勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

11 / 47
網走にて

 

 

 夕暮れ時。

 山の向こうへ橙に地上を染め上げながら太陽は沈んでいく。

 

 親に手を引かれて、仲睦まじく帰宅をしていく子の姿を遠くから眺めた。

 

 今日のご飯はなんだろう。

 帰ってからのお楽しみよ。なんて母子は楽しげに笑うもので。

 手のひらで繋がった大小の影は、夕焼けに照らされて長く伸びている。

 

 

 

「……おっ母、おれの獲った鴨を料理してくれるかなあ」

 

 

 獲ったばかりの鴨を片手に握る。

 もう片方の手で重たい祖父の猟銃を抱え直した。

 

 カアカアと、カラスさえ連れ立って家に帰って行くというのに。

 俺の足元で、あの母子と同じように伸びているはずの影はちっぽけな一つきり。

 

 

 あれが欲しい。

 ああなりたい。

 些細な望みはいくつもあった。

 けれど、そのどれもが俺の手に入ったことはない。

 どれだけ小さな望みとて、これまでにただの一つたりとも叶いはしなかった。

 

 だからこそ、一生に一つくらい。

 この人生において、ただ一つくらいは俺のものになってもいいじゃないか、と思うのだ。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 屈斜路湖からさらに移動して北見に寄った。

 フチにアシㇼパの写真を送ってやりたい、と写真館に寄ることになった。

 

 田本とかいう写真師に順番で写真を撮ってもらっていた。

 落ち着いた雰囲気の老紳士という感じだ。

 

 

「尾形ぁ、おまえも撮ろうぜ」

「俺は結構です」

「なんでだよ、別に減るもんじゃないだろ? 英作は兄さまと共に写真をお撮りしたいのです…!」

 

 

 一人だけ抜けようと背を向けた尾形を写真館に引き戻す。

 キラキラと勇作スマイルで微笑みかければ、白目を剥かれた。

 

 そのままカメラの前へ連れて行く。

 反応のわりに、とくに抵抗などはなかった。素直じゃん。

 

 

「軍人さんかい、じゃあその外套は脱いでくれるかな」

「脱げ、尾形」

「……チィッ」

「それで君。そう、君はそこの椅子に座って、銃剣に手を置こうか。いいねえ、いいよぉ!」

 

 

 指示に従う。

 写真師に従っておけば、いい感じに撮ってくれるはずだ。

 と、そこで紳士的だった爺さんの言葉に熱が入り始める。

 

 

「あーー、ちょっともう何枚か、そうですねえ、次はお二人で服を脱いでみましょうか?」

「尾形、解散」

「はい」

 

 

 別の撮影会が始まりそうな気配に、椅子から立ち上がり指示を出した。

 これまた素直に尾形はスクリーンから出ていき、ポンチョを被り直す。

 

 

 もう網走監獄は目前だ。

 

 

 ★

 

 

 そうして網走に着いた頃、季節は秋を知らせていた。

 山や川に多くの実りがやって来る。

 

 網走近郊のアイヌの村にアシㇼパのフチの13番目の妹がいた。

 本当に兄弟姉妹が多い。

 

 

 歩哨の合間に網走監獄を見下ろす。

 網走川方面から洞窟を掘り、侵入経路を作っている。

 

 あそこにアシㇼパのアチャがいる。

 本当にそうかはまだ定かじゃないけどアシㇼパが暗号の解き方と金塊の隠し場所を聞き出せれば、この金塊争奪戦が終わる。

 

 

「すべてが終わったら今後のことを考えなきゃいけないな」

「はい」

「……尾形ぁ、無音で近づくのやめてぇ?」

 

 

 いつのまにか尾形がいた。

 振り向きざまに構えた銃口を尾形からそらす。

 歩哨中に無音で後ろに立つとか、うっかり撃っちゃったらどうすんのよ!

 馬鹿!

