「全く、なぜ一々ニューゲートに一報入れねばならんのだ…。そもそも手を出したのは向こうだろう」
「そういうわけにもいかないよ!! 世経のせいで微妙な情勢になってんだから!!」
頬杖を突くクロエに、エマは朝刊を片手に慌てた様子で説明する。
事の発端は昨日の昼頃。クロエが昼食を用意している最中、白ひげ傘下の海賊船が接触をしてきた。その海賊船の船長は、ルーキー時代のクロエに一味を壊滅させられ、命乞いをして見逃された男だった。
自分への復讐を目論んでると看破したクロエは「飯が終わったら応じる」と返答したが、男の部下がそれを嘘と断じて脅しの意味を込めて発砲し、撃った弾はよりにもよって自分の皿に命中、彼女の昼食が無残な姿になってしまったのだ。ただでさえ「一度は許すが二度はない」のスタンスであるクロエは、自分の言葉を無視した上に飯まで台無しにされたことで激怒。彼らを徹底的に叩き潰したというわけである。
通常なら負ければ命までとしてこの件は終わってたが、今回は事情が違う。復讐に来た相手が白ひげ海賊団の傘下であるのを
仁義を破ると恐ろしい白ひげの部下を害するということは、世界最強の海賊団を敵に回すということだ。いくら相手が仕掛けたとはいえ、白ひげも黙ってはいないだろう。しかしクロエ自身は「立場上敵対してるから一報入れる義理は無い」「部下の躾が末端まで行き届いてないニューゲートの責任」と切り捨てた。
が、事態は突如として想像を超えた展開になった。今朝の朝刊でとんでもない見出しで報じられたのだ。
――海賊界の頂上決戦、開幕か!?
何と、クロエと白ひげが全面戦争をするというモルガンズの悪意が丸見えな記事をばら撒かれたのだ。
それに対してクロエは全く意に介さない様子だが、こればかりは流石にマズいとエマ達に言われ、渋々白ひげに申し開く事にしたのだ。
「あの鳥は人生に飽きてるのか?」
「それは知ったこっちゃないがよ……こんな記事ばら撒かれた以上、早く事態を収拾させないとマズいぞ」
ボヤくクロエに、ラカムは顔をしかめる。
史上最恐と世界最強が武力衝突を起こせば、世界にとって多大な被害が出るのは避けられないし、二人を止められる程の戦力も存在しない。下手に戦争になって白ひげがクロエに敗北を喫すれば、この世界におけるパワーバランスにも甚大な影響をもたらすだろう。それこそ、白ひげを恐れる海賊達が勢力を拡大させて海を荒らし、金獅子のような雲隠れした過去の大物達も動きかねない。
まだ白ひげと全面衝突すると決めたわけではないので、今の内にこの事態を収拾しなければならない。
「ひとまず掛け合うべきだよ…幸い、連絡先はわかってるんだし」
「これで「いい酒持っててめェで来い」とか言ったら切る」
「ダメだろやめろバカ!!」
一方の白ひげ海賊団も、今回の件では揉めに揉めていた。
誰であれ海賊の一味の者を手にかけるという事は、その海賊団の全てを敵に回すという事。オヤジと慕う白ひげの面子の為、落とし前をつけねばならないと海賊達は声を上げるが、当の白ひげとマルコをはじめとした古株の隊長格は難色を示していた。
「気持ちはわかるがなァ……あのじゃじゃ馬は他所の事情をこれっぽっちも酌んでやくれねェ。いざ戦争になったら、かえってウチが不利になっちまう」
世界最強の男は、自らの右腕と一緒に溜め息交じりにボヤく。
クロエは他の大海賊達と違い、海の覇権争いに何ら興味関心がない為、ナワバリと傘下を持たない。逆を言えば、たった二十人足らずの一団で他の巨大勢力と互角に渡り合ってる上、ナワバリを奪われたり傘下を失ったりする事もないというわけだ。
