、これ持ってろ」
「へ?」
クロエは新聞の号外をエマに預けると、〝見聞殺し〟で気配を殺しながらロジャーの元へ向かうと、いきなり正面から
「……おかえりなさい」
『!!?』
レイリー達はあんぐりと口を開けた。
いつもツンツンしまくってる無愛想なクロエが、帰ってきた夫を迎える妻みたいな態度で優しい声を放ったのだ。
当事者のロジャーは、完全な不意打ちに固まっている。クロエの大きくて柔らかい胸が、逞しく鍛え抜いた胸板に当たってむにゅりと形が崩れており、すぐそばで泣いていたシャンクスは、それを間近で見たせいで涙が引っ込んだ代わりに鼻血を出した。
数秒ハグしてからゆっくり離れると、カチコチになって棒立ちするロジャーを見て、クロエは腹を抱えて笑い出した。
「――フフッ、ハハッ!! アハハハハハッ!!! 何だロジャー、その顔!!? アッハハハハハ!!!」
可笑しくてたまらないと、涙目で大笑いするクロエ。
してやられたロジャーは段々顔が赤くなり、恥ずかしさのあまりクロエに怒鳴った。
「クロエ、てめェ
「アハハハハハッ!!! 貴様のような男が〝卑怯〟などと口にするとは!!! アッハハハハハ!!!」
比肩なき海の覇者が、仲間の女に抱き着かれて間抜け面を晒した。誰よりも強く、誰よりも仲間想いで、誰よりも自由な覇王が恥ずかしい目に遭ったなど、クロエとしてはこれ程までに愉快な事はない。
完全におちょくられたロジャーは、プルプルと身体を震わせて怒りを露にした。
「チクショー、ご丁寧に〝見聞殺し〟しやがって……!!」
「アッハハハハハ!! 存外、女々しい奴なんだな!!」
『ダーッハッハッハッハッ!!!』
「おめェら!! ラフテルの時より笑ってんじゃねェ!!」
世界一周を成し遂げたロジャーは、海賊王としての最初で最後の黒歴史を刻まれてしまうのだった。
世界経済新聞――略して世経が広めた海賊王の誕生。
ロジャーの成し遂げた偉業に世界が騒ぎ、海軍は過剰に動き始めた。
「〝富〟〝名声〟〝力〟……全てを手に入れた男、〝海賊王〟ゴールド・ロジャー!!!」
「わはははは!!
「今となっちゃ、世界政府がそうやってお前の名を隠す理由もわかる」
世間はロジャーが手に入れた全ての物を総称し、〝
ラフテルに眠る〝莫大な宝〟は、ロジャーが到達するずっと昔から存在は噂されていたが、所詮は船乗り達の間で有名な伝説に過ぎないとされた。だがロジャーの世界一周成功により、その宝の真実味が増した。
これにより、海賊海兵問わず、ロジャーとその一味を狙う者が爆発的に増えるだろう。まさかロジャーが一味を解散する腹積もりだとは知らずに。
「――思い返せば全てが奇跡だった」
ロジャーは、自らの海賊人生を振り返った。
「死ぬと決まった命でよくここまで来れたもんだ!! お前らには感謝しかねェ!!」
「イヤイヤイヤイヤ!! 何言ってんだ改まって!! 船長コノヤロー!!」
「照れるわバカ!!」
ギャバン達が照れる中、ロジャーはついに言い放った。
「ロジャー海賊団を解散する!!!」
『ぐわ~~っ!!!』
ついに来てしまった別れの時に、船員達は悲しみの叫びを上げた。
しかし、海賊の別れに悲しみは似合わない。ロジャーは海賊人生で最大の宴を行うと宣言した。
「よし! 海軍のいねェ海へ向かえ! 島を貸し切るぞォ!!」
「島を貸し切る? 何のつもりだ、ロジャー」
「ああ、まだやり残したことがあってな」
ロジャーはそう言うと、バレットに声をかけた。
「バレット、最後にいっちょ
「!!」
その言葉に、バレットは瞠目した。
いつもはバレットが挑むのに、今回はロジャーがバレットに決闘を申し込んだのだ。
「あの日、おれに何て言ったか憶えてるよな? バレット」
「……フッ」
ロジャーが不敵に笑うと、バレットは満面の笑みを浮かべた。
負け知らずで恐いものなしのバレットが、生まれて初めての完敗を味わった日。全身全霊をかけて臨んだ末に敗れたバレットが、ロジャーに立てた一つの誓い。
――いつか絶対にあんたを倒して、世界最強の男になる……ロジャー……!
ロジャーは憶えていたのだ。バレットが自分に立てた誓いを。
「泣いても笑っても、お互い最後の決闘だ。悔いは残すな」
「ハッ、発作でも起こしてくたばるなよ」
「わっはっはっは!! まだまだ死なねェよ!!」
決闘は成立した。
あとは適当な島に着いて、拳を交わすだけだ。
(……よかったじゃないか)
望まぬ死別の前に訪れた、バレットの最後のチャンス。
全力で戦ってこい――クロエは獰猛に笑う
次回はロジャーとバレットの最後の決闘、そしてクロエの別れの涙です。