っていうか、本作ではそうします。(笑)
ステューシーの潜入任務は、邂逅したその日の内にバレた上、情報を共有されてしまった。
しかし目論見があるのか、それともただの気まぐれか……クロエは自分の一味への諜報活動にはとやかく言わないという信じ難い判断を下した。
何とも言えない気まずさを覚えながら、ステューシーはクロエ海賊団で仮初めの海賊稼業を始めるのだった。
「副船長さん、芋の皮むき終わったわ」
「ありがと! じゃあその肉炒めてくれない?」
いかにも海賊の下っ端らしい服を着たステューシーは、台所でエマと仲間達の為の食事を作っていた。
ちなみに献立は海王類の肉を使ったカレーだ。
「それとさ、スーちゃん。もう仲間なんだから、エマって呼んでいいよ? 私もクロエも堅苦しい関係は嫌いだしさ」
「……えっと……スーちゃんって、まさか私?」
「馴れ馴れしいかな?」
「いいえ……じゃあ私も名前で呼ぶわ」
ステューシーはニコリと笑った。
職業柄、縦社会ゆえに同僚と気さくに話せる環境じゃない彼女にとって、クロエ海賊団の環境は新鮮なのだろう。
(……本当に、面白い一味ね)
クロエ海賊団は、色々と特殊な海賊団だとステューシーは認識している。
大抵の海賊団はトップの力・威光に依存しがちである。しかしクロエ海賊団は、ツートップが元ロジャー海賊団である上、育て親が伝説の海賊というとんでもない経歴を持っている。しかも経歴だけで言えば副船長の方が
行動パターンもギャップが激しい。普段は堅気への手出しを禁ずる昔気質の仁侠かと思えば、敵と見なせば相手が誰だろうと殺しにかかる凶暴性を持ち合わせている。残虐性はないが売られた喧嘩は買うので、クロエの天災級の強さも相まって敵対者にとっては危険極まりない。
その上、クロエが何かと世界政府の胃痛案件を引き起こす。天竜人殺し、海賊王ロジャーの遺体強奪、オハラへのバスターコール強制中止、奴隷船襲撃……挙げればキリがない。あまりにやらかすため、海軍元帥の胃に穴を空ける程だ。彼女は特別狙ってやってるわけでないようだが、政府としては堪ったものじゃないだろう。
いつか五老星も胃薬がマブダチになるかもしれない。
「……そういえばあなた達、傘下の海賊団はいないの? 肩を並べる大海賊達はみんな一大勢力よ?」
「窮屈だから嫌だって」
即答するエマに、ステューシーは驚愕した。
多くの傘下を従えるのが大海賊だというのに、彼女はたった一団で他の一大勢力と互角に渡り合っているのだ。それこそ、在りし日のロジャー海賊団のように。
海賊界の最高峰にいながら、支配や統治から逸脱し、自由に暮らすことにこだわる。それが〝鬼の女中〟の海賊としての信念なのだ。
「道理で居心地のいい訳ね……」
「でしょ?」
「今日はカレーか」
「「!?」」
そこへ、クロエがいきなり姿を現した。
二人は思わず肩をビクつかせた。
「ビックリした……クロエ、気配殺さないでよ!?」
「悪い、一人海賊の頃からの癖でな。これでも矯正した方なんだが」
(心臓に悪いわ……)
気配を殺して現れた船長に、ステューシーは若干引いた。
クロエは自らの見聞色の覇気をコントロールし、完全に気配を消すことができる。この技能は覇王色の〝見聞殺し〟と違って
「それで、何か用?」
「ああ。目的地はシャボンディ諸島だが、少し寄り道をする」
「シャボンディ諸島……確か〝冥王〟レイリーの目撃情報が相次いでいるわね」
ステューシー曰く。
ロジャー海賊団の元
〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟――かつては「ロジャー海賊団の双鬼」と称された若き戦力は、世界の均衡を危ぶめる存在と見なされた。あの世のロジャーはどう思っているのだろうか。
「ちなみに〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟が再び手を組んだら、世界中のありとあらゆる勢力にとって最悪の脅威となり得ると政府は見てるわ」
「そんなに世界政府の軍事力は縮小してるのか?」
「あなた達が強くなりすぎなのよ……」
――もしかして、この人結構天然?
