そう言えば、ドーマって猿連れてましたね。
あいつ、名前あるんでしょうかね?
マリンフォードの元帥室にて、海賊王全盛期から海軍の総大将を務めるコング元帥は苦しそうに一言告げた。
「胃薬をくれ、センゴク……」
「……」
尊敬する上司の苦しむ姿に、センゴクはその〝痛み〟に共感しているのか、無言で胃薬を渡した。その内に穴が空くのかもしれない。
「ハァ……ロジャーめ、とんでもない置き土産をしおって……懸賞金もまた跳ね上がりそうだ……」
胃薬を服薬してから、コングは溜め息交じりにボヤいた。
海軍上層部が頭を悩ませている理由――それは、〝鬼の女中〟の存在だった。
「確かに、経歴と面子は冗談であってほしかったね……」
「まさに「不都合のバーゲンセール」じゃな!! ぶわっはっはっは!!」
「笑い事じゃないぞガープ」
書類に目を通したつるは頭を抱え、爆笑するガープをゼファーは窘めた。
彼らの悩みの種は、現在進行形で悪名を轟かせる〝鬼の女中〟が率いるクロエ海賊団だ。
若くして伝説の海賊と見なされているクロエを筆頭とした、「孤高の無双集団」――世間からそう呼ばれる彼女の一味は、海軍や世界政府に属する者なら誰もが頭痛に悩まされる事情を抱えている。
それは、個々の戦闘力の高さではなく、メンバーの経歴である。
「船長クロエは〝錐のチンジャオ〟の弟子、副船長エマは〝王直〟の義娘……我々をわざと困らせとるのか、あの小娘は……!!」
段々書類に目を通すのが嫌になったのか、コングは目を逸らした。
クロエ海賊団のツートップが元ロジャー海賊団なのは周知の事実だが、さらに掘り下げてみたら彼女達の身内がとんでもなかったのだ。
クロエの師である八宝水軍棟梁は、ガープとの決闘に負けて以来大人しくしているからまだいいが、もう片方のエマの師は元ロックス海賊団にして海賊島ハチノスの今の元締めで、今も新世界に君臨する現役バリバリの大海賊である。関係の良し悪しは把握できてないが、もし溺愛していたら報復の可能性があり、最悪の場合は戦争になりかねない。
あの五老星ですら頭を抱えたのだから、政府中枢も参っているようだ。
「世界政府の方針上、ロジャーの痕跡の抹消を最優先としとるが、クロエは放置するしかないな……バレットの件が取り沙汰されたんだ、これ以上ロジャーの残党達にやられては海軍の信用の失墜につながるぞ」
コングは目頭を押さえた。
先日、海軍はクロエと共に「ロジャー海賊団の双鬼」と称されたダグラス・バレットの捕縛の為、一個人に対するバスターコールという前代未聞の作戦を決行した。ロジャーを継ぐ強さと謳われる程の猛者に対してセンゴクとガープが出張った為、いかに〝鬼の跡目〟とて一溜りもないだろうと政府上層部も判断していたが、予想は大きく外れて海軍が甚大な被害を被ってしまったのだ。
海軍は島を完全に包囲した上で集中砲火したが、クロエから覇王色を纏う技術を習ったバレットは、その異常な覇気で次々と〝飛ぶ打撃〟を放ち軍艦を攻撃。近接戦闘とガシャガシャの実の能力が主軸と思い込んでいた艦隊は、まさかの遠距離攻撃に面食らったのだ。
今までの情報がアテにならないと判断したセンゴクは、ガープの出撃を検討したが、そこへバレットに恨みを持つ海賊達が乱入した。これがバレットを消耗させるどころか、相応の武装だった為にガシャガシャの能力による強化を許してしまい、鉄巨人と化したバレットによって艦隊が壊滅寸前に追い詰められてしまった。
センゴクは長期戦になる程に海軍が不利になると見なし、ガープもクロエがバレットの救援に駆けつけるという最悪の事態は避けるべしと同意し、戦略的撤退を選んだ。幸いにもバレットも疲弊していた為に追撃を受ける事はなかったが、いずれにしろ最高戦力と海軍の英雄をもってしても海賊王の元
ちなみにバレットに恨みを持つ海賊達は、あのまま鉄巨人の攻撃の巻き添えを食らって全滅している。
「……あの件ばかりは、情報操作が上手くいって助かったな」
「時世が時世だからな」
ガープのさりげない一言に、全員が溜め息を吐いた。
政治は正義を歪める事があるが、今回ばかりは政治的な介入で助かったと言えるだろう。
「……それで、クロエ海賊団は今どうなっている?」
「はっ! 現在確認できている船員は、子供を含めて9名であります」
資料を持ってきた伝令将校の言葉に、コングは身を乗り出した。
「待て、子供だと? 何者だ?」
「現在、身元確認中です。服装からして、ワノ国の子供ではないかと思われますが……」
