海賊も、海軍も、世界政府さえも手を出せない場所。
正義も悪も、法も無法も、天上の権力すらも及ばない〝絶対聖域〟。そんな夢のような場所が、新世界の海に存在する。
名は、グラン・テゾーロ。全長10キロメートルに及ぶ、島と見紛う程の巨大黄金船。
世界中の名立たる海賊・海兵・大富豪達が集い、昼夜問わずショーやアトラクションが繰り広げられる世界最大のエンターテインメントシティ。
たった一度の
その海賊団の名は――
グラン・テゾーロが誇る七ツ星カジノホテルがある黄金の塔「
普段なら世界各地から来たVIP達が、座布団に腰を落ち着けて思い思いにチップを賭けているのだが、今日は貸し切りとなっている。
この贅の限りを尽くした黄金の空間を貸し切っているのは、クロエ海賊団だ。
「よござんすね? それでは、始めます!」
黒服にチャンピオンベルトを巻いた髭の巨漢――VIPエリアのディーラー役・ダイスが、両手に掴んだ二つの巨大サイコロを高々と放り投げた。
さらに背後に置かれていた、鐘よりもはるかに大きな純金の壺をひっくり返して抱え、落ちてきたサイコロを受け止める。
――ゴォオオォーーン!!
まさに鐘が割れるような音が響き渡る。
巨大な壺をぶん回したダイスは、最後はプロレス技のバックドロップの要領で豪快にゴザの上に伏せた。
「さァ、張った! 張った! 丁半賭けなすってェ!!」
ダイスの呼び掛けに、クロエ海賊団は賑やかにチップを張っていく。
「丁!!」
「じゃあ僕は半!!」
「私は丁で」
「わしは半だ!」
賭け事に興じるクロエの仲間達は、思い思いに丁半の賭け金を提示した。
「コマ揃いました!」
「あ、ちょっとタンマ」
いざ、壺を砕こうとしたダイスに、エマが待ったをかけた。
「あのさ……
「は?」
「いや、君のリアクションいい加減飽きてさ……」
「ガーン!!!」
その言葉に、ダイスがショックを受けて倒れ込んだ。
というのも、この丁半博打、ダイスの渾身の頭突きで壺を砕いて出目を確かめるのがお決まりなのだが、その度に変態っぽい声と顔を毎回拝むのだ。
エマ個人としては他人様の性癖に口出しするつもりはないが、毎回同じリアクションなので当初は度肝を抜かれた分、次第に見飽きてしまったのだ。
「ならば誰がやる?」
「クロエの頭突きだと流石にダイス君の面子がなァ……ラカム君、いい?」
「ったく、しょうがねェな……」
部屋の角で煙草を吸っていたラカムが、衝角を携えて壺へ歩み寄る。
そして勢いよく衝角を振るい、
「らァッ!」
壺を一撃で破壊。
砕け散った壺から二つのサイコロが現れ、出目が明らかになる。
「――四・六の丁だな」
「よっしゃァ!」
「うわ、ボロ負け……」
「やったァ!! 今日初めての勝ちだ!!」
エマ達を含む丁に賭けたクルー達が歓声を上げる一方で、半に賭けたクルー達が肩を落とす。
それを二階から見下ろすクロエに、緑色の髪をオールバックにしたマゼンタのダブルスーツ姿の男が問いかけた。
彼こそがグラン・テゾーロに君臨するカジノ王、ギルド・テゾーロ。世界の均衡を担う三大勢力、そして世界政府という絶対的な軛からすら〝自由〟を得た男である。
「クロエさんは、賭け事は嫌いですかな?」
「命のやり取りの方が個人的に燃えるだけだ」
「……誰かに野蛮だって言われた事ないですか?」
「海賊はそういうものだろう」
