女海賊クロエ・D・リードは、改めてリヴァース・マウンテンから〝
「全く、どいつもこいつも鍛錬が足りなくて困る」
そうボヤきながら、酒場のカウンターに腰掛けていたクロエはラム酒を呷る。
前世では色々あってあまり飲む機会が無かったアルコールは、今世ではクロエの数少ない嗜好品となっていた。
そもそも海賊がのさばるこの世界において、酒というモノは長い航海への不安や戦闘、捕虜になる恐れなどから乗組員のストレスを和らげるための強壮剤の役割を果たしている。その中でも糖蜜もしくはサトウキビの搾り汁を原料とするラム酒は、安価な上に度数の高さゆえに腐敗菌が繁殖しないこともあり、海賊達に最も親しまれている酒だ。
前世ではチューハイやビールを口にしていたが、今世は度数の高い酒に首ったけである。おかげで十代前半なのに酒豪になってしまった。もっとも、彼女はガブガブ飲むのではなく時間をかけて味わうタイプであるのだが。
「……さて、次の島にでも行くか」
代金を払い、欠伸をしながら外へ出る。
すると、そこへ一人の海賊がクロエに声をかけてきた。
「ジハハハハ!! 待ちな、ベイビーちゃん」
「……?」
クロエは愛刀の柄を握りながら振り返る。
視線の先には、獅子の鬣を想起させる金の長髪が特徴的な和装の大男が、葉巻を咥えて不敵に笑っているではないか。
今まで出会った海賊とは比べ物にならない圧倒的な風格に、クロエは目を見開いた。
「……只者ではないな。ランデブーは断るぞ」
「ジハハハハハ、随分と気の
笑みを絶やさないが、一切の隙を見せない大男。
クロエは見聞色で相手の力量を推し量っていたが、油断できない相手だと会話してすぐに察知した。
――この男は一筋縄じゃ行かない。
「おお、そういやあ自己紹介が遅れたな。おれは〝金獅子のシキ〟……海賊だ」
「……クロエ・D・リードだ」
「クロエ……ああ、巷で有名なルーキーか。気が強い上に愛想もねェんだなァ、ベイビーちゃん」
「余計なお世話だ」
名前を伝えたのにまだ小娘扱いされてることが癪に障ったのか、クロエは覇王色で大男――シキを威嚇した。
シキは目を見開いたが、それは刹那の瞬間。葉巻の紫煙を燻らせながら嬉しそうに目を細め、笑みをさらに深めた。
「なァ、ベイビーちゃん、一つ訊かせてくれ。お前は何の為に海賊になった?」
「私が私で在り続けるためだ」
シキの問いかけにクロエは即答した。
「自分の思うがままに、自分のやりたいようにやる、自分のためだけの人生を行く――それが私の信念だ。その為に武力と知識を得て、海へ出た。一切の妥協もしない。阻むなら蹴散らすまでだ。……たとえ私の自由を阻む者が、貴様だろうとな」
「ジハハ……ジハハハハ!!! 近頃しゃしゃり出てくる海賊共はどいつもこいつも骨がねェと思ってたが、ベイビーちゃんは違うみてェだ!!! ジハハハハハ!!!」
クロエの言葉に、シキは満足気な様子で豪快に笑った。
本物の海賊は、自分の信念を大事にする。
ゆえに〝死〟は脅しになりはしない。自分の命よりも大事な信念を掲げているからだ。命は大事ではあるが、自分の信念よりも大切にする海賊は半端者と見なされる。
シキの信念は「支配」であり、その為なら命を削ることも惜しまないし、戦争レベルの対立も辞さない。クロエもまた、「自由」であることを信念とし、それを阻む者は誰であろうと蹴散らす覚悟だ。
若輩ながら、久しぶりに見た「本物の海賊」の気配を纏う彼女に、シキは興味を持った。
「ベイビーちゃん、気に入ったぜ!!」
「断る」
「いや、まだ何も言ってねェだろォ!?」
「どうせ「おれの部下になれ」とでも言うつもりだろう。見聞色で未来を視なくともわかる」
