ヤマト失踪。
その報せに、クロエはひとまず船番していたレッド達も呼び、ドーマ達に事情を聴いた。
「……で、何でヤマトは消えたんだ? そもそもどこをほっつき歩いていた」
「ああ……おれ達はヤマトがシャボンディパークに行きたいからって駄々捏ねたから、それに付き合ったのがきっかけだ……」
事の始まりは、ヤマトが先にシャボンディパークへと向かいたいと言い始めた時だと言う。
百獣海賊団の中、しかも幼少期は鬼ヶ島とワノ国しか知らない彼女にとって、観光産業も盛んなシャボンディ諸島は一度は行ってみたかった場所であった。クロエがラフテルの
くじ引きでグループを決めた結果、ヤマトは見事買い出しグループを引き当て、意気揚々と諸島へ乗り込んだ。ドーマ達は「揉め事を起こしたら船長が黙っちゃいない」と釘を刺したが、「母さんが一番揉め事起こしそうじゃないか」と反論し、最終的にはドーマ達が折れたのだ。
『……』
「本当にじゃじゃ馬のままなのだな」
「やかましい」
クロエ海賊団一番の問題児が船長だとヤマトも言っている始末。
レイリーはジト目でかつての仲間を見た。
「……いくらくじ引きで偏ったとはいえ、お前らは億越えの賞金首で私の部下だ。そんじょそこらに後れを取るような海賊に成り下がった覚えはないぞ」
「ああ、だが道中で厄介な連中と出会ってな……」
「厄介?」
「CP‐0だ」
その言葉に、空気が張り詰めた。
世界政府の人間が、ヤマト達に接触したということは、よからぬことを企てているということに他ならない。
「奴らはおれ達を見つけるや否や、いきなり攻撃したんだ」
「しかも仮面をつけてた連中だった、バンビーノも殺しに来やがったよ……」
「ウッキィ……」
クロエは眉間にしわを寄せた。
CP‐0においては、マスクを着けたメンバーは六式だけでなく覇気も高精度に鍛えており、その実力は別格。クロエやエマ、レッドフィールドならば複数に囲まれても問題ないが、ドーマ達には確かに荷が重いだろう。
「クロエの首を取るのは不可能だから、ヤマトちゃん達を狙ったんだね」
「だとするとおかしいな。海軍はおれ達や白ひげ海賊団のような大海賊とは許可無しに応戦してはいけないという方針になっている。いくら憎悪の対象と言えど、CP‐0が本気でおれ達全員と戦争する気かどうか……」
エマの推測に、ラカムは待ったをかける。
多くの大事件を引き起こしたクロエ海賊団は、あまりにも個々の実力が高いため、世界政府はおいそれと手出しできない。もしクロエ海賊団を討伐するには、それこそ国家戦争クラスの戦力を向かわせねばならない上、海軍の上層部は
それはサイファーポールも例外ではない。現にステューシーはスパイであることが即バレしており、工作活動による内部崩壊も見聞色で察知されてしまうため、ほぼ不可能に近い。
クロエを狙う理由はいくらでもあるだろうが、倒すには多くの危険を冒さねばならないので、余程の実力者か命知らずでない限り彼女の首は狙わないだろう。
「フム……世界政府も必ずしも一枚岩じゃないからな。天竜人からの圧力も、数でくればCP‐0も動かざるを得ないだろう」
「CP‐0って服装は白なのに組織の内部は真っ黒なんだね」
「ええ、本当にこの一味が居心地よくて困るわ……」
エマのボヤきに、シャクヤクが淹れた紅茶を飲むステューシーは項垂れた。
彼女も過去に無理難題を突き付けられたのだろう。
「……で、その後は?」
「撃退は厳しかったから、18番
