ついにあの大海賊とクロエが運命の邂逅……の前に、ある男と戦います。
ゼファーとの戦いを終えたクロエは、己を鍛え直した。
チンジャオとの修行でやった鍛錬を一からやり直し、覇気の練度をさらに高めることを目指し、覇気を極めるべく己を追い込む。元々ストイック寄りな気質であるクロエにとって、道楽の無い修行は一切苦にならず、心身の強化に集中するのは容易かった。
また、覇気の実践として〝
そして、〝
*
とある島の港。
十七歳になったクロエは、新聞を読んでいた。
まだ幼さが残っていた十三の時とは違い、身長が270センチに伸びて顔も凛々しくなり、顔に刻まれた複数の切り傷も相まって、女傑という言葉が似合う人間に成長していた。醸し出す覇気は四年前とは比にならず、ルーキーではなく「大海賊」の仲間入りを果たしている。
そんな彼女が目を通す新聞には、世間をあっと驚かせる大事件の記事が載っていた。
「ワールド海賊団、崩壊……」
新聞の一面を飾るのは、左の角が折れた兜を被る凶悪そうな男の顔写真と、「ワールド海賊団が崩壊!!」「センゴク大将大活躍!!」と書かれた見出しだ。
ワールド海賊団は何もかも破壊し尽くす苛烈な戦いぶりで知られ、船長のバーンディ・ワールドは〝世界の破壊者〟と恐れられた5億ベリーの賞金首。触れた物の大きさや自分自身のスピードを最大100倍まで倍加させることができる〝モアモアの実〟の能力者で、ワールド一人で艦隊に匹敵する火力を有していると言われている。
記事によると、新たに大将に就任したばかりのセンゴクを司令官とした海軍の大艦隊がワールド海賊団と全面衝突し、壮絶な海戦の末に一味を壊滅させたとのこと。この作戦は同期であるガープとゼファーがワールドを討伐し、これを受けた世界政府は三人に勲章を授与したという。
(……まあ、どうでもいい話だ)
新聞を仕舞い、島へ上陸する。
ウォーターセブンやシャボンディ諸島と比較すれば、さすがに見劣りするがいい島だ。
ここで多少必要物品を買おうと考えた、その時だった。
「おい、女」
「ん?」
後ろから野太い声を掛けられ、振り向く。
視線の先には、金色の長髪を後ろに流した、赤々とした肌と鋭い碧眼が特徴的な軍服の大男が悠然と立っていた。
かなり強力な気配を放っており、クロエは警戒心を強くした。
――この男は、強い。
「……私に何の用だ、デートは断るぞ」
「このおれと戦え。〝神殺し〟クロエ・D・リード」
「……ハァ?」
――何言ってんだ、この阿呆は?
クロエはそうツッコみたくなったが、同時に厄介なことになったと舌を打ちたくなった。
自分のことが、バレてるのだ。
「……」
「見てわかる。貴様は強い。貴様を倒せば、おれは奴にまた一歩近づける」
「……」
「どうした? ビビッて手も出ねェか」
無視を決め込みたかったが、どうあっても戦いたいのか、涼しい顔で挑発する男にクロエは諦めた。
「……一応言っておく。女だからと甘く見るなよ」
「カハハハ……! 上等だ」
軍服の男は、不敵に笑った。
軍服の男は、ダグラス・バレットと名乗った。
……それだけである。
そう、バレットはクロエと同じでビックリする程に愛想が無かった。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
「ここなら、思う存分やれる。戦うのなら広く使うべきだろう」
「……やっとやる気になったようだな」
「自分で自分の船を沈めたらお粗末すぎるだろう」
スゥッ……と愛刀を抜き、バレットと向き合う。
「改めて……クロエ・D・リードだ」
ズンッ!!
