NOといえる尾形
大泊では、砲撃の音が空気を震わせていた。
北海道へ向かう連絡船に対して駆逐艦が砲撃をしていたようだ。鯉登少将……。
「アシㇼパたちは連絡船に乗って逃げようとしたらしいな」
「ええ。連絡船はどこに…とまっていた?」
「ん〜とね、あのへん」
流氷の上に兵隊さんが倒れているとおしえてくれた子供へ尾形が問いかける。
子供が指さしたのは、狙撃された死体からおおよそ200メートルほどの位置だ。
「……手練れだな」
尾形が小さく呟く。同じ狙撃手として思うところがあるのかもしれないな。
駆逐艦の砲撃のことは大泊の街中で噂となっていた。
「それじゃあアタシたちはここまでだ! 手回しはしといてやる、上手くやんなよ、英作、百之助」
「………」
「貴様らもな。情報将校の手腕に期待しているぞ」
「ハン」
大泊でフミエと長吉とは別れた。再び二人になり、北海道を目指すこととなる。
鶴見中尉のクーデターを止めるために、金塊争奪戦へまた身を投じるのだ。
枯渇気味であった38式実包はフミエのツテで山ほど用意して貰えている。これで尾形もより一層練習に打ち込めるというわけだ。
砲撃を受けたという連絡船に乗り込んだ。
すでにアシㇼパたちが流氷の上を行って乗っていないこともわかっている。
鶴見中尉もすでに一度、捜索した船をまた洗い直すなんて暇な真似はしないだろうという確信がある。
船頭に立ち、少しずつ近づいてくる北海道を眺める。
「北海道へ戻ってどう動くおつもりです。アシㇼパの居場所はわからず、鶴見中尉からも隠れなきゃならない」
「金塊を追う集団はもう一組あったろう」
「……土方歳三?」
「ああ。ただ俺は網走監獄潜入前に啖呵を切っているから警戒される」
そこで尾形を振り向いた。手を伸ばして、尾形の頰に触れる。
手袋は外しており、首筋を掠めた指先にトクトクと尾形の脈動が伝わってくる。
ジッと片側だけの目を見つめる。
尾形の表情はひどく読みづらい。普段であればそれも一興と楽しめるのだがこればかりは表情だけで判断することが出来ない。
脈拍と瞳孔など諸々の要素で本当に尾形に任せるか、土方の元へ送り込めるかを決めたかった。
「でもおまえだけなら入り込めるよな?」
「……」
網走監獄の時点で尾形は目的を聞かれても黙り込んだりとしていたので、土方たちの目線では目的不明の脱走兵に過ぎない。
啖呵を切ったのは私。あのときも尾形は黙り込んで肯定をしなかった。
尾形と私の関係を踏まえれば尾形が“花沢英作”を裏切ったとして不思議ではないと判断するだろう。
「……お一人でアシㇼパを探すおつもりですか」
「アシㇼパも刺青の囚人を探す筈。目的はどこも被っているのだ、刺青を追ううちに自然とまた会うことになるさ」
「土方の元へ送り込んでも俺が裏切らないと信用なさると?」
「無論だ。尾形百之助、おまえは俺の右腕だろう。私はおまえを信用してるよ」
尾形の表情に明らかな変化はないがわずかに目が泳ぎ、指先から伝わる脈拍もドクドクと早まっている。
声の調子と言葉からも動揺が感じられた。
しかし何をそんなに動揺することがあるのだろうか。右腕となる男を信用するのは当然のことだろうに。
「嫌です」
「おっ」
「アンタが俺を信用してたとして、俺がアンタを信用する根拠が薄い。あの約束が果たされるまでアンタに死なれちゃ困るんだ、俺も一緒に行きます」
「えーっ!? そんな簡単に死んだりしないよ!?」
「どの口が……、夕張で俺を庇ったこと忘れてませんよ。どうせすぐに他の誰かを庇っておっ死ぬんですよ、アンタみたいなのは」
「え〜〜ッ!?」
命がけで庇うのは大事な人間だけなんだが!?
そんな「誰でも庇うわコイツ」みたいに思われてたの!?
控えめにショックなんだが!?
今のところその条件に当てはまるのは母上と勇作と尾形の三人だけなんだが!?
えーん!?
勇作〜!!!!(元気の出る魔法の呪文)
「そんなことないのに〜〜ッ!?」
驚愕から思わず叫べば、尾形はニヤニヤと嫌味な笑い方をしながら己の髪を撫でつける。
「ハハ、信用が足らんのはアンタですよ。せいぜい信用されるように足掻いてください」
「ヒ〜ンッ」
衝撃の事実!
信用されてないのは私だった! マジ!?
人から信用を得ることに関しちゃ、割と得意な自覚があったんだけどなぁ!
おっかしいなあ!
