〝鬼の女中〟と呼ばれる女   作:悪魔さん

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この話で、時系列上は原作開始から6年前となります。


第76話〝バーソロミュー・ジニーの病気〟

 大海賊時代が開幕し、16年が経過した。

 世間は聖地マリージョアにて4年に一度開催される「世界会議」の話題で持ちきりだ。その議題に挙がったのは、〝反逆竜〟の異名を持つ革命家・ドラゴンとその思想。世界中の国々でクーデターや革命を引き起こしている黒幕と見なされ、世界政府そのものを倒そうとするスタンスから「世界最悪の犯罪者」として危険視されている。同時に、五皇の一角であるクロエ海賊団との何らかの接点が見受けられ、ドラゴンとクロエが手を組めば冗談抜きで世界秩序を崩壊させかねないとし、海軍やサイファーポールの強化を加盟国の王族達が次々に提言したという。

 そんな事態が起きているなど露知らず、当の本人は懇意にしているドック島で鍛錬に勤しんでいた。

 

 ドスッ!! ドスッ!!

 

「ひゃあああ~…!!」

「ヤマト、その程度で音を上げるな!! 才覚は努力でのみ伸びる!!」

 ビリビリと痺れる手に悶絶するヤマトを他所に、ひたすらクロエは軍艦の装甲を殴り続ける。

 彼女達が行っているのは〝軍艦バッグ〟―― 軍艦の装甲をサンドバッグ代わりに能力や覇気の使用禁止で叩くという無茶苦茶な鍛錬法だ。

 クロエの強さの根幹はあまりにも強大な覇気にあるが、それゆえに覇気に依存する傾向があり、前々より身内や仲間から指摘があった。そこで齢四十を手前に初心に帰る事を思いつき、ガープが一番弟子でもある〝青キジ〟クザンと共に行っている軍艦バッグを敢行したのだ。

 そして、海軍の軍艦を入手する際に頼ったのが、自分の右隣で軍艦を殴り続ける弟分――同じ元ロジャー海賊団のダグラス・バレットである。

「お前と連絡が取れてよかった。軍艦もありがとう」

「カハハハ…! ロジャーと渡り合ったゲンコツ野郎の強さに興味が湧いただけだ」

 獰猛に笑いながら装甲を殴り続けるバレット。

 海賊王の一団で「ロジャー海賊団の双鬼」と呼ばれた怪物若輩は、軍艦バッグをしながら世間話を始めた。

「クロエ、てめェはこういう鍛錬は初めてか?」

「師範の指導で氷山を殴り続けるというのはあったな。お前こそどうなんだ?」

少年兵(ガキ)の頃、敵の砦の門をよく殴り壊した」

 互いに雑談を交えながらも、軍艦バッグを続行する二人。

 ギブアップしたヤマトは、二人を見て「これが海賊王の船員(クルー)……」と戦慄。様子を見に来た仲間達もドン引きしている。

 そんな中、バレットは近況報告と言わんばかりにとんでもない発言をした。

「こないだ、金獅子のハゲニワトリが来やがった」

「シキか? また懐かしい奴だな……それより、あいつハゲたのか」

「シミもできてたぜ。覇気も少し鈍ってた」

「まあ、あいつは出たとこ勝負向いてないからな」

 シキの話題が出たことに、クロエは懐かしそうに思い返す。

「……部下になれとでも言われたか?」

「ぶん殴って返事をしたぜ」

「懲りない男だ、絶対断られるに決まってるだろうに」

 とうとう耄碌したかと、ボヤきながら装甲を殴り続ける。

 〝鬼の女中〟と〝鬼の跡目〟を動かせるのは、後にも先にもロジャーただ一人。いくら鎬を削って同じ時代をやってきたとしても、二人があの男以外の人間の下に付く事などあり得ないのだ。

 すると今後はクロエが話を振った。

「そっちこそ、〝祭り屋〟と裏でつるんでるそうじゃないか。何か企んでるだろう?」

「……どこで知った」

「ウチには元サイファーポールがいるんだぞ? 裏社会の情報も入る」

 そう言うとクロエは装甲を殴るのを中断し、バレットも拳を止めた。

 琥珀の瞳と蒼の瞳……互いの視線が交錯する。

「……変わったな、バレット」

「今も変わっちゃいねェ。おれは求めるのは〝世界最強〟の称号…それだけだ」

 弟分の答えにクロエは「……そうか」と一言返し、それ以上は言及せず再び装甲を殴り始めた。

 〝鬼の跡目〟の強さの根源は、今も昔も変わらず「世界最強への渇望」のようだ。

 

