class:Grand Master's Secretary
name:Flannellbee Alginina
Araya:Чернобог
Affiliation/Country:Russian American
CCvalue:920
自分の思い通りにならない大人が嫌いだった。小さい子供ならよくあることだろう。日曜日に家族総出で、似合わない正装を着て、教会でひたすら説教を聞いて告解して讃美歌を歌う。そんなことなら家でビデオゲームがしていたい。そういった感情とだいたい似ていると言って差し支えないだろう。
その組織も、ほとんど宗教のようなものだったのだから。
『秘密結社レッドブランチ』。アイルランドの『赤枝騎士団』に端を発すると言われている、多次元並行世界観測研究機関。会員は少なくなく、だがしかし会員には重大な秘匿義務が課せられるため、一般的にこの結社の存在を知っている人物は人類社会においては多くない。
が、有名俳優や各界の著名人たちがこぞって会員になろうと躍起になっており、その会員には万金に値する『世界の真実』を知り得る権利が与えられると言う。
――馬鹿馬鹿しい限りだ。
そんな夢物語を信じるくらいなら、もっと慈善的な事業に金を積めば良い物を。まったく、金持ちの道楽は意味が分からない。そうまでして結社に傾倒して、得られるものなど狂信的な崇拝精神だけだというのに。
「フラン!」
そう、私の嫌いな『大人』のように。
「フラン! さぁさぁ、貴方も制服を着てみなさいな!」
「ああ、やはり似合っている。僕とゼーシャの間に生まれた子供なのだから当然だが……フラン、君も大きくなったら、結社のために身を尽くすんだよ?」
この『大人』たちがいかに狂った人間なのかなど、他の大人たちを見れば一目瞭然だった。この『大人』たちは私の事を娘とは思っていない。いや、娘という認識はある。だが、その娘という認識が、他の親とは大きく違っていたのだ。
「ねえフラン? あなたは大きくなったら、何になりたい? 営業課かしら。貴方は頭も良いし……美人さんですものね!」
「いやいや、総務課に入れば、父さんのツテですぐに良いポストに就けるぞ! そのためにも、僕ももっと頑張らないとな!」
「素敵よ、エミール!」
「よせよ、照れるなぁ!」
毎日、こんな茶番ばかりだった。こんなことなら、見ず知らずの大人と家族ごっこをしろと言われた方がまだうまくできる自信すらある。私がずっと覚めた目で二人を見ているのに、当の本人たちはまったく意に介しないのだから、この『大人』たちの結社への忠誠心は目を見張るものがある。何をどうしたらそこまで目が曇るのか。
「やあ、アルギニナ。」
「グランドマスター! ご機嫌麗しゅうございます!」
「……うん、娘さんを大事にね。」
「はっ! 重々に理解しております! 必ずや、娘を貴方様に相応しい騎士へと育て上げて見せますとも!」
公の場で、結社の最高指導者――グランドマスターと顔を合わせる時、父は私を必ず引き連れていた。グランドマスターに付け入ろうと画策する、利権に溺れた幹部たちにグランドマスターと私の仲を自慢するためだ。
「さあフラン、グランドマスターに挨拶をなさい。」
「……ご機嫌麗しく、グランドマスター。」
「フラネルビー、顔を上げて。僕は――。」
――どんな人間だったか、よく覚えてはいないが。
私は、この男も嫌いだった。
「嘘だッ――!!」
だから。
「嫌だァ!!」
だから。
「私が……私が!」
未来の観測すら可能としたその高知能AIが、グランドマスターが失踪した直後に下したその宣告に、当時の私は絶叫した。柄にもなく、ひとり家を飛び出し、深夜のマンハッタンの街角でうずくまって泣き叫んだ。
「私が、
でも、私に居場所なんて無かった。友達もいない。仲間もいない。生まれてから今まで、結社の中しか知らない。結社での生き方しか知らない。フラネルビー・アルギニナに、『普通』はあり得ない。私の魂に宿った悪魔が、高笑いしているのが見えるようだった。
