〝鬼の女中〟と呼ばれる女   作:悪魔さん

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お待ちかねのジニー回です。


第56話〝クロエ流鍛錬術〟

 齢三十三にして伝説の海賊に数えられるクロエ。

 一切の鍛錬を怠らず好きなように世界を放浪する彼女の趣味は、コーヒーである。

 船内に保管している〝西の海(ウエストブルー)〟の豆と、出先で買った豆を合わせて挽いたオリジナルブレンド。これを長年の経験から導き出した割合で淹れ、海賊らしからぬ穏やかな一時を堪能するのだ。

 今まではクロエが一人で嗜んでたが、一味を率いてからはステューシーとエマが関わるようになり、甲板で大人の女子会をやるようになった。

「クロエ……あなたのコーヒーって、何か秘密でもあったりするの?」

「気になるところね……政府で飲んでたコーヒーとは比べ物にならないもの」

「別にないぞ? 趣味として続ければ自然とわかるようになるものだ」

 穏やかな海域に、雲一つない晴れ空。

 クロエ・エマ・ステューシーによる大人の女子会は、世界政府がとりわけ危険視する組織とは思えない程にまったりとしていた。

「それにしてもエマ、お前のアップルパイは美味いな」

「意外と上品ね。誰から教わったの?」

「それは秘密」

 エマは差し指を立てて唇に押し当てた。

 すると、どこからともなく一羽のカモメが舞い降りた。

「あら、ニュース・クー」

「マスコミクソバードんところのか」

「クロエ、その言い方やめてウケるから」

 代金を払い、新聞を受け取る。

 すると、そこには懐かしい顔が一面に載っていた。

「トムじゃないか」

「海列車完成、免罪は確定……」

「そういえば、あの裁判まだ続いてたわね」

 豪快に笑ってサムズアップする魚人の船大工に、クロエは笑みを浮かべた。

 航海に同行してなくても、彼もクロエにとっては仲間と言える。

「ところで、海列車って?」

外輪船(パドルシップ)の技術の応用よ。非常に安全な航海を可能としてるから、政府も注目していたわ」

 ステューシーは解説を始める。

 トムは海賊王ロジャーが所有し、現在はクロエの海賊船となったオーロ・ジャクソン号製造の罪を問われたのは有名だ。船大工が誰に船を売ろうとも罪ではないが、大海賊時代を切り開いたロジャーに肩入れした者は全て危険人物とみなされる。ロジャーに関わった者は、そのほとんどが粛清されたため、トムも例外ではない。

 しかしステューシーが政府側であった頃、中枢のお偉いさん達はトムの裁判はなるべく穏便に済ませたがっていた。オーロ・ジャクソン号はクロエが所有しており、彼女の怒りを買って武力衝突するのは本意ではないからだ。いかに七武海という強力な手札を持てるようになったとはいえ、〝鬼の女中〟はそれすらも容赦なく撃滅しかねないので、落ち着きを取り戻した世界の均衡を再びガタガタにさせられるのは御免という訳なのだ。

 そこでトムが海列車の開発をロジャー存命時から始めていると知り、これを利用する事にした。トムの裁判は世経が大々的に報じており、世界が注目している。クロエの逆鱗に触れず、それでいて世論が納得する内容の判決を下せば、誰も文句を言わないはずだ。

