大海賊時代開幕から、12年が経過した。
〝神殺し〟〝鬼の女中〟〝史上最恐の女海賊〟……海賊も恐れる大海賊として海に君臨するクロエは、新聞を握り潰して煮えたぎる感情を押し殺していた。
しかし抑えきれない感情は滲み出る覇気となり、あらゆる存在を威圧していた。その圧迫感は、ロジャー世代の大海賊であるレッドフィールドですら声を掛けられない程だった。
――音楽の国エレジア壊滅
――愛と平和踏みにじられる 生存者は二人だけ!
――犯人は〝赤髪のシャンクス〟
「……クロエ……」
荒ぶるクロエに、親友のエマも声を掛けづらい。
クロエは弟分を可愛がっており、ロジャー海賊団時代から面倒を見てきた。特にシャンクスはウタを義理の娘として育ててることもあり、かなり気にしていた。だからこそ前回会った際、ウタと真正面から向き合えと忠告したのだ。
それなのに、シャンクスはこんな事件を起こしたのだ。しかも記事によると、その生存者は国王であるゴードンに加え、シャンクスと共にいたはずのウタだという。
「……お前には失望したぞ、シャンクス」
クロエは、ただ静かに呟く。
しかしその声には凄まじい怒気が孕んでおり、常人なら息を殺されそうな雰囲気だ。
「……そう言えば、どこへ進んでるんだこの船」
「エレジアだけど」
「ハァ!? 壊滅してまだ一週間も経ってないぞ!! 海軍がまだいるはずだろ」
「今のクロエにそれは通じないよ」
その言葉に、全員が押し黙った。
海軍の艦隊を殲滅してでも、エレジアに残ったウタに会いに行く――それが今のクロエの考えだ。それを覆すことなど、親友のエマでもできない。
「もはや止まるまい。なるようにはなるはずだ」
レッドフィールドの言葉に、一同は頷く他なかった。
*
破壊の爪痕が生々しい、かつての音楽の国・エレジア。
上陸したクロエ海賊団は、変わり果てた街を探索する。幸いにも海軍には会わずに済んだので、堂々と港にオーロ・ジャクソン号を停泊できた。
廃墟ばかりの街を中を進むと、ラカムが気づいた。
「――! おい、これ見ろ」
「あァ……?」
「どうした?」
ラカムが見つけたのは、建物の断面だ。
「この断面、おかしいぞ」
「おかしい?」
「どういう事だ、わしにはさっぱりわからんぞ」
「……!! そうか、読めたぞ。この建物は凄まじい熱量を持つ刃で切断されたような跡なんだな?」
デラクアヒやエルドラゴが頭を捻る中、マクガイは持ち前の鋭い洞察力で、ラカムが言いたい事を的確に当てた。
「熱で建物を焼き切るなどという芸当なんて、それこそ相当強力な悪魔の実か兵器じゃないとできない」
「それって、破壊光線や熱線みたいなヤツ?」
エマの言葉に、ラカムは無言で頷いた。
信じ難いが、それを明確に否定できる根拠も証拠もない。
もしかすれば、人智を超越したナニかによって蹂躙された可能性もあり得る。
「……ところで、船長は?」
「お城の方に一直線。あの子と会うためにね」
エマは廃墟になった街を見下ろす場所にある城に目を向け、そう呟いた。
一方、一人迷いなく城へ向かったクロエは、頭頂部が禿げ上がり両脇の髪を長く伸ばしたサングラスの男――エレジアの元国王・ゴードンと面会していた。
「まさか本当に来るとは……いや、来てくれるとは」
「私の愚弟の問題とはいえ、ウタの顔馴染みとして彼女の安否は知りたいからな」
廊下を歩きながら、ゴードンと語るクロエ。
すると、ある部屋の前に立ち止まった。ウタの部屋だ。
ゴードンはドアを叩き、先に入室した。彼の視線の先には、酷く落ち込んで虚ろな目をしたウタが座っていた。
「ウタ……急に入って済まないが、君に会いたいという方が来ている」
「……私に……?」
「ああ……遠い海からのお客様だ」
ゴードンは一歩下がると、クロエがコートをなびかせて入室した。
その姿を見たウタは、瞳を揺らせた。
「ウタ、私を憶えてるか?」
「……クロエ、おばさん……?」
「ああ、おばさんが来てやったぞ」
片膝を突き、柔和な笑みを近づけるクロエは、徐に手を伸ばしてウタの頭を撫でた。
ウタは思い出す。幼き頃、難しい言葉だったが忘れられない歌を聴かせてくれた、優し気な眼差しを。
「うぅぅ……っっ……あああ!! うあああああああっ!!!」
ウタは喉が張り裂けんばかりに泣き、クロエの胸に飛び込んだ。
「シャンクスが、みんなが……うわあああああああっ!!!」
「大丈夫、私はお前の味方だ」
優しい声色で泣きじゃくるウタを抱きしめるクロエだが、ゴードンは凍り付いていた。
クロエの目は、〝鬼〟の目をしていたのだ。
*
その夜。
クロエはエレジアの城の中で宴を開いた。
