エレナの町は、ガスパーデが仲間になってるので別の海賊の襲撃を受けていることになってます。
〝
あのオーロ・ジャクソン号建造で有名なトムズワーカーズが置かれたウォーターセブンに続く、蒸気船製造で有名な造船の町。
その街が今、未曾有の危機に陥っていた。
「しっかりしろ、おい! しっかりするんだ!!」
街に住むボイラー技師を生業とする老人・ビエラは、炎に包まれる街の中で運河から救い上げた幼女に必死に呼びかけていた。
ごほっ、と青褪めた唇から濁った水が吐かれた。
「息はあるな……ケガもしてないようだが、このままでは……」
――お頭の命令だ!!
――金目のものは見逃すな!!
――住民は皆殺しだ!!
海賊達は街を蹂躙し、暴虐と略奪の限りを尽くしている。
その喧騒を物陰から窺いながら、ビエラは己の無力さを痛感すると、幼女が譫言を呟いた。
「おにい…ちゃ……」
その言葉に、ビエラは幼女を抱き上げると、その場を駆け出した。
「まだ生きている……この子だけでも……」
今、エレナの街は海賊達の蛮行によって滅びようとしている。
そしてこの幼女は、兄がいた。その兄も海賊の兇刃によって倒れた。
その光景を目の当たりにしていた以上、この子だけは何としても救わねば。
「ヒャハァッ!! 見つけたぜ」
「しまった……!」
ビエラは運悪く海賊達に見つかった。
海賊は下卑た笑いを浮かべ、ビエラに銃を突きつける。
「金と食糧を寄越しなァ」
「逆らうなら老人だろうが子供だろうが容赦しねェぞ!!」
「くっ……」
ビエラは幼女を庇うようにして後ずさったが、すぐに壁に突き当たった。
もう逃げ場はない。もはやここまでか。
そう思った時だった。
ドシュッ!
『ギャアァァァァッ!!』
「!!?」
突如として鮮血が舞い、海賊達が一斉に倒れ伏した。
何事かと戸惑っていると、一人の女が納刀しながら姿を現し、その琥珀の瞳と顔に刻まれた複数の切り傷を目にしてビエラは戦慄した。
「〝鬼の女中〟……!!!」
どんな海賊も恐れる、かの海賊王に愛された史上最恐の女海賊・クロエ。
エレナの街を焼き尽くしたのはこの女かと、ビエラは凄まじい怒りを抱いたが、彼女が抱き上げている少年を目にしてハッとなった。
その子は確か、海賊の一人に背中を斬られた――
「老人…その小娘の知り合いか?」
クロエは返り血を浴びた顔で、柔和に問いかける。
ビエラは臆しつつも、冷静さを装い返答した。
「いや……たまたま通りかかった一介の
「おい、海賊の私を信用するのか? 助けるとは限らないかもしれんぞ」
「フンッ、人生経験はわしの方が上じゃ。お前さんがこの町を襲った海賊ではないことぐらいわかる」
ビエラの言葉に、クロエは「年の功というヤツか」と呟いた。
「だが、お前さんのような超が付く大物がなぜここに……ゴホッ! ゴッ……ゴホッ!」
「なに、傾船修理用の備品を買いに来ただけだ。……そっちは肺が悪いようだな」
「缶焚きを長年やってりゃ、誰でも肺を患うさ……じゃが、わしの肺なんざどうだっていい」
「……ウチの船医に診てもらえばいい。どの道この街は終わりだぞ」
クロエの見立てに、ビエラは顔を歪ませる。
全てが灰となっていく故郷。人々は海からやってきた侵略者の暴力に、悉く殺された。
エレナの街は、もう元には戻れない。滅びてしまった。これからは別の、どこか遠い場所で暮らさねばならない。
「……この子らを、頼む」
ビエラはクロエに懇願した。
それがどれ程危険な事かは重々承知しているが、非力なビエラにはそれしか思いつかなかった。
「……わかった。だがお前も連れていくぞ、老人」
クロエはビエラにそう言うと、腰に差した愛刀を抜いて覇気を纏わせ、背後を無造作に一閃。
すると強烈な斬撃が放たれて炎と瓦礫を吹き飛ばし、道を作り出した。
「なっ……!?」
「私達の船まで少し距離があるから、近道をしよう」
「あ、ああ……」
ビエラは頷くと、クロエに守られる形で幼き少女と幼子を連れて走り出す。
彼女が作った道の周りには、住民だけでなく海賊の死体があちらこちらに散乱していた。
この海賊共が、このエレナの街を滅ぼした連中で、クロエは彼らを鏖殺したのだ。
(……たった一人で、この島を滅ぼした連中を無傷で壊滅させたのか…!?)
