〝鬼の女中〟と呼ばれる女   作:悪魔さん

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この話の為に小説版のオマツリ男爵を購入しました。
男爵はやはりロジャー世代の海賊なので、もしかすればルフィが「あの世代」の海賊と戦ったのはオマツリ男爵が最初かもしれませんね。
年齢的には50代過ぎ……赤犬とか藤虎あたりの年齢な気がします。


第87話〝悪夢の終わり〟

 リリーズヒル。

 悍ましい怪物が根を張る丘で、二人の海賊は対峙していた。

「早ク!! 早ク!!」

 リリー・カーネーションは狂い咲く。

 おしゃべりな人喰い花が、狂い嗤う。

 蛇のように鎌首をもたげた管のような巨大な器官から生えた粘糸に拘束されたクロエ海賊団は、我らが船長を見守るしかない。

「よいな? あくまでも貴様とわしの勝負。他の者が手出しをしたその瞬間……どうなるかわかってるな?」

「生憎、私は一対一(サシ)のドツキ合いが好みだ。水を差したらこっちでケジメをつける。何ならそっちに全員預けてもいい」

「その意気やよし。ではお言葉に甘えて、お主の捕まらなかった仲間の身柄はこちらで押さえよう!」

 オマツリ男爵が告げると、粘糸が追ってきたラカム達を拘束し、そのまま引き上げてしまう。

 彼女の言葉に一切文句を言わず抵抗しなかったのは、我らが船長を信ずるが故だった。

「おい、オマツリ男爵。手ぐらい自由にさせろ、一服できねェだろうが」

「そうじゃ、わしも一服」

「そんな事言ってる場合?」

「師弟揃って図太いな……」

 ラカムとナグリの要求に、エマとスレイマンはそう漏らす。

「煙草か……まァよかろう。どの道クロエと同じ運命になるのだからな……リリー」

 オマツリ男爵の言葉にリリー・カーネーションは若干不服そうだが従い、二人の粘糸の拘束を全身から胴体と足のみに変える。

 両手の自由が利いたラカムは、コートに手を伸ばしてマッチと煙草を取り出して一服。ナグリもパイプを吹かし始める。

 紫煙がたゆたい、荒野の緩やかな風に流されていく。

「……ほう、てっきり隙を見て拘束を引き千切ろうとすると思ったが」

 オマツリ男爵は意外だと言わんばかりにそう問いかける。やはり二人の言葉は嘘であると考えていたようだ。

「んな野暮なマネしたら、怪物船長にぶん殴られちまうだろうが」

「右に同じ…じゃのし」

 不敵に笑う喫煙二人組に、苛立ちを覚えるオマツリ男爵。

 絶体絶命の状況下でも、まだこれ程に冷静でいられるとは――流石は〝鬼の女中〟の一味の人間といったところだろう。

「……クロエ」

「エマ?」

「勝ったらクロエがご飯作ってよ」

 負けたら恨むではなく、勝った後の話をするエマ。

 場違いな程に前向きな言葉に、クロエは口元を緩めて頷き、愛刀を抜いて覇気を迸らせた。

