〝鬼の女中〟と呼ばれる女   作:悪魔さん

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前半は久しぶりの野良犬、後半はあの男の倅です。


第75話〝伝説を継ぐ海兵、ゼット〟

 新世界のある島。

 クロエ海賊団は補給物資の買い付けの為に港に停泊し、その間クロエはコーヒーショップで豆を購入していた。

「やはり、新世界の方が質がいいな。過酷な環境ゆえか?」

「まぁ、そうかも知れん。兎にも角にも、こうして良質な豆が手に入ったのは良かった」

「あぁ、これで美味しいコーヒーが飲める。ありがとう」

 店主とそんなやり取りをして豆を購入したクロエは、満足そうに店を出る。

 クロエにとってコーヒーとは、自身の「心への栄養補給」である。海の皇帝だの史上最恐だのと恐れられる彼女も、心臓一つの女一人……胡坐を掻かず鍛え上げ続けるのも当然大事だが、心の潤いも欠かしてはならない。故にゆとりと追い込みの調和を維持してこそ、心身の状態はより良いものになると考えているのだ。

 そんなコーヒー愛に燃えながら港に向かって歩いていると、思わぬ人物と遭遇した。

「ん?」

「あァ…?」

 目の前に、海兵がいたのだ。

 濃い真紅色のスーツの上に海軍コートを羽織った、左首筋から見覚えのある入墨を覗かせる厳めしい風貌の硬骨漢。海賊共はおろか味方の海兵達すら縮み上がってしまう程の貫禄と威圧感は、世界の〝正義〟を背負うに相応しい。

 そう、クロエとは浅からぬ因縁がある、現在の海軍本部の最高戦力――〝赤犬〟サカズキだった。

「――サカズキか!?」

「っ…〝冥狗〟!!」

 まさかの鉢合わせに、サカズキは咄嗟にマグマに変化させた腕を伸ばして掴みかかろうとする。

 しかしクロエは避けるどころか武装硬化させた右手で掴み、真っ向から受け止めた。

 鍔迫り合いの体勢となった二人は、互いに鋭い眼差しで睨み合う。

「ここで会ったが百年目じゃけェのう……!!」

「待て待て、私は今オフだ。コーヒー豆ぐらい置きに行ってもいいだろう?」

「じゃあ、そのコーヒー豆ごとわしのマグマで焙煎しちゃるわい!!!」

「熱いジョークだ、なっ!!」

 クロエは流す覇気の量を一気に増やしてドンッ! と弾き飛ばす。

 サカズキは空中で一回転しながら受け身を取って体勢を整え、着地してから左腕で犬の形のマグマ――〝犬噛紅蓮〟を放った。

 犬を模した灼熱の溶岩が突進してくるが、クロエは豆の入った袋を真上に放り投げ、愛刀・化血を抜いた。

「――〝神凪〟」

 マグマがクロエの間合いに入った途端、縦横無尽に無数の斬撃が走り、瞬く間にマグマは斬り刻まれた。

 その直後、袋が落下して彼女の左手に収まった。

「……目の前の敵よりもコーヒー豆に気ィ向けるたァ、油断が過ぎるんじゃありゃせんか?」

「だからこうして見聞色を全開にしてるんじゃないか。私は一度も貴様を見くびった事はないぞ?」

 サカズキの言葉に、クロエは不敵な笑みを浮かべて返した。

 するとそこへ、大勢の海兵達が駆けつけてきた。サカズキの軍艦に乗っていた部下達だ。

「サカズキ大将!!」

「赤犬さん!!」

「……おどれら、下がっちょれ!!」

 サカズキは武器を構える海兵達を制止する。

 大将の命令に一瞬どよめくが、クロエの姿を見て顔面蒼白になった。

『〝鬼の女中〟ゥ~~~~~!!?』

 一斉に後退る海兵達。

 その光景を見て、クロエは意外そうな表情を浮かべた。

「味方の犠牲も止む無し…じゃなかったのか?」

「そこまで自惚れちゃおらんわい…!!」

 サカズキは眉間に皺を寄せながら言い返した。

 彼は「徹底的な正義」を掲げている正義の士だが、何も常に即断即決というわけではない。状況に応じて熟慮を重ねて攻め時を見極める慎重な一面があり、先手を打つのも動くか否かをしっかり判断した上での事。ましてや相手が世界最強の女となれば、隙あらばのスタンスは崩さずとも慎重にならざるを得ないのだ。

