〝鬼の女中〟と呼ばれる女   作:悪魔さん

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今回はある種のこぼれ話。クロエ海賊団の幽霊クルーのお話です。
全然ホラーじゃないのでご安心ください。(笑)


第88話〝幻の船員(クルー)

 世界中の海を廻るクロエ海賊団は、夜は常に船の前方と後方に一人ずつ見張りにつき、全員が2時間交代で行っている。

 サイクロンや海王類などの襲撃は突発的な為、夜中に発生してもすぐに対処できるようにしなければならないという理由だ。なぜなら夜の海は日中の海よりもはるかに危険で、それが〝偉大なる航路(グランドライン)〟の新世界となれば尚更だ。

 とはいえ、クロエの首をわざわざ取りに夜の海を航海するような物好きなど、この世界ではおそらく二人ぐらい。故に夜の見張りも案外自由時間だったりする。

 同時に夜は、人間の理解を超えた存在が蠢く時間として古くから言い伝えや伝承が記録されている。それはクロエ海賊団も例外ではない。

 

 

           *

 

 

 ある満月の夜。

 月光で照らされるオーロ・ジャクソン号の甲板では、見張り中のラカムが木箱に腰かけタバコをトントンとパッケージの上で叩いていた。

 一味随一の愛煙家である彼は、両切りタバコを好む。両切りタバコは煙を濾過して喫味を和らげるフィルターが無いので、タバコの葉が口に入る事を防ぐ為に反対側に葉を寄せて詰めるのである。

「こんぐらいでいいか…」

 愛飲するバニラ豆の風味と深みのある味わいが売りの銘柄「ピース」を咥え、ロウマッチを取り出し靴底で擦り火を点ける。

 するとカラン、コロンと下駄の音が近づいて来るのに気がついた。

「ラカムよ、火を借りたいのだが」

「いいぜ、一緒にどうだ?」

「では早速」

 コル寿郎は火皿の大きい煙管を片手に、ラカムの側に寄り腰かける。

 火の灯らぬ煙管の吸い口を咥え、刻み煙草を慣れた手つきで火皿に詰めると、先に火を当てていたラカムが無言でマッチの火を火皿にあてがった。

 互いに火を灯すと、ラカムは煙を肺に入れ、コル寿郎は煙をふかしてから同時に吐き出す。吐いた煙は潮風に流されて、夜の空へ消えていく。

「……お前も愛煙家だったんだな」

「余が好む愉しみが聖地にはあまりにも少なくてな」

「趣味が悪そうなのがすぐ想像できるな…」

 紫煙を燻らせながらラカムがボヤく。

 人道に反する天竜人は総じて趣味嗜好も極悪なので、異端のコル寿郎にとってはさぞ居心地悪かったに違いない。

「卿はいつからタバコを?」

「12歳頃。海賊になる前からだ。お前は?」

「20歳からだな。兄上と父上がうるさくて、仕方なくな」

 コル寿郎は煙管の吸い殻を自前の灰皿に落とすと、再び刻みタバコを詰めてラカムのロウマッチを一本拝借。頭部を親指の爪で擦って火を点けて一服し、ぷかぷかと輪っかを作りながら煙を吐く。

「……天竜人にも、あんたみたいなのがいるんだな」

「余は卿と同じ転生者だからそう言えると思うぞ? 確かに五老星のおじじ様やガーリングのおじじ様のように理知的な者もいるが、基本的には命を狙われる理由に心当たりがない間抜けばかりだぞ」

「はははっ!! 随分と辛辣じゃねェか、同じ天竜人に対して!!」

 辛口コメントにラカムは大笑いする。

 そんな彼に笑みを溢しながら、紫煙を燻らせてコル寿郎は語る。

「余はこの世で最も得難い力を生まれながらにして得て、富も力もあった。しかし、決して満たされなかった。それどころか退屈すら覚えた」

「……」

「どんなに趣味を多く持っても、権威を使って海兵達に覇気や剣術を教えてもらっても、満たされないのだ。なぜ満たされない、何が足りない、どうすれば満たされる……そう自問自答し続けてきた」

 遠い目で語るコル寿郎の話に、ラカムは黙って聞き入る。

「そして答えが出ないまま時が過ぎる中、マリージョア襲撃事件があった」

「……その節はどうも」

「実を言うと、余も混乱に乗じてヤマトとタイガーの奴隷解放の手助けをしていた。素性も顔も隠した為、気づいていないようだが」

「そうだったのか!?」

 ラカムは意外な告白に目を丸くした。

 ヤマトの父親譲りの真面目さがある意味で引き金となった、聖地マリージョア襲撃事件。あの事件はクロエ海賊団の襲撃に加えて冒険家フィッシャー・タイガーが奴隷解放をしていたのだが、まさか当時のコル寿郎も一枚噛んでいたとは。