 

 

「失礼しました」

 

 

 スン、とした表情で尾形が頭を下げた。

 交代にも早いし、何をしに来たのだろう。

 

 

「今後、と仰いましたな。金塊を見つけて、その後を考えておられるのですか」

「まあねえ、必要だろ」

「はあ」

 

 

 いつまでもアイヌの村に潜伏というわけにもいかない。

 金塊に興味はないけど、いくらか分け前としてもらって海外に飛んでしまうのもいいかもな。

 

 と、そこで当初の目的を思い出す。

 ああ、そういや尾形の目的を助けるのが関わることにした動機だった。

 

 

『俺のような生まれのものが父上と同じ席に座って、アンタらも無価値だと証明したいんですよ、俺は』

 

 

 いつかの尾形の言葉が蘇る。

 

 

「……尾形の目的は将校になって私や父たちの無価値を証明すること、だったか」

「……これは驚いた、覚えていらしたんですねえ。てっきり俺のことなど忘れられているものとばかり」

 

 

 ニンマリと口の端を吊り上げて嫌味ったらしく言ってくる。

 いや正直、あまりに濃厚すぎる金塊争奪戦の道程で忘れかけてはいた。

 

 

「正直すまん。でも思い出したろ」

「どうですかね……またすぐ別のことに夢中になって忘れますよ」

「ごめんて」

 

 

 そう言いながら髪を撫でつけ、目はそらされた。

 所詮は俺などその程度の存在なのだ、とでも言いたげだ。

 なんとなく納得してしまった。

 この10ヶ月近くで随分と伸びた前髪を掻き上げる。

 

 

「おまえは自分に価値がないと思ってる」

 

 

 尾形のいう無価値の証明は、尾形自身が無価値であると前提がなければ成立しないものだ。

 思ったことをそのまま告げれば、わずかに尾形の目が開く。

 しかしすぐに貼り付けたような作り笑いに塗り替えられた。

 

 

「だからなんです。事実でしょう」

「はあ? ……おまえのどこに価値がないんだ、言ってみろ」

「生まれですよ。俺は卑しい山猫の子ですからね、ええ。軍神の子として周囲に祝福され愛されて生まれたあなたには到底お分かりにはならんでしょうが」

「嘘だろう、それは。尾形、本当のことを言え。おまえはただでさえ分かりにくい。本心を隠されたら本当に私には何も理解できなくなる」

 

 

 早口でニヤニヤと笑いながら悲しいことを言う尾形の腕を掴む。

 逃れようとか腕を引かれる。決して離すつもりはなかったため手に力を込めた。

 真っ直ぐに尾形を見つめて、問いただす。

 ドブ川のように澱んだ黒目が泳ぐ。一つ、ゆっくりと瞬きをすると尾形もまた私を真っ直ぐに見つめ返してきた。

 視線が交わる。尾形の唇がこれまたゆっくりと開いていった。

 

 

「……祝福が──」

 

 

「お〜いッ! そろそろ飯にすんぞ、英作さんとついでに尾形ッ!」

 

 

 杉元の呼び声に尾形の言葉がかき消されてしまった。

 タイミングが悪い。

 

 

「悪い、尾形。もう一回言ってくれ」

「……いえ、行きましょう」

「おい、尾形!」

 

 

 さっさと背中を向けてしまう尾形のあとを追っていく。

 機会を逃して、はぐらかされた。

 尾形の根っこの部分に関わることなら、どうしても聞いておきたかった。

 まあでも、二人になれる瞬間なんて、この先にいくらでもあるか。

 

 

 

「あなたは、戦争で人を殺したとき罪悪感を抱きましたか」

「え、なに急に」

「……」

 

 

 尾形は背中を向けたままだ。

 また聞き逃しそうなほど小さな声だった。

 どうして突然、罪悪感の話になるんだ? 無言が、早く答えろと圧を放っているように感じた。

 小さくため息を飲み込み、前髪を掻き上げる。

 

 

「ないよ──ああでも、勇作を撃ったときはさすがに、かなり堪えたかな」

 

 

 もしも私のせいで勇作が死んだらどうしよう。殺さないように狙うには気をつけたけど、万が一や運が悪ければをどうしても考えて恐ろしくて堪らなかった。

 そもそも普通は頭を撃たれたら人は死ぬのだ。

 どれだけ細心の注意を払ったとして、撃ちどころが悪ければ人は死ぬ。

 脳みそが欠けても生きている鶴見中尉のようなケースが稀有なのだ。

 

 それでも私が撃っていなければ勇作は間違いなくあの戦争で聯隊旗手として死んでいただろうから後悔はしない。

 

 

「ハ……そうですか。そうでしょうな」

 

 

 小さな吐息を漏らす音。尾形は笑っているのだろうか。

 一体、どうして?