熱燗を呷るクロエに、テゾーロの隣に控える色素の薄い長い金髪を持った美しい女性――テゾーロの妻のステラは苦笑い。
まあ、強者との殺し合いもある意味では賭け事ではある。ただし賭けてるのはカネではなく誇りと命だが。
「クロエさん、あなたには多大な恩義がある。我がグラン・テゾーロで航海の疲れを癒やしてもらいたい」
「おいおい、
「それでも、私とテゾーロにとっては大恩です。遠慮しないでください」
ステラが言うのは、クロエのおかげで奴隷にならずに済んだ事だ。
今からおよそ20年近く前、彼は後に妻となるステラと共に天竜人の奴隷として船でマリージョアへ送り込まれそうになったのだが、その奴隷船に鉢合わせたのがクロエ海賊団だ。クロエ達は奴隷船をあっという間に征圧し、負傷していた者達にも処置を施した。
あの時クロエと出会わなければ、今のテゾーロは存在しなかった。彼にとってクロエは、自身の人生を救った恩人なのだ。
「あの時の無力な若造が、今では大富豪。これだから
「単純な話、悪魔の実ですよ」
テゾーロ曰く。
8年程前、あるオークションに参加したところ放火事件に遭遇し、その最中に偶然手に入れたという。それが触れた黄金を自由自在に操る事ができる〝ゴルゴルの実〟で、四苦八苦しながら鍛えて金を生み出す能力として利用し、少しずつ財を成したのだ。後にオークションの主催が王下七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴと知り、ステラ共々血の気が引いたのも今となってはいい思い出だ。
そこへあらゆる障害物をすり抜ける事ができる〝ヌケヌケの実〟の能力者であるタナカさん、裏社会の格闘チャンピオンであったダイスに加え、幸運を操る〝ラキラキの実〟の能力者であるバカラと出会った事であらゆる事が自分の思い通りに運ぶようになり、その末にグラン・テゾーロを完成させ現在に至るという。
「富・力・名声……欲しいもの全てを手に入れたようなものじゃないか」
「ハハハハ! 海賊の女王にそう言われると鼻が高くなりますよ」
テゾーロは朗らかに笑うと、サングラスを額に上げて提案した。
「……そうだ! どうです? 私と一勝負しませんか」
「!」
「ルールはそうですね……クロエさん、あなたが勝ったらかけ金の十倍をお支払いしましょう。勿論、負けたら十倍払えなんて恩知らずな事は言いません」
――カネなら腐る程ありますので。
テゾーロは不敵な眼差しでクロエを捉える。
「いいだろう、乗ってやる」
クロエは微笑み、二階から飛び降りてゴザの敷かれたスペースへ着地。テゾーロも大階段をゆったりと降り、互いに賭場の座布団に腰を下ろした。
そこへ、頭が極端に大きい珍妙な体格の黒頭巾男と褐色肌と赤い長髪が特徴的な美女も姿を現す。グラン・テゾーロの警備主任となったタナカさんと、コンシェルジュを務めているバカラだ。
「するるるる……テゾーロ様があの〝鬼の女中〟と一勝負とは」
「とても楽しみですわ!」
大富豪と五皇の一騎打ちに、誰もが興奮を覚えた。
クロエ海賊団の面々も、賭博に興じる船長の姿を物珍しそうに眺める。
「おい、未来視なんてインチキすんなよ」
「ここはフェアにお願いね」
「流石にやらんわ阿呆」
「……半で行こう」
クロエは
すると、ここでバカラが何気なく手袋を外し、クロエの背中から歩み寄り――
バチィン!
