杉元たちが移動を始めた。このまま札幌に向かうのか、と距離を保ちながら監視を続ける。
馬に乗る頭巾を被った男がス、と仲間に加わった。
とんがりの特徴的な頭巾には見覚えがある。
「……バシリクを着けてるがロシア人か? 樺太でロシア人と親しくなったりしたのか、尾形」
「いえ、記憶にありませんね。……手練れのロシア人狙撃手に一人だけ思い当たる相手がおりますが、ロシアの国境守備隊の狙撃手がわざわざ北海道まで来るはずが……」
そこで尾形が言葉を切った。ス、と尾形の目が狙撃手のものへと変わる。
「いや…俺なら来る。どちらかが死ぬまで追いかけて行く」
「なるほど? ではあの狙撃手の狙いはおまえというわけだな」
「恐らくは…そうでしょうな」
「おまえに死なれちゃ困るからな……先んじて殺しておくか」
歩兵銃を構える。狙いはもちろん、馬に乗り移動する頭巾男だ。
杉元たちからさらに距離をとり、距離は500メートルほどである。ほんの少し高台にいるため狙いやすい。と、そこで。
「霧」
霧が出始めて、頭巾男の姿が隠れてしまう。霧の中では狙撃できない。
尾形が記憶するほどの狙撃手なら一発撃てば対応してくるだろうしな。殺すなら最初の一発が勝負だ。
晴れるのを待つが、霧はどんどん濃くなっていく。
「……仕方ねえな。合流するぞ」
「はい」
頭巾男という不安要素はあるものの、ここでアイツらを見失うよりはマシである。
山道を滑り降りながら石を拾い、霧の中にわずかに浮かぶ馬の影を追った。
「お〜い、アシㇼパ〜」
「ッ! 英作!」
「えっ! マジかよ! 英作ちゃんに、尾形ちゃんッ!」
「ッ!?」
人影へ手を大きく振りながら近づいていく。私の声に気がついたアシㇼパと白石が振り向きぱあ、と笑顔を浮かべた。
そしてすぐに白石が私の後ろにいる尾形の姿に気がついた。
馬に乗る頭巾の男が肩にかけた銃を手に取り勢いよく振り向く。
男へ向かって、途中で拾った石を投げつける。石は男の頭へ当たり、男が馬から転がり落ちる。
尚も銃を手に構えようとする男の腕を踏みつけた。男が銃から手を離したところで銃を蹴って遠くへと転がした。
「ッぐゥ」
「おまえら久しぶり〜〜! 元気してた?」
「ぅぉ…ッ、ヤダ〜〜〜ッあ、相変わらず物騒〜〜ッ!」
「英作! 殺すな!」
「殺さないって」
頭巾の隙間から覗く薄青の目がギロと私を睨みつける。何の感情も湧かないまま足の下で蠢く頭巾男を見下ろした。
尾形の名前に反応したってことは、やっぱりこいつの狙いは尾形で間違いないんだな。ロシア国境からはるばる北海道まで来ているってことはよほどの執着なわけだ。
とりあえず、頭巾男を縛り上げる。
※『』=ロシア語
『尾形を殺しに来た?』
「フンフンッ!! ふんッ!」
『人の言葉が話せねえのか?』
頭巾男が鼻息荒く頷く。ギラギラとその目は尾形から外れない。
「ははあ、モテモテじゃないか。尾形」
「んなもん嬉しくないですよ」
「あ、あのね、英作ちゃん。なんか頭巾ちゃん、顎に傷があってうまく話せないみたいなんだよね〜……」
「そ、そうだ。英作、杉元がはぐれたんだ。アイツは今腕を怪我してて、一緒に探すのを手伝ってくれ!」
アシㇼパに袖を引っ張られる。いや、そんな必死にされなくてもまだ殺す気はないってばよ……。
「足跡は?」
「笹の上を歩いていたみたいで見当たらない。杉元の臭いとか声とかしないか」
「そうだな……」
霧で何も見えない辺りを見渡す。
ブッ。それなりに大きな音。むわんと広がるのは霧だけではない。
「ウッ……!」
白石がてへっ☆と舌を出しながらウインクをする。霧とともに漂う臭気に耐えきれず鼻を手で覆い、呼吸を止めた。
アシリパが眉を吊り上げてストゥを取り出す。
「シライシッ! コラッ!」
「ひいんッ! だってだってッ力んだら出ちゃったんだもん!!」
「力むな! ウッくさいッ! 臭いぞ! シライシ!」
「アシㇼパちゃん、何度も言わないでぇ?」
「うっうあああ、シライシの屁が臭すぎて音に集中できねえッ! 杉元の声がわからにぇッ!」
「シ〜ラ〜イ〜シッ!?」
「く〜〜ん……」
あまりにも屁が臭い。集中が途切れる。空気は一転して、弛緩している。
こんな間にも杉元は濃霧の中を心細く彷徨っているだろうに……クソ!