 決して降りむくことのない背中を見ながら、首を傾げることしか出来なかった。

 

 

 

 アイヌの村に戻り、フチの十三番目の妹が鮭を捌く横でアシㇼパが鮭とアイヌの関わりについて簡単に説明してくれた。

 

 

「さて鮭を食べる準備だ。頭を切り落として、上顎の真ん中の氷頭という軟骨のある部分を切り取る。この部分を主に使う珍味な料理があるけど、杉元! 何かわかるか?」

「えええ〜? まさか……」

 

 

 キョロキョロと杉元が分かりきった質問に期待を覗かせている。

 

 

「チタタㇷ゚だ」

「ハイッ出ました! チタタプ!!」

 

 

 突然の大声に慣れていないキロランケや永倉がビックリしている。

 も〜〜杉元はぁ〜〜〜。おじいちゃんたちがびっくりしちゃうだろ?

 

 

「チタタㇷ゚とは本来鮭のチタタㇷ゚のことを指すんだ」

「チタタプの中のチタタプ!」

「いててっ、つねった!」

 

 

 妙なテンションで杉元がキロランケの腕をつねっている。

 確かにチタタㇷ゚は美味しいけど、杉元は本当にどうした?

 

 

「杉元は本当にチタタプ好きなんだな」

「うふふっだあいすきっ」

 

 

 なんて言ってみればポ、と頬を染めて杉元が笑う。

 そしてチタタㇷ゚初参加諸兄へチタタㇷ゚奉行をしたりと、本当にどこまで面白い男なんだ。

 

 

「尾形〜〜〜」

 

 

 尾形にチタタプの順番が回っていく。

 無言で両手を動かす尾形のことをアシㇼパはニコニコと見守っている。

 いつもの通り尾形は無言である。

 尾形は恥ずかしがり屋だから、もう少し時間がかかるかな???

 

 前に口を出して睨まれたので、今回は黙っておく。

 

 

「……」

「みんなチタタㇷ゚って言ってるぞ? 本当のチタタㇷ゚でチタタㇷ゚を言わないならいつ言うんだ?」

「まあまあいいじゃんか、アシㇼパ。尾形も無理せず自分のペースでいいからなぁ?」

「みんなと気持ちを一つにしておこうと思ったんだが」

「チタタプ」

 

「……!?」

「……!!」

 

 

 ほんの一瞬。

 聞き流しそうなほどの小さな声である。

 アシㇼパとともに顔を見合わせる。無言で尾形を指さすアシㇼパへ私も無言で頷いた。

 

 

「言った!! 聞いたか? 今尾形がチタタㇷ゚って……!! んも〜〜〜〜!! 聞いてなかったのか!?」

 

 

 アシㇼパが杉元たちへ感動を教えようと声をかけるが、杉元たちの位置では聞き取れなかったらしい。

 いや、それよりも何ともいえない感情がむねに広がる。

 にやけそうになる口を手で覆って隠した。笑ったらまた怒らせてしまう。

 

 

「……なんです」

「べ、べつに……、……やっと言えたなぁ?? 尾形ぁ?? あ〜〜〜ん??? やるじゃねえかぁ、ゴラァ???」

「…………」

「ふふふっ、次はヒンナも言ってみよっかぁ???」

 

 

 耐えきれなかった。

 ニヤニヤと笑いながら、尾形の頰をつつく。

 ちなみに酒は一滴も飲んでない。

 睨みつけてくる尾形にチタタㇷ゚を差し出された。次は私の順番だと言いたいらしい。

 

 

「はいチタタプチタタプ」

 

 

 

 そんな一幕があり、鮭のチタタㇷ゚に鮭の串焼き、おかゆにイクラを入れたチポㇿサヨ とマッシュポテトにイクラを混ぜたチポㇿラタㇱケㇷ゚などを頂いた。

 美味しい。

 尾形はヒンナは言わなかった。

 クソっ。私が揶揄っちゃったからか!?

 だって嬉しかったんだよ!!

 今まで頑なにチタタㇷ゚を言わなかった尾形がチタタㇷ゚って言うもんだから!!

