クロエとエマ、二人の女大海賊が素手の手合わせを実施します。
元海軍将校・ガスパーデの入団は、クロエ海賊団をざわつかせた。
将官に上り詰めただけあり、彼の実力は申し分ない。覇気の練度がまだ未熟だが、この船では船長クロエが稽古をつけるという鬼のような扱きがある。海軍出身のガスパーデならば、稽古自体もそつなくこなすだろう。
問題なのは、経歴だ。やはり海兵だっただけあり、海軍のスパイではないかという疑念を抱いていた。事実、サイファーポールは政府が危険視する海賊団に船員として潜入する任務もあった。
船に乗せて大丈夫なのかと、エマ以外の船員達は口を揃えた。それに対し、クロエの回答はというと――
「心底どうでもいい」
……とバッサリ切り捨て、一同を唖然とさせた。
彼女にとって、氏素性など些細なことですらないようだ。
「仲間殺しと堅気への手出しは禁止。食った分は働け。船長命令は絶対。……それさえ守れば、あとは自己責任で好きにしろ。聞きたい事があったら私かエマに言え。以上」
クロエはそれだけ告げた。
船長が乗船を許可した以上、副船長であっても異論は認められない。というより、そもそも副船長が連れてきたわけなのだが。
「私の事は好きに呼べ。堅苦しい上下関係は好まない質だ、呼び捨てでも結構」
「そうかい。じゃあ遠慮なく呼ばせてもらうぜ、クロエ」
無愛想な表情を浮かべるクロエに、ガスパーデは不敵に笑った。
彼は絶対的強者である女傑に、一つ問いかけた。
「一つ訊きてェんだが……てめェは何の為に海賊になった?」
「シキにも言われたな……私が私で在り続ける為だ」
クロエは、かつてのルーキー時代にシキと交わした会話をガスパーデに話した。
掲げる信念、自由へのこだわり、揺るがぬ覚悟――静かに語るクロエに全く口を挟まず、全てを聞き終えたガスパーデは、喉を鳴らして笑った。
「クク……!! 海賊なんざ夢抜かすゴミばかりだと思ってたが、やっぱり海賊王の部下は一味違うようだな」
「夢や野望は全てを蹴散らさないと追えないモノだ。それを知ってるか知らないかでは大きく違う。――ただそれだけに過ぎない」
「そうさ、力がなけりゃあ無意味だ」
クロエの思想に共感したのか、ガスパーデは我が意を得たとばかりに笑った。
「気に入ったぜ。あんたの部下として楽しませてもらう」
傲岸不遜ながらも、眼前の黒き女帝を船長として認めた発言をするガスパーデ。
二人のやり取りは、かつてのロジャーとバレットを彷彿させるものだった。
「それとガスパーデ、鍛錬は怠るな。将官クラスなら覇気について少しは学んでるだろうが……最低でも武装硬化と攻撃の先読みは完璧に覚えろ」
「てめェはおれの教官か?」
「
クロエの一言に、ガスパーデは「
ガスパーデが加わったクロエ海賊団は、その後も躍進を続けた。
いかに現役の海兵達から目の敵にされようと、白ひげやビッグ・マムといった超大物と渡り合える〝鬼の女中〟の一味に入れば、おいそれと手出しできなくなる。海賊ガスパーデは、〝将軍〟の異名と共に恐れられていくようになった。
そんなある日、ガスパーデはクロエの強さを推し量るべく、大胆にも挑戦状を叩きつけた。新参者の申し出をクロエは承諾し、「どうせ戦うなら場所は広い方がいい」としてある無人島で勝負することとなったのだが……。
「ぐあっ!?」
ドゴンッ! と重い一撃を叩き込まれ、吹っ飛ばされたガスパーデは地面に倒れた。
無様を晒す彼を、クロエは静かに見据えていた。
「つ、
圧倒された将軍は、そんな言葉しか口にできなかった。
ガスパーデ自身、海兵時代に多くの海賊達を潰してきたが、クロエの実力は想像をはるかに超えており、今まで倒してきた海賊達がただのカカシに思える程だった。
これが、世界最高峰の海賊の強さなのだ。
「悪くないが、まだまだ鍛錬が足りないな」
「ケッ……言ってくれるじゃねェか」
「立場上は上司だからな。下の人間の長所と短所はきっちり伝える主義だ」
クロエは新参の仲間を講評する。
