勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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ラッコ鍋と温泉

 

 はぐれた白石たちと合流するために釧路へとやって来た。

 和人と子供を連れたアイヌの女占い師という目立つ風貌のお陰ですぐに合流することができた。

 

 

「谷垣ニㇱパ! 怪我はないですか? ずっと心配してました」

「おれは大丈夫だ」

 

 

 インカㇻマッが谷垣に駆け寄り、その腕を撫でる。

 明らかに醸し出す雰囲気がある。

 

 

「え? おえ?」

「あれあれ? どういうこと?」

「……」

 

 

 それを察した杉元と白石がニヤニヤと谷垣へ問いかけている。

 あまりにあからさまで流石に察するものがあるよな。

 尾形も察して谷垣を見つめています。

 

 

 海岸に行くと近くの村に住むアシㇼパの親戚に声をかけられる。

 海亀漁に誘われているらしい。

 

 

「英作も行くか?」

「いや私はやめておく。杉元は重いから私も乗ったら船が沈む」

「ちょっとぉ! やめてぇ?」

 

 

 船に乗った白石を含む3人を見送った。

 そして砂浜でひとり離れた場所で立っている尾形の元へと向かった。

 

 

「尾形。何一人で黄昏てんだ」

「……あいつらはどうしたんです」

「海亀漁に行った、海亀が獲れたら食わせてくれるってよ。海亀好き?」

「食ったこともありませんよ」

 

 

 砂浜に流れ着いていた流木に並んで腰掛け、海を眺める。

 特に何もすることがない。話すこともない。

 どちらも声を発さずに、ただ波が砂浜に打ち付ける音だけが聞こえている。

 遠くからチカパシの笑い声。どこかにいるんだろう。

 沈黙ではあったものの、尾形とは前からこんな感じであるからか不思議と居心地の悪さは感じなかった。

 

 

 空を海鳥らしき鳥の影が飛んでいる。ふと思い出す。

 

 

「そういえば、前に鴨鍋をご馳走になったことがあったな」

「……ええ、茨城で。よく覚えていますよ、汽車を乗り過ごした間抜けな東京者のこと」

「尾形言い方あ!」

「ハハッ事実でしょうが」

 

 

 尾形が嫌味を言ってニヤリと口の端を吊り上げている。

 それから髪を撫でつけると鼻で笑われた。

 

 確かにあのときの私は間抜けだったけど!!

 

 

「それがどうかしましたか」

「いや、北海道にはいつ頃鴨が来るのかなって思ってさ。また食べたいな、鴨肉」

「…………」

「私、あのとき鴨鍋って初めて食べたんだよなあ。知ってる? 鴨肉ってすごく栄養満点なんだって」

「はあ……」

 

 

 前世の記憶が教えてくれる。

 鴨肉にはビタミンに鉄分などがたっぷり含まれていて美容にも効果がある、と。

 前世の記憶なのでソースは不明だ。

 

 鴨肉のロースト、ソテー……。フォアグラも鴨なんだっけ?

 花沢家にいるときにフォアグラとか食べとけばよかった。

 リクエストしたらヨネさんがどうにか手に入れてくれたはずだ。

 

 

 

 と、そこで尾形が身じろぎをして、背嚢から何かを取り出す。

 

 

「吸いますか」

 

 

 そう煙草を差し出された。

 尾形も煙草なんて吸うのかと少し驚く。

 まあこの時代の軍じゃ必需品ではあったからな。

 

 

 差し出された一本を、受け取ろうかと逡巡し手を止めた。

 

 

「やめておく」

「お嫌いでしたか」

「ははあ、煙草は臭いが強いからなあ。昔から私はあんまり……、気にせず吸っていいぞ、尾形」

「ではお言葉に甘えて」

 

 

 尾形は端的に答えると煙草にマッチで火をつけ口に咥えた。

 

 軍にいる頃は付き合いで吸ったこともあったけど、昔から煙草はどうにも苦手だった。

 吸いすぎると臭いが身体に染み付いてしまうのもある。

 尾形が煙草を吸っているのを見るのは初めてだった。

 

 前髪を掻き上げ、また海へと視線を移す。沖の方でアシㇼパたちの乗る船が見えている。

 白石が亀に間違われて頭を叩かれていて、笑ってしまう。

 

 

「……戦争前に何度か、ご一緒したのを覚えていますか」

「ん、……あぁ、あったなあ。そんなことも」

 

 

 私がまだ煙草に慣れようと四苦八苦していた頃だ。

 煙草嫌いをどうにかしようと隠れて煙草を吸っていた。

 そういえばそのときに尾形と何度か会った気がする。

 人を避けて、人のいない場所を選んでいたため尾形にも同じ意図があったのだろう。

 

 

「おまえはアレだ、勇作から逃げてたんだろ?」

「ええまあ」

「ハハッ、兵営の中では規律が乱れるしアニサマにも迷惑だろうからよせと何度か言ったんだがなあ。アイツは聞く耳を持たなくてさ」

「ははあ、そうでしたか」

 

 

 尾形が目を伏せて、髪を撫でつける。

 本妻の息子に慕われ、しつこく話しかけられるのは妾の息子の心情的にどうなのだろうか。

 無遠慮で鬱陶しいとは思われないだろうか。

 なんてどうしても考えてしまって親しみを込めて兄などと呼びとめることは、ついぞ出来なかった。

 勇作がどのように考えていたのかまではわからない。

 アイツにもアイツなりの考えがあったはずだ。

 

 

「……あなたは俺を兄とは呼びませんね」

「えっ!? なになにおまえ、私にも兄と呼ばれたかった……ってコト!?」

「いえ」

「えっえ〜、えっ、い、今から呼んでやろうか? えっでも今さら呼び方変えるのなんかハッズ……恥ずかしくない?」

「呼ばれたいとは言ってません」

「あ、兄上……?」

「言ってないと言ってるでしょうが!」

「ブフぉッ、く、ふふっ、尾形が怒った」

 