 もし次の機会があるなら絶対に揶揄わないようにしようと心に決めた。

 揶揄われるのが嫌で尾形が言いたいときに言えなくなっちゃいそうだもんな!!

 

 

「次は我慢する」

「何をです」

「いいんだ、おまえはそのままで」

「…………」

 

 

 決心は胸の中に留めておく。

 

 

 

 そして月日が経ち、全ての準備が整った。

 次の新月の晩に監獄内に忍び込む手筈と決まった。

 

 

「俺の脱獄の鉄則としては新月に拘らずすべての音をかき消す嵐の夜なんだが…トンネルが川のすぐ側だ。雨とか川の増水で塞がれる危険がある。今回は俺ひとりじゃねえしな……」

 

 

 何故か作戦会議に私も参加していた。

 別に仲間ではないんだが?

 ほんとうに私がここにいていいの?

 

 それにしてもさすがに白石は脱獄に関して頼りになる。

 脱獄王は伊達じゃないってことよな。

 

 

「誰にも気付かれないように侵入してアシㇼパちゃんをのっぺら坊に引き合わせて何事も起きなかったかのように静かに立ち去れば大成功だ」

「失敗すればここのトンネルはすぐに見つかり、その瞬間、門倉はお尋ね者だな」

 

 

 ふと背後のトンネルから気配。尾形かも……。

 

 

「土方の爺さんと通じてる看守は門倉さんだけ?」

 

 

 キロランケの問いに門倉が答える。

 警備増強のために裏金で雇ったモグリの看守もいるのだそうだ。

 想像の倍以上に犬童の汚職っぷりが凄まじい。

 

 そもそも土方歳三の生存を上に報告しない時点で真っ黒だろう。

 旧政府軍は決して日本の敵ではなかったが、勝てば官軍、負ければ賊軍というやつだ。

 賊軍は全滅させておかないと、のちの憂いとなる。

 今のこの状況のように。蝦夷共和国など作らせてやるものか。

 

 

「もし、のっぺら坊がアシㇼパさんの父親だとして……連れ出すのは難しいか?」

 

 

 のっぺら坊は足の腱を切られているらしい。

 外に連れ出すこと自体は困難ではあるものの出来なくはなさそうだ。

 

 

「危険を冒してまで連れ出す必要はない。父が本当にのっぺら坊なら……」

「……そこで盗み聞きしとらんで上がってこい」

 

 

 そこで土方がトンネルを振り向く。

 ぬぬぬ、とトンネルから尾形の顔が上がってくる。

 鼻先まで出てきたところで、またトンネルの中に戻ろうと下がっていく。

 

 

「上がれ上がれ。遊ぶな」

 

 

 トンネルから尾形を引っ張り上げる。そんなやりとりに土方の目がわずかに細められた。

 

 

「キロランケと谷垣からおまえ()()のことを聞き出したぞ。尾形百之助が自刃した第7師団長の妾の息子であるというのは師団内で公然の事実であったそうだな?」

 

 

 土方の視線が私へと移る。

 年による衰えを感じさせない鋭い目つきだった。

 

 

「そして戦死したはずの第7師団長花沢幸次郎の息子、花沢英作。……ただの金塊目当てで軍を脱走したにしては出自が厄介だ。なぜ、おまえたちは手を組んでいる?」

 

 

 目的はなんだ、と言外に問われている。

 そもそも私は金塊に興味もないしなあ……。いらん勘繰りが集まるくらいなら正直に話してしまっても構うまいが……。

 尾形へと視線を送る。

 

 

「英作殿のお好きに話してくださって結構ですよ」

「俺たちの目的は鶴見中尉だ。鶴見中尉による第7師団の乗っ取りに私物化。アイヌの金塊を巡って行われた多くの越権行為はすでに中央が見過ごせぬものになっている」

 

 

 最終的な目標としては尾形が将校になる、なんだけど、そこまで説明する必要はない。

 どうせ土方も全てを話しているわけではないのだ。

 

 

「亡き戦友のため、国のためなどと聞こえのいい単語を並べたとしても鶴見中尉の行動は日本帝国に対する明確な反乱である。ゆえにその証拠を集め中央へ持ち帰り、然るべき処罰を我々が行う」