「……そうか。クロエが拾ったとなれば、只者ではあるまい。情報収集を怠るな」
「はっ!!」
コングは伝令将校にそう命じた。
クロエの部下という肩書きは、子供であろうと大きな影響力を持つ。決して侮ってはいけないのだ。
「今は大人しくしているが、これからどう動くかだな」
「ゼファーの言う通りじゃな。天竜人への苛烈な攻撃、ロジャーの遺体強奪…次は何をしでかすのか、全く見当もつかん。クロエめ、どうせ暴れるんならマリージョアの〝神々の地〟でも更地にしてくれりゃあ――」
「「ガープ!!!」」
「ぶわっはっはっはっ!! すまんすまん!!」
海兵として言ってはいけない発言をしたガープを、センゴクとコングは窘め、つるは頭を抱えたのだった。
*
新世界の海を逆走するクロエ海賊団は、甲板で盛り上がりを見せていた。
「新しい懸賞金が発表されたぞォ!!」
ニュース・クーから新聞と共に手配書を受け取った
ラカムやガープが「不都合のバーゲンセール」と称するように、クロエ海賊団は政府にとって不都合な人物がちらほら在籍している。その上、ロジャー時代より悪名を轟かせたクロエが首領を務める一味となれば、船員達は氏素性問わず軒並み上昇するため、まだ五歳児であるヤマトも懸賞金を懸けられる可能性はゼロではない。
果たして政府はどう判断し、どれくらいの額を懸けたのだろうか。
「〝雷卿〟マクガイ、3億2800万ベリー……成程な」
「〝遊騎士〟ドーマ、3億3400万ベリーねェ。マクガイと大差ねェな。デラクアヒ達はどうだ?」
「おれは2億2000万ベリーで、
船員達は、やはりと言うべきか全員〝億越え〟と見なされたようだ。
ただ、ヤマトの素性を海軍と政府は把握しきれてないのか、彼女の手配書だけはなかった。
「ラカムはどうだ?」
「別に、大した額じゃねェだろ」
ドーマ達はラカムの手配書に目を通し、その金額に驚いた。
――ミリオン・ラカム 8億2000万ベリー
「は、8億!?」
「流石は古参メンバーというところか」
「8億越えとは鼻が
マクガイやドーマは、ラカムの懸賞金の高さに称賛の声を上げる。
だが、当の本人は遠い目をしていた。
「あの三人の懸賞金、お前ら見たか?」
『?』
ラカムはそれぞれの手配書を見比べる三人に指を差した。
「ぬう……やはり後れをとったか……!」
「いや、私とレッドさんは1500万しか差がないから誤差みたいなもんだよ」
「そもそも懸賞金は、3億を超えると簡単には上がらないからな」
軽口を叩き合う三人の手配書を見て、一同は唖然とした。
――〝赤の伯爵〟パトリック・レッドフィールド 19億5500万ベリー
――〝魔弾〟エマ・グラニュエール 19億7000万ベリー
――〝鬼の女中〟クロエ・D・リード 23億6000万ベリー
『……!?』
開いた口が塞がらない。
10億越えは「怪物」と称される海賊界において、小規模の海賊団でこれ程の高い懸賞金が懸けられている大物が三人もいるなど、敵対勢力にとっては悪夢以外の何物でもない。
その内クロエ海賊団は、全員が10億越えの化け物屋敷になるのかもしれない。
「ってことは、ウチの
「……82億6700万ベリーだよ」
途方もない数字に、ドーマ達は歓喜を通り越してドン引き。
それと同時に、なぜ10人にも満たない一味に対し、海軍や海賊達は艦隊や同盟で襲い掛かるのかがよくわかった気がした。
「いくら何でもさ……この額はちょっとビビり過ぎじゃないかな?」
「そうだ。私達は堅気に手は上げないし、海賊の仁義は弁えてるつもりだぞ。……今の海をのさばる痴れ者共と違う」
「それをド直球で打ち消す要素があるんだっつってんだよ」
世界政府は臆病すぎると吐き捨てるツートップに、ラカムはジト目でボヤいた。
「18番
いずれにしろ、小規模海賊団であっても元ロジャー海賊団がツートップであるからには、海軍もおいそれと手は出せないだろう。これで手を出してくる奴は、実力的にも性格的にもヤバい奴だ。
「それに……55億のロジャーに比べれば、私はまだまださ」
『55億!?』
クロエの呟きに、一同絶句。
全ての海賊達の頂点に立った男は、この海で最も恐れられる大海賊の一角ですら及ばないのだ。
「ロジャーは比するもののない存在。〝鬼の女中〟だの〝神殺し〟だの呼ばれてても、あいつのようには……っ!」
突如、クロエは立ち上がり東を向いた。
水平線の彼方に、十隻の船が見えた。どれも海賊旗を掲げている。
「……海賊同盟か。人数も夥しいぞ」