 

 ポ、と頬を染めて呟けば尾形が一気に白目を剥いて叫んだ。

 その勢いに思わず吹き出して、息が苦しくなるほどしばらく笑いが止まらなかった。

 なんだか知らないけど、とても満たされていていつまでも笑いたい気分だった。

 

 

 アシㇼパが船の上で海水を汲み取る仕草を繰り返している。

 どうやら海亀が獲れたらしい。

 

 

〜〜〜杉元〜〜〜

 

 

 快活な笑い声が浜辺の方から聞こえてくる。

 なんだなんだと振り向くも、流石に浜辺まで距離があって、かろうじて砂浜を歩くインカㇻマッたちの立ち姿くらいしかわからない。

 

 

「英作が笑ってる」

「ああ、英作さんか。よく通る声だよな、結構距離あるのに」

 

 

 アシㇼパさんの言葉に安心して船にあがろうとする白石に手を貸した。

 アシㇼパさんはじっと浜辺の方を見つめている。

 弓を使うからか、アシㇼパさんは目がいい。

 

 

「尾形と英作は仲がいいな。今も二人で話してる」

「そうかなぁ? 尾形が手間のかかる奴だから世話してあげてるだけなんじゃな〜い?」

「はは、英作ちゃんはそんなタマじゃないだろ。尾形ちゃんも英作ちゃんには割りとなつき…心開きがち? だよなあ」

 

 

 船に乗り込み、ニヤニヤと白石が笑いながら言った。

 

 

「好い仲なのかって思ったけど、そうでもないらしいし。不思議な関係だよな、あの二人」

「英作は誰とでも仲良くできるすごい奴だ」

 

 

 何故だかアシㇼパさんが自慢げに胸を張っている。

 いつかの真夜中に英作さんと尾形が話していた会話が蘇った。

 グッと唇を噛む。なんとも言えない感情に胸が侵される。

 

 

「……あの二人は異母兄弟らしい」

「へえ! なるほどね、だからか」

「そうなのか、知らなかった。英作は秘密主義だから自分からは何も話してくれないんだ」

「そうなのお?」

 

 

「聞けば答えてくれるけど」と唇を尖らせるアシㇼパさんに、あえて軽く返事をしながら同時に納得もする。

 旅順で見かけた花沢英作少尉は、もっとピリピリと張り詰めた雰囲気を放っていた。

 あの頃の自分をアシㇼパさんに知られたくないのかも、と考える。

 

 

 鋭い目つきで常に油断なく敵を睥睨していた……、今の朗らかに談笑する姿など少しも想像できなかった。

 戦争から逃げ出したと自嘲していたが軍から脱走することで、ようやく英作さんは元の自分に戻れたのかもしれない。

 英作さんにとっての干し柿は、北海道で出会ったアシㇼパさんとの交流や、かなり癪だが尾形と過ごす日々なのかもな。

 

 

 英作さんの笑い声はまだ聞こえている。

 ずっとこんな風に笑ってくれていたらいいとなんとなく思う。

 

 花沢英作は味方であれば、他を生かすために己を賭して尽力してくれる男だ。

 金塊争奪戦が終わったらどうにかして東京の勇作にも会わせてやりたいというのもある。

 だからこそ彼を生かすために出来る限り行おうと心に決めた。

 

 

 まあアシㇼパさんを裏切ったら殺すんだけど。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 海亀のオハウを食べた翌日。

 飛蝗がやって来て、小屋に閉じ込められてしまった。

 小屋にいるのは杉元、谷垣、白石に尾形と私の五人だ。

 ここにいないアシㇼパとインカㇻマッが心配である。

 

 

 グツグツと煮える鍋から独特の臭気が放たれている。

 小屋全体に広がって鼻が曲がりそうだ。

 鼻を手で押さえ少しだけ鍋から距離を取る。耐えられないほどではないけどあまり好きな臭いではなかった。

 

 

「どうかしたかい、英作さん。顔色が悪いぜ」

「いやちょっと、この臭い苦手だ」

「そうなの? じゃあ食べるのやめとく?」

「うーん、なんの肉なんだ? 珍しい肉なら食べてみたい……」

「これをくれた老人はラッコだと言っていましたが、食べるならよそいますよ」

 

 

 ………ラッコ。

 そこでようやく気がついた。これは伝説のラッコ鍋回だ!!!!

 身体の奥底で燻り始めた熱に気がつく。

 是非とも現代では食べられないラッコ肉を食べておきたいと、食欲で気を紛らわせた。

 

 

「じゃあ、煮えたら一杯だけくれ」

「わかりました」

 

 

 気遣ってくれる谷垣へ頼み、囲炉裏を囲む四人の様子を窺った。

 谷垣が何度か鍋をつつき、グツグツとした鍋が煮えるのを待っている。

 

 ラッコ鍋回だけはパロディでアホほど見たのでなんとなくの流れを覚えている。

 

 

「なんか、変だ……」

 

 

 杉元がどこか調子悪そうに目を擦る。

 

 

「杉元、大丈夫か? おっとお、またボタンが」

 

 

 谷垣のボタンが弾け飛ぶ。

 なん、あれ? 

 谷垣の胸毛が増えてる気がする。神に加筆されたのか?

 ゴクン、と生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

 

「頭がクラクラする……」

「大丈夫か尾形ッ!」

「横になれ! 今すぐに!」

「胸元を開けて楽にしたほうがいい!」

「下も脱がせろ! いや…全部だ! 全部脱がせろ!」

 

 

 あれよあれよと尾形の服が剥かれてしまった。

 臭いがキツすぎて近づいて止めることも出来ない私は無力。

 

 両目を手で覆い、開いた指の間からジッとその様子を眺めていた。

 きゃー! 尾形が脱がされてるー!