「──おまえたちの飼い主は中央だったか」

「だとすればなんだ、老兵風情が。戊辰での恨みを晴らすとでも? 安心しろ、鶴見中尉の目的を阻んで首を獲れば次は貴様らだ」

 

 

 口の端を吊り上げて挑発すればピリ、と皮膚を刺す殺気を土方が放ちだす。

 それすら鼻で笑って睨め付ける。

 お互いに手は横に置いた刀、銃剣へと移りかけ──。

 

 

「やめろッ! 英作ッ!」

 

 

 ポカンっと頭部に衝撃。ストゥを握ったアシリパが眉を吊り上げていた。

 

 

「どちらも鶴見中尉と敵対しているなら、鶴見中尉を倒すまでは手を組めるはずだ!」

「うんうん、それに今の俺たちの目的はアシㇼパさんをのっぺら坊に会わすことだしね。そこでバチバチされたんじゃ安心して後ろを任せらねえぜ」

 

 

 片目を閉じた杉元がアシㇼパに賛同を示す。

 

 

「……ひとまずの目的は重なる。文字通りの呉越同舟というわけか?」

「まあ、注意を逸らす的は多い方がこちらとしても都合がいいしな」

 

 

 土方の言葉に、それぞれ武器に伸びかけていた手を握り合う。

 握手は取引成立みたいな意味があった気がする〜〜!!

 ひとまずの呉越同舟。

 土方一派としてもやがて鶴見中尉と争うことになるのは予想できているのだろう。

 第7師団を乗っ取る鶴見中尉が目下一番の強敵であることも間違いないのだ。

 お互いに手を組むことが現段階では有益だった。

 

 

 あと後ろを任せて安心なんて少しもしていないくせに、杉元のやつ。

 

 

 なんか私が頭をしてるみたいに説明をしたけど、本当にあれで大丈夫だったろうか。

 尾形の目的が将校になりたい、だから鶴見中尉の反乱の証拠を中央に売るものだとばかり思っているけど……。

 もしも本当の目的が他にあって、それを話してもらえていないなら、もう本当に私にはどうしようもないなあ。

 

 尾形を窺うも、いつもの能面のまま思考を読み取ることは出来なかった。

 

 

 そして新月の夜がやって来る。

 

 

 

 ★

 

 

 そして新月の夜に、いざ作戦は決行されて、杉元たちと共に監獄内に潜入した。

 都丹の先導で平家舎房へ向かった。

 唯一鉄格子のない天窓から侵入に成功する。

 

 

 

 梁から音を出さないように細心の注意を払いつつ床に降りた。

 そして紐で胴を繋がれたアシㇼパを都丹から受け取る。

 いざのっぺら坊とアシㇼパが対面、……しかし。

 

 

「あああああああああああああ!!」

「違う。アチャじゃない」

 

 アシㇼパが口を引き攣らせながら、言う。

 

 

「侵入者だ!!」

 

 

 ズダアン。房の外から銃声と門倉の声。

 土方たちに謀られたのだとすぐに悟った。

 侵入者の存在を知らせる鐘の音が鳴り響く。紐で繋がれたままだったアシㇼパの身体が引っ張り上げられる。

 

 

「逃げろアシㇼパさん」

 

 

 扉の隙から銃身を出して、看守へと引き金を引いた。

 腹。足。

 他二人には問題なく命中したものの何故か門倉には当たらない。

 

 

「つまりコイツがインカㇻマッちゃんの言ってたキロランケの仲間ってことなのか?」

「うるせえタコ!」

 

 

 騒ぎ続けるのっぺら坊(偽)の横面を杉元が引っ叩いた。その口に銃口を差し込んだ。

 

 

「てめえキロランケの仲間か? どうなんだ!?」

「ん〜ん!!」」

 

 

 のっぺら坊(偽)は慌てたように否定した。

 キロランケの仲間ではない。

 

 二人の会話を聞きながら扉の外を警戒する。

 残った門倉が下手くそな射撃を行ない続けており突撃もできない。

 下手くそすぎて射線が読めないのだ。

 しかも門倉に弾が当たらない。なんだこれ。

 

 

「じゃあコイツはなんだ、替え玉てことか? マジかよ、そこまでする?」

「わかんねえが、とにかく俺たちが嵌められたのは確かだぜ」

「白石、ここから脱出する方法を探せ。門倉が地味にうぜえ」

 

 