「その時にヤマトは失踪したんだな……しかも集合場所、よりにもよって
クロエは遠い目をした。
何を隠そう、18番
別に黒歴史ではないが、可愛い弟分に手を上げようとした天竜人のことを思い出し、不快感をあらわにする。
「……しくじって人攫いにやられたか?」
「むしろ見つけて追いかけた結果、
『あー……』
クロエの言葉に、全員が納得した様子で顔を引き攣らせた。
伊達に実の娘のように可愛がっているだけはある。
「ハァー……あの馬鹿娘にはあとで拳骨だな。まだ未熟な内に噛みつき回るからいけないんだ」
「噛みつくこと自体はいいのかよ」
「私ぐらい強くなれば、何をしても自己責任でどうにかなる」
頭を掻きながら徐に立ち上がるクロエ。
その眼差しは怒り半分呆れ半分と言ったところで、剣呑さがにじみ出ていた。
「仕方ない、尻を拭ってやるとしよう」
「……クロエ、お前まさか……!」
「本来ならそれくらい自力でどうにかしろと言いたいが……豚共に汚いマーキングをつけられるのは御免だ」
躊躇いなく告げる言葉に、全員が息を呑んだ。
クロエはマリージョアに殴り込む気なのだ。
これにはさすがのステューシーも看過できず、声を荒げた。
「ちょ、ちょっと本気なの!? マリージョアに攻め込むつもり!?」
「攻め込まれる理由を作った奴らがいけない。徹夜仕事になるから、朝飯と朝風呂の用意をしておけ」
すでに腹を決めているクロエに、ステューシーは眩暈を覚えた。
――総監、ごめんなさい。私じゃあ彼女を到底止められないわ……。
思わずそう言いたくなるが、言ったところで止まらないのも事実なので、諦めるしかない。まさかクロエ海賊団の動向を伺う任務で、マリージョアに殴り込むなんて夢にも思わない。
「本当にたった一人で行くの?」
「別に五老星の首を取りに行く訳じゃない。正面突破で見つけ出し、連れて帰ればいいだけだからな」
「仮にも世界政府の中枢だよ? 二手に分かれてやれば、敵を錯乱させやすいでしょ」
エマの言葉に、クロエは考えた。
自分の理想としては「正面突破でヤマトを見つけ出して即撤退」だが、エマの言う通り聖地マリージョアに配属されてる戦力がどれ程の規模か想像つかない。何より海軍本部が近く、数分のロスで物凄い数の増援が迫るだろう。何よりクロエのような大海賊となれば、海軍大将が出張ってくる。かつての金獅子のように単騎での襲撃ならともかく、ヤマトを護りながらの撤退戦は骨が折れる。
ここは親友の提案を受け入れる方が合理的だ。救出するグループと囮のグループで分け、迅速に片を付ける――それが最善だ。
「わかった。じゃあ早速作戦会議だ」
「ハァ……ついに世界政府と戦争か。正気じゃないな、この手勢で勝てるのかよ?」
「クク……! 正気なぞ保っていては、世界を相手に喧嘩は売れん」
「体がなまってたところだ、暇つぶしにゃあちょうどいいだろ」
すでに
自分は果たしてクビで済むのだろうか――ステューシーは己の未来の不透明さに、思わず嘆きたくなった。
*
その日の夜。
雲がかかる程に高い、世界を分かつ赤い壁――〝
「……? 何だ、あの船」
双眼鏡で確かめてみると、その船と旗を見て背筋が凍った。
人魚の船首像を持つ赤い海賊船だ。掲げる旗は、ソードクロスの赤い海賊旗。
この大海賊時代における、恐怖の象徴だ。
「お、おい……ウソだろ……何でこんなところに……!?」
「は、早く本部に緊急連絡を!! クロエ海賊団が現れた!!」
突然の襲来に大混乱に陥った、その時だった。
バリバリバリバリバリィ!!