 思想や言動こそ過激だが、叩き上げの軍人としての冷静さや視野の広さも持ち合わせているようだ。

「どうする、サカズキ。お前には今ここで私と戦争するという選択肢もあるが…?」

 化血の切っ先を向けるクロエに、サカズキは軍帽を被り直しながら両手からマグマを噴出させる。

 この島が戦場になると、海兵達は住民の避難や応援の要請に動こうとした、その時。

 

 ジャキッ……

 

「!!」

「はい、そこまで」

 不意に、サカズキの頭に銃口が突き付けられた。クロエ海賊団の副船長であるエマが現れたのだ。

 彼女の登場に海兵達は顔が強張るが、サカズキは微動だにせず睨んだ。

「……それでわしを殺せると思うちょるんか、〝魔弾〟のォ」

「五分五分ってトコかな。……大将さん、ここはこの辺にしようよ」

 エマはサカズキの睨みに物怖じせずに答える。

 が、そんな言葉に応じるはずもなく、サカズキは銃身を握って火をも焼き尽くす程の熱を帯びさせた。

「わーっ!! 銃身熔けちゃうーっ!!」

「覇気を使っといてよく言う……!」

 何気に銃に覇気を纏わせているエマの狼狽ぶりに、サカズキは呆れ返った。

 するとそこへ、クロエが愛刀を鞘に納めながら声をかけた。

「サカズキ、貴様との戦いはまた今度だ。お互い民間人を巻き込むのはよくない。ちょうどいい場所で会えたら、その時は全力で相手してやる!!」

「――じゃったら今ここで仕留めちゃる!!!」

 サカズキは空いた手でマグマの拳を放とうとしたが、距離を一瞬で詰めたクロエの蹴りが腹に突き刺さり、その衝撃で大きく後退った。

「ぐおっ…!!」

「また会おう、サカズキ。次に会う時は、お互い本気でだ」

 クロエはそう言うと、コーヒー豆の袋を小脇に抱えながらエマと共にその場を去っていった。

 サカズキはすかさず起き上がるが、その時にはクロエ海賊団の帆船――オーロ・ジャクソン号が港を発とうとしていた。

「逃がさん!! 〝流星火山〟!!!」

 サカズキはマグマを変化させた両腕を上空へ向けて噴出。拳のような形状の大きな火山弾が打ち上がり、オーロ・ジャクソン号に降り注いだ。

 船一隻轟沈させるには十分な威力だが、その程度でクロエ海賊団の足を止められるはずもない。覇気を纏った斬撃や銃撃による迎撃と正確な操船技術により、まんまと海軍大将の追撃を逃げ果せてみせた。

「…………相変わらず、癪に障る女じゃけェ……!!」

 サカズキはそう呟きながら、港を去っていく船影を睨み続けていた。

 

 

           *

 

 

 翌日、クロエは海軍大将の次に海軍の伝説と遭遇した。

《お~い、こちらガープ!! こちらガープ!! クロエ、いたら返事しろォ~~!!!》

「拡声器で声かけなくても聞こえるわ……」

『ガ、ガープ!!?』

 クロエはうんざりとした表情を浮かべ、仲間達は呻いた。

 今なお海賊達にとって恐怖の象徴であるガープが、メガホン片手に呼びかけてくるのだ。

「船長、まさかまた呼び寄せたんじゃねェだろうな?」

「あんた前科あるからな」

「今回は違うぞ、阿呆が……」

 クロエは仲間達から疑惑の眼差しを向けられるが、今回は違うと断言した。

「ただまぁ……付き合ってはやろうと思う」

「ハァ!?」

「ゼファーの気配を纏った奴がいる」

 クロエの爆弾発言に、全員の目が点になった。

 大海賊時代以前に勇猛を馳せた元海軍大将〝黒腕のゼファー〟。彼と同じものを持つ海兵が、ガープの軍艦に乗っているというのだ。

「クロエ、まさか…!?」

「ああ……どうやら海軍も育っているようだ」

 クロエは口角を上げた。

 大海賊時代開幕以降、海賊達の勢力拡大を受けて世界政府は王下七武海を組織したが、やはり海軍の新世代が育つ事が一番大事である。次世代の英雄達の誕生こそ、海軍が次の時代に求めているもの……そして今、自分の目の前にその次世代の英雄が現れようとしている。売られた喧嘩は買うタイプのクロエは、新世代が挑戦しに来る事は好意的なので、是非とも会ってみたくなったのだ。

