フーシャ村の港、レッド・フォース号の隣に停泊するオーロ・ジャクソン号。
その船長室で、クロエはウタと面会していた。
「……で、大事な話とは何だ?」
「おばさんにお礼がしたいの」
少女の言葉に、クロエはきょとんとした表情を浮かべた。
「おばさんのおかげで、シャンクスと仲直りできた……あの時おばさんが来てくれなかったら……あたしはダメだったかもしれない」
「……人間、誰しも背負う業や罪の一つや二つはある。それとちゃんと向き合ったのはウタの努力だ。私はそれを少し後押ししただけだ」
「そんな事ないよ!! おばさんはスゴい人だよ、尊敬してる!!」
キラキラと輝く純真な瞳に、クロエは静かに「……そうか」と返した。
その上で、彼女が何をしたいのかを尋ねる。
「お礼とは何だ? 今の私に欲しいものはないぞ」
「えへへ……私の世界に案内してあげる!!」
「?」
するとウタが、クロエの前で歌を歌い始めた。澄んだ声が船長室の中に響く。「風のゆくえ」――心を優しく撫でるような、どこか懐かしいメロディの曲だ。
突如、目の前の風景が一瞬で変化した。見慣れた船長室が何の前触れもなくファンシーな世界に切り替わったことに、クロエは目を奪われる。
「ウタワールドにようこそ、クロエおばさん!!」
「……仮想世界か……!」
クロエはウタの能力に度肝を抜かれた。
ウタの能力――〝ウタウタの実〟は、歌を聴いた者を強制的に眠らせ、聴き手の精神をウタワールドに引き込む。何の自覚もなく引き込む為、仮想世界を現実世界と錯覚してしまうのがこの悪魔の実のチカラだ。
ウタワールドにおいて、ウタは創造主なので無敵も等しい状態であり、思い浮かんだ事は何でも思い通りに実現できるのだ。
「……これはスゴいな……」
「えへへ、ビックリした?」
現実世界にはあり得ない光景に、クロエが感嘆する。
すると、ポンッ! という可愛らしい音と共に擬人化したパンダとピアノが現れた。突然の事に戸惑うと、ウタがお願いをしてきた。
「おばさん、昔歌ってくれたあの歌を教えて!!」
「アレか?」
その言葉に、目を見開く。
クロエは考え込むように黙り込むと、ゆっくりと歌い始めた。
淡き光立つ 俄雨
いとし面影の沈丁花
溢るる涙の蕾から
ひとつ ひとつ香り始める
それは それは 空を越えて
やがて やがて 迎えに来る
春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに
愛をくれし君の なつかしき声がする
「……お前も朧気でも憶えているだろう?」
「……うん……ずっと耳に残る曲」
「ピアノが似合う曲だ、やってみなさい」
すると、擬人化したパンダがピアノ演奏を始めた。
季節の巡りや川の流れを感じさせるメロディーラインが響き渡ると、ウタはゆっくりと歌い出す。彼女の口が奏でる澄みきった声がウタワールドに広がると同時に、一本の桜の木が顕現して慈雨が降り始め、日光が二人を柔らかく照らした。
幻想的な風景の中で、クロエはウタの声に釣られるように曲の続きを歌い出す。
君に預けし 我が心は
今でも返事を待っています
どれほど月日が流れても
ずっと ずっと待っています
それは それは 明日を越えて
いつか いつか きっと届く
春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く
夢よ 浅き夢よ 私はここにいます
君を想いながら ひとり歩いています
流るる雨のごとく 流るる花のごとく
「……」
ふと、クロエは視線を感じた。
目を配ると、ウタが笑いかけていた。
クロエは小さな歌姫に柔和な笑みで応え、同時に最後の歌詞を歌った。
春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに
愛をくれし君の なつかしき声がする
春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く
最後を
憧れの女性と歌うことができ、ウタは満面の笑みを浮かべた。
「……歌うのも悪くないな」
「でしょ!?」
ウタはニカッと笑い、クロエは優しく微笑んだ。
するとクロエは、せっかくだからともう一曲歌ってみせた。
多分、私じゃなくていいね
余裕のない二人だったし
気付けば喧嘩ばっかりしてさ
ごめんね
ずっと話そうと思ってた
きっと私たち合わないね
二人きりしかいない部屋でさ
貴方ばかり話していたよね
もしいつか何処かで会えたら
今日の事を笑ってくれるかな
理由もちゃんと話せないけれど
貴方が眠った後に泣くのは嫌
声も顔も不器用なとこも
全部全部 嫌いじゃないの
ドライフラワーみたい
君との日々もきっときっときっときっと
色褪せる
「……」
「フフ……好きな歌はどうも偏ってしまうな」
聞き入るウタに対し、どこか自嘲気味なクロエ。
思えば、どうも前世からバラード系の曲を好んでいる。バラードを好む人間は過去を引きずったり思い出を大切にし、大勢でいても場の雰囲気より自分の感情を優先するタイプという話を聞いたことがある。ロジャーとの思い出を何よりも価値があるものとするクロエにぴったりだった。
自分はとんだナルシストかもしれないな、と自分を嗤うと……。
「スゴいロマンチックな歌……それもおばさんが昔聞いた曲?」
「ああ、遠い昔……一人でよく聞いてたよ」
「また今度、おし、え、て……」
その時、ウタが体をフラフラさせ、クロエの胸に倒れ込んだ。
意識が現実世界へ戻ろうとしているのだ。
「……今日は楽しかった。気が向いたらまた来る」
「ん……」
間もなく、ウタの瞼が閉じる。クロエは眠っている彼女に顔を向け、目を細めながら撫でた。
クロエが現実世界へ戻ると、そこはオーロ・ジャクソン号の船長室。
目を配れば、ウタが自分に抱き着いてスヤスヤと寝ていた。
小さな歌姫を見やり、穏やかに笑いながら頭を撫でると、知っている気配を感知してジト目になった。
「……いい年こいてウタに嫉妬するのは醜いぞ、エマ」
「ウタちゃんだけズルいな~って」
「お前なァ……」
ウタにやきもちを焼くエマに、クロエは呆れた様子で嘆息した。
前世であんな別れ方をしたのは申し訳ないが、それとこれとは話は別である。幸いなのは、劣情を向けてない点か。
「お前、ソッチの気があったのか?」
「いいや。でもクロエは私にとって大事な親友……手放したくないのは自然な感情じゃないかな?」
「人はそれを執着と呼ぶぞ」
「さすがの私も四六時中くっついていたいタイプじゃないって」
どこか不機嫌そうなエマの感情を察して、クロエは困惑する。
エマはウタの頭をそっと退けてクロエに抱き着くと、ベッドに腰掛けた。そして彼女の太ももを枕にして寝転がる。所謂膝枕だ。
やれやれと溜め息をついたクロエが頭を撫でると、エマの機嫌は簡単に回復した。それにホッとして、自然と笑みを溢す。
(……私にとってもお前たち二人は大事だからな)
そう胸中で呟き、また笑みを深めてから親友の頭を撫で続けるのであった。
*
一週間後。
赤髪海賊団と入れ替わるように航海をしていたクロエ海賊団は、マキノの酒場で宴会を開いていたのだが、そこへ思わぬ客が姿を現していた。
「どうも身に覚えのある覇気じゃと思うとったが……お前さんじゃったか、クロエ」
「……!」
酒場に現れたのは、オレンジ色レンズのサングラスとかけ茶色帽子を被り、パイプキセルを口に咥えマントを纏った老人。年長であるレッドと大差ない年齢だろう。その手には身の丈を超える木槌を携えており、只者ではない気配を醸し出している。