 その時である。

 巨大な発破音に、舎房全体が大きく揺れた。ギョッとして鉄格子の嵌められた窓を確認する。

 さすがに見えない、だが間違えることない。

 

 

「な、なんだぁ?」

「おそらく橋が落ちた。対岸に第7師団の松明でも見えたか、対岸とつなぐ唯一の橋を落とせば時間が稼げる」

「第7師団まで来てるのかよッ!! どうすんだよ!」

「逃げるしかねえだろ! ここから脱出する方法を考えろ! 脱獄王!」

「あ〜〜〜もう、全然当たらん……なんだこれ」

 

 

 これ以上は銃弾の無駄な気さえしてくる。銃弾は門倉に当たらない。

 射撃による足止めをこちらが止めても門倉は近づいてこない。

 門倉の狙いも足止めなんだろうな。

 

 砲音に照明弾が見えた。まさか駆逐艦か?

 旭川で見た音之進が頭をよぎる。親子揃って鶴見中尉に取り込まれたのか。

 

 

「第7師団がすぐに看守どもを制圧して、ここまでやって来るぞ。急げッ!」

「お、おっし! わかった! この脱獄王に任せとけ!!」

 

 

 そう叫び、白石はノコギリを取り出すと床下を削り始める。

 ふと焦げ臭い臭いがしてきて視線を巡らす。

 

 

「白石、何やってんだ!」

「全ての監房の床下には通気のために狭い空間があるんだ!」

「おいッ火ぃついとる!!!」

「あー!! あー!!」

「あー!! あー!! あー!!?」

 

 

 どこに火種があったのか、のっぺら坊の布団に火がつきメラメラと燃えていた。

 なんで今まで気づかなかったの!?

 門倉に無駄弾を使ってたからだよ!!

 

 

 そして廊下側から続けざまに銃声。

 第7師団が到着してしまった。

 パ、と見たかぎり結構な数がいる。

 こちらの手勢は山で待機の尾形に杉元と白石だ。

 勝ちを狙えという方が難しい上に屋内では尾形からの支援も期待できないし……。

 

 

「来たッ!」

 

 

 杉元がのっぺら坊(偽)を房の扉から廊下に出した。

 

 

「不死身の杉元」

 

 

 鶴見中尉の声がした。杉元が注意を引く間に白石が床の板を外すのを手伝う。

 ヤダヤダ見つかる!

 鶴見中尉に私が生きてることがバレる!!

 

 

「下がれ! 言っとくがコイツからはまだ金塊のありかを聞けてねえぞ!」

「外で看守たちと戦っている者を含め63名の部下を監獄に連れてきた。そんな方法で我々から逃げ切るつもりかね?」

 

 

 63名……網走監獄を落とす、という目的にしては存外に少ない。

 それとも看守風情の制圧ならば、それだけでも十分だと判断したのか。

 

 

「試してやろうじゃねえか! 全員武器を置いてここから──!」

 

 

 銃声。

 

 

「二階堂ッ!」

「離せッ! 俺が殺す約束だろッ!!」

「ばかやろー! のっぺら坊に当たったらどうすんだよ! ウッ……」

 

 

 杉元に首を掴まれながらのっぺら坊(偽)がぐったりと脱力した。

 額から血を流し、死んでいる……!!

 門倉に銃弾が当たらなかったことや、何故か狭い房の中で火事が起きたことに、運悪く一撃でのっぺら坊(偽)が死んだこと全ての行動が裏目に出ているきがした。

 遠くに切り離したはずの自我が戻ってきて、頭の中でぐるぐると巡る。

 八方塞がりのようなそんな気持ち。

 

 

「う、うわぁあ、なんだこの裏目裏目はぁ……!!」

「落ち着け、英作ちゃんッ! とりあえず軍人モードに入ってて!! 俺が絶対に二人とも逃すから!」

「し、白石……!」

 

 

 トゥンク。

 珍しく真剣な白石に思わずときめいた。

 歩兵銃に弾を装填して、鶴見中尉らの様子を窺う。

 怒声と銃声が聞こえ始める。どうやら囚人が自由になり、兵士と争い始めたらしい。

 狭い通路が乱戦状態になっている。

 

 