「ああっ!?」
コートを羽織るクロエの肩に手を置こうとした途端、突然見えない何かによって弾かれた。
バカラは盛大に転び、手を押さえて痛みを堪える。
「悪いな、カモにされるのは御免なんだ」
クスクスと笑うクロエを、バカラは睨む。
「一体、何をしたの……!?」
「武装色の覇気を全身に流し、見えない鎧を纏っているだけさ。……これはインチキじゃないぞ? 未来視で出目は見てないからな」
「……運気を吸い取る能力か?」
レッドフィールドの呟きに、エマ達はハッとなる。
この女、運気を操って客から金を巻き上げていたのか。成程、このカジノが
「こ、これこそインチキじゃないか!!」
「フフッ……まだまだ青いな、ヤマト」
憤るヤマトを、クロエは優しい声色で諭した。
「ギャンブルは騙されたら負けだ。イカサマの裏をかけないようじゃ、戦闘の駆け引きも上達しないぞ?」
そう告げられ、ヤマトは思わず押し黙った。
「……私の部下が失礼いたしました」
「別に怒っちゃいないさ。賭博師はカモを見つけたら吸い上げるものだろうに」
テゾーロが陳謝するが、クロエは笑って受け流す。
気を取り直して、勝負再開だ。
「イエェス!!」
ダイスが気合を入れて二つのサイコロを放り投げ、先程と同様に金の壺で受け止めゴザの上に伏せた。
「それじゃあ、壺を開けようか」
「では余がやろう」
コル寿郎が立ち上がり、愛刀・秋霜を抜刀。
下段から上段へ斬り上げ、壺を縦に一刀両断すると、割れた壺から出目が明らかになる。
「半だな」
「……お見事です、クロエさん」
「そうでもないさ。あの小娘の小細工に引っかかってたら負けたのは私だからな」
クロエはそう言ってテゾーロから受け取った
「しかし……やはり
「フム……そこまで言うならダイスと一戦どうですか? 彼は打たれ強さなら天下一品だ」
「テゾーロ君、クロエが暴れたら島もたないから!!」
クロエの言葉を受けてテゾーロが提案するが、エマは慌てて却下した。
世界最強の女は、海軍大将や五皇じゃないと話にならないレベル。色んな意味でダイスが昇天してしまう。
まあ、ダイスはドMなので歓喜しそうではあるが。
「……テゾーロ様、お耳にいれたい事が」
そこへタナカさんが現れ、テゾーロに何やら耳打ちした。
「……わかった。通したまえ」
「よろしいので?」
「
「……かしこまりました」
タナカさんは微かに笑い、能力で扉をすり抜けその場を去っていった。
「誰か来るのか?」
「ハハ……まあ、ちょっとしたゲストですよ」
テゾーロは笑みを崩さずに答えるが、クロエは訝しげに眉を寄せる。
すると、部屋の入口に二人組が姿を現した。
「ええっ!? 何でクロエ海賊団が!?」
「おいおい、とんでもない大物と出くわしちまったな……」
驚愕の声を上げる、若い男女。
男の方は、ゴーグル付のシルクハットを被り、青が主体の服装の上に黒いコートに袖を通した金髪の青年。女の方は、黄色いゴーグルをつけた赤いキャスケットを被り、フリルのある服装とミニスカートを着用したオレンジ色のショートヘア。
「サボ……?」
クロエは僅かに目を丸くし、二人組の男の方を見つめる。
そう、二人組の片方の青年の正体は、かつてフーシャ村で一度顔を合わせたかつての悪ガキ・サボである。
彼はエースと行動を共にしていたが、何の因果か革命軍に加入したという情報を入手はしていた。だが、このタイミングで再会するとは。
「……サボ、少し顔を貸せ」
「は?」
クロエはサボに歩み寄ると、右手で彼の額に触れて目を閉じた。
見聞色の覇気を応用し、彼の記憶を読み取るのだ。
だが――
「!」
クロエは驚きに目を見開いた。
途中で景色が真っ黒になったのだ。それは、かつてのウタと同じ、
(……記憶が無いのか?)
何らかの事情で記憶を失っている。
そう推測したクロエは、彼の左目の辺りにある火傷の傷痕を見て何となく察した。
――この傷が、記憶を失う原因なのだろう。
「クロエ?」
「いや……何でもない」
心配するエマに首を横に振ると、クロエはテゾーロに目を向ける。
「ドラゴンの
「私もあのゴミクズ共には消えてほしいので」
テゾーロの
「……余が居るのは気まずいか?」
頬をポリポリと掻くコル寿郎に、テゾーロや革命軍の二人はそんな事は無いと首を横に振る。
由緒ある天竜人の血統である彼だが、別に彼に恨みはない。むしろ彼は天竜人でありながら世界政府に反旗を翻した唯一無二の人物であり、革命軍からは標的の対象外となっている。もっとも、親交あるクロエと対立する事態を避けたいのも事実だが。
「ビジネスの会話なら、席を外すが?」
「いや、構わない。もしかすれば、クロエさんもいつか関わるかもしれない。いいだろう? サボ君」
「あ、ああ……テゾーロさん、あれから何か進展は?」
シルクハットを被り直しながら尋ねるサボだが、テゾーロは黙って首を横に振った。
「……そうですか」
「ドフラミンゴは隙を中々見せない男だ。焦らず行こう、サボ君」
「ドフラミンゴ? コル寿郎の親戚の七武海か。あの男に用があるのか、ドラゴンは」
クロエは訝しげにサボを見ると、彼はコアラに目配りし、事情を話し始めた。
ドフラミンゴは闇取引に主軸を置いた海賊であり、王下七武海に加盟し新世界のドレスローザという国家の王位に就いて以降、近隣諸国の戦争が絶えず世界中の紛争地域の戦闘が激化しているという。
この事態を革命軍は「ドンキホーテ海賊団が戦争を誘発させている」と推測し、兼ねてよりドフラミンゴと揉めていたテゾーロに協力を要請。後にドフラミンゴの方から協力関係を持ちかけられたところを乗り、持ちつ持たれつの関係を維持しつつ、水面下で情報収集していたという訳だ。
「成程……」
「奴も私を警戒している節がある……中々尻尾を掴ませない」
溜め息を吐くテゾーロに、クロエはふと思いついた。
「白電伝虫はあるか?」
「勿論、持っているが……」
「電伝虫に繋げてくれ。
盗聴妨害の念波を飛ばす白電伝虫が接続された電伝虫のボタンを押し、クロエはとある人物へ連絡した。
《……誰だ?》
「私だ、カイドウ」
『ぶーーーーっ!!?』
クロエの口から出た名前に、その場にいる全員が吹き出した。
世界最強の女が頼ったのは、世界最強の生物だったのだ!