完全無欠に見えて案外抜けてるのではないかと、ステューシーはしみじみ思った。
「それにしたって、どこに寄り道する気?」
「ジャヤでステューシーの服を買おうと思ってる。私やエマはタッパがあるからな」
自分一人の為に寄り道すると決断したクロエに、ステューシーは目をぱちくりとさせた。
「私の船に乗せたからには、やめない限りはどんな人間でも私の仲間だ。融通は利かせないとな」
いつもの無愛想な顔で告げるクロエに、ステューシーは「船長さん……」と顔を赤らめた。
「ほら、とっとと作れ。食ったらすぐだ」
それだけ伝えて去ったクロエに、ステューシーはクスッと微笑んだ。
なお、二人が作ったカレーは大変美味だったのは言うまでもない。
*
ジャヤの街に久々に訪れたクロエ海賊団。
エマ達はショッピングを含めた買い出しへと向かい、クロエは一人で船番をしていた。
理由は一つ。興味ないからである。
「フーッ……」
坐禅を組み、呼吸を整えて集中力を高める。
彼女が行っているのは、幼少期から行っている見聞色の覇気の鍛錬の一つだ。見聞色は鍛えれば未来が視えるようになるだけでなく、効果範囲が数十キロメートル以上にも及び、その範囲にいる者の数や位置すら正確に把握できるようになり、個人の特定すら可能となる。しかし見聞色も覇気である以上消耗するので、時間が経てば経つ程に精度は落ちていく。
そこでクロエは、坐禅を組んで見聞色を限界まで発動し続ける訓練を思いつき、疲弊するまで続けるというスパルタ式を実行。これを積み重ねることで、数十秒先の未来視や自分の気配のカモフラージュを可能としたが、彼女はそこで胡坐を掻かず、地道に鍛えて効果範囲を拡大させている。
そして今回は、初めてジャヤ全域まで見聞色を広げる段階へ踏み入った。クロエ自身も未知の領域である。
(こうしている間にも、バレットやカイドウは己を鍛え続けている。再戦を誓った以上、あの二人の期待を裏切るわけにはいかない)
弟分や好敵手の顔を思い出しながら、ゆっくりと目を閉じ全神経を研ぎ澄ます。
すると、少しずつ感知できる気配が増えていくのがわかった。見聞色の探知範囲が広がっている証だ。
さらに集中力を高めると、今度はいきなり気配が爆発的に増えた。ジャヤの森や近海に棲む生物達や、空を飛ぶ鳥の気配も感知したのだ。
(よし……これでこの島全域まで至ったな)
クロエは続いて、人の気配が集中するモックタウンに意識を向ける。
海軍も放置する無法地帯として知られる「嘲りの町」に、エマ達は買い出しに行っているところだろう。
少しずつ精度を高めると、馴染み深い気配と強い覇気を感じ取った。やはりと言うべきか、最初に見つけられたのはエマだった。
(エマの覇気が強いから、もう一人のがわからないな……)
クロエは困り果てた。
強大な覇気の持ち主は、周囲の見聞色の覇気使いに探知されやすくなってしまうことがある。エマはクロエの次に一味で覇気が強い為、その隣にいる者が探知しづらくなってしまったのだ。
二人一組で行動する事が多い為、仲間であるのは間違いないが……。
(……だが一番賑わってるからか、集中してるな。それに前半の海に覇気使いはそうはいないから、見つけやすい。これからは仲間全員分の覇気を認識・把握できるようにしないとな……)
新たな目標を見つけ、不敵に笑う。
直後、いきなり強い覇気が近づいてくるのを感じ取り、クロエはハッとなった。
その覇気と気配を、クロエは知っていた。ロジャーの部下となる以前……一人海賊だった頃、シャボンディ諸島で対峙した猛者のそれだ。
「……」
鍛錬を切り上げ、オーロ・ジャクソン号から降りる。
そしてクロエは、視界に入った紫色のスーツと髪が特徴的な筋骨隆々の身体の巨漢に目を配った。
大海賊時代開幕以前から海軍本部大将を務める猛将〝黒腕のゼファー〟だ。
「――久しぶりだな、ゼファー」
「随分と暴れてくれるな、クロエよ」
懐かしい相手に自然と笑みが零れるが、状況としては非常事態である。
海軍本部の最高戦力と世界最高峰の女海賊が、〝
「私を捕らえに来たのか?」
知己の海兵に、目を細めて質す。
海軍である以上、海賊を追って捕らえるのが仕事であり使命だ。それも〝鬼の女中〟が目の前にいるとなれば、命懸けで捕えに来るだろう。
出方を伺いつつも、いつでも抜刀できるように注意を払うが、ゼファーの回答は意外な言葉だった。
「一緒に酒を飲みに来たと言ったら、お前はどうする?」
その言葉に、クロエはきょとんとした表情を浮かべた。
海軍古参の英傑の真意を読み取ろうと、見聞色の覇気まで使って伺うが、感情の動きからして本意と悟り、呆れた笑みで「馬鹿が」と呟いた。