「囚人が出た……騒ぎに乗じれば、無傷とはいかんだろうがこっちからも逃げ出せそうだ」

「ん、それは最終手段ね! よし、できた、脱出するぞ!」

 

 

 白石による脱出路が開き、3人で床下に潜り込んだ。開けた穴は布団とのっぺら坊(偽)の死体で隠す。

 

 

「土方のジジイが全部仕組んだに違いねえ!」

「都丹庵士もグルならアシㇼパちゃんは今頃ジジイと一緒かもな」

「さすがに第7師団の動きまではジジイも予想外だったろうが」

 

 

 ズリズリと床下を這いながら、簡単に状況を話し合う。

 のっぺら坊のいることになっている舎房に私たちが侵入することで、不安にかられた犬童は本物ののっぺら坊の隠し場所へ向かうはず。

 そしてこの機会にいつか邪魔になるはずの杉元をアシㇼパから引き離すこと、それが土方の目的であろうと考えられた。

 ついでに喧嘩を売った私の始末も狙っていたかもしれない。

 ちょっと早まったかな?

 なら、尾形が説明してくれりゃよかったじゃ〜〜ん?

 

 

 そしてようやく見えた通風口から白石が抜け出る。

 

 

「よし! 通風口が思ったより狭かったが、両肩を外せば出られるぞ!」

「出来るかぁ!!」

「無茶言うなぁ!! この妖怪両肩外しッ!」

「くそ……! 通風口しか出る方法ないのかよ!」

「何か壊せるもの探してくる!」

「いやいいッ! 白石、おまえはアシㇼパを探しにいけ!」

「俺たちは自分でなんとかするから、アシㇼパさんを確保できたら正門で待てッ! アシㇼパさんを頼むぞ、白石!!」

 

 

 杉元の言葉に、無言で頷き白石が去っていく。

 

 

「……どうにかする当てあんのか?」

「ねえよッ!!」

 

 

 ぐぬぬ、と狭い通風口に顔を押し付けてどうにか出ようともがく杉元の様子を眺める。

 自分の肩をさすりながら、ふと気がついた。

 

 

「ちょっと、杉元、変わってくれ」

「え、いい方法思いついたの?」

「うん、ちょっと」

 

 

 さすっていた肩に力を加える。がこん、肩が外れる音。

 

 ぬりゅん。

 肩さえ通れるのなら全身も余裕で抜けられる、というわけである。

 

 

「出来んじゃん!!!! この妖怪ッ! 裏切り者!!!」

「いや、なんかやろうと思ったらはずせた……すまんの、杉元。何か壊せるもの探してきてやる」

「んぐぎいいいい」

 

 

 両肩をはめなおして、通風口に顔を押し付ける杉元を見下ろす。

 アシㇼパのことは白石に任せよう。杉元に今死なれるのはまずい。

 土方の思惑通りにさせたくないのももちろんあるが。

 

 

 壊せるものを探しに、その場から離れた。少し行ったところでキロランケと出会う。

 

 

「のっぺら坊は教誨堂だ!」

「杉元のこと頼む!」

 

 

 簡単に情報を交換し、私は教誨堂へと向かうことにした。

 まず犬童を殺す。本物ののっぺら坊が抵抗したとして、出来ないようにしてから正門へと連れていく。

 

 銃を握る手に力がこもる。

 

 

 教誨堂から出てくる影があった。

 目を引く赤い囚人服。そして極め付けにおぞましい顔のないのっぺら坊だ。

 

 

「おまえがのっぺら坊か。ついて来てもらうぞ」

「……誰だ、おまえは」

「関係ない。おまえは俺に着いてくる他に生き残る手段はない、来い」

 

 

 信用される必要性すら感じない。

 娘を金塊争奪戦などという争いに巻き込む父親だ。

 

 

「おまえが生きてアシㇼパに会いさえすればいい。おまえの同意ももう片方の足もいらんのだ」

「………」

 

 

 引き金を引こうと銃口をのっぺら坊の足へと向ける。

 ざ、と背後からしたブーツの足音に銃口をのっぺら坊からそらして、振り向く。

 そのときである。空に打ち上げられた照明弾が周囲を照らす。

 

 

「英作」

「…………勇作」

 

 