「!!」
クロエが目を細めた途端、挨拶代わりに覇王色の覇気を放った。
地面と大気を揺るがすそれに、バレットは大層嬉しそうな顔で自らの覇王色を放って応じる。
二人は睨み合ってるだけだが、互いの覇王色が衝突したことで黒い稲妻がバリバリと迸り、周囲の木々や岩石を吹き飛ばしていく。
「カハハハ! 少しは楽しめそうだ、なァッ!!」
ドンッ! と地面を蹴り、武装色で硬化した拳を振るうバレット。
クロエは紙一重で躱すと、拳は地面に減り込むと共に地表面を破砕した。真面に食らえば、内臓にも傷を与えかねないだろう。
お返しに、クロエは抜刀して逆手に持ち替え、柄頭でバレットの顎を穿つ。続けざまに左手で拳を作り、鳩尾に八衝拳の衝撃を叩き込む。
「ぐっ……!」
八衝拳の衝撃は、防御不能。盾で防いでも貫通するのが最大の長所である。
今まで味わったことのない威力に、バレットはたじろいだ。
その隙に刀身に覇気を纏わせ、横薙ぎに一閃した。
「〝神威〟!!」
ドォン!
覇気を纏った斬撃が直撃!
バレットは一瞬だけ堪えたような表情を浮かべると、筋骨隆々の巨体をくの字に曲げて吹っ飛び、岩盤に思いっ切り叩きつけられた。
修行を経て練度を格段に上げたクロエの覇気は、武装硬化だけでなく
だが、今回の敵は一味違った。
「……いい攻撃だ」
ジャリ、と地面を踏み締め、バレットが土煙の中から姿を現す。
胸には斬撃の痕があるが、素で頑丈なのか、咄嗟に覇気を纏ったのか、血こそ滲んでるが大したダメージにはなってないようだ。
「男だろうが女だろうが、ガキだろうが老いぼれだろうが、
軍服と下着のタンクトップを破り捨て、上半身裸になるバレット。
ひたすらにチカラや強さを求めた、無駄な部分を削ぎ落した肉づき。見せるためではない、敵を倒し殺すためだけに特化した肉体が露わになる。
ダグラス・バレットが、ついに本気を解放する。
「鍛え抜いた〝本物の強さ〟ってモンを見せてやる。簡単には……」
刹那、バレットは一瞬で距離を詰め、武装色で右の拳を硬化させた。
「死ぬなよっ!!」
「ぐっ……!」
ボディブローをかますバレット。
ことさら重たい一撃をクロエは、咄嗟に覇気を纏わせた愛刀で受けるが、バレットはさらに拳を押し込んでクロエを吹っ飛ばした。
(この男……武装色が尋常じゃない!! こっちが弾かれそうだ……!!)
ただ纏うだけでは普通に力負けする――そう判断したクロエは、空中で受け身を取りながら着地し、両腕と愛刀に武装色の覇気を
化血の赤い刀身が覇気で漆黒に染まるのを見たバレットは、クロエの覇気が変わったことを察し、さらに笑みを深めた。
「カハハハ! 相応に鍛えてるようだな!」
バレットは凄まじい速さで迫りながら武装硬化した拳を振るい、クロエはその拳を真っ向から左ストレートで迎え撃った。
二人の拳がぶつかろうとした、次の瞬間!
ドンッ!
「んなっ!?」
バレットの拳はクロエの拳に
まるで見えない鎧に当たって弾かれような感触に、バレットは瞠目した。
周囲にオーラの様に覇気を纏わせる、バレットですら辿り着いていない境地。それをまざまざと見せつけられ、初めて笑みが消えた。
「貴様……!」
バレットは、知っている。
この覇気の使い方ができる男を。
生まれて初めて完敗を喫した、最強の――
「……ぬうぁああああああ!!」
バレットは笑みを取り戻し、咆哮する。
「カハハハハハ!! やるじゃねェか〝神殺し〟ィ!! そうでなきゃあ面白くねェ!!」
さらに凄みを増して、バレットはクロエを見据えた。
バレットは数多の海賊を蹴散らしたが、
この女は、倒し甲斐がある。
(……とんでもない奴だ)
歓喜する赤鬼に、クロエは息を呑む。
防御不能の八衝拳も、高度な武装色も、この男には決定打にならない。
クロエのチカラで倒せるとするなら、残りはただ一つ。
「……負け惜しみするなよ」
「!」
クロエの刀身から、黒い稲妻が迸り始めた。
さらなる修行を経て新たに手に入れた、覇王色を纏う技術だ。
対峙する敵が覇気を全開にしたことに、バレットは狂喜した。
「とっておきで来い、神殺しィ!!」
バレットは両腕を武装硬化させ、さらに力む。
すると、鋼の肉体がパンプアップし、一回り大きく膨れ上がって青き熱を帯びた。
全身を武装色で硬化させる、バレットの
「貴様の〝最強〟を見せてみろォ!!」
大砲のような両腕を引き絞り、拳を構えながら突進するバレット。
武装色に加えて覇王色を纏わせ、愛刀を構え迎え撃つクロエ。
今日一番の大技を、互いに見舞った。
「〝
「〝
ドガァァン!!