 

 

 やはりラッコ鍋には多少の効果があるのか、目の前で繰り広げられる光景が、とっても…えっちです……。

 

 そのすぐあとにキロランケがやって来て、隙を見て全裸に剥かれた尾形も小屋の隅に引っ張っておいた。

 いやだってこれから相撲が始まるから近いところにいると危ない。

 

 

「ん、少尉殿、肉が煮えました。どうぞ」

「おっ、ありがとうなぁ。谷垣」

 

 

 やたらと線が濃くなった気がする谷垣から椀を受け取った。

 スン、と椀のラッコ肉の臭いを嗅いでみる。

 

 

「ヴッ」

 

 

 ゴフッと吐き出しそうになるのを堪えた。やっぱり苦手かもしれない。

 それでも好奇心に抗えず恐る恐る肉を口に運ぶ。

 

 ケモノ臭い。

 どちらかというとイタチに近いような。やはり独特の臭いがあって、あまり美味しくはない。

 

 

「あ〜、うん、ヒンナヒンナ。うんうん」

「……英作殿」

 

 

 床で伸びている尾形が声を発した。かすれ気味の低い声がとってもスケベ。

 さすが第7師団を代表するセクシー上等兵である。

 

 ちなみに目の前では相撲が取り組み始められてたところだ。

 ドッタンバッタンと褌一丁の男たちが組み付き合っている。

 避難しといてよかったな、尾形。尾形の額に汗で張り付いた髪を払ってやる。

 

 

「尾形も食べるか? 気になるよなあ、ラッコ肉」

「むぐっ……ヴェッ」

 

 

 尾形の口にラッコ肉を突っ込んだ。肉の臭みに尾形がえずく。

 

 

「あっはっはっ」

「…………」

 

 

 何故だかツボに入り、爆笑してしまう。

 あー、かわいい。

 かわいかわい、尾形かわいよ〜。ニヤニヤしながら尾形の頭を撫で回した。

 ラッコ鍋の効能なのか普段より行動の抑えが効かなくなっている気がする。

 ラッコ肉の咀嚼をしながら抵抗する気力もないのか尾形はされるがままだ。

 珍しいこともある。

 最後に乱した髪をいつものように撫でつけてやり手を離した。

 取り組み中の褌一丁共へ視線を戻す。

 

 

 

 しばらくして熱が冷めたのか、賢者タイムなのか褌一丁共は相撲をやめると、いそいそと服を着直した。

 イナゴもどこかへ飛んでいってしまったようで外も静かなものだ。

 

 

「……誰にも言うなよ」

「うん、わかってる」

 

 

 小屋を出ながら、そう頷き合う杉元たちに男って本当にしょうもね〜な〜と改めて思った。

 ねっ幸次郎っ!

 

 

「アシㇼパさん、どこいったかな」

「マンボウを獲りに行っていたんだろ、なら砂浜のどこかにいるんじゃないか」

「ちょっと歩いてみる〜?」

 

 

 すでに空は薄暗く夜明けが近い。そう考えるとイナゴは本当に長い間、飛んでいたのだなあ。

 少し離れたところに焚き火が見えた。

 

 

「あそこにいそうだな」

「あっほんとぉ?」

 

 

 そうして近づいていくとアシㇼパがいた。

 すぐにインカㇻマッと谷垣も姿を見せて、アシㇼパが真剣な顔で口を開く。

 

 

「キロランケニㇱパが私の父を殺したのか?」

 

 

 インカㇻマッの表情が変わる。

 おっとぉ、なんだかきな臭い展開でござる。

 

 

「俺が? なんだよいきなり……」

「……証拠は馬券についた指紋です」

 

 

 インカㇻマッは馬券を取り出して、キロランケの指紋とアシㇼパの父が殺された現場に残っていた指紋が一致したのだと話す。

 一応主張の筋は通っている。

 それでも数年前の殺害現場に残っていた指紋を、今も完全な状態で保存できる機関が明治時代の日本にあるだろうかと疑問だが。

 

 

「遺品のマキリの刃に指紋がついていたそうだ。父とは何年も会っていないと言っていたよな」

「おいおい俺が犯人なら監獄にいるのっぺら坊は何者だよ?」

「極東ロシアの独立資金にアイヌの金塊を持ち出そうとした、あなたのお仲間の誰かでは?」

 

 

 どう判断するべきか、二人の言い分を聞く。

 そこで尾形が待ったをかけた。

 

 

「この女……鶴見中尉と通じてるぞ」

 

 

 尾形が銃口をインカㇻマッへと向けて言う。

 背に庇い、谷垣が眉を顰めた。

 

「よせっ! 何を根拠に……」

「谷垣源次郎〜、色仕掛けで丸め込まれたか? 殺害現場の遺留品を回収したのは鶴見中尉だ。つまり鶴見中尉だけが指紋の記録を持っている」

 

 

 尾形のタレコミにより、インカㇻマッの持ってきた証拠の信用が一気に落ちた。

 鶴見中尉であれば、指紋の保存はきっちりするだろう。

 そして捏造もまた容易く行うはずだ。

 

 谷垣がハッとした表情でインカㇻマッを振り返る。

 

 

「鶴見中尉を利用しただけです」

「……」

「大した女だな? 谷垣よ……」

「落ち着け、どっちも」

 

 

 言いながら尾形の構える銃身を谷垣たちからそらす。

 

 

「まだ判断するには早いし、情報も足りん。インカㇻマッ、アンタの持ってきた証拠に鶴見中尉が関わってるなら真贋は怪しいものだぞ」

「そうだ。俺の指紋と一致したなんて鶴見中尉の情報を信じるのか?」

 

 

 鶴見中尉ならば撹乱した情報で、状況をある程度操作するくらいの芸当はしてみせるだろう。

 人は信じたいものに飛びつくものだから。

 

 

「俺たちが疑心暗鬼で殺し合うこの状況こそが鶴見中尉の狙いそのものだろうぜ」

「殺し合えば、鶴見中尉の思うツボだ。アシㇼパ……父親がのっぺら坊じゃないと信じたい気持ちはよく分かる」

 