 その真意に気づいたのか、エマは10時の方向に見える島影を指差した。

「……あそこの無人島にすれば?」

「副船長、本気か!?」

「うーん…見聞色で探知してるけど、ガープから敵意は感じないよ? 最初から私達と戦争する気は無いっぽいから、ここはクロエに任せよう」

 エマの進言もあり、クロエ海賊団は舵を切って無人島へと向かい投錨。

 クロエは一人砂浜に降り立ち、待ち構えていたガープらと対峙する。

「貴様とはフーシャ村以来だな、ガープ」

「ぶわっはっはっは!! 相変わらずのじゃじゃ馬じゃな!!」

 豪快に笑ったガープは爆笑しつつも、油断無く構える。

 しかし、隣に立つ副官のボガードは、刀の柄に手を添えたまま息を呑んでいた。

(何という覇気……!! 構えていなくてもこの威圧感……これが、史上最恐の女海賊……!!!)

 ボガードはクロエの威圧感に冷や汗を流していた。

 海軍の英雄の補佐役として長年彼と共に海賊達を相手取ってきたが、〝鬼の女中〟は今まで戦って来た海賊の中でも指折りの怪物だ。ロジャー亡き今、彼女と真っ向勝負で勝てる者はほとんどおらず、海軍でも確実に勝てると断言できる者は皆無に等しい。故に次の海賊王の座と〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に最も近い女として海に君臨している。

 一瞬でも気を抜けば、部隊が壊滅するかもしれない――ボガードがそう思った時、クロエが笑いながら彼に告げた。

「ガープの副官か? 安心しろ、貴様らから仕掛けなければ私は何もしない」

「ほれ、そう言っとることじゃからもっと肩の力を抜け!! ボガード!!」

「五皇の前で肩の力抜けるのあなたぐらいですよ、ガープ中将……」

 ボガードは何とも言えない表情で肩を落とした。

 ガープが楽観的すぎるのはいつもの事だが、それでも副官としては緊張せずにはいられないのだ。

 しかし、そんなボガードの気苦労も知らず、ガープはクロエに告げた。

「クロエ、少し手を貸せ。今からこいつらを突撃させるから鍛えてやれ!!」

「ええ~~~っ!?」

「無茶言わないでくださいよ、ガープ中将!!」

「あなた人の心あります!?」

 ガープの爆弾発言に、部下の海兵達からは非難轟々。

 彼の無茶振りに何だかんだ付き合ってきたボガードも、流石に頭を抱えた。

「私は別に時間が空いてるから構わないが」

「ほら見ろ、クロエは承諾したぞ!! 新世界のレベルを知るチャンスじゃ、逃すなよ!!」

「あなたに鬼畜な要求をされる新兵達のメンタルを考えてください…!」

 ボガードはガープの強引さに呆れ返りながら溜め息を吐いた。

 すると、海兵達の中から一際逞しい体格をした将校が前に出てきた。海軍の制帽を被り、タンクトップ姿の上に海軍コートを羽織った青年で、見覚えのある紫の短髪をしていた。

「ガープ中将……おれに戦わせてください」

『ゼット中佐!!!』

 ガープは堂々と申し出た青年将校に、「存分に暴れてこい」と笑った。

 男の名は、ゼット。まだ二十代でありながら本部の佐官を務め、すでに覇気を修得している実力者だ。そして何より、彼はあの元海軍大将〝黒腕のゼファー〟の実の息子で、父親譲りの腕っ節と正義感で上層部からも一目置かれている。