 

 翌日。

 軍艦バッグと軽く戦闘を済ませ、バレットは再び武者修行の航海へと発った。

「相変わらずサイクロンみたいな奴だ」

「その言葉、そっくりそのまま返ってくるよ?」

 モブストンの事務所兼自宅の縁側でコーヒーを飲むクロエに、エマはジト目でツッコミを入れ、仲間達は無言で頷いた。

 バレットは破壊行為を一切躊躇しないが、クロエは世界の均衡を崩しかねない暴挙も厭わない。方向性が異なるだけで、彼女も十分サイクロンと言えよう。むしろバレットよりサイクロン染みてる。

「……軍艦バッグ、やってみるといい。何だかんだお前も徒手空拳使うだろう?」

「丁重にお断りします」

 前世からの親友の勧誘を、間髪容れずに断った。

 何となくだが、あの鍛錬法だけは自分に向いてない気がしたのだ。

「モブストンもすまんな。勝手に軍艦を持ってきて」

「なァに、海の皇帝がお得意さんなら大歓迎じゃ!! お主の自由を誰が奪おうか……!!」

 モブストンは豪快に笑うと、クロエも柔和な笑みを溢す。

 すると、いきなりクロエ海賊団所有の電伝虫がプルプルプル……と鳴き出した。

「電話…?」

「ハァ……どこの馬鹿だ、私に電凸仕掛けてきたのは」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ……」

 クロエは溜め息交じりに受話器を取った。

「こちらクロエ。三秒以内に名乗らないと切るぞ」

《繋がった!! クロエ、おれだ!!》

「――くまか!?」

 まさかの相手に、クロエも目を丸くして驚いた。

 声の主は革命軍のバーソロミュー・くま。電伝虫を通しているので姿こそわからないが、何故か悲痛な声音をしている。

「どうした? お前らしくもない」

《すまん……助けてくれ!! ジニーが……!!》

「落ち着け、ジニーに何があった」

 クロエは冷静なまま問いかける。

 くまも深呼吸をして言葉を選びつつ、事の顛末を語り出した。

《ハァ…ハァ…つい先日、彼女が病で倒れたんだ……!! まるで皮膚が青い石のように固まって……》

「――おい、ちょっと待て!!! くま、ちゃんと()()()()遮断してるんだろうな!!?」

《!? 今は窓のない部屋にいるが……知っているのか!?》

 その言葉に、ラカムが血相を変えて電伝虫に詰め寄った。

 どうやら医者としてジニーが罹患した病気に心当たりがあるらしい。

「ラカム、どういう事だ?」

「〝青玉鱗(せいぎょくりん)〟という、近年ごく稀に見られる難病だ…!!」

 ラカム曰く。

 青玉鱗とは、自然光を浴びた皮膚が青い石のように固まり、やがて全身の皮膚が青く石化していく進行性の疾病。石化は日光や月光など全ての自然の光で広がり、それを完璧に防いでも時間による病気の進行は避けられないという。

 この病気は症例の少なさも相まって、現時点の医療技術では治療不可能とされている程の難病だ。

《そ、そんな……!!》

「ちょっとラカム君、いきなり酷な事を言うのは……!!」

「今の技術じゃ無理なんだっつってんだ!!! もしやるとすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()ぐらいだが、莫大な金と時間が掛かるし、何より再生医療は未だ使われてない!!!」

 非難するエマに、ラカムは怒鳴りながら反論する。

 前世では再生医療という技術は確立していたが、今世にはそれがない。かの世界屈指の医療大国・ドラムですら、その領域には至っていない。

 つまり、この難病を治せる()()()誰もいないのだ。

《……治す方法がないのなら、ジニーはもう死ぬしかないということか……!?》

 そう呟くくまの声が、悲痛に満ちている。

 しかし、ラカムの話を聞いたステューシーがハッとなった。

「ちょっと待って、幹細胞を作るですって?」

「ああ、一から細胞を作れる医者がいるとは思えないがな……」

「――私、一人知ってるわ」

 ステューシーの言葉に、全員が目を見開いた。

「ベガパンクなら、船医さんの言っているやり方での治療が出来るはずよ」

「あの海軍お抱えの天才科学者か? どうしてそうと言える」

「だって私、複製人間(クローン)だもの。ベガパンクとも長い付き合いだわ」

 元諜報員の暴露に、空気が一瞬で凍りついた。

 ステューシーの真の正体は、かつて存在した「MADS(マッズ)」と呼ばれる違法研究チームの実験・研究の成功例第1号。そのリーダーがベガパンクであり、その縁で彼とはCP‐0に属する以前から親交があるという。現在はクロエの部下という立場ゆえに、ベガパンクとは顔を合わせるどころか連絡すら取ってないのだが。