クロエがジト目で指摘すると、シキはニヤリと笑った。
覇王色を覚醒させるだけでなく、本物の海賊としての心意気を得ている、新世代の女海賊。
シキは彼女を
「
「随分と余裕じゃねェか、ベイビーちゃん」
クロエは鯉口を切り、シキは葉巻の灰を落とす。
刹那、両者から涌き出る凄まじい覇気に、ピシッと地面が微かに動いた。
大海賊〝金獅子〟と、新進気鋭の女海賊クロエ。両者は激突しようとしたが――
「……と言いてェが、ベイビーちゃんは後回しだ」
「何?」
「おれの最優先事項はロジャーだ。あいつはおれが求めている代物について知っている。ロジャーを右腕にしてから、ベイビーちゃんの相手をしてやるよ」
シキの口にした名に、クロエは目を細めた。
海の覇権を競う海賊達の中でも、取り分け注目度が高いのがゴール・D・ロジャーという海賊。破天荒極まりない人物のようで、鬼のような悪名を轟かせているという。だが目の前に立つ金獅子のシキは、ロジャーとは何度か相対しているようで、悪態を吐くどころか気に入っている様子だ。おそらくロジャーは、世間の評判と実際に対峙するとでは印象がひっくり返るタイプの人間なのだろう。百聞は一見に如かずというもヤツだ。
それでも……未だに格下扱いされるのは不服ではある。
「ジハハハ……んな野犬みてェな目で睨むな、ベイビーちゃん。せっかくのいい面構えが台無しだぜ?」
「貶めてるのか褒めてるのかハッキリしろ」
こめかみに青筋を浮かべながら覇王色で再び威嚇するクロエ。
シキは意にも介さず「ベイビーちゃんなのは事実だろうが」と言い放ち、葉巻の灰を落としながら豪快に笑う。
「まあいい。久々に活きの良い奴に会えたんだ、その男勝りに免じて手は出さないでおこう」
「まるでいつでも好きにできるような言い草だな」
「ああ……
狡猾な笑みを溢したシキに、クロエは息を呑んだ。
――この男は、もっとも気を抜いてはいけないタイプの人間だ。
そう思っていると、シキの身体が突然宙に浮いた。
(……! 能力者だったのか)
「ジハハハハハ!! また会おうぜベイビーちゃん!! その時はおれの部下……いや、おれの女になってもいいんだぜ?」
「っ――誰がお前に股開くかっ!!」
クロエは抜刀して斬撃を飛ばすが、シキは得物である諸刃の剣で容易く弾いた。
思わず舌打ちする彼女に、空を統べる獅子は高笑いしながら飛び去って行った。
*
金獅子のシキとの不本意極まりないランデブーを終え。
クロエは再び小船で海を駆けた。
「嫌な男だった……」
クロエは盛大に溜め息を吐いた。
不敵に笑う獅子は、自分に対して支配欲を見せていた。
欲しいモノは力づくで奪うのが海賊。クロエに向けていた視線は、正直かなり嫌らしかった。それこそ酒を飲んで忘れたいくらいだ。
「ああいうのはストーカーになりやすいだろうな……」
クロエはそう呟くと、甲板で横になって日の光を浴びながら目を閉じる。
前世と比べると、文明の利器に明確な差異はあるが、この世界は非常に気に入っている。自分の生きたい生き方ができ、実力さえあれば不自由ない生活を送れるのだ、クロエ自身としては天国のように思えた。
それに禁欲生活を強いられた前世と違い、今世は束縛されることがない。好きな時に好きなことがやれるのは感動モノだ。
(前世より非道だし、常識外れだが、伸び伸びとできるだけで十分すぎる)
神様に感謝しないとな、と呑気に思った時。
西の方角から、大勢の気配を感じ取った。
体を起こして見てみると、一隻のガレオン船が迫っていた。
「ふはははは!! これはこれは、小さな可愛らしい船だな!!」
近くまで接近すると、身の丈が四メートル近くある男がクロエを見下ろしていた。