ガスパーデは巨漢ゆえに攻撃がどうしても大振りになりがちで、打撃の一撃はかなりの威力であるが躱されると隙が大きく、捌かれると強烈なカウンターを食らいやすい。将官を務めただけあって覇気は多少なりとも纏えるので、武装色と見聞色を同時並行で習得すれば、捌かれて反撃されても覇気の防御でダメージを最小限に抑えられる。
全ての覇気を極めた彼女は、続けて言う。覇気は悪魔の能力を超えるチカラがある、と。
「覇気をどこまで極めたかで、力量差はひっくり返る。事実、ロジャーは覇気だけで海賊の頂点に立った」
「……!!」
「力こそが全ての海で、覇気だけが全てを凌駕する。……努々忘れるな」
クロエはガスパーデに助言すると、今度はエマに目を向けた。
「エマ、私と手合わせするぞ」
「え゛っ!?」
「お前は副船長だ、私に迫る強さじゃないと困る」
クロエの言葉に嫌な汗を垂らすと、レッドフィールドが不敵に笑いながらエマの肩をガッチリ掴んだ。
未来視でエマが逃げる光景が映ったようで、エマの本気を知りたいのもあって逃げ道を塞いだようだ。
「ちょ、レッドさん……?」
「我も貴様の強さを見てみたいのだ、悪く思うな」
期待という重圧に耐えきれなくなったのか、白旗を上げて向き直った。
エマは愛用の片手用ライフル銃と拳銃をマクガイに、クロエは愛刀をドーマに投げ渡すと、それぞれファイティングポーズを取った。
「お前ら、船に戻ってこい! そこ危険だぞ!」
船番をしていたラカムは、ツートップの本気の手合わせの巻き添えになると退避を促す。
慌てて全員が船に戻り、乗り込んだ瞬間、両者は地面を思いっきり蹴って突進。
互いに拳を作り、武装硬化させ、さらに覇王色を纏った。
ドォン!!!
『!!?』
双方の武装硬化した拳が、触れずに衝突した。
バリバリと黒い稲妻を迸らせながら、衝撃波をまき散らし、島を揺るがす。
そんな覇気の真っ向からのドツキ合いを制したのは、やはりクロエ。足で地面を強く踏み付け、強引に押し返した。
「ぐっ!!」
吹き飛ばされて岩場に叩きつけられるエマ。
幸いにも全身に覇気を流していたため、突っ込んだ際の衝撃こそ響いたがほぼ無傷だ。
が、咄嗟に未来視をして顔を青ざめ、すぐに退避すると、クロエが武装硬化した跳び蹴りで岩を砕いた。
「ったく、もう!!」
体勢を立て直し、武装硬化した両腕にさらに覇気を流し込む。
「食らえっ!!」
エマは短期決戦を仕掛け、高火力の銃砲のごとく強烈な一撃を振るった。
クロエは躱そうとしたが、先を読まれて自分が吹っ飛ばされる未来を予知し、両腕に覇気を流して防御に徹した。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「ぐっ……」
身体を振り子のように動かしながら、連打を叩き込むエマ。
肉眼で捉える事のできない速さではないが、外に纏う武装色ゆえに内部破壊を可能とする為、一撃一撃がかなり重い。捌き躱す事はできるが、反撃は未来視で読まれる可能性もあり、クロエは迂闊に出れないでいた。
「スゲェな、副船長!!」
「流石に一芸だけではクロエの右腕は務まらんか」
「あんなにアグレッシブなのは初めて見たぜ……」
オーロ・ジャクソン号から眺めていた船員達は、猛烈に食らいつく副船長に舌を巻いた。
一方のクロエは、的確に捌きながら機会を伺う。
(覇気は消耗する。質はともかく量は私が上のはず……)
覇気はその人の鍛錬次第で、量や質に差が生じる。
先天的なものもあるが、クロエは鍛錬を欠かさず行うため、そんじょそこらの覇気使いとは比べ物にならない量と質を有している。エマも相当な覇気使いだが、クロエの方が鍛錬に費やした時間は上だ。
クロエは再び、見聞色の未来視を発動したが……想定外の事態が起こった。
(未来がよく視れない!?)
クロエは言葉を失った。
視えるはずの未来が、ノイズが発生した映像のように歪み、捉えることができなくなったのだ。
見聞色による未来視の妨害をする――それは、覇王色の覚醒者の中でも猛者の中の猛者のみが扱えるあの技能しかない。
(〝見聞殺し〟に目覚めたのか!?)