 

 キロランケが私の言葉に乗っかり、言葉を続ける。

 ジ、とアシㇼパを見つめる瞳に翳りは見えない。

 

 

「でもあんな暗号を仕掛けられる男がこの世に何人もいるはずがない。アシㇼパだってあの父親ならやりかねないと……そう思っているんだろう?」

 

 

 そこまで言われるアシㇼパのアチャってのは一体どういう男なんだよ……。

 皮を剥ぐことを前提の刺青。おそらくは全てを集めて、かつ娘であるアシㇼパにしか解けないであろう暗号だ。

 

 なんとなく人格破綻者の気配を感じるぞッ。

 

 

「どっちだ? どっちの話が本当なんだ? 誰が嘘をついているんだ?」

「白石、この中で“監獄にいたのっぺら坊”に会っているのはお前だけだよな?」

「本当にアシㇼパさんと同じ青い目だったのか?」

 

 

 杉元と尾形が、震え声の白石へと問いかける。

 

 

「え? 俺は青い目だなんて一言も言ってねえぞ。あんな気持ち悪い顔、マジマジと見たことねえよ」

 

 

「土方歳三が前にそれっぽいことをいってた気がするけど……、それに多分……他の囚人ものっぺら坊とは会話してないんじゃねえかな。あいつは黙々と刺青を彫るだけだった。脱獄の計画はすべて土方歳三を通して俺たち囚人に伝えられたんだ」

 

 

 白石の証言により、新たな疑問が浮上してくる。

 のっぺら坊は本当にのっぺら坊なのか 。

 ひょっとして、すべて土方歳三の仕組んだことなのでは、なんてね。

 

 

 そうして疑心暗鬼のなか、夜が明ける。

 

 

 

「インカㇻマッとキロランケ。旅の道中にどちらかが殺されたら……俺は自動的に残った方を殺す! これでいいな!? なんてなッ! あっはっは……」

 

 

 杉元ぉ。目がマジなんよ。

 マジで殺るやつの目なんよ。

 

 

 ★

 

 

 釧路から北に約三十キロほど進んだ。

 塘路湖近くのアイヌの村にアシㇼパの親戚がおり、宿を貸して貰った。

 そこで盲目の盗賊たちについての話を聞かされた。

 その親玉には奇妙な刺青があるらしい。

 網走の脱獄囚だと、全員の顔色が変わった。

 

 

 白石が盲目の盗賊たち、硫黄山で違法に苦役させられていたという囚人たちについて話してくれた。

 閉山されたはずの硫黄山が密かに採掘を再開しており、そこに鉱山の経営者に犬童が囚人を貸し出して働かせているそうだ。

 

 

「うーん、当たり前に汚職でびっくりする」

「監獄にゃあ囚人なんぞに人権なんてねえからなあ」

「仮にも官吏が……犬童典獄は恥を知らんらしいな」

 

 

 清廉潔白であれとまでは言わないけど利益に惑わされず職務を全う出来ないのかと少し呆れる。

 確かに北海道は中央からずっと遠い。網走まで目を光らせ続けるのも一苦労だろう。

 

 まあ……でもこれで万が一殺す事態になったとしても躊躇せずに済む。

 私服を肥す役人は国の病巣だ。放っておけばおくだけ数が増えてしまうから。

 

 

「俺が網走監獄にいたころは失明した者だって戻ってこなかった。硫黄山で殺されたんだ。おそらく都丹庵士の手下どもは最近殺される前に硫黄山から逃げた囚人だろう」

 

 

 都丹庵士。

 盲目の盗賊団の親玉。盲目でよくもまあ盗賊なんて出来るものだ。

 

 

 一晩明けて、塘路湖の村を出た。

 さらに北へ六十キロほど移動して、屈斜路湖を訪れる。

 釧路から網走までの道程をようやく半分ほど進んだというところか。

 

 

 屈斜路湖近くのアイヌの村にフチの13番目の妹の息子がいた。

 アイヌの家系図ってすごいなあ。

 目玉を撃ち抜かれたシマフクロウを獲ってアシㇼパたちが戻ってきた。

 

 

「谷垣、お前まだチタタㇷ゚やってないな? フチのところでやらなかったのか?」

 

 

 谷垣が首を横に振る。

 

 

「チタタプ処女かよ、源次郎ちゃん」

「チタタプってきちんと言えるかなあ?」

「チタタプ、チタタプ」

「おお〜、上手いじゃねえか。ほんとに初めてか? ああ〜?」

 

 

 それセクハラじゃない?

 チタタㇷ゚のおぼつかない谷垣へ白石と杉元がニヤニヤと絡んでいる。

 いや、セクハラと思う私の思考が歪んでいるのか……?

 アシㇼパもインカㇻマッも尾形も特に気にした様子がないので少し不安になってくる。

 

 

 私も順にチタタㇷ゚をして、お約束のように尾形はチタタㇷ゚とは言わなかった。

 

 

「言えよッチタタプって言えよッ」

「……」

 

 

 谷垣への絡みと同じように杉元が尾形へも絡みに行っているので、やっぱりセクハラじゃなかったかもしれない。

 

 

「尾形は照れ屋さんなんだよ、杉元ぉ。いつかは尾形にも恥ずかしがらずに言える日が来るだろうから、気長に待ってやろうぜ」

「そんなことなくないッ!? 英作さんッ、なんかこいつに甘くないッ!?」

「………」

 

 

 尾形を指差しながら杉元がギャースと眉を吊り上げる。

 ちなみにチタタㇷ゚している尾形にも睨みつけられている。

 尾形としても照れ屋扱いは不本意であるようだ。

 

 

「コタンコㇿカムイのチタタㇷ゚だ。クチ開けろ」

 

 

 アシㇼパが差し出す匙を順に口へ入れていく。

 雛鳥の餌付けかな?