 しかしそんな衝撃的な事実の発覚よりも、ベガパンクならジニーの病気を治せるかもしれないという可能性の方が重要だった。

「……だそうだ、くま。可能性はゼロに近くてゼロじゃないとだけ伝えおく」

《そうか…!! ありがとう、あなた達と連絡が取れてジニーも……》

《ほ、本当に治るの? くまちー、クロエちゃん》

 すると電伝虫越しに、今度は女性の声が割り込んできた。

 くまの妻であり同じ革命軍の幹部であるジニーだ。声色的には元気そうだが、どこか震えている。

「ジニー、息災か? とりあえず結婚おめでとう」

《!! あ、ありがとぉ~~!!》

「でも今は病気の治療に集中すべきだな……ラカム、実際問題どうなんだ?」

 ジニーの無事を確認しつつ、クロエはラカムに問いかける。

「一番のネックは遺伝性の有無だな……症例が少なければ研究の進捗も遅い。感染性がないのはおれも把握しているが…」

 ラカムの医者としての見識に、電伝虫越しでバーソロミュー夫妻が息を呑んだ。

 彼の見立てが当たりとすれば、彼女の娘のボニーも発症のリスクがあるという事だ。幼いボニーはジニーよりも体力が低く免疫力も弱いため、病気の進行は早いだろう。

《……事は一刻を争うのか》

「普通そうだろ!! 家族の為を思うならとっととベガパンクのところに通院しろ!! 面を貸してくれれば診断書ぐらいは用意できる」

 煙草の紫煙を燻らせるラカムに、全員の視線が集中する。

 それは遠回しに、ジニーの治療に協力するという意思表示であった。

《いいのか……? 本当に、ジニーを……》

「おれだって医者だ、ここまで知った上でガン無視は寝覚めが悪くなるだろ」

《ありがとう……本当に、何と礼を言っていいか……!!》

 受話器越しに嗚咽が聞こえ、くまは何度も「ありがとう」と連呼する。

 愛する家族を想っての涙は、電伝虫越しでも十分感じ取れた。

 もっとも、その家族を救う道を見つけたのが海賊というのが何とも皮肉だが。

「今、私達は新世界にいるが……どこで落ち合う? 〝西の海(ウエスト)〟と〝北の海(ノース)〟なら〝凪の帯(カームベルト)〟を突っ切って行けるが」

《――革命軍の拠点の一つが前半にある。そこでひとまず落ち合おう、本部まで案内する》

「じゃあ、私はベガパンクに話をつけてあげるわ。連絡先は知ってるもの♡」

《ならば尚更だな。お前達は白電伝虫を持ってないだろう? 盗聴されると些か面倒だ》

 クロエとドラゴン、ステューシーの間で話がとんとん拍子で進んでいく。

 この判断の速さとフットワークの軽さこそ、クロエ海賊団が足取りを掴めない神出鬼没の海賊団である所以である。

「よし、話はまとまったな。これからそっちに向かう、勝手にくたばったら承知しないと伝えてくれ」

《わかった…何から何まで、本当にすまない……!!》

「礼には及ばんさ、くま。結婚記念の祝いもしなかったからな」

「クロエってホント人間関係だけは律儀だよね……」

 ――その内、敵に御中元でも送りそう。

 エマはそう呟きながら苦笑し、仲間達はあり得そうだなと困ったように笑うのだった。




原作開始まで少しずつ迫ってきましたね。
一応ネタもある程度ストックしておきました。久しぶりのワノ国とか、ゴッドバレーの再来とか、スペード海賊団をついついフルボッコとか……。
ちなみに最後の転生者は、本来なら〝D〟の名を冠するクロエとは決して相容れぬ存在という情報だけ開示しときます。

そう言えば、ビブルカードで公開された情報だと、ヤマトの趣味は鍛錬だそうですね。
だからクロエのアホみたいな鍛錬に付いてこれるんだ……。(笑)
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