「……私が死ねば、次のグランドマスター代理が……。」
そう思って、何度も自らの首筋にナイフを突きつけた。――勇気は、無かった。
「ああ、フラン! ようやく……なんて、なんて幸福なの! 貴方は……やっぱり特別よ!」
特別かもしれない。
「やはりグランドマスターに取り入ったのも大きかったろうが、全ては君が優秀だったからだよ、フラン。」
優秀かもしれない。
「「私たちの間に生まれてきてありがとう、フラン! 愛しているよ!」」
愛されていたかもしれない。
「……ありがとう、ございます。」
そのすべては、私が望んだレッテルでは無かった事に、目を瞑れば――私は、この世界全土を見渡しても、指折りの幸せ者だっただろう。
「フランは、果報者です。」
『ようこそ、フラネルビー・アルギニナ。グランドマスター執務室は貴殿を歓迎します。』
「……。」
『当機は秘密結社レッドブランチ共通搭載AI、《
「……。」
『共に多次元並行世界の平定の為に尽力しましょう。』
「――ふざけないで!」
『……。』
「何が多次元並行世界よ! 結局、そんな夢物語一度だって! この目で見たことない! 無いものでっち上げて! 世界中の金持ちから援助という名の資金巻き上げて! 私腹を肥やしたいだけの詐欺集団じゃないですか! 見せなさい! そんなふざけたモノが在るって言うなら――フランは、フランには信じられ――っ!!」
『開示します。』
「――え?」
『エミール・アルギニナ。認証コード識別……偽装用一般下級会員20362号。彼にレッドブランチの真実を目にする権限はありません。
貴殿の認証コードを上書きします。特定認証コード、サーヴァント。……階級、グランドマスター傍付き兼代理人。……姓名、フラネルビー・アルギニナ。アラヤ承認、《チェルノボーグ》……。CC数値、920.74。
書き換えが完了しました。これより、貴殿を秘密結社レッドブランチ特務セクション、秘匿性特別対処室へご案内します。』
「えっ、えっ? 下級会員? で、でもフランは……何度も先代のグランドマスターにお会いして……。」
『先代グランドマスターは下級会員、上級会員、特別会員総勢十万人以上のお顔とお名前を記憶しておられました。』
「はぇ?」
レッドブランチが誇る超高知能AI、ALICEのナビゲートで、私は今までの人生で何度も通ってきた結社本部ビルの廊下の壁の向こう側へと通された。
『代理、貴殿の知らない世界は広いのです。』
「何を、知った風に。」
『存じています。洗脳のような両親の英才教育。善意から施されるレッドブランチ至上主義思想。籠の中の鳥に毒物を餌付けするような半生。当機は本部と支部内のあらゆるデータを記録、保存しています。』
「覗き見が趣味なんですね、AIって。」
『褒めても情報しか開示できませんよ。』
「……あなた、本当にAIですか?」
『よく言われます。』
普段、何の変哲もない壁だと思っていた場所にはパスコード開閉式の自動ドアがあって。その向こうには白を基調とした廊下があって。そこに敷かれた深紅のカーペットを歩いて渡った先には、小型のエレベーターが待機していて――。
『世界は広い。代理、貴殿はこれからその世界を見ます。たった十歳の子供には、少々広すぎる世界かもしれません。』
正直、また食って掛かりたかった。けれど、私の好奇心が、AIに反駁するよりも先に、そのエレベーターの下降スイッチを押していた。
もしかすると、逃避願望もあったかもしれない。『広い世界』。『籠の外』。――『両親も知らない、本当の世界』! エレベーターが下がっていく感覚を両脚で感じながら、私の心臓はドクドクと脈打っていた。