 

 

「すっかり餌付けされてる」

 

 

 初見である谷垣へ確かにそうかも……と内心で頷いておく。

 絵面は完全に餌付けだ。

 

 

「もうすぐ新月になる。前の新月のとき隣の村が襲われた。カムイに頼っていても村は守れない。新月の夜に盗賊がこの村を襲ってきたら、村の男たちも命がけで戦う覚悟だ」

 

 

 アイヌの男の言葉に感心して頷く。

 いい覚悟だ。

 世話になったこと、アシㇼパの親戚であること。盲目の盗賊団の親玉が刺青の囚人であること。

 加勢に躊躇する理由がないな。

 

 そのとき、村で飼われるシマフクロウの鳴き声が響き渡る。

 

 

「コタンコㇿカムイが叫んでる」

 

 

 各々銃を手に持ち、家の外へ出た。

 警戒し、木々の隙間に目を凝らすが夜闇で窺い知れない。

 ザワザワと風に枝が揺らされ音を鳴らすばかりだ。

 

 

 カン、カン。

 

 

「……?」

 

 

 聞き慣れたような下駄の足音に似た音。けれど夜の森で聞くには違和感がある。

 

 カッ。キン。

 ボルトを操作して薬室に弾を送り込む。

 銃を操作しているのが不可解だったのかアシㇼパが眉を寄せて首を傾げた。

 

 

「英作、何か見えたのか」

「いや……、撃ってみれば分かる」

 

 

 ズダアンッ。

 音の聞こえた方へ銃弾を放った。

 シマフクロウが銃声に興奮したように激しく羽ばたく。

 

 

 カン…カン…。

 

 

 音はまだ聞こえている。少しずつ遠ざかっているのか段々と小さく聞こえづらくなっている。

 思わず舌打ちをした。

 

 

「逃げられたな」

「えぇ……何かいたの? 英作さん」

「わからん。日が昇ってから確認しにいく」

「イタチか何かが近づいたんだろうと思うがな……」

 

 

 暗に弾の無駄だと呆れたようにアシㇼパの大叔父が今の行動へとため息を漏らす。

 イタチは下駄なんぞ履かんだろうよ。

 運が良ければ足跡が見つかるはずだ。足跡の大きさから大体の体格も把握できる。

 銃を肩へとかけて、アシㇼパの大叔父へと笑いかける。

 

 

「即断即決が私の長所なんでね」

「はは、奴らは用心深い。昼間は姿を現さない。集団で村ごと襲うときは必ず月のでない新月に襲ってくる」

「新月までこの村まで待ち伏せる必要はないだろう」

「確かに。奴らの寝床を見つけた方が手っ取り早い。昼間に奇襲すりゃすぐにカタがつく」

「この近くに和人の経営する温泉旅館がある。なにか聞けるかもな」

 

 

 尾形と杉元が怖い顔してる。

 

 

「戦争帰りは物騒だねえ、白石」

「いや英作ちゃんの物騒さも中々なもんよ? なんで見えてないのに撃っちゃうの?」

「目測ならぬ耳測だからなあ、精度にゃ自信もあるがうっかり誤射したらすまんの」

「イヤ〜! こわいってぇ!」

 

 

 ひょっこりと家の入り口から顔を出した白石へ呟く。

 白石は私も怖いらしい。ひっど〜いっ。

 

 カン……カン……。

 

 

「!?」

 

 

 また下駄に似た音が聞こえてくる。

 アシㇼパがハッとした表情で音のした方を振り向いた。

 

 

「どうかした?」

「いや……聞いたことのない音が森から……気のせいかも」

「下駄の音に似てるけど違う音だ。アシㇼパにも聞こえたか」

「下駄?」

「和人の履き物だよ、北海道じゃあんまり履いてるやつはいないか」

 

 

 不思議そうな顔のアシㇼパの頭を撫でておく。

 アシㇼパにも聞こえたってことは私の聞き間違いでもないということだ。

 

 

 翌朝。

 痕跡を探しに銃弾を撃った方を歩き回った。

 

 

「………」

 

 

 茂みの葉に付着する血液と、草鞋の足跡が残っていた。

 村に住むアイヌのものではない。

 そしてあの音は下駄のものでもないということだ。

 

 

 盲目の盗賊。

 断続的に聞こえた下駄のような音。

 

 

 前世の知識が蘇る。確信を持てたことで思わず頰が緩んだ。

 

 

「エコーロケーションかな?」

 

 

 確か人間も訓練次第で反響定位を使って生活できるようになる実験があったはずだ。

 実験だけでなく、実際にそう生活する人の記事も読んだことがある。

 

 足音は森のある方向へと続いている。

 追っていいものか。あるいは罠か。

 

 

「谷垣ぃ、ちょっとツラ貸せよぉ」

「えっ、少尉殿ッ!?」

 

 

 森での追跡はマタギの得意分野だろう。

 アイヌの村に戻り、谷垣へ腕を絡ませる。

 これまであまり馴れ馴れしく接して来なかったからか、谷垣はオドオドと狼狽を隠せていない。

 小熊ちゃん、大きい図体のくせしてウブでかわいいじゃん。

 

 

「しょ、少尉殿、どうかされたのですか」

「マタギのおまえが必要でな。どうだ、この俺に力を貸してくれんか、谷垣源次郎よ」

「そ、れはもちろん。自分のできることであれば喜んで、お貸しします、がッ。手を離していただけますか」

「ああ、こちらだ、谷垣一等卒。ついて来い」

「ハッ!」

 

 

 腕を離し改めて命令すれば、背をピシッと伸ばして谷垣が敬礼をした。

 谷垣ってマタギに戻ったんじゃなかったっけ?