レッドフィールドは目を細めながら、向かってくる敵勢力を見据える。
「ここは新世界なんだ、まあまあ手強いぞ」
「案ずるな、大した連中ではない。――虫けらだ」
「なら、私が出張る程じゃないな」
クロエはエマ達に迎撃を任せると、船内へと向かった。
「昼飯を作る。リクエストは?」
「赤ワインに合う物で頼む」
「ローストビーフ」
「おでん!」
すっかり昼食の話題で一杯となるクロエ達に、エマは苦笑いを浮かべたのだった。
十分後、海賊同盟を殲滅したエマ達。
クロエお手製のローストビーフサンドを堪能していたが、思いもよらない事態に直面していた。
「……ドーマ、何だそいつは」
「いや、船長……何か、懐かれちまってよ……」
クロエが指摘するのは、ドーマの肩に乗った一匹の猿だった。
何でも、先程の海賊同盟との戦いの最中に遭遇したとのこと。
おそらく、どこからか攫って売りさばこうとされていたところを、売られる前にドーマに助けられたのだろう。
「一応〝ナニか〟持ってるかもしんねェから診てみたが、大丈夫だった。念の為に注射はしといたが」
「ラカム君、獣医もできるの?」
「ガキの頃に仕込まれたんでな。――で、船長は?」
「私は結構だが……そうするには決めなければならないことがあるだろう」
クロエの言葉に、エマ達は首を傾げた。
この一匹の猿に対し、ルールでも課すというのだろうか?
「……何を決めるの?」
「名前」
「――成程、確かにそうだな」
要は猿に名前を付けようという話だ。
「……で、どうする? あまり長いのは呼びづらいからダメだろ?」
「小文字と伸ばし棒含めて、せいぜい八文字以内だな。それ以上長いのは面倒だ」
クロエが条件を提示すると、様々な名前の候補が挙げられたのだが、これが思いの外難航した。
おでんの具材、犬につけるような名前、道具の名前……列挙してくれたが全くしっくりこない。試しに猿にも見せたが、見るなりそっぽを向く始末だ。
「……しょうがねェ。ここは船長と副船長の意見を聞くか」
ラカムはクロエとエマに助けを求めた。
すると、先にエマが候補を言った。
「アカザとゲトーがあるよ!」
「副船長、フザけてんのか」
「真剣に考えてるよ!! ノリが軽いからってヒドくない!?」
「真剣に考えた末にそれかよ」
ネーミングセンス悪いな、と溜め息交じりにボヤくラカム。
だが猿に目を向けると、どこか考え込んでるような表情を浮かべている。猿としてはアリであるらしい。
「船長は?」
「……バンビーノ」
『おおっ……!』
クロエが挙げた候補に、全員が感嘆の声を漏らした。
今まで挙げた中で一番それらしい名前である。
「ふむ、それでは選択肢は四つになるな。バンビーノ、アカザ、ゲトー、その他だ」
「バンビーノ以外ロクな選択肢じゃねェど」
デラクアヒの一言が、胸に突き刺さるクロエ海賊団だった。
*
同時刻、とある島。
バスターコールをどうにか凌いだバレットは、傷を癒していた。海賊とはいえ、個人に対して国家戦争クラスの軍事力を投入するという前代未聞の作戦により、右耳の一部が千切れ、左上半身に大きな火傷を負い、かなり痛々しい。
「っ……」
ズキリと疼く傷に、バレットは顔を顰めた。
先日、海軍はよってたかってバレットを攻め、バスターコールを発令した。
それも、海賊王となったロジャーの存在ゆえだった。ローグタウンで処刑され、クロエによって亡骸を奪われた後、海軍本部はロジャーに縁のある者を次々に狙った。世界政府にとって不都合な存在を抹殺するだからだ。
バレットはラフテルに同行してないが、最後までロジャー海賊団の一員だった。クロエと共に「ロジャー海賊団の双鬼」と称され、ロジャーを継ぐ強さを持つと恐れられた〝鬼の跡目〟の伝説も、看過できなかったからなのだろう。
「……カハハハ……!!」
バレットは笑った。
バスターコールは、世界政府の
ロジャーとクロエの背中を追い続けるのだから、ここでくじける暇はない。
「全てを焼き尽くす〝バスターコール〟……アレを叩き潰せれば、おれは世界最強へと近づける!! 待っていろクロエ!! ロジャー!!!」
バレットは、再び立ち上がる。
――立ち止まるものか。あの二人を超えるまでは。
次回、花ノ国への里帰りの為に〝
その道中、海軍の集中砲火を浴びる島を目撃してしまい……!?
アンケートの方もよろしくお願いします。
ドーマの肩に乗っている猿の名前、どれがいいですか?
-
バンビーノ
-
アカザ
-
ゲトー
-
それ以外