渾身の覇気を纏った、拳撃と斬撃が衝突した。
「くたばれ、クロエェェェェェェ!!」
「バレットォォォォ!!」
*
「おい、レイリー!」
「ああ……今の覇気、只事ではないな」
港にて、ボサボサの頭髪に口ひげを生やした海賊が、長年の相棒である金髪の海賊――レイリーに声をかけた。
男の名は、ゴール・D・ロジャー。ロジャー海賊団を率いる大海賊で、あのバレットを下した唯一無二の男でもある。
「そういやあ、バレットの奴いねェな」
「また誰かと戦ってんだろ」
「ってことは、相当な手練れとバトってるのか?」
一味の面々もざわつき始める。
ロジャー海賊団の中でも、新参者だがバレットは際立った実力を有している。そんな彼と真っ向勝負で渡り合える人間など、そうそういない。それほどまでに、バレットの強さを一味は認めている。
だが、そんな相手がいると知れば、誰よりも食いつくのが船長だった。
「野郎共、船を頼む! バレットが心配だ」
「
満面の笑みで少年のように駆け出していったロジャーに、〝冥王〟と恐れられた男は呆れ返ったのだった。
*
「ハァ……ハァ……」
全開の覇気の衝突の後、バレットは地面に仰向けに倒れ、クロエは刀を杖にして体を支えていた。
覇気のドツキ合いを制したのは、覇王色をも纏うことができるクロエだった。しかし〝神鳴神威〟を見舞ったせいで覇気と体力を大幅に消耗してしまった。
久しぶりに体を酷使したと、クロエはその場から立ち去りたかったが、然うは問屋が卸さなかった。
「――カハッ……カハ、ハハ……!!」
「っ!?」
「……まだだ、まだおれは、くたばっちゃいねェぞ……!!」
「化け物か、貴様……!!」
バレットは、なおも立ち上がった。
覇王色を纏った攻撃を真っ向から受け、それでも立ち上がってくる男にクロエは驚嘆した。
バレットもクロエも限界が近い。お互いに立っているのもやっとの状態で、あと一撃真面に叩き込めるかどうかすら怪しいくらいだ。
しかし、バレットは起き上がる。クロエを倒すまで、彼は止まらないのだ。
「クロエ……貴様は強い!! だからこそ殺す!! 貴様をここで葬って、おれはロジャーを超える!!!」
「……そうか。なら、私もお前をここで息の根を止める」
バレットの碧眼とクロエの金眼に、殺意が宿る。
憎悪でも怨嗟でもない。数少ない好敵手として、互いに強者と認め合い、礼節や敬意すら感じさせる殺意。
残り僅かな覇気も凝縮させ、己の命すらも削ろうと構えた、その時だった。
「わっはっはっは! お前が〝神殺しのクロエ〟か!」
「……!?」
突如として、大笑いしながら現れる口ひげの男。
その顔を見たバレットは、苦虫を嚙み潰したような表情で男の名を呼んだ。
「ロジャー……!!」
「っ! 貴様が、ゴールド・ロジャー……」
「
豪快に笑いながら名前を訂正する男――ロジャー。
話の素振りからして、どうやらバレットはロジャーの部下であるようだ。
だが、それよりも驚くことが一つ。
(……私、そこまで懸賞金の額上がってたのか……?)
