天竜人のゴミルット聖一家を斬り捨てたクロエは、再び海兵に包囲されていた。
それも、先程の時の数倍の数に。
「アレが、クロエ・D・リード……!」
「ガープ中将と戦った女か……!」
「気を付けろ、かなり強いぞ!」
武器を構えたまま、海兵達は警戒を強める。
無数の銃口や切っ先を向けられても平然としているクロエは、この島中にいる海兵全員が束になっても勝てないだろう。出来ることは、海軍大将が来るまで彼女をその場に留めることだ。
しかしどういうわけか、クロエはその場から動こうとしない。かと言って大人しく投降するとは思えない。何か要求でもあるのだろうか。
時が凍りついたような静寂が訪れる。
そして――
「っ!」
クロエは、一際強力な気配を感じ取り、抜刀した。
ふと、遥か遠くから紫スーツの海兵が砲弾のような速さで突撃してきた。その右腕は、漆黒に染まっている。
「フンッ!!」
「ぬんっ!!」
ドォン!!
黒い腕と黒い刃が、轟音を立てて激突した。
その瞬間、稲妻が迸り大気と大地が震えた。
互いの覇気が衝撃波となり、周囲を吹き飛ばす。海兵達は伏せて耐えるしかない。
「……貴様があのクズ共の敵討ちに来た海軍大将か?」
「おれはゼファーだ。随分な言い方をするじゃねェか。……しかし、天竜人に手を上げるどころか、斬り捨てるとはな……」
「民衆の憎悪の対象に、正義の軍隊が庇い立てとは可笑しな話だろう…アレは意地でも護らねばならない存在だと私は思えないが?」
歯に衣着せぬクロエの発言に、ゼファーは苦い顔をした。
世界中の全ての地域において傍若無人の限りを尽くす天竜人は、海軍大将と海軍元帥を直属の部下として扱うことが許されている。現にガープは実力こそ大将や元帥クラスだが、天竜人のことは嫌っており護る対象と見ておらず、英雄としての「人望」や「実績」を盾に大将就任を尽く断っている。
ゼファーも例外ではない。周囲からは海兵としての手本であり、人間としての手本でもあった彼も、組織に属する以上は天竜人に従わざるを得ない。凄惨を極めた所業を目の当たりにしても、何もできないのだ。
「……お前は、我慢できなかったのか」
ゼファーは問う。
その所業に、見て見ぬフリができなかったのかと。
だが、クロエの答えはあまりにも予想外だった。
「私の忠告を無視したからだ」
「……何だと?」
「一度は許すが二度は無いと忠告したにも関わらず、それを無視した。それだけでなく、この私を奴隷ごと葬ろうとした。そもそも私の自由を阻む者には容赦しない……分を弁えない恥晒し、斬っても誰も困らないだろう?」
あっけらかんと答えたクロエに、ゼファーは呆れ返った。
ここまで身勝手な海賊はそうそういない。
だが、同時にスカッとした気分にもなった。長きに渡り人々を虐げて頂点に君臨してきた権力者が、自らの権威が一切通用しない相手に牙を剥かれて倒されたなど、ガープあたりは滅茶苦茶喜んでそうだ。
「……いずれにしろ、おれは海兵でお前は海賊。この意味、わかるよな?」
「……戦う理由は無いが、そっちが阻むなら私は蹴散らすまでだ」
そう、たとえ天竜人の件があってもなくても、立場がある。
海賊と海兵は、相容れないのだ。
「行くぞ……!」
「ああ……!」
二人は同時に地面を蹴り、打ち砕くべき敵に突貫した。
*
所変わって、世界政府の本拠地・聖地マリージョア。
天竜人の居城であるパンゲア城の一室「権力の間」にて、五人の老人達が話し合っていた。
彼らは〝五老星〟――「世界政府最高権力」と称される、天竜人の最高位に君臨する五人である。
「中枢の目と鼻の先で、このような大事件を起こすとは……!」
「それも頭を垂れる民衆の目の前……! これは失態だぞ」
「この女も〝D〟……ロックスも然り、ロジャーも然り……野放しにしては危険すぎる」
五人の議題は、つい先程起きたクロエによるゴミルット聖一家斬殺事件だ。
天竜人に手を上げる人間は過去にも例はあったが、民衆の目の前で全員斬り殺すというのは五老星としても寝耳に水。世界政府創立以来、おそらく天竜人絡みでは類を見ない前代未聞の凶悪事件だ。