 そこには柔く微笑む片割れが立っていた。

 情けなく声が震える。なぜここに、勇作が、一体どうして。

 そんな疑問が一気に頭を駆け巡り、しかしすぐに答えに行き着く。

 早鐘を打つ鼓動を落ち着かせようと息を吐き出した。

 

 

「鶴見中尉か」

「ああ、そうだ。中尉殿がおまえの生存を教えてくださった。……生きていたんだね、英作」

 

 

 勇作が微笑む。

 目深に軍帽を被り、目元は窺えない。

 けれど紛れもなく勇作だ。

 変わらぬ様子で勇作が生きている。

 もしやあのとき俺は実際に撃っていなかったのではと錯覚するほど記憶の通りの姿であった。

 

 

 風が吹く。軍帽が飛んでいき、錯覚はやはり錯覚でしかないと思い知る。

 勇作の額の端には生々しい銃痕が刻まれていた。

 

 

 視界の端で杉元がのっぺら坊と話をしている。俺もそちらへ向かわねばならない。

 

 

「逃げるなッ! 英作ッ!」

「ッ、……逃げてねえ」

 

 

 足をのっぺら坊へと向けかけたところ、勇作が声を張り上げて制止してきた。

 コイツの声は遠くまでよく通るから、この距離で声を張り上げられると鼓膜が破けそうになる。

 

 勇作を睨みつけ、文句を言ってやろう。そう考えて再び勇作へと向きかけた。

 

 気がつけば勇作に抱きしめられていた。

 

 

「よかった……! おまえが生きていて……!!」

「やめろ、離せ、離せよッ! 勇作ッ……!」

 

 

 伝わってくる熱と、勇作の泣き出す寸前の震える声に思考が揺れる。

 遠く切り離したはずの自我が戻る。感情が戻ってきてしまう。

 

 

「離せ、喜ぶなよ……俺にそんな資格はない」

「なぜだい? おまえの生存を喜んで何故いけないの?」

「おまえのソレを作ったのは俺なんだよッッ!! おまえを撃ったのは俺なんだ!!」

 

 

 吐露する。

 耐えられない。ただ素直に喜ぶ勇作にジクジクと痛むのは罪悪感だ。

 胸が痛んで悲鳴をあげている。

 

 勇作を撃った。

 生かすためのものでも、殺すつもりはなくとも、それでも死にかけ苦しんだはずだ。

 

 

「……うん、知ってる。撃たれたあのとき、おまえを感じたから」

「……意味わかんねえぇ……ほんとおまえバカ」

「英作が僕を傷つけようとするわけないだろ、わかってる。全部わかってるから──」

 

 

 勇作の手のひらが背中を撫でた。

 大きくて分厚い手のひらの熱が伝わってくる。

 勇作の背中に私も手を回した。

 

 

「──大丈夫だよ」

 

 

 ポンポンと背中を優しく叩かれる。

 幼子に言い聞かせるようなソレになんとも言えない気持ちになるけど、不思議と心地が良かった。

 そんな簡単なことで絆されてしまうので、私ってチョロすぎる。

 

 

「んあぁ……勇作いっぱいちゅき」

「あはは、うんそれも知ってる」

 

 

 久しぶりの勇作ハグでとんでもない量の幸せホルモンが分泌されてる気がする。

 多幸感が多すぎて溶ける。

 

 

 んあぁすきぃゆうしゃくぅ……。

 しあわしぇ……。

 

 

 銃声。

 視界の端でのっぺら坊が額から血を散らし倒れていく。

 堪能していた勇作の胸を押しのけて、杉元らの方へと駆ける。

 狙撃だ。

 

 

「英作ッ!」

「おまえはそこにいろッ!! 二発目が来るぞ、杉元!! 避けろッ!」

 

 

 チカっという火薬の光で狙撃位置を確認する。

 山方面からの狙撃。かなり距離がある。熟練の狙撃手。

 

 杉元が撃たれて、ゆっくりと倒れていく。

 時間の流れが遅くなったような感覚に陥る。再び山方面から火薬の光。

 

 のっぺら坊、杉元、ならば次に狙うのは──俺だろう!

 

 

 時間の流れが戻る。

 咄嗟に全力で上体を背後へと逸らした。背中の骨が嫌な音を出しながら軋む。

 視界が真っ赤に染まる。右目に衝撃、意識が落ちる。

 

 

 ああ、尾形だ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。