クロエは他人の文句は面と向かって言うタイプです。
世の中には、多種多様な
海賊王ロジャーが、白ひげや金獅子と覇を競ったように。
英雄ガープがロジャーと激闘を繰り広げ、時に共闘する事もあったように。
〝赤髪のシャンクス〟と〝鷹の目のミホーク〟の決闘の日々が、伝説と語り継がれるように。
互いに認め合い、競い合い、高め合う。その果てにこそ、真の強者たちだけが辿り着ける至高の領域――「頂点」に立てる。
それはクロエも例外ではない。彼女にとってのライバルは、存在する事自体が畏怖される程の男であるのだ。
新世界、ある島にて。
「うおおおっ!!」
「ぬああああっ!!」
覇王色を纏いながら得物をぶつけ合う。
この日、クロエ海賊団は百獣海賊団と遭遇し、奪い合いを始めたのだ。普通に考えれば戦闘勃発の時点で海軍は最厳戒態勢で構えるのだが、クロエは足取りが掴めない海賊として有名な為、偶然出くわした場合はどうしようもない。
つまり、今回の戦闘も海で放浪していたら偶然百獣海賊団と鉢合わせ、そのままのハズミで戦闘に突入した形となる。
「相変わらず熱いなァ、あの二人」
「カイドウさんとタメを張れるのはあの女ぐらいだからな……」
互いの頭目同士の決闘を、キングとエマは見守る。
戦闘は両勢力ともに消耗しきり、やはりと言うべきか、大将同士の一騎打ちとなった。両者の実力は互角で、一歩も譲らない攻防が繰り広げられる。
「〝
「〝劈風〟!!」
カイドウの覇王色の覇気を纏った八斎戒による乱打を、クロエは冷静に斬撃の嵐で相殺。しばしの拮抗状態が続くが、クロエは地面に八衝拳の衝撃を伝導させて小規模の地割れを起こし、足場を崩す。
体勢を崩されたカイドウに隙が生じると、その隙を逃さず彼女は肉薄。至近距離で神速の居合〝神解〟を炸裂。かつて自分が与えた古傷を深く斬りつけた。
その激痛にカイドウは意識が飛びかけるが、何とか耐えて〝咆雷八卦〟で反撃。クロエを吹き飛ばした。
「……フフッ……」
「ウォロロロ…さすがおれのライバルだ…!!」
土煙に消えたクロエは無造作に化血を振るって斬り裂くと、頭から血を流しつつも微笑みを浮かべる。それを見つめていたカイドウは、愉快そうに覇気を高める。
そして互いに表情を綻ばせると同時に地を蹴り、周囲の地形が変貌する程の勢いで激突。その際に生じた覇王色の衝突により島が海ごと震え、気を失うものが相次ぐ。
だが、そんな状況でも二人の決闘は激しくも美しく、見る者全ての心を奪っていったのだった。
*
翌日の朝。
「ウォロロロロロロォ!! 今日はおれの奢りだ、クロエ!!」
「お前、他人に酒奢れるんだな……ニューゲートはケチだったぞ」
「おめェとおれとの仲だからだ!! 白ひげのジジイは知らねェがな!! ウォロロロロ!!」
やはりと言うべきか、奪い合いは決着がつかず、一騎打ちも引き分けに終わった。その後には大体、全員を巻き込んだ宴会とプレゼント交換なのはご愛嬌だ。
しかし、カイドウと言えば必ず付き纏ってくるのが酒癖の悪さである。素面の時はある程度話が通じるが、一度酒に酔えば喜怒哀楽が目まぐるしく変わる酒乱となる。しかも一度暴れると誰も止められない上に周囲一帯が壊滅する危険性もある。
だがクロエは、この世で唯一カイドウと一騎打ちで互角に戦える女。ゆえに戦闘だけでなく酒席でも彼と対等に渡り合える。尊敬する総督の酒乱に悩む百獣海賊団としては、素面でも飲んだくれの時でも付き合えるクロエは、まさに救いの天使である。
「そうだ…カイドウ、一杯どうだ? コーヒーリキュールを造ってみたんだが」
「んん? てめェ、酒を造れるのか!?」
「趣味がコーヒーなんでな。……飲まないなら別にいいが」
「ウォロロロロ!! なら貰おうか!!」