《ウォロロロロォ!! クロエか!! 久しぶりだなァ!!》
「いきなり悪いな。貴様に訊きたい事ができたんだ、少し付き合ってくれ」
《訊きたい事だァ?》
電伝虫越しにカイドウは訝しんだ。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ……貴様、接点あるか?」
《あァ……〝ジョーカー〟か? てめェもそういうのに興味あんのか?》
「質問してるだけだ阿呆」
クロエとカイドウの会話を聞き、サボとコアラはヒソヒソと話し合う。
何やら「新世界の大物ブローカー」だの「犯罪シンジケート」だのと物騒な単語が飛び交っている。
《クロエ……おれァ、ジョーカーとは取引はしてねェ。……意外だったか? ウォロロロロ!!》
「貴様、さては酔ってるな?」
《バァカ!!! 酔っちゃいねェ!!! ヒック》
完全に酔っ払ってるカイドウに、クロエはジト目になる。
するとカイドウは、笑い上戸ながら重要な情報を教えてくれた。
《ウォロロロロ……そういやあ、ジョーカーはシーザーって奴と色々あるらしい》
「シーザー? ……どこの馬の骨かは知らんが、どうせロクでもない奴だろうな。ドフラミンゴがその男と通じていると?」
《さァな……ウォロロロロ…!!》
カイドウからの情報に、クロエは目を細めた。
少なくとも話の流れからして、ドンキホーテ海賊団が武器の密貿易や裏取引をしているのはほぼ確定。
となれば、革命軍の推測も大よそアタリだろう。
「……どいつもこいつも兵器に頼るとはな」
クロエは溜め息を吐きながら呟いた。
卑怯とは言わない。〝本物〟は死さえ脅しにならないのだ、そんな女々しい言葉を使う半端者に成り下がった覚えはない。
ただ……失望した。今時の海賊は、新世代の海賊は、直接戦闘で命のやり取りをしないのかと。ああいう極限状態に身を置いてこそ、自分は善と悪を超越して己の命と心が煌々と燃え上がるというのに。
「……私も古い海賊なのか……」
《ウォロロ…てめェも年を取ったなクロエ》
「貴様あとで覚えてろよ」
カイドウに笑われ、クロエは青筋を浮かべた。
「ハァ……もういい、切る。悪かったな」
《ウォロロロロ!! また戦争しに来い、いつでも受けて立ってやる!!!》
「貴様もな」
クロエは小さく笑いながら電伝虫の通話を切った。
そして、サボとコアラの方へ目を向ける。
「そういう訳だ、ドラゴンの読みは多分合ってるぞ」
『いや、確認方法!!!』
相変わらず三大勢力のバランスを何とも思わないクロエに、その場にいる全員がツッコむのだった……。
本作のテゾーロは表の顔がカジノ王、裏の顔が革命軍の資金提供者となってます。
また、ステラと幸せホヤホヤの愛妻家なので、金を何より絶対視する事も借金を背負った人間を奴隷のようにこき使う冷酷な一面もありません。
ただ、派手好きで享楽的な点や自らステージに立ってショーを開催する点は同じです。