何とあの事件以来、クロエの懸賞金がいつの間にか倍近くに跳ね上がっていた。
クズを三人斬り捨てただけなのに、と不思議な面持ちをするが、
「お前も覇王色をなァ……ガープやゼファーと
「……何だ、部下に手を出されたケジメをつけに来たんじゃないのか」
クロエの言葉に、ロジャーは一瞬きょとんとした顔になると、すぐさま爆笑した。
「わっはっはっ!! まあ、海賊の一味に手を出すってのァそういう意味になるな。――だがお前はバレットの喧嘩を買っただけなんだろ? おれァ
仲間に対する一方的な危害ではなく、合意の上での一騎打ちであるなら口を出す方が野暮――ロジャーはそう言った。
クロエはロジャーに戦意が無いと知り、愛刀を鞘に収めた。
「……バレットは私と戦いに来たが、お前は何をしに来た? ロジャー」
「わははは! おいクロエ! おれの仲間にならねェか?」
「……ハァ!?」
その言葉に、クロエは素っ頓狂な声を上げてまごついた。
対するロジャーは相変わらず大笑いしており、居合わせるバレットも怪訝な顔をしている。
「――一応訊くが、理由は?」
「お前を船に乗せたら、これからの冒険がもっと楽しくなりそうだ!」
「三歳児並みに身勝手だな……」
鬼の悪名を轟かせる海賊の正体は、そこらの子供の方が立派に思えるほどに我が儘な男。
仲間はさぞ苦労するだろうな、と内心まだ見ぬロジャーの部下に憐憫の念を抱いた。
だが、返事はきちっとしなければならない。
「仲間になるかと言われたら、断る。私は自由で在り続けたい。己の自由を縛る煩わしいものを背負う義理はない。そんなに私を従えたいなら、この私を倒してみるんだな」
クロエは表情を緩めない。
その返答に、ロジャーは豪快に笑うと「気が変わった!」と声を上げた。
「よくもバレットに手ェ出したな! 落とし前付けてもらうぞ!」
「そんなに私を部下にしたいのか!?」
バレットの件を口実に仕立てたロジャー。
想像以上に身勝手だ。こんなにも自由な男では、敵味方問わず振り回されるだろう。
クロエは少しロジャーに苦手意識を持った。
「だが、そんなボロボロの体じゃあ満足に戦えねェだろ? おれァお前の全力を見てェんだ」
「……!」
三白眼で真っ直ぐに見据えるロジャーに、クロエは不思議な高揚を覚えた。
――何なんだ、この男は。こんな人間見たことがない。
「船長ーーーー!!」
「ロジャー船長!! バレット!!」
気づけば、ロジャーの一味の面々が集っていた。
彼らの視線は、クロエに集中する。
「船長、その女……」
「ああ、噂の〝神殺し〟だ! さっきバレットと
ロジャーが嬉しそうに紹介すると、一同はざわついた。
クロエとしてはとっとと去りたかったが、間が悪すぎて中々動けない。
するとロジャーは、船員達に命令した。
「おい! クロエの手当てをしてやれ! バレットの件でケジメをつけるんだ、ボロボロな状態じゃあ気が引けちまう」
「いや、
「ホント、戦闘狂だよなー」
「わははは! バレットの分も誰かやってくれ」
軽口を叩き合いながら、ロジャーは二人の手当てを命じ、船員達はそそくさと準備する。
変な展開になって来たな……クロエは頬を掻きながら思っていると、ジャケットを着たポニーテールの剣士がクロエの傍に近づいてきた。
「あのバレットからダウンを奪ったとは……相当な強者じゃないか、君」
「……」
「おれはスペンサーだ、よろしく。……じゃあ、傷の手当てをするけどいいかな?」
「……勝手にしろ」
クロエはムスッとした表情でそっぽを向き、大人しく手当てを受けたのだった。
本作では、クロエがゼファーの件で遠回しに彼の家族を救ったため、ゼファーは大将のままです。最近は若手の育成にも興味があり、ある三人を部下にしてるそうです。
ワールド海賊団については、伝説の海兵が三人もいればさすがにキツいだろうという訳で、恨みを持つ海賊達と結託せずにセンゴク主導の作戦で決着がついてます。まあ、センゴクさんはマジで頭いいからそれくらいやってもらわないと困りますし、大将二人にガープですから負けるはずないんですけど。
スペンサーは口調とかがわからなかったので想像です。アニメで確認すると優男な雰囲気がしたので、一人称は「おれ」で二人称は「君」で行こうと思います。
次回は後の海賊王ロジャーと激突!
〝鬼の女中〟誕生のお話ですので、お楽しみに。