クロエはグラスに注いで渡すと、カイドウは一気に呷る。
コーヒーならではの苦味と、リキュールの甘さが調和し、舌上で踊る。
カイドウは上機嫌なまま空のグラスを彼女に突き返し、無言で二杯目を要求。クロエは何も言わず、不敵に笑いながらなみなみ注ぐ。
何だか熟年夫婦みたいなやり取りである。
「あー、平和だわ…酔っ払ったカイドウさん、ガチで手に負えねェから」
樽のジョッキでビールを一気飲みするクイーンは、安堵の笑みを溢す。
その言葉の重みに、クロエ海賊団の面々は同情の眼差しを彼へ向けるが、レッドは「お互い様だろう」とワインを口に流しながら呟いた。
「我々の船長なんぞ、素面でも手に負えん時がある」
「あー、確かになァ……スゲェ振り回される」
「ぶっちゃけ敵の方が真面に感じる時あるど」
「跳ねっ返りすぎるだろ!! カイドウさん見習え!!」
レッド達古株の言葉に、目玉が飛び出る勢いでツッコむクイーン。
そんなことを言われながらも、船長として絶大な信頼を寄せて一味を率いるあたり、クロエは統率者としても一流なのだろう。
すると、上空から一羽の鳥が降り立った。世界経済新聞社のニュース・クーだ。
「あら、今日の朝刊」
ステューシーは新聞を受け取り、購読料を支払って一面を見る。
すると、見る見るうちに顔を青ざめ、すぐさま仕舞った。
「どうした?」
「これはマズいわ……モルガンズ、何て記事書いてるの……!?」
ステューシーの狼狽ぶりに一同は驚きを隠せない。
彼女が隠した新聞を、エマは分捕ると、その見出しに絶句した。
――クロエとカイドウ、親権争いか!?
「……こ、これはダメだよ……」
エマも冷や汗を流しながら、新聞を閉じてしまった。
記事の内容としては、昨日から勃発した戦闘において、クロエとカイドウの一騎打ちを「ヤマトの親権を争ってる」と解釈した様子。実際のところはただの喧嘩友達のようなノリで奪い合いをしていたのだが、ヤマトがカイドウの娘であるという事実が公となった以上、クロエが預かっているとなると何らかの縁があると考えるのは自然な流れだ。
しかし、だ。相手がモルガンズとなると話は別になる。表にも裏にも顔が利く彼ならば、真実を知っていておかしくないし、そもそも自分の欲求に正直な刺激主義者だ。記事を書き変えるなど造作もないだろう。
しかも最悪な事に、カイドウとクロエが親権を巡り争うという構図は、世間からしてみれば非常に興味深く、面白い話題である事は間違いない。つまり、モルガンズの書いた記事は瞬く間に拡散され、真実として認知される可能性が高いのだ。
「……どうしよ、これ……」
「どうするって……どうにかできねェだろこんなん……」
「そりゃあ、ジャーナリストから見れば一番ネタの多い海賊団だろうとは思ってたがよ……」
誰もが頭を抱える事態に、クロエ海賊団はどうしようか決めあぐねていると……。
「……喧嘩売ってるのか、あのマスコミクソバード……!!」
『!?』
地獄の底から響くような声を発する船長に、一斉に振り向く。
その顔には青筋がくっきりと浮き出ており、バリバリと覇王色を発するほどの怒りに染まっていた。
「あいつといつから
「いや、それはどうでもいいんだけど……何するつもり?」
新聞を奪いビリビリに引き千切るクロエに、エマは恐る恐る尋ねると……。
「決まっているだろう、本社に殴り込んで訂正記事を要求する!! 者共、行くぞ!!」
「ええーーーーっ!!? 世経襲撃するの!!?」
モルガンズへの襲撃を敢行すると宣言し、混沌を極める一味。
しかし世界経済新聞社の本社は、気球と無数の鳥の力で社屋ごと空を飛ぶ仕様となっており、危険が迫った際は即座に撤収・逃亡が可能と言われている。ピンポイントでモルガンズのいる社屋を見つけ出すのは至難の業である。