「なら黙って観ていろ。愛する者が去っても今を進む貴様らの船長と、死人に引っ張られ続けて先へ進むのを拒んだ奴との違いを」

「ならばわしはお前に教えてやろう。理不尽に仲間を失った絶望と後悔を…存分にな…!!」

 オマツリ男爵は身の丈以上の弓を軽々と引く。

 しかし、弦に矢は番えられていない――ステューシー達が訝った時、しなった弓と弦が形作った扇形の中に、植物の蔓のようなものが束ねられて矢が出現した。

 これもリリー・カーネーションの能力の一つなのだろう。

「行けっ!!」

 風鳴りを伴いながら、赤い矢がクロエを襲う。

 しかし彼女は、その矢を造作もなく刀で斬り払った。

「この程度の速さの攻撃、見切れないとでも思ったか」

「ならば、これはどうだ!!」

 オマツリ男爵は弓を天に向けて引くと、今度は赤い矢が一本から数十本に分裂した。

 突風のような風鳴りを曳いて放たれた矢は、雨の如く降り注いだ。

 弓兵部隊の一斉射撃のような矢の奔流を、クロエは怯まず吶喊。最小限の動きで躱し、刀で捌きながら距離を詰める。

「ふふふ……!」

 オマツリ男爵は再び弓を引き、今度は四本の赤い矢を同時に番えた。

 四重奏の風鳴りを曳いて放たれた矢を紙一重で躱し、クロエは一気に懐へ斬り込もうとするが……。

「っ!?」

 刹那、一度躱したはずの矢が背後から襲い掛かった。

 掠めた矢は、何と空中で静止するとクルリと方向を変え、磁石に引かれるように彼女を追尾したのだ。その矢勢は全くの衰え知らずだ。

 クロエは冷静に刀で矢を斬り払い打ち落とすが、その都度オマツリ男爵が矢を引き、次々と矢を放ち、嫌な追い詰め方をしてくる。

(矢の一本一本に明確な意思が宿ってる……長引くとマズいな)

「わしばかりに意識を向けていていいのか? 〝神殺し〟よ」

 オマツリ男爵は再び矢を放つ。

 それは空高く上がると、今度はさらに広範囲に広がり、囚われた仲間達も射程範囲内に入ってしまった。このままでは、仲間達がオマツリ男爵の矢に襲われてしまう。

 しかしクロエは、吊り上げられている仲間達の真上へ高く跳躍。降り注ぐ矢の群れに向かいながら、化血の刀身を武装硬化させた。

「――〝裂風(レラ)(カム)()〟」

 クロエは空中で体を横に回しながら刀を振り、覇気の竜巻を展開。

 大量の赤い矢が巻き取られ、竜巻の中で矢がバラバラになって消し飛んだ。

「別に貴様らを今になって卑怯とは言わないさ。海賊の決闘だからな。だが私に〝盾〟は通用しないぞ?」

「ぐっ…!!」

 コートをなびかせながら降り立つクロエに、オマツリ男爵は苦虫を噛み潰したように呻いた。

 おそらく、心を揺さぶる為に仲間をリリー・カーネーションに喰わせても彼女は動じない。勝った後に仲間を救えればいいと考え、目の前の敵を倒す事に全神経を集中させている。