つまり、クロエとの戦争は無駄に血を流すだけで、その隙にビッグ・マムやカイドウ、新世代の海賊達がナワバリに侵攻してくる可能性が高い――白ひげは、そう判断しているのだ。
「正直、今のあの跳ねっ返りと
断言する白ひげに、船員達は冷や汗を掻いた。
世界最強の男を以てして、遠回しにクロエとの戦争は厳しいと言わしめている。その言葉には確かな説得力があった。
「まァ、向こうから弁明くらいあるだろうよい」
「海賊王ロジャーの系譜だ、海賊の仁義ぐらいは通すはずさ」
マルコとビスタが肩をすくめてそう言うと、白ひげはそうだといいがな、と頷いた。
クロエはロジャー海賊団時代から、いや海賊稼業を始めてから、気まぐれが服を着ているような奔放さで有名だった。常識に囚われず、世界のタブーを恐れることなく、自由に振る舞う。誰もが驚く程身軽なフットワークで、世界情勢などお構いなしに今もやりたい放題を尽くしている。おそらく、この海で最も自由な人間の一人だろう。
そんな彼女なので行動は読めない上、本人の戦闘力も規格外だ。そんな彼女を唯一御せるのはロジャーただ一人で、彼が死んだ今は誰も彼女をコントロールできない。
(……ケツの青い頃から滅茶苦茶な女だ、あまり期待できねェなァ)
白ひげはしみじみ思いながら酒を呷る。
しかし、その予想は意外にも裏切られる事になる。
「オヤジ!! オヤジーー!!」
そこへ、リーゼントのような髪型をした一味の料理長――白ひげ海賊団4番隊隊長のサッチが血相を変えて駆け込んできた。
そのただならぬ様子に、白ひげは酒を止めて目を細める。
「どうした、サッチ」
「オヤジ、実はよォ……おいティーチ、持ってきてるよな!?」
「あ、あァ……!!」
サッチは自分と仲が良い2番隊の隊員、マーシャル・D・ティーチを呼び掛ける。
ビール樽のような巨漢の彼は冷や汗を流しながら、両手で電伝虫を抱えていた。
「……誰だ」
《――久しぶりだな、ニューゲート》
電伝虫から無愛想な女の声がして、白ひげの目つきが変わる。
「……最後に会ったのは、ロジャーにおでんを引き抜かれた時か? じゃじゃ馬」
白ひげに電話をしてきた者は、件の〝鬼の女中〟本人であった……!
*
時同じくして、海軍本部。
「センゴク元帥!! 〝鬼の女中〟と〝白ひげ〟との通信の傍受に成功しました!!」
電伝虫で介してるとはいえ、クロエと白ひげが接触したことで海軍は不穏な予感がして慌ただしくなった。
この一触即発の非常事態……判断を誤れば、すぐ戦争が始まってしまう。センゴクたちは眉間に皺を寄せて、電伝虫に耳を傾けた。
《おれの息子に手ェ出したな…どういうこった》
《フン…身の程を弁えずに銃を撃った痴れ者を潰しただけだ、運が良けりゃ生きてるさ。言っておくが、そもそも貴様の躾がなってないのが原因だぞ》
〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートと〝鬼の女中〟クロエ・D・リードが電伝虫越しに会話している。
その緊迫の会話の内容に、海軍は固唾を呑んで聞き耳を立てていた。
《お山の大将にも相応の責任があるぞ、ニューゲート…私だってヤマトには自分の尻ぐらい自分で拭けと教えてる。教育者がしっかりしないと、ドラ息子はいつまでもドラ息子のままだぞ》
《言ってくれるじゃねェか……このおれに説教する気か?》
《飴と鞭の使い分けぐらいしっかりしろと言ってるんだ、繰り上げ当選の世界最強が》
「……あの白ひげを繰り上げ当選って言えるの、彼女ぐらいですね」
盗聴内容を聴いたクザンは、引き攣った笑みでそう呟く。