しかも犯人は、よりにもよってミドルネームに「D」の名を持つ人間。Dはまた必ず嵐を呼ぶと言うが、こんな嵐は誰も求めない。
「クロエ・D・リードの討伐はどうなっている?」
「はっ! ただ今、ゼファー大将が対処に当たっています。ですが、クロエ・D・リードの戦闘力の高さから、少し手古摺るのではないかと……」
「……ルーキーと言えど、ガープと戦える程だ。万が一にも備えよ」
「はっ!」
伝令兵にそう伝え、五老星は深々と溜め息を吐いたのだった。
*
クロエとゼファーの一騎打ちは、壮絶を極めていた。
「お前は海賊の割には骨がある……!! だが、その程度ではおれの正義は砕けん!!」
「貴様の正義など知ったことか!! 私の自由を阻む者は、たとえ神や悪魔であろうと全て蹴散らす!!」
互いに血を流し、叫び合う。
全力のドツキ合い。拳と刃がぶつかり合い、周囲の大気が震える。
互角に渡り合っているが、攻撃の重さは体格に勝るゼファーの方が上であり、クロエは押し返されないように歯を食いしばっている。
「っ……〝神威〟!」
クロエは後方へ跳躍しながら、覇気を纏った強烈な斬撃を飛ばした。
ゼファーは咄嗟に武装硬化した両腕を十字に組み、足を踏み込んでガード。強引に跳ね返す。
その隙に距離を詰め、クロエはゼファーの顎を靴底で穿ち、八衝拳の衝撃を叩き込む。
「ぐおォ……!」
防御不能の衝撃は、ゼファーの脳を揺らした。
いかに肉体を極限まで鍛え抜いた大将でも、脳味噌まで強靭にすることはできない。
もんどりを打ったゼファーだが、遠くなった気を必死に掴み、奮い立たせた。
「――ぬうァああああああっ!!」
咆哮と共に、渾身の一打をクロエの鳩尾に見舞った。
ミシリという嫌な音が鳴るが、クロエは痛みを堪えて刀を振り、ゼファーの強靭な肉体を一閃した。
「ぐっ……!」
「〝神威〟っ!!」
今度は至近距離で、飛ぶ斬撃を叩き込む。
が、ゼファーはそれを見聞色で読んだのか、紙一重で躱し、正拳突きを繰り出す。
鉛のように重い拳を、クロエは刀で受けるが、刀身を押しのけて肩に食らってしまう。
僅かによろめくものの、微塵も隙を見せず覇気を纏った掌底を肋骨目掛け叩き込む。
「かはっ……おああああっ!!」
「!?」
肋骨を砕くつもりで放った武装硬化の掌底に怯まず、ゼファーは踏み止まって拳を構えた。
ゼファーは、肉体を超えた気力の塊と化していた。互いに骨と肉が軋みを上げているのにも関わらずだ。
――これが、海軍大将なのか。
「うおおおおあああっ!!」
ドゴォ!! ズドォ!!
「がっ……」
顎、そして腹。
「ハァ……ハァ……」
ゼファーは、すでに肩で息をしており、疲労困憊だ。
血を流し過ぎたのだ。
「ハァ……ハァ……勝負、あったな……」
ゼファーは、額や口から流れる血を拭う。
今まで多くの海賊達をのしてきたが、ルーキーでここまで手古摺ったのは初めてだった。
それほどまでに、クロエ・D・リードは手強かった。
「あ……うあ……」
「ゴホ、ゴホッ! ……大人しく、捕まってもらうぞ……海賊とて、この手で若い女を殺すのは性に合わん……」
咳き込みながらも、満身創痍のクロエを見下ろすゼファー。
二人の一騎打ちを見守っていた海兵達が、ぞろぞろと集まってくる。
(ふざけるな……こんなところで……!!)
瀕死…とまではいかないが、今のクロエにゼファーと海兵の部隊を返り討ちにする力はない。
――ここで捕まるわけにはいかない。
そんなクロエの精神に応えるように、彼女の中でナニかが目覚めた。
「うあああああああああっ!!」
ドォン!!
「がはっ!」
『うわあああああっ!!』
クロエは、乱暴に覇気を纏った拳を振るった。
その瞬間、黒い稲妻が迸り、二回りも大きい体格のゼファーと包囲していた海兵達を容易く吹っ飛ばした。
武装硬化の時とは比べ物にならない、絶大な破壊力だ。
「ゲホ、ゴホ…………今の感じ……まさ、か……」
血を拭い、クロエは昔を思い出した。
――よいかクロエ。世界で名を上げる覇王色の持ち主の中には、覇王色を纏う者がいる!