 今まで島を訪れた海賊達を全滅させてきた手段が、通用しない――オマツリ男爵は追い詰められた。

「喰うか喰われるかの〝偉大なる航路(グランドライン)〟……! ここからは容赦せんぞ!!」

「ああ。いつでも来い、レッドアロー」

「減らず口を……!!」

 オマツリ男爵は弓を大きく構え、番えた矢を放つ。

 クロエは一歩横にずれて躱すと、矢が岩に刺さった瞬間に爆発した。どうやら自動追尾だけでなく、手榴弾のようにも使えるらしい。

「っ、と」

 クロエは次々と放たれる爆発の矢を躱す。矢は地面を抉って爆発し、二の矢、三の矢も次々と爆発し、土煙が上がる。

 すかさずオマツリ男爵は、リリー・カーネーションの樹液を塗った〝麻酔の矢〟も混ぜて放つ。自動追尾能力が付いた二種類の矢を連射し、彼女の体力を削りに来たのだ。

 流石のクロエでも、息切れしたり負傷する事はあるだろうし、これは効くと踏んでの作戦だ。

「リリー」

「ケケケッ!」

 掛け声を聞いたリリー・カーネーションが嗤うと、巨大ミミズのような茎の断面から粘糸をニョロニョロと搾り出した。

 攻撃の合間を縫い、クロエの四肢を拘束して嬲り者にしようとするが……。

「小賢しいっ!!!」

 気合一喝。

 クロエは覇王色の覇気を放ち、その〝圧〟で粘糸を全て吹き飛ばす。

「何っ!?」

「っ!?」

 これにはオマツリ男爵だけでなくリリー・カーネーションも驚いた。

 その隙にクロエは化血に覇王色の覇気を纏わせ一閃した。

「〝神鳴神威〟!!!」

 覇王色を込めた飛ぶ斬撃が、高速で肉薄。

 両手が塞がっているオマツリ男爵は咄嗟に回避するが、斬撃はそのままリリー・カーネーションの茎に向かって貫通。見事に一刀両断した。

 濁音をごた混ぜにしたような奇怪な音が響き、丘を覆っていた雲が吹き払われ消し飛ぶ。攻撃の影響か、粘糸の拘束から解放された仲間達が次々と降り立つ。

「流石は天下の五皇様だな…!!」

「あの海王類みたいなデカさの茎をぶった斬りやがった!!」

「キキィ!!」

 ウィリーと(アー)(オー)、猿のバンビーノが船長を称える。

 が、その時エマが未来を視た。

「っ!? みんな逃げて!! それか武装色を全身に!!!」

 血相を変えるエマに何事かと問おうとする前に、異変は起こった。

 

 カサカサカサカサ…………!!

 

 その音に気づき、慌てて振り返る。

 何とリリー・カーネーションの茎が、器官ではなく無数の矢の集合体に変化していたのだ。少なくとも数万本はあるだろう。

「くくく……」

 嘲笑する声に振り返ると、エマ達は絶句した。

 クロエと対峙するオマツリ男爵の肩の花――リリー・カーネーションの花弁の顔に茎の断面のような黒い斑点が浮かび上がると、一気に巨大化して口だけの深海魚のような醜悪な姿に変貌したのだ。

 あまりにも異様なそれに、誰もが為す術なく声を封じられてた。

「くくく……はははははは!! ――死ね」

 その一言を引き金に、空中で静止していた無数の矢が数万の鳥の大群のように動き始め、嵐のように激しく襲ってきた。

「コル寿郎!!」

「わかってる!! 皆、余のもとに来い!!」

 クロエに促され、コル寿郎は半透明の黄金色の結界を張って仲間達を誘導する。

「〝創世〟!! 〝隼人楯(はやとのたて)〟!!」

 そう唱えた直後、逃げる間も無く、逃げる場も無く、矢が降り注いだ。

 矢の豪雨にさらされるが、コル寿郎の結界はバリアの効果があるのか、次々と弾き返していった。そのおかげで、仲間達は無傷で済んだが……。

「っ!! クロエは!?」

「あそこだ……!」

 コル寿郎は苦い顔で結界の外を指差す。

 結界の外には、刀と鞘の二刀流で襲い来る矢を捌いていくクロエの姿があった。しかし全ての矢を捌き切れておらず、腕や足、背中などに突き刺さっていく。

 そして最後の一矢をクロエが弾き返した時、そこには葦原のような丘が広がっていた。

「っ、ぐ……!」

「……少しは、わしの心の痛みがわかってもらえたかな」

 オマツリ男爵は狂気を帯びた眼差しでクロエを睨んだ。

 彼女の体には十数本の矢が刺さっており、急所や頭部には当たってないが、矢尻から注入された樹液のせいで相当息が荒く、顔色も悪い。

 しかし……。

「……自分も仲間も、いつ何時命を失うかわからん事も、百も承知で海に出たんじゃないのか…!」

「何っ…!?」

 オマツリ男爵は驚愕した。

 リリー・カーネーションの樹液が塗られた麻酔の矢が何本も刺さり、その身体に全て注がれてるというのに、彼女は喋り動いている。

 矢の数から考えれば、指一本動かす事も、ましてや立つ事すらできないはず。それこそ指で突っつけば倒れて戦闘不能になるはず。

 大海賊〝鬼の女中〟は、もはや肉体の限界を超えた覇気と気力の塊だった。

「っ……! ええい、喰らってやれ!! リリー!!」

 オマツリ男爵の肩で、怪物そのものに姿を変えたお喋り花が涎を撒き散らしながら鋭い牙を剥く。

「軟弱千万…!!!」

 クロエは怒りを孕んだ声で、萎縮するオマツリ男爵と自身に喰らいつこうとする怪物花を睨む。

 樹液の効果で意識が揺らぎ始める身体を意地で立たせ、刀を強く握り直し、その剣技を振るった。

「〝神威〟!!」

 クロエは覇気を纏った強力な斬撃を放つ。

 斬撃は怪物花の頭目掛けて飛び……。

 

 ザンッ!