多くの海賊達にとって畏怖とある種の尊敬を抱かれ、世界政府からも殊更に危険視される世界最高の大海賊を「繰り上げ当選」と揶揄するとは。
クロエにとっての世界最強の男は、やはりロジャーなのだろう。
《……で、おめェはどうしてェんだ》
《どうもしない。貴様の〝家族〟とナワバリなんぞ私には不要だし、実際のところ興味も無い》
《ちっ……本当に愛想のねェ女だ》
白ひげは舌打ちしながら呆れるように呟いた。
《……まァいい。おれもてめェの相手して家族を余計に危険に晒したかねェ。今回はこれで手打ちとしてやるよ》
《何だ、いっちょやるかってはならんのか?》
《昔の海とは
電伝虫から発する世界最強の怒鳴り声が、元帥室に響きわたる。
白ひげは魚人島やいくつもの世界政府非加盟国の島をナワバリとしているが、他の大海賊と違って見返りを一切求めず、無償の善意で海軍の庇護を受けられない大勢の人々の命を脅威から守っている。
とはいえ、今の白ひげは全盛期を過ぎており、今なお成長を続けるクロエとの戦争はかなりリスクが高い。彼女との全面戦争は、白ひげ海賊団にとっても全くの得にならない。むしろ被害が拡大するだけで、それは白ひげも望むところではない。
《てめェがその気じゃねェってのはわかった……が、次はねェぞ》
《それはこっちのセリフだ。元々は敵だ、貴様の支配を慮る筋合いはない》
「……一応、丸く収まったってところかね」
二人のやり取りを聴いたつるは、ギクシャクしつつも一応は矛を収めた様子にひとまず安堵する。
センゴクも大将達も、ひとまずは世界の平穏が崩れるような事態には発展しないと判断できた。しかし……。
《おい、じゃじゃ馬》
白ひげは電伝虫越しで、クロエを呼んだ。どうやら話は続くようだ。
《何だ、今度は》
《グラララ……せっかく連絡寄越したんだ、いい酒持って一回来い》
先程とは打って変わり、愉快そうに笑い出す。
酒を飲み交わそうとしているようだが、直接接触なので元帥室は一気に空気が凍りついた。
《断る。何で貴様の為に酒を奢らねばならん。ケチ臭い男は嫌われるぞ》
《赤髪のガキはちゃんと持ってきたぞ》
《……シャンクス……》
心底面倒臭そうな声色で、クロエは弟分の名前を呟いた。
見習い小僧ですら面ァ見せたんだ、姉貴分が行かない訳がねェよな? ――そう言われてる気分なのだろう。
《てめェみたいな筋金入りの跳ねっ返りに付き合う奴ァそうそういねェ。一回くれェ酒酌み交わして
電伝虫越しで豪快な笑い声を上げ、白ひげはそう言った。
暫しの沈黙の後、クロエは口を開いた。
《……私に指図していいのはロジャーだけだ。分を弁えろ〝白ひげ〟》
《――クソ生意気な…》
《フン……まァ気が向いたら殴り込んでやる。またな、ニューゲート》
そんな会話を最後にして電伝虫の通信傍受は途切れ、元帥室は張り詰めた空気から解放されて弛緩する。
最悪の事態は避けられたようで、思わずセンゴクはホッと息をついた。これで今すぐ向かう流れならば、艦隊を差し向けて鎮圧しなければならなかっただろう。
「今回ばかりは、あの女の気まぐれな性格に助けられたな……」
センゴクはポツリと独り言ちる。
だが、これで一安心とはまだいかない。クロエはサイクロンの様に突発的に現れる天災みたいな女だ、大人しいかと思えば世界のタブーを平然と踏み越え、ちょっとしたきっかけで歴史的大事件を起こす。
「全員、警戒を解くのはまだ早い。あの女は嵐を予測するよりも困難な動きをする。気づいたら七武海が二・三人倒されてる可能性もゼロではない……!」
センゴクの釘差しに、誰も彼もが気を引き締める。
