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脂汗を浮かべた男が低く、喉から絞り出すように嗄れた声で
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死装束を身に纏い、縛られた男は潰れかけの芋虫にも似ている。
男は有能な軍人であった。
妾の母を捨てて、その息子である己を捨てた男であった。
父にも理解のできるよう、多くのことを話した。
母の狂気、母の死、父不在の葬式、花沢少尉たちとのこと。
子供は親を選べない。
二人の間に愛情はあったのか。
愛情のない親が交わって出来る子供は何かの欠けた人間に育つのか。
父が軍人として育てた異母弟たちは戦場から姿を消した。
その報を知らされたとき、父はこれまで無視し続けた妾の息子も急に愛おしくなったのでは……。
ただ自分にも祝福された道があったのかを確かめたかった。
「貴様の言う通り、何かが欠けた人間……出来損ないの倅じゃ、呪われろ」
割かれた腹から臓腑をはみ出させながら、呪いを吐き出し己を見上げる男へ最早感情も枯れ果てた。
「ところで、花沢英作少尉が奉天でどのように姿を隠されたか…父上は本当のことをご存知ないはずだ」
血みどろの男は俺とよく似た形の目を丸くする。
ようやく見えた男の動揺に何とも言えぬ満足感が胸に広がる。
耐えきれず唇の端を持ち上げた。
「隠され、……?」
「実を言いますと、英作少尉は生きておられるのです。勇作少尉が内地に送られた折、私が逃亡を唆したところ思わぬ快諾をいただきました──あなたが目をかけた息子は前線から見事な手腕をもってして脱走してみせた」
「………」
愛した息子の不祥事だ。
脱走など、軍人足るべしと育てた息子の行為としてあまりにも恥ずべきことだろう。
もはや殺すことは決定している。
なら、最期に息子が期待を裏切ったなら、どう反応して見せるのか確かめよう。
「──英作は生きているのか。……ならば善し」
男の言葉に瞠目する。
言葉が出ない。小刀を握る手の先から感覚が立ち消えて、指先が震え出す。
ただ、胸中を占めるのは諦めだった。この父にも息子の生を喜ぶ感覚があるのか、と。
『お父つぁまみたいな立派な将校さんになりなさいね、百之助。あなたはお父つぁまに本当にそっくり……あぁ幸次郎さん……』
白い指先が頰を撫でていく感触が蘇る。
それでも母は男が戻って来ないことを悟って首を吊った。
……やはり俺が代わりになどなれるはずがなかったのだろう。
「アレは儂が何よりも心血を注いで育て上げた生まれついての軍人じゃ」
男が続ける。
「生きていれば、必ずや護国のために軍へと戻ろうぞ。そのように育てたのだから──」
軍神が心血を注いで育てた、そのようにと育てられた生まれついての軍人、と男の言葉を飲み込んでいく。
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脂汗を浮かべた男が低く、喉から絞り出すように嗄れた声で
英作にとっての愛。
考えるまでもなく、それは聯隊旗手などという最も死にやすい役目を与えられた英作の片割れのことである。
腹に穴を開けながらも、旅順の野戦病院で片割れの生存を願った姿を知っている。
では、勇作へと放たれたあの銃弾に込められていたのは──そこでストン、と何かが自分から抜け落ちた。
ソレが何であるのか。
想像もつかず、さりとて思考を割くこともしない。
分からない。
分からない方がいい。
何も分からないままでいいのだ。
お互いを
だが、そんなものに意味はない。価値などないと証明してやる。