覇王色の極意と言える、見聞色の覇気を無効化できる〝見聞殺し〟。
自分以外ではロジャーしか知らないが、親友のエマもその領域に踏み込み始めていたのだ。
ただ、完全にコントロールできてないのか、数秒後の未来の光景はどうにか見れた。
「流石私の親友だな」
クロエはそれならばと、覇王色を纏い精密にコントロール。
お手本を見せんとばかりに〝見聞殺し〟を発動した。
「やばっ……!!」
見聞色の覇気を無効化され、一気に窮地に立たされるエマ。
クロエは反撃を開始。八衝拳による防御不能の衝撃波を打ち込み始める。
見聞色を封殺されたエマは、武装硬化した両腕を盾に耐えるしかない。
「くっ! うっ!」
「得物ありだったら、私も危なかった、なっ!」
クロエは一瞬の隙を突き、掌底でエマを吹っ飛ばした。
エマはどうにか両腕で防ぐことに成功したが、勢いは殺せず弾き飛ばされてしまう。
「ぶはっ! 危なかった……」
受け身を取って体勢を立て直すが、気づけばクロエは姿を消していた。
一体、どこに……!? 付近に目を配るが、姿は確認できない。
その時、頭上からバリバリという音が響いた。
「バレットとの手合わせ以来だな、この技は……!!」
「え゛っ!?」
まさかと思って天を仰ぐ。
エマの視線の先には、高く跳び上がり右足を大きく振り上げるクロエの姿が。
右足は武装硬化しており、覇王色の覇気も纏ってるのか黒い稲妻が溢れ出ている。
「ちょ、ちょっとタンマ!! 私死ぬってそれ!!」
クロエは冷や汗をダラダラと流す親友に、容赦なく見舞った。
「〝
ドン!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
踵を振り下ろした瞬間、込められた覇気が衝撃波となって拡散し、眼下のエマを蹂躙したのだった……。
*
「す、すまない、少し熱くなった……」
「……ふんだっ!」
手合わせを終えたクロエは、エマの怒りを宥めるのに四苦八苦していた。
あの一撃、エマは全身に覇気を流してどうにか凌いだようだが、散々な目に遭ったのは事実であるため、思いっきり不貞腐れてしまった。クロエに殺す気など全くないのは当然だが、やっぱりやり過ぎたようだ。
これは長くなりそうだと、クロエは眉を下げて困り果てた。
「まあ、あんな攻撃を包帯と絆創膏ぐらいの治療で済ませるのは大したもんだろ。それはそれとして、いい加減イジけるのはやめろよ」
呆れ返るラカムに、エマはムスッとした表情を浮かべた。
ジト目で見てくるのが、何とも言い難い。
「わ、私はちゃんと手加減したぞ、頼むから機嫌直してくれないか……?」
「ウソでしょ、
クロエの聞き捨てならない言葉に、エマは驚愕した。
――あれ程の破壊をもたらしといて、本気じゃない!?
「言っただろう、バレットとの手合わせ以来だと。ニューゲートやガープ達に傷を負わせるには、それぐらいの大技が必要だったんだ」
発言からして、どうやら〝
クロエは剣術を得意とするが、何らかの事情で剣術が使えなくなった場合に備えての事だろう。破壊力がデタラメすぎるが。
「カイドウとの戦いで使わなかったのは?」
「本気でやったら味方も巻き込むからだ……言っとくが
クロエの言葉に、ラカムは顔を引き攣らせた。
彼女の必殺技の一つである〝神避〟は、一撃で海軍の軍艦を大破寸前にさせる威力を有し、拡散した覇王色の覇気は海兵達を軒並み海へと吹き飛ばす程。あの強靭極まる肉体を持つカイドウにも明確なダメージを与える一薙ぎを超える範囲の攻撃となれば、敵も味方も壊滅しかねないのは火を見るよりも明らかだ。
「本当にメチャクチャだ、この怪物船長……」
やれやれと肩を竦めるラカム。
そしてツートップの手合わせを目の当たりにしたガスパーデは、クロエとエマの圧倒的な力にドン引きしていたのだが、それに気づいた者はいなかった。
クロエの〝
この技はロジャー海賊団時代、バレットとの手合わせでに編み出した技でして。覇気と悪魔の実の能力によるダブルアーマーを打ち破ることを目的としてます。当然、覇王色纏ってます。
次回はバギーに会うために〝
そこへ、黄金が大好きな海賊が現れて……?