 

 花は散る。植物とは思えない臓物と緑色の血を飛び散らせて。

 獲物の血の臭いを求めて狂い咲く悪魔の花が、今まで喰らってきた人間達の無念を、全て吐き出した恨みの断末魔と共に両断された。

 今まで放った矢も消滅し、エマ達は粘糸の拘束から解放される。同時にオマツリ男爵の仲間達は、ムチゴロウもケロジイもコテツも、全ての葉っぱ人間達が物言わぬ葉っぱに変わり、偽りの肉体の正体を曝け出した。

「ああ!! リリー!? ああァァァァァァァァ!!! リリーィィィィィィッ!!!」

 亡骸となったリリーが地面を緑色の血で染める。

「ああああ……何という事だ……!! お前が…お前がこんな姿になるなんて……!!! これでは…ムチゴロウ達が…ワシの仲間がァァ……!!!」

 体液の水溜りに膝を突いたオマツリ男爵は、リリー・カーネーションの飛び散った臓物を集め出す。しかしいくら元通りにしようとしても、残骸は指の隙間からボロボロと零れていく。

 一人は嫌だと泣き叫ぶ男に、エマ達は複雑な表情で見つめる事しかできない。

 そしてクロエは、決着は付いたと言わんばかりに納刀し、相変わらずの鋭い眼差しを向けた。

「……許さん…許さん…!!! うおおおおおお!!!」

 怒りで狂乱するオマツリ男爵は我を無くし、武器の弓を放り投げて絶叫しながらクロエに襲い掛かり、全力で殴った。

 しかし、彼女は一歩も動かず、彼の拳を顔面で受け止めた。

「……軽いな……貴様の拳は」

「ハッ!!?」

 クロエは静かに呟くと、オマツリ男爵に拳の鉄鎚を浴びせた。

 覇気も纏わぬ、八衝拳の衝撃波も纏わない、ただの拳骨。その一発で彼はノックダウンした。

「カハッ……」

 薄れゆく意識の中、オマツリ男爵は――海賊レッドアローは、確かに、決して偽りではない記憶と共に、かけがえのない仲間達の声を聞いた。

 

 ――男爵様……長い間一人にしてすまなかったのォ。

 ――僕達の事、いつまでも思ってくれてありがとうっプ!

 ――でも、あの嵐の夜にあっさり死んじまったオラ達の事は、忘れてよかっただ。

 ――だから、男爵様……。

 ――新しい仲間を求めてもよかっただ。

 

(新しい、仲間……?)

 伝説の女との決闘に負けた男は、意識を失う前に最後にその言葉の真意を悟り、心が強く揺れ動かされるのを感じながら気を失った。

 

 

           *

 

 