「それが執行猶予……海列車を完成させれば罪は赦されるという事よ。あなたを刺激させない為の、世界政府の折衷案でしょうね」

「ハァ……いくら何でもビビり過ぎだろう」

「クロエ、どの口が言ってるの?」

 呆れるクロエに、エマはジト目でコーヒーを飲む。

 自覚のない圧倒的強者は、とても厄介である。

「快く思わない面々も一部いるそうだけど……クロエとの戦争を避けたいのが今の政府中枢の本音だから、放置でもいいんじゃないかしら?」

「それもそうだな」

 クロエは自分のコーヒーを飲み切り、二杯目を注ごうとした時。

「船長!! 前方に船が来たど!!」

 見張りをしていたデラクアヒの声に、クロエは反応して船首楼甲板に向かう。

 舵輪を握るガスパーデの隣に立ち、前方に見える船を見据える。

 掲げてる旗は、十字マークの中心と各先端に丸が重なったもの。どうやら世界政府の船であるようだ。

「あのクズ共か。どうするクロエ」

「攻撃してこなければ避けろ。喧嘩売ってきたら潰せ」

「了解」

 面舵で回避行動を取るオーロ・ジャクソン号。

 しかし、そこでエマが慌てて駆け付けて叫んだ。

「クロエ、今のナシ! 総員、戦闘準備!!」

『!?』

「……」

 ガスパーデ達がざわつく中、クロエは念の為にと見聞色の覇気を発動し、精度を高めた。

 すると、百人以上の弱い気配を感じ取った。

「……そういう事か」

 クロエは気づいた。

 あれは天竜人の奴隷だ。エマはその助けを呼ぶ声を瞬時に感じ取ったのだ。

「相変わらず、耳のいい奴だ」

 クロエはすかさず命令を下した。

「ラカム、医療道具を準備しとけ。私が船内を探る。ガスパーデは操舵して接舷、他の者はエマと共に渡り板の準備と見張りをしろ」

「ったく、ウチはボランティア団体かよ……」

 煙草を吹かしながら呆れるラカムを他所に、クロエは月歩で宙を駆けて船へ向かう。

 もっとも、どさくさに紛れて奪える物は奪うのだが。

(……まあ、放っとけないのは同感だけどな)

 非加盟国で生まれた身として、ラカムはクロエの行動には肯定的であった。

 

 

 政府の船に接舷し、囚われていた奴隷達の首輪と手錠を外し終える。

「ありがとうございます!!」

「何と礼を言っていいやら……」

「やめろ礼など……私は海賊だぞ」

 元奴隷達に感謝され、顔を背けるクロエ。

 とっとと陸へ放り出したい気分に襲われる。

「一応の処置は施したし、金も分配しといた。あとで医療関係の資金をおれに回してくれ」

「さっき分捕った金品の余りでいいか?」

「交渉成立だ」

 海賊らしい強欲さを持たないクロエは、金品にそこまで頓着しない。

 今はそこまで金は必要じゃないと判断すれば、分け前を全て仲間に任せる事も多い。良く言えば太っ腹、悪く言えば無頓着であるのだ。

「……で、お前は何者だ。只者ではあるまい」

 クロエが興味を向けたのは、一人の女性。

 解放された元奴隷達と違い、安堵しつつも警戒を怠らなかったのだ。

 特にステューシーに対し、強い敵愾心を孕んだ眼差しをしていた。それがどうにも気がかりだったのだ。

「この私よりステューシーに対して随分と警戒してたが……さては「革命軍」の関係者か?」

「っ……!!」

「――空気が変わったな」

 女性はある組織の名を聞き、目を見開いた。

 どうやらクロエの読み通りのようだ。

「革命軍?」

「最近その名がちらほら出てる、打倒世界政府を目的とするテロ組織よ」

 ステューシー曰く。

 海賊は政府や海軍と敵対しても、政府そのものを倒そうとまではしない。クロエ自身も世界政府との全面衝突に躊躇いはないが、目的さえ果たせばそれ以上の攻撃はしない。あくまでも自由に在り続けることが大事だからである。

 それに対して革命軍という反政府組織は、政府そのものを倒そうとしている連中であり、近年影響力を増し始めているらしい。特にクロエ海賊団がフィッシャー・タイガーと共に起こした聖地マリージョア襲撃の直後、政府と海軍が後始末に追われている隙にクーデターを起こして成功を収めた為、世経の報道もあってその名が一気に知れ渡ってしまったらしい。