「……似ているじゃないか」

 かつてのルーキー時代を思い出したクロエは、その青年将校の姿を見て柔和な笑みを浮かべた。

 すると、ゼットは軍帽を被り直しながら意外な言葉を口にした。

「あんたにゃ世話になったな。昔、親父を逆恨みした海賊がおれとお袋殺そうとしたんだって?」

「…………ああ、あれか。別にこれといった事じゃない。ただ、格下に指図されるのが酷く不快だっただけだ」

 クロエは素っ気なく答え、拳を鳴らした。

 ゼットに合わせ、自身も徒手空拳で戦うつもりなのだ。

「来い。この海のレベルの最高峰を教えてやろう」

「上等だっ!!」

 ゼットはクロエに殴りかかった。

 クロエは武装硬化した左腕で拳を受け止め、強引に押し返してから掌底を繰り出す。それを予測していたのか、ゼットは紙一重で捌いて彼女の腕を摑む。

 しかし、クロエは振り解くどころかそのままゼットを背負投げし、地面に叩きつけてから蹴り上げようとした。

「っ!!」

 ゼットは身を翻して逃れ、立ち上がってから武装硬化した正拳突きを繰り出す。

 クロエはその一撃をあえて避けず、相手と同じ武装硬化した拳をぶつけた。

「ぐっ…!!」

「覇気がまだ未熟だな……しかし体の使い方は慣れてる。その年でここまで鍛えた事は素直に賞賛しよう」

 クロエは組手をしながらゼットを評した。

 覇気を極めた彼女からすれば、今のゼットは伸びしろこそ期待できても自分達のステージには達していない。父親(ゼファー)のレベルに達するには、まだまだ実力不足である。

 しかし、海軍の中で二十代、それも佐官で武装硬化ができる海兵は滅多にいない。海軍の最高戦力にまで上り詰めた、偉大な父の背中を追ってきた彼の努力の賜物と言えるだろう。

「覇気をもっと強くして出直してこい、ゼット!!」

「っ!!」

 クロエはゼットの拳をいなして懐に入り込み、回し蹴りで彼の身体を吹っ飛ばした。

 その一撃をまともに食らったゼットは大きく吹き飛び、地面に叩きつけられるがすぐに受け身を取って立ち上がるが、すでに目の前には彼女の姿は無かった。

「!?」

「勝負ありだ」

 背後からの声に振り向き、咄嗟に覇気を纏った拳を振るうゼット。

 だがクロエの方が断然速く攻撃が決まり、鳩尾に掌底を叩き込まれて再び吹っ飛んでしまう。

 加減したとはいえ、世界最強クラスの海賊の一撃は重く、ゼットはそのままノックアウトしてしまった。

『ゼット中佐!!』

「うゥ……くっそォ…(つえ)ェ……!!」

「ぶわっはっはっはっはっ!! まだまだ甘いのう、ゼット!! この程度じゃ親父は越えられんぞ!!」

 仰向けで悔しがるゼットに、ガープは高笑いしながら声をかける。

 対するクロエは、微笑みながら「また挑みに来い」と告げ、ガープ達に背を向けた。

「何じゃクロエ、もう終わりか」

「他の面々も相手取ろうとは思ってたがな。ゼットで十分楽しめた。私はもう行くとしよう」

 クロエは一瞬で砂浜から船に跳躍し、船上からエマと共に声をかける。

「ではな、ガープ。ちゃんと扱いておけよ」

「ガープさん、センゴクさんによろしく伝えと――」

 

 キィィィン…!!

 

「「っ!!?」」

 不意に、二人は見聞色で未来を視た。

 ガープが満面の笑みで砲弾を無数に投げつけ、避けきれなかった仲間達が被弾し、船が一部損傷する光景を。

「マズい!! 総員、戦闘準備!!」

「どうした、二人共!?」

「〝拳骨流星群〟が来るよ!! 取り舵一杯、早くヤードを回して!!」

『何ィ~~ッ!!?』

 エマは冷や汗を流しながら未来視した光景を伝えると、それを聞いた仲間達は戦慄し、急いで操船を始めた。

 いくら年を取ったとはいえ、砲弾が尽きるまで続けられるガープの猛攻は一溜りもない。

「そりゃそりゃそりゃそりゃーーーっ!!!」

「クソッ、やはり面倒事になったか…!!」

 珍しく慌てた様子で、砲弾の嵐を捌きに掛かる。

 状況的には本人を薙ぎ倒すのが手っ取り早いが、砲弾一つ一つに覇気を込めて投げつけてくるせいで、下手に出撃すると船体の護りが疎かになって穴だらけにされてしまう。

 故にクロエはガープへの直接攻撃を諦め、砲弾を捌き続ける事を選択する他なかった。

「僕の〝鳴鏑〟が相殺された~~っ!?」

「あのジジイ、ホントに衰えてるのかよ!?」

「衰えてなおコレじゃのし!!」

「冗談だろ、おい!?」

 クロエ海賊団の面々は悲鳴を上げながらも、必死に砲弾の嵐を捌いていく。

 そんな彼ら彼女らの様子を、ガープは豪快に笑いながら射程圏外になるまで攻撃し続ける。

 そしてゼットは、海へ逃げていくクロエ海賊団を見届けた。

「……また挑みに来い、か…上等だ……!!」

 好戦的な笑みを浮かべながら拳を握り締め、水平線に消えるオーロ・ジャクソン号を見据えるのだった。




後半に登場したゼファーの息子、ゼット。
名前の由来は言わずもがな。見た目は下士官時代のゼファーをちょっと若くした感じです。
実力は現時点で海軍中将並みとのこと。近い内に昇級が確定しています。

次回はどうしよう……時系列進めようかな。
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