「……はっ!」

 オマツリ男爵は目が覚めた。

 ガバッと起き上がると、そこはなぜか船の一室。どうやら医務室のベッドで寝ていたらしい。

「ぐあっ…!」

 全身がズキズキと痛むが、激痛という程ではない。

 机に畳まれていた自身の海賊コートを羽織り、扉を開けて外に向かう。

 海風と潮騒の音が心を落ち着かせ、彼はそのまま甲板に出ると……。

「あっ! 気がついた?」

「〝魔弾〟……」

 甲板には、あのクロエ海賊団の面々が揃っていた。

 愛銃の手入れを終えたエマは、オマツリ男爵に気さくに声をかけ体調を気遣う。

「まだ痛むでしょ? 無理しなくていいよ」

「……わしは…」

「何だ、思ったより早く目覚めたな」

 階段に腰かけていたクロエが口を開いた。

 身体のところどころに包帯や絆創膏の処置が施されており、まだ戦いのダメージは癒えきっていないのだろう。麻酔の矢をあれ程浴びて翌日普通に動けるあたり、流石である。

「……なぜ、わしを助けた」

「あの島で朽ち果てたかったか? 生憎だが海軍の連中がもう嗅ぎ付けてきたから戻らんぞ。食料とある程度の金目の物は約束通り頂いたがな」

 そう言いながらクロエはポケットから色あせた一枚の手配書を取り出す。

 それは、かつてオマツリ男爵が率いた在りし日のレッドアローズ海賊団の手配書だ。まるで集合写真のようなそれは、彼らがいかに結束力の強い一味だったのかが容易に伺える。

「お前に渡しておく。どう扱うかは好きにしろ」

「クロエ……お主……!!」

「昔の私みたいに一人海賊をするも良し、新しい仲間を求めるも良し……好きに選べ。降りるなら次の島までは送ってやろう」

 それだけ言うと、クロエは立ち上がって船内に戻ってしまった。

 オマツリ男爵は彼女から受け取った懐かしい手配書に思いを馳せつつ、船縁に寄りかかって海を見つめた。

「……どうすんだ、あいつ」

「別にいいんじゃないか? クロエの気まぐれは今に始まった事じゃないのだろう?」

「じゃあ仲間にする?」

「それは奴次第だろう」

 ラカム、コル寿郎、ヤマト、レッドフィールドが話し合う。

 リリー・カーネーションが見せ続けた夢から目覚めた男が、どのような選択をするのか。

 その答えは――

 

 

 同時刻。

 もぬけの殻となったはずのオマツリ島に、海軍大将〝赤犬〟ことサカズキが海兵達を引き連れ、ある人物を尋問していた。

「……海賊レッドアローは、クロエ海賊団に拉致されたと言うちょるんか?」

「その真意は知らんさ。だがおれはオマツリ男爵と……レッドアローと戦ってた。そしてそれは、思わぬ形で決着が付いた。――それだけだ」

 リリーズヒルだった丘で、サカズキはチョビヒゲを生やしヤギを連れた男――チョビヒゲ海賊団船長のブリーフから話を聞く。

 彼もまた、ロジャーが生きていた海を知る者でもあり、オマツリ男爵の同世代の海賊。そして彼は仲間が全員オマツリ男爵によって怪物花の生贄とされた為、その仇を取る為にレジスタンス運動を展開していたのだ。

 しかし、仲間の無念は自分ではなくクロエが晴らしてくれた。海賊としても、一人の人間としても、彼女はオマツリ男爵を圧倒し、怪物花を葬った。

「仲間を失ったおれは、もう〝偉大なる航路(グランドライン)〟に戻るつもりはない。海賊稼業もすでに廃業同然だしな。のびやかに隠居させてもらう」

「……なら、もう用は無いわい」

 サカズキは手を下さず引き上げる。

 過激な正義の士である彼でも、消滅した一味の船長が足を洗ったも同然の相手を抹殺する程非情な態度ではないようだ。

(クロエ海賊団……お前達には感謝してもしきれん。何も手助けも出来なかったが、この恩は一生忘れん!!)

 まるで嵐のように去っていった海の皇帝に、ブリーフは心の中で感謝した。

 

 

           *

 

 