自分を拾った海賊であり、師範であるチンジャオ曰く。
覇王色の覚醒者の中でも、ひと握りの強者は覇王色を纏うことができる。その戦闘力は絶大で、覇気の奥義とも言えるくらいの威力を有するという。
覇気は窮地に立てば立つほどに開花される。絶対絶命に追い込まれた時こそ、新たな段階へと至ることができる……チンジャオはそうクロエに伝えていた。
そして今、その状態に到達したのだ。
覇王色を、瞬間的に纏うことができたのだ。
「……これが、覇王色を…ぐっ!!」
クロエは崩れ落ちそうになり、咄嗟に刀を杖にして支えた。
強力なチカラとは、どんなモノであっても消耗が大きいのが常。
ただでさえ海軍の最高戦力と戦って満身創痍の身に、とんでもない鞭を打ったのだ。これ以上の戦闘は続行不可能だ。
「ぐっ……そこまでの力が残ってたとはな……」
立っているのがやっとのクロエの元に、先程吹き飛ばされたゼファーが戻ってきた。
あの一撃は堪えたのか、ゼファー自身も疲弊している。が、覇気を腕に宿し、クロエに止めを刺せるぐらいの余力はある。
「悪く思うなよ」
ゼファーは覇気を腕に宿して構えた。
それを見たクロエは、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
(悔しいが……これしかないな…)
絶体絶命の状況を打破すべく、刀身に覇気を流し込んで地面に突き刺した。
ズズゥン!!
『!?』
突如、地面が激しく震えて地割れが生じ、足場が真下の海へと崩れ落ち始めた。
大地を割る威力に驚きつつも、ゼファーはクロエに目を向けると……。
「……ここはこれまでだ、ゼファー」
「いかんっ!!」
不敵に笑ったクロエの姿が、裂けた地面へと落ちていった。
それを見て、ゼファーはしてやられたと歯噛みした。
これは自決でもなければ心中でもない。
「総員、退避しろ!! 巻き込まれたら命の保証はねェぞ!!」
「はっ!! 全員、直ちに避難しろーーっ!!」
すぐさま命令を下すと、ゼファーはクロエの一撃で気を失った
*
治療を受けていたゼファーは、地割れの傍で眼下の海面を見て溜め息を吐いていた。
「ハァ……まさかこんな荒業で逃げたとはな……」
「大将殿、すぐにでも捜索するべきです!!」
「ダメだ、これ以上暴れたら面倒になる。このおれとここまで戦えた女だぞ、お前らでは荷が重すぎる」
ゼファーは、このまま本部へ帰還すると判断した。
クロエの戦闘力は、想像以上であった。本部の幹部格でないと、それこそガープやセンゴクでないと彼女を討ち取るのは困難だ。艦隊を編成してでも捜索するなど、ただの無駄骨だ。
それに「心中を図った為に生死不明」と報告すれば、中枢も不満ではあるがそれ以上は言ってこないだろう。当事者の天竜人一家が皆殺しになった以上、他の天竜人がクロエに構う義理は無いし、割と単純な脳味噌なのですぐ騙せる。
「……死者は出たのか?」
「いえ、負傷者こそ多いですが、死者は幸い一人もおりません」
「そうか……」
ゼファーはその報告を聞き安堵した。
これで海兵側の死者が出れば、海軍大将としての面目も丸潰れだし、自分を慕う者達にも顔向けできない。
まあ、コング元帥の大目玉は食らうことになるかもしれないが……その程度の被害で済むなら安いモノだ。
「……電伝虫はあるか?」
「はっ、ここに」
「コングさんに繋げ。おれが責任持って報告する」
その頃、シャボンディ諸島の港では。
「ぷはっ!! ゲホッ、ゲホッ……」
海面から顔を出し、愛用の小船に上がって仰向けになるクロエ。
何と本当に泳いで脱出したのだ。
チンジャオの死んでもおかしくない修行を真面目に取り組んだ甲斐があったと、クロエは錐頭の師範に内心感謝した。
「………強いな」
波止場に括りつけていた縄を外し、出航する。
今回の件で、暫くの間シャボンディ諸島周辺は近づいてはいけないだろう。世界政府の目と鼻の先で天竜人殺しは、さすがにマズかったようだ。
そのことへの後悔は微塵もない。唯一気掛かりなのは、あの時解放した奴隷達が無事に逃げられたかどうかぐらいだ。そんなことよりも――
「……まだまだ、だな…私は……」
片手で顔を隠すクロエ。
海軍本部の最高戦力と一騎打ちをして、初めて知った己の未熟さ。
あの時、覇気が次の段階で開花しなければ、今頃監獄行きだろう。
負ければ命までが海賊の世界。あの場でゼファーに敗れたとすれば、それは自分の責任だ。
「……もっと強くならなきゃ……完全な自由は、得られない……」
クロエはシャボンディ諸島から離れ、一度逆戻りして再起を図ることにしたのだった。
翌日、全世界に「ゴミルット聖一家斬殺」のニュースが号外で報道され、世間をあっと驚かせた。
それと共に、クロエの新たな手配書が配布された。
〝
ちなみに、クロエはこの後ある島で治療を受けます。
ご安心ください。
そして次回、〝鬼の女中〟要素の回収をします。
そう、ついにあの海賊と運命の出会いを果たすのです……!!
一番書きたかったところをやりますので、乞うご期待。
ああ、ちなみに