 

 

「私も行きます」

「ニㇱパたち、おれもいく!」

 

 

 何故だかインカㇻマッとチカパシもついて来ることになった。

 先ほど見つけた血痕と足跡を谷垣へと見せた。

 

 

「これは……確かに新しい血だ。ですがこの足跡だけでは追うのは難しいかもしれません」

「そうなのか?」

「この辺りの地面は硬く足跡がつきにくい。……やはり、足跡は途切れ途切れにしか……追手を警戒しているのか途中の消え方に意図的なものも感じます」

「む、そうか。足跡を追えれば潜伏場所も見つかるかと思ったのだが……相手にもその程度の知能はあるということだな。よくやってくれた。谷垣」

「ハッ、恐縮です」

 

 

 ねぎらいに谷垣の肩を軽く叩いた。

 インカㇻマッが目を丸くしている。

 

 

「英作ニㇱパはそうしていると軍人さんみたいですね」

「元だがな。どうした、俺のことは鶴見中尉から聞いていないのか?」

「少尉殿、そのような言い方はよしてください……!」

 

 

 ニイ、と口の端を吊り上げれば、やはりインカㇻマッを庇うように谷垣が憤慨をみせた。

 完全に情が移ってしまっているらしい。

 これを覆すのは難しいだろう。

 ……インカㇻマッが寝返った場合には、谷垣も始末しなきゃか……残念だ。

 

 

「冗談だってぇ。死んだことになってんだし、私のことだって聞いてなくて当然だよぉ!」

 

 

 キャッと空気を弛緩させれば、目に見えて谷垣が肩の力を抜いた。

 

 

「ねえインカㇻマッ! あっちで水溜りがグツグツしてるよ!」

「マアァ、触っちゃダメですよッ。チカパシ!」

 

 

 チカパシの声が聞こえてきて慌てたようにインカㇻマッが声の方へと駆けていく。

 その背中を眺めながら、この時代での女の一人旅とはどんなものか、と少しだけ想像してみる。

 とても憂鬱な気分になった。

 女で、アイヌで。

 これまでイヤなことも数え切れないほどあっただろうな。それでもそれを感じさせずに笑っている。

 

 

「……女は強いが脆くもある。情が湧いちまってるならおまえが守ってやれよ」

「ッ! ……ええ、もちろんです」

「ハハッ」

 

 

 素直に感銘を受けたと頷く谷垣に思わず笑う。

 本当に単純なやつ。どこまでも真面目な男なんだよな。

 

 

 チカパシの見つけた地面に湧く噴気孔を見てから、杉元たちが向かうと言っていた旅館へと向かった。

 

 

「チッ、チュッ、チェッ、タンっ」

「英作ニㇱパ、何してるの?」

「舌打ちの練習」

「変なの」

 

 

 向かう途中で下駄の音を何度も頭の中で繰り返しながら、同じ音が出せないかと試みた。

 相手も集団だ。

 同じ音を出せれば、多少のブラフにはなるかもしれない。

 

 

「フフッ、英作ニㇱパは不思議なことばかりしますねえ」

「そういうアンタもな。占い師なんだって?」

「ええ、よろしければ占いましょうか?」

「へえ、いいね。やってみてくれよ」

「少尉殿……」

「ん〜〜、あなた。男性が嫌いですね?」

「ははあ、さすが占い師。正解正解」

「え、ええ……?」

「英作ニㇱパのトゥレンぺが教えてくれます。ん、嫌いとも違います? もしや怖い?」

 

 

 雑談のつもりで適当に返事をしていたら、思わぬ指摘を受けてしまった。

 もしや私のトゥレンぺ って前世の私なのではなかろうか。

 

 男が嫌い。

 男が怖い。

 どれも前世の私が抱いた紛れもない本音であり、経験から得た教訓だった。

 

 

「お〜、これまた大正解だぜ〜、なかなかやるねえ。占い師さん。ほら、旅館が見えてきたぜ」

「あ、ああ。行こう、インカㇻマッ。あまり騒動の元になりそうなことはよすんだ」

「マァ、本当ですよ」

「分かったから。今のは誰にも言ってはダメだ」

「……視えたことをご本人以外に言いふらしたりなんてしませんよっ」

 

 

 プン、とインカㇻマッが足早に旅館の方へと歩いていった。

 あくまで冗談ぶって、返事をしていたのだけど、どうやら谷垣はインカㇻマッの言葉の方を信じたらしい。

 あっさりバレちまった。ちぇ。

 

 

 未来のはずの前世ですら“ああ”なのだから、この時代では男に生まれることが出来てよかったと薄情な自分は思う。

 それだけでなく、裕福な花沢家に生まれることが出来たのもきっと紛れもない幸運には違いなかった。

 

 

「我々も行きましょう、少尉殿」

「ああ」

 

 

 谷垣に声をかけられて、私たちも旅館へと入っていった。

 

 

 露天風呂!!

 筋骨隆々の男たちの裸体!

 私も全裸!!

 以上!!!

 

 温泉に浸かりながら、脱力する。

 身体の芯までポカポカと温められている。気持ちがいい。

 それに今夜は旅館に宿泊だ。ゆっくりと眠れるだろう。

 ……盲目の盗賊が襲って来なければだが。

 

 

「あ〜〜〜、きもち〜〜〜。温泉っていいよなぁ〜〜〜」

「んわかるぅ。って、やだぁ、英作ちゃんってば、なんでそんな良い身体してんの?」

「腐っても元軍人だからね〜〜〜、白石はポチャってんなあ。このデ〜〜〜ブがよ〜〜〜〜〜〜」

 

 

 私の筋肉質な身体を見てか、白石が不思議そうに言ってくるので意地悪を言ってやる。

 

 

「ふ、太ってないし!! 言っとくけど標準体型だからッ!! 今まで買った遊女もそんなこと言ってなかったし!」

 

 

 人の身体をジロジロと見るな。ぶつぞ。

 白石が頰を朱に染めて両手で胸を隠した。

 隠すべきは腹では?