北海道に行っても一緒に行動することに決まった。本人にやる気がないのなら不測の事態が起こりかねない。
尾形が嫌なものは嫌なのだとはっきり断ってくれてよかった。
「土方の動向も把握しておきたかったんだがな」
「囚人を追っていれば自然と顔を合わせることになると言ったのはアンタでしょうが、土方とも同じことになるはずです」
「まあ構わん。誤差の範囲か…出発するぞ尾形」
「はい」
そうして私たちは北海道へと戻ってきたのだ。
道中で刺青の囚人の情報を追いながら、アシㇼパたちを探す。アシㇼパたちは狩りをしながら動くだろうから毛皮商や薬売りを中心に目撃情報を集めた。
札幌で連続殺人事件が起きているという。新聞の記事を眺めながら、被害者は娼婦ばかりらしくジャックザリッパーみたいな事件だな、と嫌悪がつのる。
狙われるのはいつだって弱者である。
しかしこのタイミングで、このような事件が起こることに何らかの因果関係を感じずにはいられない。
「刺青囚人の臭いがするな……」
しかし札幌か……。月寒の師団の連中が花街でにウヨウヨいるんだよなあ。
連絡船のとまった稚内から道央に南下していた。アシㇼパたちは流氷の上を移動したということでオホーツク海沿岸側から上陸するだろうとは思う。
ただそうするとアシㇼパを追う鶴見中尉と鉢合わせかねないため避ける他になかった。そもそも杉元たちも鶴見中尉を避けるためにさっさと移動しているはずだしな。
アシㇼパたちがこの記事を読んでいれば、遅かれ早かれ札幌へと向かうだろう。
アイヌ式の仮小屋に足音が近づいてくる。少し擦り気味な特徴的な足音で誰のモノだかすぐにわかる。
「ただいま戻りました」
「おうおかえり。尾形、このまま南下して札幌に向かうぞ」
「札幌ですか、あそこは月寒の師団の連中が遊びまわっているでしょ、いいんですか」
「背に腹は変えられん。刺青囚人がいる」
「はあ……鳥を獲ってきたんですが、食べますか」
そこで新聞から視線を上げて、尾形を振り返る。
尾形がオオハクチョウの首根っこをつかんで、持ち上げていた。
「え〜〜、オオハクチョウじゃん! めっちゃ美味いやつッ!」
「どう料理するかわかりますか」
「どうだったかな、世話になってたアイヌの村ではぶつ切りにして大鍋で食ってたかも。食おうぜ食おうぜ」
新聞を折り畳んで鍋の準備を始める。羽を毟っ下処理をして記憶を頼りにオオハクチョウの鍋を作る。
「これで、多分、平気、なはずだ……」
「なんでそう不安そうなんです」
「料理とかほとんどしねえし? アシリパがいたらもっと美味い食い方を知ってんのかねえ、ハッ。尾形……脳みそも、食うか?」
「結構です」
大鍋で炊いたオオハクチョウの肉を恐る恐る口に運ぶ。こと料理に関して、私は自分の腕を盲信できない。
カーシャしか作れん。
「お〜、美味いなあ」
「……」
「尾形がいたら路銀がなくても飯に困んねえから助かるなあ」
ハフハフと舌鼓を打つ。腹ごなしを済ませて、夜が明けたら札幌へと出発することにした。
「英作殿、向こうに焚き火が見えます」
尾形が双眼鏡を器用に左目で覗きながら報告してきた。その視線の方へ振り向けば、確かに遠目にチラチラと焚き火の灯りが揺れている。
「猟師かな」
「この時間にですか」
「いや、そういう猟の手法なのかもしれんだろ」
「鶴見中尉側の追手なら悠長に焚き火なんぞせんとも思いますが、一応確認しますか」
「ん〜〜、そうだな。夜のうちに遠目に確認するくらいはしとくか。念のためにな」
焚き火の火がよく見える位置に移動し、歩兵銃を構えて目盛を覗く。
目測で200メートル。アイヌの少女と軍帽を被った男が立っている。
構えていた銃口を下ろす。
「……杉元たちじゃね?」
「………いや、もしかすると違うかもしれません。念には念をとりあえず杉元を撃ち殺しておきましょう」
「こらこらこら、おまえ〜〜こらぁ〜〜」
双眼鏡を下ろして、真剣な顔を作る尾形の頰を引っ張る。
とりあえずで殺そうとすんのやめよ???
歩兵銃を完全に下ろして前髪を掻き上げる。
「そうとわかりゃさっさと合流するか」
「お待ちください、英作殿。こっちの知らない狙撃手があいつらと行動しているはずです」
「ああ、連絡船でのあの死体か」
「狙撃手を確認するまでは合流は避けたほうが賢明でしょう。少なくとも相手の目的が分かるまで」
焚き火の方へ視線を戻す。杉元とアシリパに加えて、オオハクチョウを姿を現したのは白石だ。
しばらく待っても狙撃手らしき姿はない。どこぞに身を隠してアシリパを餌に、それを追う相手を狙っている可能性もあるのか。
「チッ、めんどくせえな……うん、じゃあそうしようか」
「はい」
「狙撃手のことは狙撃手のおまえに任す。だがいざとなれば、私はアシㇼパの前に出る。アシㇼパに死なれちゃ困るからな」
「ええ、承知してますよ」
ニッコリと尾形が目を細めて口の端を持ち上げる。どういう感情?