「総司令官の名はドラゴン。〝反逆竜〟の異名を持つ革命家だけど、それ以外の情報は全く把握されてないわ」

「素性が一切不明の革命家、か」

「おれァ海兵だった頃に度々耳にしてた。そん時ゃあまり警戒されてなかったが……今となっちゃあご立派な武装勢力か。政府上層部の間抜けぶりが目に浮かぶぜ」

 ガスパーデはかつての元上司を嘲笑いながら酒を呷る。

 言い方を変えれば、それ程までにドラゴンは警戒心が強く、用心深いのだ。世界政府を倒そうとする勢力なのだから当然と言えば当然だろうが。

「で、お前は?」

「……ウチはジニー。革命軍軍隊長」

「軍隊長……幹部格か。中々の大物が囚われていたものだ」

 クロエは考える。

 次の島で降ろすのは確定だが、革命軍の軍隊長は政府としては是が非でも確保したい人間。迂闊に解放しては彼女の身を危ぶめるだけだ。そういう終わりは、クロエも望んでない。

 その上でやれる手立ては、たった一つだ。

「おい、ジニー。革命軍と繋げられるか?」

「……えっ?」

「私が直々に掛け合ってやる。集合場所は決めたいだろう」

「え……ええーーー!!?」

 クロエの突拍子もない提案に、ジニーは目玉が飛び出る程に驚いた。

 

 

           *

 

 