 

 

「商売女がンなこと言うわけねえじゃん。ちったあ考えろよ、ちなみにアンアン言ってるのも演技だぞ」

「き、きいい!! 自分は顔よし、身体よしだからってぇッ!! 英作ちゃん、このっ!」

「やめろッ、他の客の迷惑になんだろッ。水飛沫とばすな!」

「他の客ったって俺らしかいないもんね〜〜だ!」

「やかましいぞ、おまえら!」

 

 

 尾形に怒られた。

 杉元があんまさんから聞いた話を教えてくれた。

 夜が明けたら森の中に点在しているという廃旅館を探しに行くことに決まった。

 ちょうどいいから、情報交換しておくかと谷垣と確認した足跡に血痕のことも話しておく。

 

 

「え、じゃあやっぱり昨日、村の近くにいたのは盗賊団の一味だったってことか?」

「まだわからねえだろ、たまたま無関係の奴がいた可能性は?」

「低いだろう、無関係の一般人が発砲されて傷を負ったまま走り去るとも思えん。それと音」

 

 

「音?」

「反響定位という技術がある。コウモリが真夜中にもぶつからず飛べるのは反響定位を使っているからなんだが、おそらく盗賊団はそれを使ってる。聞こえたら気をつけろ。この音だ──カンッ」

 

 

 反響定位について軽く説明をして、舌を打つ。

 うん、練習の甲斐があって今度は自分でも満足いく程度に再現ができた。

 

 

「下駄の音みてえだ」

「いやいや、音で周辺を把握するとかそんなんさあ。人間にできるわけなくない? コウモリとかならともかくさあ、英作ちゃんの考えすぎじゃない?」

「信じられないならそれでもいい。よく覚えておけ」

 

 

 カンッカンッ。

 

 

「ちょっと、英作ちゃん。もういいって、わかったから」

「……俺じゃない」

「えっ」

 

 

 気がつけば目隠しをして武器を持つ男たちに囲まれていた。

 

 

「なんだお前ら!」

「その恐ろしい形の棒をどう使う気だ!?」

 

 

 谷垣と杉元と共に立ち上がる。尾形とキロランケもまた少し遅れて立ち上がった。

 反対側にも同じ目隠しをした男たちが現れている。

 

 

「こっちにも来たぞッ!」

 

 

 ランプが撃ち抜かれた。

 光がきえて、辺りは闇に包まれる。

 

 

「こっちからは丸見えだぜ」

 

 

 少し離れた位置から声が聞こえた。

 ヤダヤダ真っ暗で目が見えないのにどうやって戦うの!?

 しかもフリチンで!!

 

 

 ……まあ、全裸でも戦えるんですけど。

 

 

 

 ★

 

 

 強盗団の男の一人がチカパシを温泉から出すように指示を出してきた。

 リュウが突撃してきた隙を見て、温泉からあがった。

 近くに隠していた銃を手に取り、盗賊たちから距離を取る。

 

 

 相手が音を頼りにしてるってのはわかってる。

 問題はどの範囲まで、音で視えているのかってことだ。

 音爆弾とか作っておいても良かったのか。

 現実で出来るかは分からないけど、工兵だったキロランケに確認してみてもよかったかもしれない。

 

 しくじったよな。

 まさか新月でもないのに昨日の今日で襲いに来るとは思わなかった。

 

 ……まさか昨日の夜に私が適当撃ちしたから、今日になったとかじゃないよな?

 それなら裏目にも程がある。

 

 今は味方に当たる可能性があるため昨日ほど気楽と銃を撃つわけにはいかない。

 完全に後手だ。

 

 

 舌打ちを飲み込む。

 

 

 カンッ。

 

 

 舌の音が離れた場所から聞こえた。

 火薬の光が見える。

 

 

 ……。いけそうだ。

 目隠しは仰々しい帽子を持つわりに銃は持っていなかった。銃を使うのは親玉だけなんだろう。

 

 エコーローケーションは主に進む先や足元、周囲に障害物がないかを音に頼って把握するためのものだろ……。

 なら、上はどうか。

 

 

 舌打ちの方向と火薬の光で距離を測りつつ慎重に移動する。

 角度によっては見えなくなる。

 木に登って、銃を構える。

 同士撃ちだけは避けないといけない。

 

 

 松明を待つアシㇼパが見えた。

 アシㇼパだけが暗闇の中で浮かんで見える。

 わずかな木の燃える臭い。

 

 

「灯りを消せ」

 

 

 光の中に目隠しの男が近づいた。

 

 

「松明に近づくな! 銃を持ってる奴が二人いるぞ!!」

 

 

 シュパン、と空気の音。遅れて銃声が響いた。

 

 松明の明かりの中に目隠しの男の血飛沫が散る。

 尾形だ。

 けれど飛び散った血で松明は掻き消えてしまった。

 

 

「おおおおおお」

 

 

 パァンッパァンッパァンッパァンッ。

 エコーロケーションの音もなく銃声頼りのどう考えても適当だろうという撃ち方だ。仲間が死んで悲しんでいるのか。

 存外に素直な奴だな、盗賊風情が。

 口の端が吊り上がる。

 

 

 おかげで場所がよくわかった。

 

 

 ズダアン。

 

 

 滅多撃ちの銃声が止む。

 座っていた木の枝から飛び降りる。推定親玉のいた方角を背に向けて幹の影へと隠れた。

 

 

 ……パァンッ。

 

 

 沈黙のあと、すぐ近くで木の幹が抉れる。

 

 

 今の感じ……手応えはあったかな?