ウタとゴードンを含めても二十人に満たない、大海賊の宴にしてはささやかなもの。それでもウタは久しぶりに会ったクロエ達に心からの笑顔を浮かべており、ゴードンは感涙した。なお、ハメを外して泥酔した面々の介抱はラカムが一人でやっている。
そして宴が終わり、皆が大の字で寝転んでいる中、クロエはウタを寝かしつけながら頭に触れた。
「ウタ、すまないな」
クロエは目を閉じると、〝見聞色〟を発動し、その精度を限界まで高めた。
実は見聞色の覇気は、応用すると他者に直接触れる事でその記憶を読み取るという芸当が可能となる。この技術は生まれつき強い見聞色の持ち主であるレッドフィールドのみ扱えたが、己の才覚に胡坐を掻かず鍛錬し続けたクロエは、レッドフィールドに教わって習得した。見聞色が得意なエマも、この技術を習得している。
要するにクロエは、ウタの記憶を読み取り、エレジア壊滅の真実を知ろうとしたのだ。
(……)
目を閉じるクロエの瞼の裏で、映像が映る。
海軍の軍艦に追われるレッド・フォース号、焼き尽くされた街、死屍累々となった国土……時間を遡り、あの夜の真相を探ろうとした時。
――ブツンッ!
「!?」
クロエは目を開き、驚いた。
肝心の部分の映像が視えなくなったのだ。一番気になるところが、どうもウタ自身が記憶を失っているせいで紛失しているようだ。
「……ちっ」
思わず舌打ちし、ウタの部屋を後にした時。
「クロエ、ちょっといい?」
「……?」
エマに促され、城の中の一室で二人きりになる。
彼女が持ち出してきたのは、一つの映像電伝虫だ。
「映像電伝虫か?」
「これ見てよ。答えが記録されている」
エマは真剣な面持ちで古い映像電伝虫を再生する。
そこに映っていたのは、火の海と化したエレジアだった。
《誰か! 大変だ、トットムジカの話は本当だった! 〝魔王〟が――トットムジカでよみがえった魔王が街を破壊している!!》
映像の配信者は、若い男性。
炎で夜空は真っ赤に染まり、音楽の島は文字通りの地獄絵図だった。
大火に包まれた街中には、首元の数珠のように並んだ髑髏とピアノの鍵盤の様な両腕が特徴的な、黒いハットを被ったピエロのような異形の怪物がレーザー光線で破壊の限りを尽くしていた。
よく見ると、怪物に立ち向かう者達の姿が映っている。麦わら帽子と黒いマントの剣士――シャンクスだ。
赤髪海賊団は窮地に立たされていた。魔王の防御は鉄壁であり、覇気を纏った攻撃ですら完全に防ぎ切っている。シャンクスも果敢に攻め立てるが、魔王は巨大な腕を盾にしてレーザーで周囲を焼き払っている。
《ハァ……ハァ……この映像を見ている人!! ウタという少女は危険だ!! あの子の歌は、世界を滅ぼす!!》
その言葉を最後に、音声と映像は途切れた。
「……」
「この魔王って存在によってエレジアは滅び、その罪をシャンクス達が被ったのが真相みたい……」
「そうか……だがそれは、ウタをエレジアに置いていく理由には値しない」
真実を知ったクロエだったが、シャンクスへの怒りは鎮まらなかった。
「こんな残酷な真実を知ってほしくないのなら……尚更ウタを手放すべきじゃないだろう。一番傍にいてやらねばならない時にあいつは手放したんだ、一発ぶち込まないと気が済まん」
「……まァ、あのタイミングで〝ぼっち〟はキツすぎるよねェ……」
冷静に、それでいて肌を突き刺すような怒気を剥き出しにする。
副船長という立場ではあるが、親友の言葉に同感しているのか、エマは窘める言葉を一切口にしない。
「……これからどうする?」
「今は〝
「……だよね」
クロエとエマは、シャンクスに落とし前をつけることを決断し、ウタとゴードンを連れてフーシャ村へと直行することにした。
*
フーシャ村。
赤髪海賊団の拠点となった平和な田舎の港で、シャンクスはそわそわしていた。
「お頭、どうした?」
「いや、ここ最近鳥肌がスゴい立つっつーか、寒気が止まんないっつーか……」
「風邪でも引いたんじゃねェか?」
「症状が出てねェってのにか? ルウ」
船医のホンゴウは「特に異常はなさそうだぞ」とシャンクスに告げた。
それでもシャンクスは落ち着かない。
「……酒でも飲んで気を紛らわせるか」
「お頭、また二日酔いになるぞ」
「バーロー、そこまで飲みやしねェよ!」
シャンクスが懇意にしている女店主が経営する酒場へ向かおうとした、その時だった。
「海賊船だ!」
見張りの声に、一同はピリついた。
この村を荒らしに来たのなら、容赦しない――シャンクス達は戦闘の準備を始めたが……。
――ダンッ! ダンッ! ダンッ!