だが、クロエは想像を超える手段で見つけ出す腹積もりだった。
「……アレ? そのニュース・クー、まだ帰ってないの?」
「私が威圧して従わせた」
「まさかニュース・クーに道案内させる気か!?」
大海賊がカモメを脅して喧嘩売ったマスコミを見つけようとするという、中々にシュールな状況。
しかし、当の本人は至って真剣、それどころか激昂寸前なのでツッコミを入れられるはずもない。
「カイドウ、次会ったらまた
「ウォロロロロ……いい酒の肴にしろよ?」
「むしろ笑いすぎて死んでしまうような状況にさせる」
ニュース・クーの首を鷲掴みながら、クロエは一味を引き連れて出航。
抗議という名の襲撃を仕掛けに向かうのだった。
*
数日後、世界経済新聞社。
「クワハハハハ!! いつもいいネタを作ってくれるな、〝鬼の女中〟!!」
モルガンズは世界中から集まる情報に、狂喜乱舞していた。
この大海賊時代において、白ひげやビッグ・マムと言った古参の覇者たちと肩を並べるほどの戦闘力と影響力を持つクロエを、彼は常に目を光らせていた。
ルーキー時代の数々の天竜人殺し、ロジャー海賊団時代の無双ぶりと18番
海賊王ロジャーが遺した「置き土産」は、現在進行形で世界をうねらせているのだ。
「さて、次はどんな記事を書こうか……クロエのネタは尽きねェからな!! いっそのこと独占インタビューも視野に入れるか?」
「しかし社長、昨日の朝刊は少し刺激が強すぎるのでは……」
「クロエとカイドウの事だろう? 別に全部が嘘じゃねェ!! カイドウがクロエを好敵手と認め、一人娘のヤマトの旅立ちをクロエ海賊団への所属を条件に許したっていう情報は掴んでる!! 今になって〝鬼姫〟の事で殺し合いになっても
社員の意見に耳を傾けつつも、モルガンズは訂正する気はないと主張する。
事実の全てを載せず、かと言って真っ赤な嘘をついたわけでもない、虚実を混ぜた報道により世間を騒がせるのが彼のスタンスであり美学。
ビッグ・ニュースを報道して世界を騒がす、活字のDJ――それがモルガンズなのだ。
「たまらねェな、このライブ感!!」
クワハハハハ、と大笑いするモルガンズ。
その時だった。
バリバリ……!
稲妻が迸るような音が聞こえてきたかと思えば、社屋の窓ガラスが軋み始め、次第に激しくなっていく。
「何だ!? 地震か!?」
突然の事態に狼狽えるモルガンズ。
そして、社屋のドアが蹴破られ、天災が姿を見せた。
「随分とこの私をコケにしてくれたな…モルガンズ…!」
『ええ~~~~~っ!?』
「お、〝鬼の女中〟ゥ!? どうやって来やがったァ!?」
最強の女海賊の襲来に社員たちは絶叫した。
まさかクロエ・D・リード本人が、本社の居場所を見つけて殴り込んでくるとは思わなかったのか、世界政府の圧力すら意に介さない胆力の持ち主であるモルガンズも腰を抜かした。
「私は文句は本人に直接伝える主義だ。昨日の朝刊の記事の訂正を求める!!」
「お、おい! 私は別に嘘をついているわけじゃないぞ!?」
「何を言う、全くの事実無根だぞ阿呆が!! ヤマトはあいつと私の間の子ではないし、そもそもカイドウはあくまでも私の好敵手に過ぎん!!」
クロエの放つ威圧感に、モルガンズは脂汗をダクダクと流しながら、ひたすらに弁明する。
「しかしだが〝鬼の女中〟!! おれは事実に基づいて記事を書いたんだぞ!!」
「主観的に書いた記事で、客のニーズを満たせると思うな!! そもそも「事実に基づく」という謳い文句ほど誇張された言葉はない!!」
モルガンズの胸倉を掴み上げ、右手を武装硬化させた上に覇王色の覇気を宿らせるクロエ。
そこへエマ達が慌てて駆け付け、必死に止めた。
「母さん!! 落ち着いて!!」
「頭冷やせって!!