ビエラは目の前の女海賊の底知れなさに戦慄しつつ、クロエと共に幼い兄妹を抱えて焼け落ちるエレナを去っていった。
オーロ・ジャクソン号の船内に保護された三人は、すぐにラカムが治療にあたった。
「どうだ、兄の方は」
「背中の傷があと2センチ深かったら、命はなかったな」
手術を終えたラカムは、命に別条はないことを伝える。
彼は妹の治療とビエラ爺の診察も行い、それぞれ点滴と投薬で対処しており、容体は安定しているとのことだった。
「とにかく安静にしている事だな。色々と抱えてるだろうが、まずはゆっくり寝るこった」
「すまないな、クロエ殿。このご恩は一生忘れない」
「礼なら私ではなく、ラカムに言え。私達は私用であの島を通りかかっただけだ」
「いや……お前さんがいなければ、わしはこの子達と共に死んでおっただろう……」
ビエラはそう言うと、ベッドで眠る兄妹を見やる。
その安らかな寝息を見て安堵するビエラに、クロエは声をかけた。
「傷が癒えるまではしばらく居るといい、船員には話しておく。ラカム、あとは――」
「わかってる。海のクズでも医者だからな、患者の面倒はキッチリ見る」
「そうか……ならいい」
クロエはそう告げて外へ出る。
甲板では、大海賊〝鬼の女中〟の強さや人間性を慕う船員達が集っていた。
「……あの三人は大丈夫なのか?」
「ラカムが面倒を見るそうだ、問題ない」
レッドフィールドの問いかけにクロエは素っ気なく返答したが、その表情にはビエラ達を心配しているような雰囲気が僅かにあった。
親友として長い付き合いであるエマは、それを察して苦笑しながら声をかけた。
「……気になる?」
「私だって人の子だ、どこの馬の骨とも知れん兄妹と爺を気にかけて何がおかしい」
「ううん。なんでもないよ、クロエは優しいね」
そう言って笑みを浮かべるエマに、クロエは「ふんっ……」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
そこへラカムがやって来て、ビエラ達の容態を報告した。
「あの爺と妹の方はもう大丈夫だ。兄の方がまだな……」
「当然だど、あんな傷を背中に負って……」
「本当に運のいいことだな」
「まァ、この海は運も大事だが……」
デラクアヒや
保護したのが早かったのもあるが、大人でも致命傷になりかねない傷を背中に受け、それでも息があるのは幸運だろう。
「一ヶ月で完治すると思うが、あの兄妹の
ラカムは眉を顰める。
この世界でも様々な名医がいるし、自分も家系ゆえにあらゆる医術を学んだ。しかし「精神医学」に関しては研究が進んでないのか、治療法や資料が少なすぎる。この世界の科学力・医学力がどこまで発達してるのかも不透明で、医学の勤勉を欠かさないラカムも把握しきれていない。
あの兄妹は、一夜で全てを失った。親も友達も故郷も、大切なものが何もかも灰と化し、もう二度と戻らない。その精神的なショックは計り知れない。
「この件はラカム、お前に任せる。好きにしろ」
「ああ。わかった」
クロエはラカムにそう告げると、肩に羽織っていたコートを脱いで刀を抜き、欄干に足をかけて海へと飛び込んだ。
「ちょ、船長!?」
「飯の材料を獲りに行ってくる」
クロエは平然とそう告げて海へ潜った。
「お頭ァ、そりゃあおれの出番だろ…」
「クロエは怠けるのを嫌うからね……自分自身も然り」
ボヤくウィリーに、エマは苦笑いしながら呟いた。
*
それから二日後、件の兄妹は目を覚ました。
背中に傷を負った兄はシュライヤ・バスクード、妹はアデル・バスクードといい、親が船大工だそうだ。
「アンタが、おれ達を助けてくれたのか……?」
「正確に言うと、私とビエラの二人だがな」
イスに座りながらコーヒーを啜るクロエは、船長室に単身乗り込んだシュライヤの問いかけに対してそう答えた。
彼女の机の上には、エレナの街が海賊の襲撃で壊滅したという記事が一面に載っている。絶妙な記事を相変わらず書く鳥である。
「……何で助けたんだ」
「?」
「あんた達の知り合いでもない、縁も所縁もないおれ達をなぜ助けた? ……何が狙いなんだ」
「目の前で幼子が殺されそうになってるのを無視すると、寝起きが悪い。仮に理由が無くとも、気まぐれに人を救ってもバチは当たらんだろう」
敵意と警戒心を孕んだ眼差しで睨むシュライヤに、クロエは飲み干したコーヒーカップを机に置いて答える。
それが彼女の本心なのか、あるいは何か裏があるのか……いずれにしろ、自分達に選択肢はないという事だけは理解できた。
「……わかった、世話になる」
「何だ、物分かりがいいな。そういう子供は嫌いじゃない」
「勘違いするな。おれはあんたに心を許した訳じゃない」