漂う強者の空気を感じ取ったのか、クロエの仲間達は皆、真剣な表情で見据えている。……ラカムを除いて。
「フフ……こんなところで会うとはな、ナグリ」
「知ってるのか? 船長」
「エマがまだロジャー海賊団に属する前……私がロジャーの部下となって間もない頃に戦った海賊だ」
クロエは懐かしそうに、ナグリとの戦いを語る。
当時、ナグリ海賊団は真っ向勝負でロジャー海賊団に挑んだが、結果はナグリの惨敗に終わった。
敗北宣言の後、ナグリは自分の命と引き換えに仲間達の助命を土下座で懇願したのだが、そんな彼の度量を気に入ったロジャーは全員の命を取らずに見逃したのだ。
敗けた時点で海の藻屑と消えても文句は言えない海賊の世界において、クロエは敵を気に入るロジャーの器の大きさに呆然としたという。
「あの一糸乱れぬ鎮圧……そして仲間どころかわしの命すらも見逃してくれたロジャーの器……敵ながら天晴れじゃったのし」
「だろう? 私も似たような形で一味入りしたからな」
「お前さんの場合は、ロジャーに善戦した強さも気に入られたんじゃろう? わしは足元にも及ばなかった」
ロジャーに挑んだ者同士で懐かしむ二人。
すると、クロエは予想外の言葉を投げかけた。
「ナグリ……私の船に乗らないか?」
『!?』
クロエ直々の勧誘に、目を見開く一同。
「お前の顔を覚えてる海兵も少なくない。海へ出たいのなら、私の船に乗れば世界の果てまで行けなくもない」
クロエが勧誘する理由を説くと、ナグリは少し考え込んでから返事をする。
「まァ確かに、ガープに追いかけられたら命の保証はないのし」
「こないだも来てたしな、この島に。……その点、私の一味はある程度の融通も保証もできるぞ? 昔の海と違い、海軍も科学的な強化が進んでる。悪い話ではないと思うが」
「ふむ……」
少し考えた後、ナグリは一つ条件を出した。
「わしが海へ出る理由は、散り散りになった仲間達と会うためじゃ。まァあれから随分と経った、もう一度海へ出る気概があるかはわからん……じゃがそれでも構わんのし!! かつての仲間達に一目逢えさえすればひとまずそれでええんじゃからのう」
ナグリの答えを聞いて、クロエは「なら交渉成立だ」と笑った。
すると彼は「それに……」とニヤリと笑いながら告げた。
「かつての弟子と海を渡るのも悪くないのし。のう、ラカムや」
『……!?』
一同はギョッとして、ラカムに視線を向けた。
そういえば、ラカムは元はというと医者の家系で、鍛え抜いた軍人でも腕利きのアウトローでもない。そんな人間がクロエと初めて会った時点で、高精度の武装色と見聞色を会得していたのは奇妙な話だ。
だが、ナグリの言葉が事実だとすると、辻褄が合ってくる。
「お前、あのじいさんの弟子だったのか!?」
「あ、ああ……」
「確かに、医者なのに得物がハンマーなの、変だなとは思ってたんだけど……」
「成程、お前の戦い方に妙な既視感を覚えたのはそういう事か」
クロエ海賊団の驚きと納得が入り混じる中、ラカムは誤魔化すように顔を背けると、ラム酒を急かすように呷った。
その横顔が朱に染まっていたのは、果たして酒のせいか、それとも……。
「フフ……感動の再会じゃないか。この大海でそうはないぞ?」
「そうじゃのし。しかし懐かしいのう、的確な手当てをしたお礼に覇気を教え、お主はいつもボッコボコにされとったな」
「うっさいな、黒歴史掘り返すなよ……!」
ナグリの言葉に、ラカムは悪態を吐きながら煙草を咥え、片手でマッチを擦って火をつける。
あからさまな照れ隠しの仕草を見せる彼に、クロエ達は声を上げて笑ったのだった。
という訳で、ナグリのじいさんがクロエ海賊団に加入!
覇王色が四人の少数精鋭……この一味に勝てる組織、果たしているんだろうか?(笑)
ちなみにクロエはバラード曲、エマはアニソン、ラカムはJ-POPが好きです。