オーロ・ジャクソン号から迸る、赤黒い稲妻。
それと共に見えない衝撃が港全体を襲い、次々に泡を吹いて倒れていった。
「これで粗方片付いたな」
「…………おい、全滅したぞ」
「クロエの覇王色は桁外れだからね~」
不敵に笑うクロエに、エマ以外はドン引きした。
自分達の船長が圧倒的強者であるとは自覚してたが、まさか遠方からの威圧で海兵達を全滅させるとは。
これでもロジャーの方が上だと思うと、海賊王が生きた海のレベルの高さに驚く他ない。
「よし……作戦はさっき言ったように、私とマリージョアへ殴り込むグループと、この港で囮となるグループで別れる。私の方にはレッドフィールドとガスパーデで十分だ」
「じゃあ、私はその他担当ね。ちなみにスーちゃんは?」
「どうせこの件でクビにされるだろ。今までの鬱憤を晴らせばいい」
クロエはマリージョアと地上を結んでいる乗り物――シャボン玉で飛ぶリフトであるボンドラの発着場へ向かう。
「あとは任せたぞ」
「行ってらっしゃい」
クロエ達はボンドラに乗り込み、上昇していく。
雲を突き抜けて完全に姿が消えるのを確認すると、エマは腰に差した片手用ライフル銃を抜き、弾を込めた。
「さて……狼煙が上がったら戦闘開始だよ。全員備えて!! 引き際は私が見極める!!」
――クロエ海賊団を怒らせるとどうなるか、骨の髄まで教えてあげる。
バリバリと覇王色の覇気を迸らせながら、エマはすぐに来るであろう海軍との〝戦争〟に意気込んだのだった。
時同じくして、聖地マリージョア。
ヤマトはこの地にある天竜人居住区「神々の地」にあるジャルマック聖の家の監禁部屋に幽閉されていたが、普通に脱獄して息を潜めながら奴隷達の手錠のカギを探していた。
「警備が厳重だ、世界の中心は伊達じゃないなあ……!!」
この広い世界の中心にいると思い、胸が高鳴るヤマトだが、同時に人権も自由も奪う奴隷をさも当たり前のように持つ権力者達に怒りも覚えていた。
そう、ヤマトは人攫いに誘拐されたのではなく、
しかし、彼女がクロエの寵愛を受けていることを把握できておらず、本人もあえて大人しく同行したため、彼らは実力を測り損ねていた。ジャルマック聖が奴隷の証である天竜人の紋章――〝天駆ける竜の蹄〟を背中に焼き付けるべく手を伸ばすと共に覇王色を放ち、その場の人間を全員気絶させて近くのテーブルに置いてあったカギを強奪したのだ。おかげで彼女は心身共に無傷で脱出し、警備の目をかいくぐりながら奴隷達を解放しているのだ。
「そう言えば、母さんに何も言わなかったな……」
「何だおめェ、母親がいるのか」
ヤマトの行動に感化されて同行した元奴隷達は、彼女の母親について問いかけた。
「血は繋がってないけど、すごく強いんだ! それこそ海賊王ロジャーのように!!」
「ほう、そりゃあ大層なことだ。名前は?」
「クロエ。クロエ・D・リード」
ヤマトは義母のフルネームを口にした。
その瞬間、元奴隷達は一斉に驚きの声を上げた。
『ええええ~~~~~!?』
「ちょ、声!!」
「クロエって、あの〝鬼の女中〟か!? ゴールド・ロジャーの部下の!?」
「超大物じゃないの!!」
信じられないと言わんばかりにヤマトを見る一同。
ゴールド・ロジャーの部下は、古参から見習いまで等しく伝説の海賊。その中でも武力で言えば最強とも謳われた女の義理の娘となれば、驚くのも無理はない。
「え……ちょっと待て、義母ってことは、実の親はどうなんだ?」
「それが……僕を産んでくれた母はよく覚えてない。父のカイドウからもあまり聞かされなかったし……」
『何だってェ~~~!?』
「だから声!!」
更なる爆弾が投下された。
実の父も超大物、それも誰もが恐れる大海賊〝百獣のカイドウ〟ときた。
これはとんでもない事態になるんじゃないかと、誰もが思った。
――おい、ここにいた奴隷達がいないぞ!?
――脱走しやがったんだ!! 一体どうやって!?
――早く探せ!! 殺されるぞ!!
ふと、廊下の奥の方から衛兵の慌てた声が響いた。
どうやら脱走がバレたようだ。
「どうしよう……ここは正面突破か……」
愛用の金棒に覇気を纏わせ、様子を伺う。
その時!
ドカァン!!
『!?』
突然、外から轟音がした。その衝撃は凄まじく、見るからに頑丈そうな城の廊下が少し揺れた。
それと共に、強大な気配をヤマトは感じ取った。
「――この気配、まさか……!! 母さん!?」
ヤマトはここでようやく思い知った。
自分の正義感で、とんでもない大ごとになってしまったのだと。