シュライヤは目を尖らせながらそう吐き捨て、船長室を出て医務室へ向かう。
医務室では妹のアデルがベッドの上でお粥を食べていた。ラカムの治療のおかげで、何事もなく快復したようだ。
「お兄ちゃん、もう動いて大丈夫なの!?」
「ああ……兄ちゃんは大丈夫だ」
「医者の前で強がってんじゃねェよ、クソガキ」
不意に、イスに腰かけていたラカムが親指で背中をグッと押した。
直後、激痛が走ってシュライヤは「いってェ~ッ!!!」と大きく悲鳴を上げた。
「ハァ…ったく、傷が治りきってねェのにほっつき歩きやがって。背中の傷が開いたらヤバいってことぐらい理解しろってんだ」
ラカムは説教しながら縫合した背中の傷に抗生剤軟膏を塗布し、ガーゼで保護する。
シュライヤは鋭い痛みにプルプルと震えつつも、必死に堪えた。
「ほら、終わったぞ。あとで痛み止めと抗生物質渡してやるから、とにかく安静にしろ」
「わ、わかったよ……」
シュライヤは不貞腐れながら、医務室の空きベッドに横になる。
しばらく経つと寝息を立て始め、それを見たラカムは溜め息を吐きながら生薬棚から調合する薬草を漁り始める。
すると、お粥を食べ終えたアデルが声をかけた。
「海賊のお医者さん…その……ありがとう」
「気にすんな、医者としての正義をおれは貫いただけさ」
「お医者さんとしての……?」
ラカムはアデルのきょとんとした顔を見ながら、自身の信念を語った。
「医者は患者を治すのが存在意義だ。海賊であれ海兵であれ、目の前で傷を負った奴を治療する
「……」
「だが、そっから先は回復しきった赤の他人。堅気に手を出すのは禁じられてるが……おれは「医者の善意」を踏み躙る奴には一切の情けをかけない。この海で医者に逆らうことは自殺行為だ、覚えておけよ」
そう告げると、ラカムはお椀に薬草を放り込み、すりこぎ棒でゴリゴリと潰し始める。
アデルはそんなラカムの背中を、どこか尊敬にも似た眼差しで見つめたのだった。
*
数週間後。
クロエ海賊団は〝水の都〟ウォーターセブンに寄港し、廃船島に停泊していた。
その目的は、旧知の船大工・トムとの再会だった。
「たっはっ!! っ…!! っ…!! 久しぶりだな、じゃじゃ馬娘!!」
「最後に会ったのは、ロジャーが海を制覇する前だからな」
「こんだけのドンとした面子、よく揃えたもんだ!! たっはっは!!」
トムとクロエは親し気に会話を交わす。
「例の列車も完成し、晴れて免罪か」
「よかったね、これで肩身の狭い思いをせずに造船に集中できるじゃんか」
「いや……あの後、おれァ政府から監視されてんだ」
トム曰く。
海列車の完成によりオーロ・ジャクソン号製造の罪は帳消しとなったが、肝心のオーロ・ジャクソン号がクロエの所有物であるためにそうは問屋が卸さなかったという。
クロエ海賊団には船大工がいない。その為、大掛かりな修理改修の際には旧知の仲に頼むのだが、世界政府にとっては神出鬼没の一味の動向を知る数少ない好機である。よって政府上層部の意向で、ウォーターセブンにはサイファーポールの諜報員が常駐しているのだという。
「まァ、ロジャーみたいにドンとしたクロエのことだ!! どうにかなるだろ?」
「トム、それは違うわ」
トムの言葉を、ステューシーは否定した。
「どうにかなるんじゃなくて、情報漏洩を全く気にしないのよ。信じられないくらいに」
「漏れたところで何も変わらないだろうって言ってな……」
「ある意味で無敵だな」
ステューシーとスレイマン、エルドラゴの言い分に他の船員達は無言で頷き、クロエは額に青筋を浮かべた。
悪名高き〝鬼の女中〟の一味が、意外にもアットホームな雰囲気でワイワイと会話する光景にトムは爆笑した。
するとそこへ、トムの「美人秘書」であるココロが姿を現す。
「珍しい客人じゃないか」
「ココロか、久しいな」
「ここに来たってことは船の修理だろうけど、今回は別の頼み事もあるようだね」
傍にいるバスクード兄妹とビエラを一瞥し、事情を察したココロはクロエを見やる。
クロエは「いつの世でも同性の勘は侮れんな」と呟き、三人の身の上話を語り始めた。
「……とまあ、こんなところだ」
「よしわかった!! だったらわしがドンと三人の面倒を見てやる!! 海列車は蒸気機関だからな、ボイラー技師を求めてたところだ」
「よかったじゃないか、再就職先と養子縁組が決まったぞ」
「託児所の次は人材斡旋業者か?」
ガスパーデは呆れながらそう呟き、一同は大笑いした。
その様子を物陰から見つめる者がいたが、クロエ達は気づきつつもあえて無視したのだった。
次回はギャグパートっていか、ほのぼのとしたお話にします。
そうだなぁ……コーヒーのブレンドに納得できず、夜通し飲んで不眠症になるクロエとかにしようかなぁ。