思えば、ロジャーも敵なのに仲間のようにガープを信用していた節があり、ガープもロジャーを嫌っている様子ではなかった。自分もまた、その立ち振る舞いから一種の信頼を寄せているのだろう。
「私と
「違いない」
クロエはゼファーをオーロ・ジャクソン号に招き入れた。
甲板に置いてあった樽をイスの代わりにして座り、欄干をテーブルの代わりにしてグラスを置き、その中にシェリー酒を注ぐ。
「シェリー酒でいいか?」
「ああ、一番カッコいい酒がこれだ」
ゼファーはグイッと酒を呷る。
クロエもまた、グラスのシェリー酒を少し口に含んだ。
「何だ、お前下戸か?」
「酒はゆっくり味わう主義だ。一味の中じゃあ一番強いぞ」
ムスッとした表情で睨むクロエに、ゼファーは喉を鳴らして笑った。
多くの大海賊や海軍の英傑と激戦を繰り広げた怪物でありながら、時折見せる表情は彼女も人間なのだとつくづく思う。
「……で、本当のところはどうなんだ?」
「何のことだ?」
「とぼけるな。お前の部隊が近くにいるのはわかってる」
隠し事は通じないと言わんばかりに、海面が少し震える程度の覇王色の覇気を放つ。
その気になれば近くにいる部隊どころか島全域を威圧できるが、あえて抑えてるのはひとえにゼファーが敵意を向けてないためだ。
「……そこまで察した以上は仕方ないな。正解はお前から喧嘩を売らなければ戦えない、だ」
「……? どういう事だ?」
首をかしげるクロエに、ゼファーは答えた。
多くの大事件を起こす彼女の影響力と規格外の強さは、海軍の方針を大きく揺るがし、世界政府の中枢も動いたという。
五老星は凄まじい力と勢力を持つ〝白ひげ〟〝百獣のカイドウ〟〝ビッグ・マム〟らロックスの残党三名、そして彼らとたった一団で渡り合う〝鬼の女中〟とは許可なしに戦うことを禁じた。その理由は至極単純で、政府側が崩壊もしくは壊滅的被害を受ける可能性が高いからだ。
特にクロエに関しては、他の三人よりも世界政府に攻撃的な態度なため、遭遇時は細心の注意を払うように厳命されているという。
「私は世界を壊そうとは思ってないぞ」
「自分の過去の所業を顧みろ!! おれの目から見ても滅茶苦茶だぞ!!」
ゼファーは青筋を浮かべながら怒鳴るが、クロエは意にも介さず酒を呷る。
彼女が引き起こした数々の事件は世界政府の失態と世経に報じられており、軍や政府の上層部の頭を悩ませ胃を痛めつけているため、世界政府の〝要注意危険人物〟に指定されている。ビッグ・マムやカイドウ、シキを出し抜いてである。
彼女としては自分の自由を侵害する敵を排除し続けているだけなのだが、やり方が無慈悲な上に力量差を問わず売られた喧嘩は買う質であるせいで、自然と世界政府に不都合な事件が増えてるのだ。
「お前のせいで上役は軒並み頭を抱えてるんだぞ!! 少しは自重しろ!!!」
「……ハァー……ウザ……」
グラスのシェリー酒を飲み干しながらボヤく彼女に、ゼファーはキレそうになった。
――この女、わざと聞こえるように呟いてやがる!
(殴りてェ……)
「
見聞色で感情を察知したのか、鯉口を切って血のように赤い刃を見せる。
挑発ではなく、あくまでも受け身でいるつもりのクロエに、ゼファーは舌打ちをした。
今ここで戦えば、部下だけでなく
「大切な存在がいれば人はいくらでも強くなれるが、多すぎるのも困るものだな」
目を細めながら刀を仕舞う。
仲間と身内さえ守れればあとはどうなろうが関係ないクロエと違い、ゼファーは海兵である以上多くの者を護らねばならない。部下や教え子だけでなく、護衛対象や民間人、家庭も含まれるからだ。その中には忌々しい天竜人も。
フリーダムすぎるガープと違い、センゴクと同じ真面目な気質である彼は、立場と肩書きも相まって何かと束縛されがちだ。全てを護ろうとするからこそ、いざという時に迷うのだ。
「……おれは決して迷わん。海賊風情が説教を抜かすな」
「フフ……ごもっともだ」
険しい表情のゼファーに微笑みかけるクロエ。
すると、複数の気配が近づいてくるのを感じ取り、それが仲間のものと知って早く帰るよう伝えた。
「私の仲間達が戻ってきたな……もっと話したかったが仕方ないな、早く行け」
「フン、言われなくてもそうする」
ゼファーは六式の〝
しばらくすると、軍艦が沖合に現れ、そのまま何事もなく水平線へと向かっていった。
「……いつか、昔の決着をつけよう。それまで死ぬな」
ルーキー時代の勝負を思い出し、クロエはその場に残ったシェリー酒の瓶に口をつけ、一気に飲み干したのだった。
クロエがやらかす度に胃に穴が空く世界政府と海軍。
海軍の上層部で無事なのはガープだけです。コングとセンゴクはアウト、おつるさんはイエローゾーン、ゼファーはそろそろレッドゾーンです。
ちなみに五老星は時間の問題、イム様はまだ耐えられる様子です。