今回のは嵐の前兆と考えればまだいい方だろう。だが、いつ何時何が起こるかわかったものではない。何せ相手は、世界最強の海賊団の力を微塵も恐れない女傑だ。
全くもって、天変地異に振り回される人々と同じ気分である。嵐を起こす当人は、自分の行為が周囲に与える影響など全く考えていないのだから尚更だ。
「海賊同士の潰し合いなら結構ですけどね……あの女はマジで何をしでかすかわかりませんからね」
「勇み足で消せるような女じゃないしねェ~……」
「もどかしい限りじゃのう……わし自らの手で消したいちゅうんに……!」
青キジ、黄猿、赤犬の順に各々感想を漏らす。
ただでさえロジャー以外は手に負えないというのに、そんな輩が今も強くなり続けているのだ。センゴク率いる海軍は頭を抱えるばかりである。
改めてクロエの破天荒っぷりを思い知り、センゴクは思わず胃薬に手を伸ばすのだった。
*
翌日、クロエは船首楼甲板でコーヒーカップを片手に新聞を読んでいた。
新聞の見出しには、「頂上決戦は見送りか」と載っていた。モルガンズは相変わらずのようだ。
「ここにいたんだ」
「エマか。……飲むか? コピ・ルアク」
「ああ、あのジャコウネコの? ……じゃあ一杯」
エマは甲板に置いてあった樽を動かして座ると、手渡されたカップを受け取った。
コピ・ルアクはジャコウネコが熟したコーヒーチェリーを餌として食べ、種子にあたるコーヒー豆が消化されずに排泄されたもの。1匹につき1日5グラム程度の豆しか採取できないため、その希少価値が世界で最も高価なコーヒーとして有名だ。
「…何か、甘い香りだね」
「意外だろう? 味よりも香りが好きで愛飲する者も多いと聞く」
エマはコーヒーカップに口をつけ、一口飲む。
コーヒー特有の苦味が少なくマイルドで、フレッシュな酸味を感じる。しっかりとコクはあるが飲みやすく、フルーティーな香りが上品さを醸し出している。正直、かなり美味しい。
「これ、本当にジャコウネコのアソコから出たんだよね……?」
「腸内で発酵されることにより、コーヒー豆本来の苦味が弱くなって甘さが加わるらしい」
ルフィにも飲ませたかったな、とクロエは笑う。
エマは再びコピ・ルアクのコーヒーを飲むと、昨日の件について話を振った。
「それにしても、本当に心臓に悪いよ……昨日のアレは」
「監督不届きみたいなものだ、ニューゲート側が喧嘩を売ったんだからな」
「それはそうだろうけど……」
エマはそう言いながら、コーヒーカップを皿の上に置く。
するとクロエは、どの道白ひげ海賊団は戦いを避けたはずだと語り出した。
「ニューゲートなら私と戦っても釣り合いが取れないと判断できるし、家族と面子を天秤にかければ家族を優先すると踏んでいた。…これで問題なしだ」
「家族を思う気持ちを考慮すれば、納得できる言い分であれば白ひげさんは受け入れる……ってこと?」
「私の〝王〟と覇を競った男だぞ? それぐらい読めて当然だ」
クロエは新聞を閉じると、自分のコーヒーカップを手に取り一口飲んだ。
そして、ボソリと呟く。
「まあ、つまらん意地は張らないということだ…それができる以上、しばらくは白ひげ海賊団も安泰だろう」
――もっとも、衝動的に動く半端者でも抱えなければの話だが。
クロエはそう言うと、カップの中のコーヒーを飲み干すのだった。
「ちなみにニューゲートはコピ・ルアクが嫌いらしい」
「そうなの!?」
というわけで、白ひげとの戦争には発展しませんでした。
「自分の面子より家族の命」なのが白ひげの本音だと思い、今回みたいな描写にしました。
今後の予定は、まあ色々と。
たまにはギャグパートで、世経襲撃事件とかやるのもよさそう。