 翌日、海原を駆けるオーロ・ジャクソン号の甲板で。

「そんじゃあ、新しい仲間の再出発と入団を歓迎して!! かんぱーい!!!」

『おおおおおっ!!!』

 エマが乾杯の音頭を取りながら樽のジョッキを掲げ、それに続いて海賊達、そして時が止まっていた男もジョッキを掲げた。

 結論から言うと、オマツリ男爵はクロエ海賊団へ加入した。一端の一味を率いていた身だが、彼はクロエに多大な恩義があるとして直談判。船の掟を伝えた上で承諾した。

 そして彼は新しい門出としてオマツリ男爵の名を捨て、海賊レッドアローを名乗った。ロジャーが生きていた海で名を馳せた〝赤い矢〟の復活だった。

「ぷはーっ!! よーっし、朝まで飲むぞーっ!!」

 樽のジョッキの中のビールを飲み干したエマが声高に宣言すると、ラカムが苦言を呈した。

「程々にしろよ、こないだ飲み過ぎて苦しんでたじゃねェか」

「そう固い事言わないの!! パーッといかないと、パーッと!!」

「……レッドアロー、そういう事だから気をつけろ。こいつ酒癖悪いから」

「肝に銘じよう…」

 豊満な胸をムニッと押し付けて酔っ払い始めるエマを、イヤそうにこいつ呼ばわりするラカム。

 それを皮切りに仲間達は用意されたテーブルの上の酒と料理に手を伸ばし、新入りの為の宴を始めていく。

 どこか気まずそうだったレッドアローも、かつての懐かしき日々を思い出したのか、次第に破顔して宴の輪に入っていく。

「……フッ」

 わいわいと騒ぐ仲間達を、クロエは頬杖を突きながら微笑んで眺め、猪口に清酒を注いで一口味わった。

 そんな一歩距離を置いている船長に、エマは絡んできた。

「ちょっとちょっとォ、新入り歓迎会なのにノリ悪くない?」

「静かに飲む方が性に合うだけだ、私は」

「もー、そんなんだからバレットと一緒に無愛想コンビって呼ばれてたんでしょ? ほらほら、ビール飲んで!!」

「ハァ~……ウザッ」

 グイグイと酒の入ったジョッキを押し付けて来るエマに、クロエは鬱陶しそうにしながら受け取った。

 ゴキュゴキュと喉を鳴らしながら並々と入ったビールを男らしく一気飲みし、空になったジョッキを甲板の床にドンッ! と置いた。

「……いい加減その絡み癖はどうにかならんのか、エマ」

 クロエはそのままラカムに渡された水を一気に飲み、一息ついた。

「えー、何でそんなにつれないかなー?」

「私がどんな女か知ってるクセによく言う……」

「ケチー…」

 つれない反応をされてしまうエマは、口を尖らせながらグビグビとジョッキのビールを飲む。

 クロエは親友の態度に呆れつつ、徐に立ち上がって船長室に入る。

「いつもこうなのか……?」

「ヤマトもたまに悪酔いする。あいつの親父が酒乱だからな」

 つまみであるクロエ特製のにんにくフライを食べるラカムに、レッドアローは複雑な表情で同じものを口にする。衣はサクサク、中はホクホクで大変美味しい。

 すると、船長室から戻ってきたクロエが黒い液体が入った瓶を持ってきた。

「者共、私の新作コーヒーリキュールを飲みたいか?」

『おおーっ!!』

 クロエの言葉に目を輝かせて、一同は手を挙げた。

 何だかんだ言いつつ、クロエも宴は楽しむタイプらしい。

 テーブルに置いてあったグラスに注ぎ、全員で一口。絶妙な甘さとほろ苦さに全員が唸る。

「ほう、これは中々……」

「うん、飲みやすい」

「美味しいね!」

 仲間達の多彩な声にクロエは微笑むと、グラスを傾けながらレッドアローに優しく告げた。

「人生はコーヒーだ。甘味も苦味も酸味もあって、濃くなればなる程に深みが出てくるし、少し手を加えるだけで味もコクもまろやかさも変わる。これからは一杯のコーヒーを淹れるように、毎日を味わって生きてみるといい」

「……ああ。ありがとう」

 レッドアローは素直に微笑む。

 かつて覚悟と誇りを砕かれ、死んだ仲間の偽物に縋り続けた男は、新たな思いを胸に大海賊〝鬼の女中〟の「仲間」として生きる事を選択したのだった。




というわけで、オマツリ男爵がレッドアローの名でクロエ海賊団に入団しました。
リリー・カーネーションも仲間にするという選択肢もありましたが、作者が手に負えないので却下しました。(笑)
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