 裏事情に驚く中、コル寿郎はあの事件で答えを得たとラカムに伝える。

「余が求めてたのは、ただのコル寿郎として下界で自由になる事だった。創造主の子孫、神に等しい存在、最も誇り高く気高き血族……世界政府を創設した王の末裔という肩書は、余という()()を赤土の上に縛り続ける呪いだ」

「……ある意味で一番の化け物だよ、お前」

 この世界で絶対的存在である天竜人の血を忌々しく語るコル寿郎に、流石のラカムも顔をヒクつかせた。

 他の天竜人が聞いたら卒倒しそうな発言である。

「そして余は機を伺った。下界に降りられるチャンスを」

「それがフールシャウト島か……」

「いかにも。そもそも余は兼ねてよりフィガーランド家から「神の騎士団」への入団を勧められてきたが故、それを承諾する形で降りたのだ」

「あー……それやられると結構キツいな。一族揃って気の毒に」

 ラカムは煙を吹かしながら笑う。

 最初から縁を切るつもりで入団を仄めかし、地上に降りた瞬間に反乱を実行されたら、フィガーランド家の立つ瀬がない。

「そして卿らと出会い、余は海賊としてこの船に乗った」

「成程ねェ……」

「この船に乗ってから、余は満たされる感覚を得た。感謝する」

「そりゃあどうも」

 ラカムは煙を燻らせて返事をした時だった。

 

 トタトタトタトタ――

 

「「!」」

 甲板を走り回るような足音が聞こえ、二人はすかさず得物を手に取った。

「今……足音みたいなのしたよな?」

「ああ……しかし一切気配を感じなかったぞ」

「……気のせい、じゃない…よな?」

 試しに見聞色の覇気で探知しようとするが、やはり感じるのは仲間達の気配だけ。

 紫煙溶ける夜空の下で起きた奇妙な出来事に、二人は警戒を強めるが、そのまま何事も無くガスパーデとエルドラゴの二人と見張りを交代した。

 翌朝、ラカムは見張り中に体験した内容をクロエに報告したが、その返答は「()()()()()()()()()()()」という意味深なもので、そこから何となく事情を察した為、それ以上は詮索しなかった。

 

 

           *

 

 

 

 また、ある半月の夜。

 左半分が欠けた月――上弦の月が上り、淡い光に照らされる中、副船長室でエマは銃の手入れをしていた。

「完全に火打ち石が欠けてるね……最低限のメンテナンスはしてよ、全く」

「す、すまない……」

「キィ…」

 やれやれとエマが言うと、頭に赤いバンダナを巻いた古参船員・ドーマは申し訳なさそうに謝り、その肩に乗っていた猿のバンビーノもしょぼんと落ち込んだ。

 この世界の銃の主流は、引き金を引くと火打ち石の要領で火薬に点火して弾が飛ぶ「フリントロック式」だが、火打ち石と当たり金の相性が変わると不発を起こしやすくなる欠点がある為、良好な状態を維持する為に調整する必要がある。ましてや火打ち石や当たり金が破損したりすれば、その銃は使い物にならない。

 ドーマは逆手二刀流の剣術に加え、バンビーノの銃撃という補助攻撃で敵を翻弄する戦闘スタイル。補助攻撃を失えばかなりの痛手だ。

「はい。撃鉄の先端の燧石(フリント)交換できたから、これで撃てるはずだよ」

「おお! 流石だ副船長」

「当然でしょ? 私この船じゃ狙撃手も兼任なんだから」

 エマはドーマに銃を渡すと、机の引き出しから小さな木箱を取り出した。

 紙製薬莢――防水した紙の筒に弾丸と火薬を包み込んだ弾薬筒が入った弾薬箱だ。紙製薬莢には「装填の際に薬量を測る必要がなくなる」「弾頭をまとめて包む事ができる」などの利点があり、速射性を高める事ができるのだ。

「ホラ、これもプレゼント。ラードや蜜蝋でコーティングしてあるけど、湿度の高いところで保管しないでね」

「悪い、恩に着る!!」

 エマの気遣いにドーマが感謝した時だった。

 

 ……ドンドンドン……

 

「何だ?」

 どこからか、木槌で壁を叩くような音が聞こえた。

 まさか、侵入者……? そう思ってあたりを見渡すが、音はそれっきり聞こえない。

「キキィ…」

「ああ……副船長、今のは?」

「ん? 何か聞こえた?」

 首を傾げるエマに、ドーマとバンビーノは目を丸くした。

 エマの見聞色は脅威的な精度と探知能力を誇り、船や建物の内部構造を把握できる透視に近い芸当も可能とするなど、見聞色で出来る派生能力も極めている。そんな彼女がさっきの物音を探知できないなど、あり得ない話なのだ。

 やはり気のせいなのだろうか……?