「何やってんだアホども……」
「フンフンふん」
「何て言ってるかわからねえよ、せめてロシア語を話せ」
結局、その日のうちに杉元は見つからず近くのコタンを拠点に逸れた杉元を探すこととなった。
『だ〜か〜ら、今の尾形は右目を負傷してんだろ? そんな尾形と決着つけて楽しいか? 満足できるか? 万全の尾形と勝負しねえでいいのかって言ってんの』
「フンフン」
『わかったか? 再戦するなら尾形が左撃ちに慣れて狙撃手として復活してからで……』
「ふん!」
元気よく頷いた頭巾ちゃんが狙撃銃を持ち上げる。その先に尾形がいるのはわかっているので
『ボケがぁ!! コントしてんじゃねえんだぞ!!』
「ふん〜〜ッ!!?」
その頰を勢いよくビンタした。顎に怪我をしているらしい頭巾ちゃんが脂汗をだしながら頰を押さえて呻き声をあげる。
きちんとロシア語で話しているはずなのに、通じていなすぎて自信をなくしそうだ。
「駄目だこいつ……なんだ? 私のロシア語ってそんなに下手だったのか……?」
「ははあ、苦戦しとりますなあ、英作殿ぉ」
「なんでおまえはそんな余裕なの? おまえのことだよね?」
「英作殿が珍しく迷走してるんで面白いですよ」
「んも〜おまえなぁ! 何かあっても自分でどうにかしろよ!? 助けてやんねえからな!?」
「ハハッそれで困るのは英作殿では? いいのですかなあ、せっかくの右腕をなくしても?」
こ、こいつ……。
ニヤニヤと嫌味全開で私を見下している。おかしい、身長は私の方が高いはずなのに……。
「英作、杉元を探しに行こう」
「ああ、アシㇼパ。ちょっとまって、いく前にこいつを縛る」
「え〜、また縛るの? 頭巾ちゃんも尾形ちゃんのこと諦めないねえ」
「フンフン!」
「ははあ、どうせ俺が勝つのに無駄なこって」
「オラいくぞ〜」
杉元を探し始めて一週間。それだけの時間を一緒にいればそれなりに人間性というものが掴めてくる。
この頭巾男、驚くほど尾形にしか興味がない。何度かせめて尾形がまた狙撃できるようになってからにしろと説得を試みているものの絶対に聞く耳を持とうとしない。
マジで殺してやろうか。
いつのもように頭巾ちゃんの腕を縛り上げて、余った紐の端を手に持つ。腕のいい狙撃手はとにかく視界から外さないことだ。
──ふいぃいぃぃ……ッ。
「あ。今、杉元っぽい声がした」
「本当か! なら近くにいるぞ! 手分けして探そう! 私はあっちを探すから英作たちは向こうを頼む!」
耳に届いた微かな声を報告すればアシリパが笑顔を浮かべる。
手分けをして、杉元を探す。
「うおおおおおおおおッ!!!!?」
「あっ、杉元の声だ」
突如聞こえた悲しい響きのこもった雄叫びは紛れもなく杉元のものだった。
「英作さん! 本当に追いつくとは! さすがだぜ!」
「杉元〜、久しぶりぃ! 元気そうだなあ……そうでもない?」
「あ……いや、俺は、元気だ、ぜ? ちょっと悲しい別れがあってさ……ともかくまた会えてよかったよ、英作さん」
何故か少しだけ陰りをみせながら合流した杉元と肩を抱き合う。
陰りを指摘すれば、気まずそうに軍帽を深くに被り目をそらしてしまう。それから、杉元はギロリと私の隣に立つ尾形へ視線を移す。
「……と、尾形」
「ははあ、なんだ俺とは感動の再会をしちゃくれんのか? まあ、貴様とそんなものをしたところで鳥肌しか生まれんがな」
「ぐきいいい、ねえ! ねえ、こいつ! 英作さん!?」
「どっちも殺すなよ〜」
「英作さんもそう言ってるんだ、大人しく従えよ不死身の杉元よぉ」
「おま、おまえッ! この、ふざけッ」
殺意のこもった目で睨みつけてくる杉元へ尾形がニヤニヤと嫌味に笑う。
尾形のしたことを思えば、杉元の殺意も仕方のないものだ。それは分かる。理解はしている。
樺太で私が尾形のもとへ向かったときには、杉元も受け入れてくれていたが本人を目の前にすれば怒りを飲み込みきれないのだろう。
そんで尾形。おまえは煽るのやめような?