『秘匿性特別対処室全セクションの職員へ通達します。これより、一号エレベーターからグランドマスター代理人、フラネルビー・アルギニナが皆様へ会いにやってきます。野次馬根性旺盛な職員はエレベーターホールまでお越しください。』
「ALICE!?」
『はい、ALICEです。ご用命ですか?』
「今の何ですか!」
『いえ、秘匿性特別対処室の職員全員にアナウンスをしただけです。レッドブランチのアイドルが爆誕するのですから、その始まりはやはり盛大な拍手が無ければ。』
「はぁ――?」
チーン、とエレベーターの階層表示モニターから甲高い音が鳴り響いた時、私の頭はガンガンと脈打っていた。
果たして。
「えっ?」
「ハァ?」
「あら!」
「おいおい!」
「……あー。」
そこにいた数十人の『大人』たちの反応は、一様に驚愕そのものだった。むべなるかな。グランドマスター代理と言われてエレベーターから降りてきた人間が齢十歳の少女では、そんな反応をしてしまうのも無理ない。
「あの、あの……フラン、は……!」
何とか、この場から逃げ出そうと言葉を紡ごうとした時だった。
「フランって言うの?」
私の視線に合わせてしゃがみ込んできた女性がいた。その女性の全身は、まるで鳶のような茶色の羽毛で覆われており、腕には鳥類のそれに酷似した翼が付随していた。
「きゃああぁ!!」
あまりにも『人間』ではないその姿に、私は思わず悲鳴をあげ、エレベーターの中に逃げ込んでしまった。
「おいルーダエ、お嬢ちゃん怖がっちまったじゃねぇか。」
「あたいのせいなの!?」
「そうでしょ。この子、下級の人たちの出らしいじゃない。アキュラエなんか見たこともないんじゃない?」
「そんなこと言ったってねぇ!」
『大人』たちは笑いあいながら、私を手招きしてきた。
「おいで!」
「ふ……フランは、フラン、は……。」
「まずは名前を教えてよ! あたいはね、アキュラエ族の族長シルバの子、ルーダエっての!」
恐る恐るエレベーターから足を踏み出した私の頭を、ふわふわの羽毛で撫でながら、鳶色の女性はにっこりと笑顔で自身の名前を教えてくれた。
「フラン、フランは――!」
籠の外は、広かった。世界は広かった。私の知らない世界は、とても広くて、私の目尻からは、理由も理屈もわからない大粒の涙が、ぼろぼろと零れていた。
「フランの名前は、フラネルビー・アルギニナですっ!!」
わんわんと咽び泣く私の頭を、肩を、背中を、大人たちはたくさん叩いて、撫でて、触れてくれた。両親のそれからは感じられなかった温かさが、高鳴っていた心臓を落ち着かせていくのがわかった。
「おう、これからよろしくな、アルギニナGM代理!」
「わからないことがあったら私たちに何でも聞くのよ?」
「というか下級出身だろ? そもそも知らないことだらけじゃねぇか。」
「そもそも十歳の子がしてていい体型じゃないッスよ! 食堂行きましょ!」
「賛成! フランちゃんのこと、もっと知りたい!」
そうやって私は、大人たちに担ぎ上げられて、たくさんの事を教えて貰った。たくさんの愛を貰った。たくさんの絆を貰った。
それから早くも四年の月日が経って――。
『グランドマスター代理。』
「……執務が忙しいので、緊急の報告でない限り進言を禁止しているはずですが。」
『緊急報告です。』
「……なんですか。」
『次期グランドマスターを発見しました。』
「!」
『名を圷ユウマ。あらゆる時空、あらゆる次元、あらゆる世界のALICEが、彼がグランドマスターである事を証明しました。既に彼がグランドマスターの座から降りている世界も確認しました。』
「……相変わらず、胡散臭い性能をしていますね。貴方は。」
『褒めても情報しか開示できませんよ。』
「わかりました。すぐ迎えに行きましょう。」
『いえ、今はやめておくことを推奨します。』
「はい?」
『彼、レッドブランチの名前すら知らない本物の一般人ですので。』
「はい――?」
――私の、フランの物語が、ようやく幕を開けた。