「……いや、何もない。失礼する。バンビーノ、行くぞ」

「ウキッ…」

 どこか釈然としないまま、一人と一匹は副船長室を退室する。

 一人残ったエマは、自分のベッドの方に目を向けて微笑んだ。

「――お勤めご苦労様。()が木槌を打ったって事は……そろそろモブストンさんに見てもらった方がいいのかな?」

 

 

           *

 

 

 そして、ある三日月の夜。

 クロエと見張りを交代しようと、ステューシーが船尾楼甲板へ足を運ぶんだ。

「クロエ、そろそろ――」

「フフ……何だ、意外とイケる口じゃないか。見かけによらず大人な舌をしてるんだな」

「?」

 ステューシーは、クロエが誰かとコーヒーを飲んでいる事に気がついた。

 今日のこの時間の見張りは、クロエとヤマト。ヤマトは船首楼甲板で望遠鏡を覗いているのを見かけたので、彼女であるはずがない。そうなれば、この時間帯に起きている誰かだ。

 楽しそうに会話しているので、ステューシーは微笑ましい気持ちで近づいたが、目の前の光景に絶句した。

「え……?」

「ハハッ!! 何だお前、一緒に戦ってくれた事もあるのか!? アハハハッ!!」

 胡坐を掻くクロエは愉快そうに笑っているが、目の前には誰もいない。

 しかし彼女は、まるで目の前にいると思われる誰かとコーヒーを飲みながら歓談している様子。現にクロエの分ともう一人分のコーヒーカップが置かれており、淹れたばかりだからか湯気も立っている。

「お前とは時々こういう時間を設けてはいるが……他の者共には姿を見せないのか? エマは知っているが、傍から見れば私の奇行に見えるぞ?」

(……)

 ステューシーは物陰に隠れ、そのやり取りを伺う。

 クロエが自分の言動を自覚しているという事は、やはりそこに()()がいる……? だが、人の気配は感じられない。しかし副船長はどうも知っているらしい……。

 夢なのか現実なのか、今までの常識が通じない光景に混乱した、その直後。

 

 ――船長さん、お姉さんが覗いてるよ!

 

「っ!?」

 自分の耳にはっきりと届いた、子供特有の高い声にステューシーはビクッと肩を跳ね上げた。

 それに対してクロエはクスクスと笑い、二人分のコーヒーカップを片付け始めた。なぜかカップの中身は空っぽになっていた。

「どうやら見張りの交代らしい。……また会おう、次は私の部屋に来るといい」

「……」

「ステューシー、見張りを代わりに来たんだな? 頼むぞ」

 コートをなびかせ船長室へ向かうクロエに、ステューシーは恐る恐る声を掛けた。

「……クロエ……あなた…誰と話してたの……?」

「何だ、元CP‐0でも知らないのか? ……ゲン担ぎは大事という事だ」

 全てを知っているが、その全てを語るつもりはないと暗に言う。

 どういう意味なのかと問おうとした際、ステューシーはクロエとすれ違い……。

 

 ――驚かせてゴメンね。

 

「!?」

 申し訳なさそうに、でもどこか嬉しそうな声色で()()()が響いた。

 すかさず振り返ると、クロエの傍に木槌を持ってレインコートを着用した子供がいた。姿は半透明に近く、その表情もよくわからないが……明らかに朗らかな笑みを浮かべていたのはわかった。

 そしてステューシーは、瞬きする間に姿を消した子供に唖然とするも、数秒経ってからハッと気づいた。木槌を持ったレインコート姿の子供に、ある伝説が脳裏をかすめたのだ。

 

「〝クラバウターマン〟……!?」

 

 クラバウターマン。

 船乗りや造船業関連の職人の間で語り継がれている、船員達から大切にされてきた船には妖精が宿るという伝説だ。

 伝説によると、クラバウターマンはレインコートを着た子供のような姿をしており、手には木槌を持ってるとされ、航海中に船が危機に陥ると人の姿をした化身となって現れて船内を駆け回り、船乗りを救ってくれると言われている。

 

 そんな伝説の妖精が、伝説の女海賊の船に現れ、彼女と会話を楽しんでいる。何があってもおかしくない海にいるが、こればかりはステューシーも予想外過ぎた。

 まさか海の妖精伝説が本物で、自分の目の前にはっきりと姿を現すとは思わないだろう。それともう一つ驚いたのが……。

「……そういえばあの子、ブラックコーヒー飲めるのね……」

 海の妖精はブラックコーヒーが飲めるという、何の役にも立たなさそうな素晴らしい無駄知識を得たステューシーだった。




というわけで、今回はクロエ海賊団のクラバウターマンのお話でした。
その内全員視れるようになると思いますが、彼が子供の姿で遊びに行くのはクロエの部屋とエマの部屋だけらしいです。
ちなみに当初は甘いコーヒーだったんですが、次第にブラックもイケる口になったそうです。

そしてちゃっかり明かされた、聖地マリージョアに住んでた頃のコル寿郎の身の上話。
彼は海軍の猛者に師事して強くなったんですが、彼を指南した海兵は滅茶苦茶強い訳で……誰から学んだんでしょうかね?(笑)
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