その傍らには、大勢の男達が下劣に笑っている。
「……何の用だ」
忌々しそうに見据えながら、クロエは質す。
すると船長であろう大男が声高に告げた。
「おれ達は今、食料が足りなくてなァ。てめェがすんなり寄越してくれるんなら戦わねェ」
「ちょっと何言ってるかわからない」
『何でわかんねェんだよ!!』
すっとぼけるクロエに、海賊達は一斉にツッコむ。
ジト目の視線が集中する中、クロエは口を開いた。
「私は海賊だ。海賊なら奪い合うのが定石。殺してでも奪いに来い、雑魚が」
クロエがそう言い放った途端、敵の船長の表情が一瞬無くなった。
そして怒りを滲ませた表情で、船員達に指示をした。
「クソガキが……!! 野郎共、お望み通り殺して奪え!!」
『うおおおおおおお!!!』
地響きのように、敵の叫び声が響く。
それに対し、クロエは至って冷静な様子だ。
(ハァ……ウザッ)
クロエは跳躍して船に乗り込み、刀を抜く。
海賊達は雄叫びを上げて斬りかかるが――
「甘いっ!!」
クロエが敵船の甲板を強く踏みつけた。
その瞬間、衝撃が船体を貫通して海面まで伝わって大きく波立て、船体が真っ二つに裂けた。
防御不能の八衝拳の衝撃を、踏みつけの動作で伝導させ、周囲にダメージを与える強烈な全体攻撃。船で最も重要な部分であり、人間で言う脊椎骨にあたる「竜骨」すらも破壊する一撃に、吹き飛ばされ海へ投げ出される海賊達が続出した。
「うわああああ!!」
「ぎゃあああああ!!」
衝撃波を食らった者達の悲鳴が木霊する。
かろうじて耐えた船長は、クロエを殺そうと激昂するが、姿が見当たらない。
「あの女、どこに行きやがっ――」
「この船の金になるモノ、少し頂くぞ」
「なっ!!」
「……弱ければ負け、負ければ命までだ」
声がした方向へ振り向くと、そこには麻袋を携えたクロエの姿が。
麻袋の口からは輝く金色が見え、自分達が奪い取った金品であるのは言うまでもない。
たった一人の女に、傷一つ付けることもできずに金品を奪われ、船を破壊された。その事実に、船長は恨み節を吐きながらへし折れた船と共に海へ沈む。
沈みゆく哀れな一味を一瞥すると、クロエは小船で水平線の先を目指すのだった。
*
一週間後、ウォーターセブンにて。
世界一の造船業で知られる水の都についたクロエは、とある船大工を見つけ出すことに成功。自分の船について相談していた。
「こんなチビでよく
クロエの小船を見て爆笑するのは、船大工であるコンゴウフグの魚人・トム。
女の一人海賊が小船で海を渡っているのが、相当ウケたようだ。
「島の住民から大きな船じゃないといけないと言われたんだが…」
「そりゃあ新世界行くんならもっと頑丈な船じゃないといかんわい! ――しかしお前さん、仲間は集めんのか?」
「私に匹敵する実力者なら乗せるのも考える」
「じゃあ、当分無理じゃな!!」
たっはっは、と豪快に笑うトム。
確かに覇王色を覚醒させた者に匹敵する力を持つ者など、然う然うお目に掛かれない。
「それで、どうすればいい」
「この小船そのものの強度を上げる為ってんなら、一度解体してもっと高い強度の木材で作り直すのが一番だ」
――小船なら三日もありゃあ十分だ!!
そう笑い飛ばすトムに、クロエは前払いとして海賊達から奪った金品を贈与した。
換金するのが面倒だったのか、現物のままだ。
「
「忙しい中、感謝する」
「たっはっは…!! 気にするな!!」
涙目で爆笑するトムに、クロエは思わず「笑い上戸か」と呟いたのだった。
次回、クロエがシャボンディ諸島でとんでもない事件を起こします。
内容は秘密ですが、ヒントは天竜人です。