「離せ!! あのマスコミクソバードは一度血祭りにあげねば気が済まん!!!」
「すいません、ウチの親友が……」
ヤマト達が必死に殺気立つクロエを宥め、エマは社員達に謝罪するというカオスな光景が爆誕。
愉快犯であるモルガンズも、こればかりは手に負えないと判断したのか、クロエに交渉した。
「よ、よしわかった!! 情報提供者の
「いや、明らかにあなたの脚色でしょ……」
「ステューシー、我が社にも世間体があるんだ!!! 大海賊の殴り込みで引き下がったという実績を作ると色々マズい!!!」
「何を今更言ってるの、情報操作屋さんが……」
必死の形相で反論するモルガンズに、ステューシーは呆れた様子でツッコミを入れ、ヤマト達も「お前が言うな」と言わんばかりのジト目で睨んでいる。
しかし、彼の言葉に思うところがあったのか、クロエは考える素振りを見せ……。
「……いいだろう、それで手を打ってやる。騒がせて悪かったな」
モルガンズの提案を承諾した。
その場にいる全員が目を見開き、クロエを見つめる。
「ただし、一つだけ条件がある。それさえ呑んでくれればの話だ」
「わ、わかった。内容はなんだ?」
「フッ……なに、簡単な事だ――」
2時間後。
「こ、これをばら撒くというのか……」
「フフッ……これで丸く収まるなら文句あるまい」
次々に輪転機で印刷させる号外に、モルガンズは目に見える程に落ち込み、クロエはスッキリとした笑みを浮かべていた。
一面には、デカデカとクロエに胸倉を掴まれるモルガンズの写真が載せられ、見出しには「取材ミスで世経襲撃」と書かれていた。
その内容は、以下の通りだ。
先日の朝刊にて発行された記事に対し、当事者であるクロエ海賊団船長クロエ・D・リードが直接本社に乗り込んで抗議。モルガンズ社長に対する暴力沙汰の一歩手前という事態となった。
激怒するクロエを説得しつつ事実確認をしたところ、百獣海賊団総督である〝百獣のカイドウ〟及びその一人娘であるクロエ海賊団戦闘員〝鬼姫〟ヤマトと肉親の関係はない事が発覚。情報提供者の取材ミスによる誤報として、モルガンズ社長は訂正記事を載せる判断を下し、納得したクロエも襲撃に対して陳謝した。
関係者によると、「カイドウとヤマトは母のいない父子家庭であり、クロエはカイドウの好敵手。殺し合いの中で気を許す関係となり、一人娘のヤマトの出奔をクロエの仲間となる事と彼女との再戦を条件に承諾した」という説明があり、大海賊達の知られざる人間関係も浮き彫りとなった。
今回の誤報に関し、モルガンズ社長は社員や記者達に「情報提供があっても鵜吞みにしないように」と改めて注意を呼び掛け、正確な取材の必要性を語った。
「とんだビッグ・ニュースだぜ……」
「本当なら私に土下座している光景を一面にしたかったんだ……ありがたく思え、ファッキンクソバード」
「誰がファッキンクソバードだっ!!!」
クロエの罵倒にイラッとして吐き捨てるモルガンズに対し、クロエ海賊団は発刊された号外を見て大笑いし、世経の社員達も吹き出しそうになっていたのだった。
こうして、前代未聞の「世界経済新聞社襲撃事件」は、モルガンズの謝罪と訂正記事の記載で幕を下ろした。
号外はその日の内に全世界に配布。彼の悪評を知る者は抱腹絶倒し、政府中枢や海軍本部では笑い声が後を絶たなかったとか。
これからは健全な取材を心掛けてほしいですねー。(笑)
次回はついに念願の「海の皇帝達」が誕生。
本作の海の皇帝は5人となりますので、四皇ではなく「五皇」ですかね。