「杉元、落ち着け。私は気にしてないし、英作と一緒にいるってことは、もう尾形は大丈夫なんだろ?」
「ああ尾形の命は俺が預かってる」
「……それって、英作さん」
「尾形は俺の部下だよ」
「フンふん〜?」
眉を吊り上げる杉元とニヤニヤ笑い続ける尾形の間にアシㇼパが立ち塞がる。
アシㇼパの問いに簡潔に答えた。
「……なんで紐で繋がれてんの頭巾ちゃんは」
「だって尾形を殺そうとするから……」
「んも〜〜ッ! やっぱ英作さん尾形に甘すぎない!?」
「英作殿に愛されてすまんな」
「殺すぞテメエ!!!!!!!」
ギャンッと杉元が尾形へと怒鳴りつけた。
頭巾ちゃんの手綱を白石へと渡して、尾形の方を向く。
「だ〜か〜ら、おまえはわざと煽るなって尾形ぁ」
「………」
尾形の左頬を引っ張る。びよんと頰が伸び、無言でギョロと尾形に睨みつけられる。
いやこればかりは私が正しい。
「手を組んでる間は協調しろ、いいな?」
「……はい」
「よし、で。おまえらはこれからどうするつもりだったんだ?」
「………おぉ、……ああ、俺たちはいま、刺青囚人の一人の海賊って男を追ってるところだ。まあどこにいるかとかは分かってねえからやってることは前と変わらねえ。刺青囚人探しだけどな」
そこで、アイヌの埋蔵金が元々隠されていた場所を特定して〜という一連の企てを聞かされた。
手順が難解で見込みはかなり低そうだが、すでに支笏湖に沈んだアイヌの金の鑑定まで済んでいるらしい。
「へえ、一気に可能性が出てきた。よく考えついたな、白石。やるじゃねえか」
「へへぇっピュウッ☆」
照れ隠しに白石が、いつか見せたのと同じように指鉄砲を撃つ真似を始める。
「………」
「ピュウピュウッ☆」
またいつかと同じように無表情の尾形にもしている。尾形が輪の中に入っていることにホッコシとする。
「フン〜」
『いやだから撃つな、殺すぞテメエ』
どさくさに紛れて縄抜けをして銃を構えようとする頭巾男に再びべチンッとビンタを食らわせた。
「大丈夫なのか、このパーティーで……」
「え〜、英作さんがいたら百人力だよぉ?」
えへへと、はにかんで笑う杉元である。ただし殺意は尾形に向いている。
頭巾ちゃんの殺意も杉元の殺意も真っ直ぐ尾形に向かっていくので先行きがかなり不安である。
「……おまえ、ちょっと人の殺意を買いすぎじゃないか?」
「そもそもアンタが俺を恨んでないのが不思議なくらいなんですよ」
「うんうん」
髪を撫でつけながら、尾形がため息まじりに言う。そうだそうだ、とこればかりは杉元も頷く。
フンフンと杉元の真似をして頷く頭巾ちゃんの紐を縛り直す。
「俺がおかしいみたいな話すんのやめようぜ?」
「アンタがし始めたんでしょうが」
「二人とも仲良しになったねえ、よかったね尾形ちゃん」
「テメエは知った風な口を聞くんじゃねえよ
タコ坊主」
「く〜ん……」
それで、なんで白石には素直に辛辣なの〜?