何かを蹴るような音が響き、バリバリという音も大きくなってきた。
猛烈に悪い予感がしてきたシャンクスは、咄嗟に愛刀・グリフォンを抜いた。
その時には、見聞殺しの状態で抜刀した海賊の女王が、すぐそこに迫っていた。
「――クロエ姉さんっ!?」
「〝神避〟!!」
ドンッ!! ボゴォン!!
『うわあああああああ!!!』
クロエの覇王色を纏った衝撃波が、シャンクスに直撃。
間一髪でグリフォンを盾にしたが、少しも威力を殺すことができず吹き飛ばされ、周囲にいた赤髪海賊団の幹部達も下っ端達も薙ぎ払われた。
これ程の大損害を赤髪海賊団に与えておきながら、フーシャ村には傷一つついてないので、クロエの覇気のコントロールがいかに精密かが伺えた。
「ウゥ……ク、クロエ姉さん……何でここに……!?」
色んなところから血を流しつつ、どうにか起き上がるシャンクスは動揺を隠しきれない。
そんな弟分を見下ろし、クロエは口を開いた。
「私がこの村に来てはダメなのか?」
「い、いえいえ! 滅相もありません!! それにしても、まさかこんなところで会うなんて……」
「この世の見納めにしては悪くあるまい」
ジャキッ……とシャンクスの喉元に化血を向けるクロエ。
切っ先からはバリバリと覇王色の覇気が漏れ、眼差しはキレた時のロジャーを彷彿させた。
――あっ、おれ終わった。
シャンクスは冷や汗を滝のように流し、顔面蒼白となった。
その時、さらに予想だにしない乱入者が。
「シャンクスーー!! 大丈夫かーー!?」
「ルフィ!?」
まさかの子供が乱入。
ルフィという少年が、クロエに駆け寄って怒鳴りつけた。
「おい! シャンクスを傷つけるな! 許さないぞ!」
「――何だお前は」
「おれはモンキー・D・ルフィ!」
名乗りを上げた少年に、クロエは目を見開いた。
「モンキー・D……まさかガープの?」
「? じいちゃんを知ってるのか?」
「お前、ガープの孫か!? ……いや、よく見たら面影があるな……」
覇気も怒気も鳴りを潜め、クロエは少年の顔を凝視する。
シャンクスとガープの孫が知り合いだったのは、さすがの彼女も予想外だったようだ。
「そういうお前こそ誰だよ!」
「クロエ……クロエ・D・リード。このバカの姉貴分だ」
「……え~~~!? シャンクスの姉ちゃんんんん!?」
シャンクスに手を上げた女海賊が、まさかのシャンクスの姉貴分だと知り、ルフィは驚愕。
すると、そこへボロボロになったベックマン達と共にクロエ海賊団が現れた。
「ベック! 皆! 無事か!?」
「……お頭、
「……?」
ベックマンの言葉に、目をパチクリとさせるシャンクス。
さらにそこへ、ハプニングが畳みかかった。
「シャンクス~~~!!」
「んなっ!! ウタ!?」
「ウタァ!?」
泣きじゃくりながらウタがシャンクスに駆け寄り、ポカポカと殴りつけた。
「シャンクスのバカァ!! 何で置いていったんだよー!!」
「!? お、おいシャンクス!! おれにウソ言ったのかよ!?」
「うぐっ……」
ルフィの指摘に、シャンクスは言葉を詰まらせた。
何を隠そう、ウタはルフィと親しくなっていた。エレジアの件の後、シャンクスは「歌手になるために船を降りた」とはぐらかしたが、何か勘づいたのか喧嘩になり、しばらく口を利かなくなったことがあるのだ。
最終的には「ウタとシャンクスの問題」としてルフィが詮索するのをやめたのだが……。
「ま、待ってくれ! その件は全て私が……!」
「ゴードン!? あんたまで来てたのか!?」
エレジアの元国王であるゴードンまで現れたことで、さらに混乱するシャンクス。
色々収拾つかなくなったが、エマが空中へ向けて発砲したことで、全員の意識が向いた。
「……近所迷惑だから、ちょっと静かに」
「いや、一番迷惑なやり方で場を鎮めてるぞ」
「ラカム君、シーッ!」
村人達が何事だと集まりざわつく中、赤髪海賊団壊滅は未遂に終わったのだった。
一応、クロエはフーシャ村に被害が及ばないように手加減してます。
まあ、村人からすればすぐ近くで爆発と雷鳴が聞こえたようなもんなので、迷惑っちゃ迷惑でしょうが。