 元奴隷達を島に下ろしたクロエ海賊団はすぐ出航し、まさかの革命軍との電話交渉を始めた。

 プルプルプル、という電伝虫のなる音が、静かな海上であるのもあってか嫌に響いた。

「……」

「緊張するか?」

「そりゃあ……ウチが攫われたのは皆知ってるだろうし」

「先に私が対応する。一応〝責任者〟だからな」

 クロエがそう言った途端、ガチャッと電伝虫から音が鳴った。

 革命軍の誰が対応するのか、気になりながらもクロエは受話器に声を掛けた。

「こちらクロエ・D・リード。革命軍で合ってるか?」

《…………ええええええええっ!?》

「うっさ……」

 クロエが名乗った途端、電伝虫が跳ね回るのではと思ってしまう程に動いた。

 それはそうだ。電話をかけてきたのは、大海賊時代で最も危険な海賊団を率いる〝史上最恐の女海賊〟なのだ。

「おい、大丈夫か」

《ちょ、ま……ハァ!? お、おおお〝鬼の女中〟ゥ!? どういう訳!? ヴァナータ何で知ってるの!?》

「その声……アニキ!? アニキなの!?」

《ハッ!! その声は、ジニー!? ヴァナータ無事だっタブルね!?》

 電話相手は、何とジニーの兄貴分のようだ。

 身内が対応してくれるのは、ジニーの身を預かっている側としても都合がいい。

 クロエはジニーの兄と交渉を始めた。

「ジニーの身柄はクロエ海賊団が預かっている。待ち合わせ場所を指定して、お前らに彼女を引き渡したいんだが……ドラゴンはどうなんだ」

《っ……ヴァナタ……》

「こっちには元CP‐0と元海兵がいるんでな。ある程度の情報は掴んでる。そっちこそ息を潜めず口を開いたらどうだ、〝反逆竜〟」

 クロエは淡々とした様子で言葉を紡ぐと……。

《イワ、代わってくれ。彼女と話さねばならん》

《……わかったわ、ドラゴン》

 低い声色が発せられた。

 あの声が革命軍の首領なのか。

《おれがドラゴンだ。クロエ・D・リード……ジニーの件、心より感謝する》

「別にお前の為にやったわけじゃない。どうせ礼を言うなら、船長命令を取り消して首を突っ込んだエマに直接言うんだな」

 〝鬼の女中〟と〝反逆竜〟の、前代未聞の電伝虫会談。

 ドラゴン側からは、同じように部下に囲まれてるのか、「ジニーは無事なのか」「あのクロエが匿ってるらしい」という声が漏れている。

「今更だが、海軍の盗聴は大丈夫か?」

《盗聴妨害の念波を飛ばす白電伝虫に接続している。こちらは問題ないが…お前こそいいのか?》

「その時は全力で全てを叩き潰すだけだ」

《…………そうか……》

 沈黙の後、静かに短く返答するドラゴン。

 思った以上に脳筋な回答に、かなり困惑気味だ。

「……で、受け渡しの場所はどうする? 私はそっちに合わせても結構だが」

《そうか、そう言ってくれるとありがたい……では――》

 ドラゴンはクロエに場所を指定した。

 それは、彼女にとって予想外の場所だった。

 

 

           *

 

 

 一週間後、〝東の海(イーストブルー)〟オルガン諸島。

 世界で最も治安のいい海域であることから「平和の象徴」と言われているこの海のある無人島で、革命軍とクロエ海賊団が停泊・相対していた。

「アニキーー!!」

「ジニー、よかったキャブル!!」

 ジニーは目の前の三頭身の巨漢――エンポリオ・イワンコフに抱き着き感涙する。

 革命軍の同志達も、彼女の無事を心から喜んでおり、涙を浮かべる者もいる。

 そんな中、ただ一人毅然とした態度で顔の半分に大きな赤色の刺青を入れた男がクロエとエマに近づいた。彼こそ、革命軍の総司令官である〝反逆竜〟ドラゴンだった。

「クロエ・D・リード、エマ・グラニュエール……ジニーの件、改めて礼を言う」

「いいっていいって!! 頭とか下げないでよ、海賊だよ?」

「エマに同感だ。無法者同士とはいえ、立場があるだろう」

 頭を下げるドラゴンに、二人は困惑する。

 思慮深く厳格な性格なのだろうか。

「……まあ、私個人としては幹部格にしては弱すぎるとは思ってるが」

「うっ」

「クロエ、容赦ないね……」

 辛辣な一言を告げるクロエに、ギクッとするジニー。

 彼女も今回の件は油断では済まないと薄々感じているようだ。

「二度とこういう面倒を起こすな、ドラゴン。一度は赦すが二度はない……私はそういう女だ」

 クロエはそう言うと、一冊の厚い本をドラゴンに渡した。

 本のタイトルは「クロエ流鍛錬術」……クロエ直筆のものだった。

『……!?』

「おい、これは!!」

「戦える軍隊にするんだろう? 組織の武力だけでなく個人の武力もどうにかしろ。そいつはわざわざ五日間かけてまとめた本だ、無くしたら知らん」

 革命軍にとんでもない贈り物をしたクロエに、全員があんぐりとした。

「奪われたくなきゃ、しっかり守れ。力なき者から先に淘汰されるのがこの世界だ」

 クロエはそう忠告した。

 しかしドラゴンは、真っ直ぐな眼差しでクロエを見据えて言葉を返した。

「……その世界は、おれが変える。要らぬ者を淘汰する世界に未来はない」

 その言葉にクロエはきょとんとすると、クスクスと笑い始めた。

「フフ……! 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の()()()の連中に、貴様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ」

「マリージョアの事を養豚場って呼ぶの、クロエしかいないよ」

「事実だろう」

 クロエは背を向けてオーロ・ジャクソン号の舷梯を上がる。

 それに続き、ラカムやレッド達も戻り始める。

「……ジニーちゃん、元気でね」

「……本当に、ありがとう!」

「くまちーって人と、お幸せにね~」

 瞬間、ジニーは凍り付いた。

 何と、エマはジニーが結婚願望を持っていることを把握していたのだ!

「え、ちょ……わーっ!!」

 顔をボンッと赤らめるジニー。

 その様子を見ていたずらっ子のように笑うエマに、先に戻ったクロエは「いい趣味してるな……」とボヤいた。




次回、ついに待望の〝アレ〟をやります!
〝アレ〟を待ってた皆さん、お待たせしました。もう少々お待ちください。
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