 あとは夜明けまで逃げ切って、攻勢に転じる。

 目の利かない暗闇の中で無茶はできない。

 

 

 カンッカンッカンッ。

 

 

 …カンッ…カンッ…カンッ。

 

 

 舌打ちの音があちこちを移動している。

 一か八かの狙撃を警戒して、先ほどのような滅多撃ちはしにくかろう。

 

 暗闇の中で、ただ息を殺した。

 

 

 遠くヒソヒソと話し声。

 舌打ちはその声の方へと寄っていく。

 

 やはり、かなりの精度で音を拾ってるな。

 

 

 そうして待つうちに空がだんだんと薄らいでいく。夜明けが近い。

 夜が明ければ攻勢だ。

 

 

 薄暗闇の中、川の近くにいる目隠しの男へ発砲した。

 眉間を撃ち抜く。

 全くの暗闇よりは段違いに見えている。

 

 

 狙撃位置を把握されないよう移動しながら、また二度ほど発砲した。

 狙うのは親玉でも、即死の出来る眉間でもなく、重傷となる胴体、足。

 見えずとも、その優れた聴力で仲間の呻き声が聞こえるだろう。

 

 あと残るは一発というところで、動きの鈍った手下を見捨てて盗賊団の残りが廃旅館へ逃げ込んでいく。

 ようやく隠れ家だ。

 

 木陰に身を隠し廃旅館の様子を窺う。

 

 と、そこで同じように廃旅館を窺う尾形を見つけた。

 さきほど足を撃った目隠しの男を引き摺りながら、近づいていく。

 

 

「都丹庵士と手下2名が建物に入っていきました」

「俺の方でも確認している」

「尾形に英作だ」

 

 

 そこで杉元とアシㇼパが駆けてきた。

 尾形の報告とここが盗賊団の隠れ家であろうことを手短に話す。

 

 

「杉元、キロランケは?」

「逸れたまま見てない。何か作戦か?」

「捕虜に爆弾をくくって建物に押し込もうと思ったんだが。そう都合よくはいかないか」

「……キロランケたちを探してたら逃げられる。このまま突入して一気にカタをつける。アシㇼパさんは外で待機しててくれ」

 

 

 突入には多少装備が心許ない。

 まあないよりはマシか。

 手下は木に縛った。殺しても構わなかったけどアシㇼパが見てるし……。

 

 

「暗いな……」

「飛び込んで窓を開けるぞ」

 

 

 廃旅館に足を踏み入れた。

 尾形と二人で警戒している間に、杉元が窓へと駆ける。

 

 

「うっ…だめだ。窓は板が打ち付けられて……ッ」

 

 

 入り口の引き戸が勢いよく閉まった。

 旅館内はまた暗闇に包まれる。

 

 

 カンッ。

 

 

 間髪入れずに音のした方へ発砲。

 銃声が二発。暗闇に響いた。

 

 

「っぐ」

 

 

 わずかな呻き。また仕留め損ねた。銃弾はもうない。

 

 

「奥へ走れッ!」

 

 

 杉元と尾形に叫ぶ。拳銃の銃声が二発分。

 廃旅館のどこの部屋も窓が全て塞がれていて、一切の光がない。

 

 

「形勢逆転だ」

 

 

 暗闇の中で声がした。

 どこから入り込んだのか、アシㇼパが合流する。

 暗闇の中で下手には動けないと状況は逼迫していた。

 銃を持っているのは尾形だけだけど、固まっているから同士討ちはないだろう。

 

 

「……塘路湖のペカンぺだ」

 

 

 小声でアシㇼパが囁く。

 まきびしとして周囲に撒いて、あとは待つだけだ。

 

 

「ぐうう」

 

 

 ごく近くで呻き声がした。

 ダアンッ。

 すぐさま尾形が動いて、声はしなくなる。

 ペカンぺを踏まないようにすり足で移動する。

 

 

「あぐぅ」

 

 

 再び聞こえた呻き声の方へ、大体のあたりをつけて手を伸ばした。

 着物の襟に触れて、握り込む。そのまま壁へと力任せに打ち付ける。

 窓を塞ぐ板がわずかにズレて光が差し込む。

 

 

 カンッ。

 

 

 すぐ真後ろで音がした。迎え打とうと振り向けば、その前に杉元が盗賊団の親玉へと掴みかかっていくのが見えた。

 親玉と杉元が取っ組み合っている物音だけ聞こえている。

 視界が悪い。

 手下の襟首を掴み直して、もう何度か窓へと打ち付けた。

 

 そうして広げた窓の隙間からチラリと黒いスーツの大男が見えた。

 

 あ、牛山だ。

 

 土方一派の乱入により、盗賊団との戦いはひとまず終わりを迎えた。

 都丹は生きている。

 

 パキパキと首の骨を鳴らしながら、廃旅館の外へと出た。

 キロランケと尻を撃たれたらしい谷垣にチカパシと白石とも合流を果たした。

 

 

「入りなおすか、温泉」

「やあ、俺もうねる〜、疲れちった」

「おまえ、なんかしてたの?」

「ひ、土方たちのこと呼びに行ったし?」

「そうなのかあ。俺はてっきり何処かで頭でもぶつけて気絶してるもんかと思ってたぜぇ。静かだったもんなあ、白石」

「そ、そんなわけなくない? 隠れてたのッ!」

 

 

 白石は震え声である。

 これは嘘を吐いてる反応だろ。

 

 

 温泉に思う存分入り直して、あんまさんを呼んでマッサージをしてもらいつつ身体をゆっくりと休めた。

 

 

「もう毎日温泉入りたい」

「毎日入ったらふやけますよ」

「そんな簡単にふやけません〜〜〜、てか毎日風呂には入りたいだろ」

「そうですか?」

 

 

 キョトンとする尾形に涙を堪える。

 まだ家庭用の風呂が一般化されていない時代だから……。別に尾形が不潔なわけじゃ……ウッ。

 東京の花沢邸には一応、内風呂はあったものだ。

 

 

「風呂はな、入ろう。尾形」

「……」

 

 

 その肩を叩き、優しく諭すように語りかける。

 尾形はあからさまに眉間に皺を作って、困惑を隠してくれない。

 なんでこんなに熱弁するんだろコイツって顔だ。

 

 

「風呂がお好きなんですね」

「不潔よりは清潔な方がいい」

「はあ……」

 

 

 まあ、あちこち旅をしながらだと、なかなか毎日は入れないんだけどね〜。

 

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