勇作殿の片割れは即断即決裏目ボーイ   作:あん仔

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絵描きの情念

 空知川流域のアイヌの村で歌志内の炭鉱で変な刺青の男の目撃情報を手に入れた。

 

 

 

「……来たッ海賊房太郎だ!」

 

 

 物売りで飴を売っていたという話も。歌志内に向かう道中で海賊某と顔見知りという白石へ問いかける。

 

 

「その海賊ってやつは飴売りをするような男なのか?」

「しないと思うぜ。そんな面倒なこと」

「なら別の囚人か、残りの囚人て何人だろうな」

「そうだねえ、俺らが樺太に行ってる間にも土方が集めてるだろうし……そう何人も残ってないと思うけどねえ」

 

 

 白石の言葉にそれもそうかとため息を吐く。

 

 ロシア人を縛り上げて手綱を引く軍人はさすがに街中で目立ちすぎるため、私と尾形とあと頭巾男は街の手前の森で居残りとなった。

 

 ダアン、と遠くで銃声の音がする。また尾形が鳥を撃っている。

 

 

「フンフン…」

 

 

 特に何かをするでもなく、待っているとふと縛ったままの頭巾ちゃんが解いてくれとジェスチャーをしていた。

 いざとなれば俺が殺せばいい。と腹を括って縄を解く。頭巾ちゃんが取り出したのは紙と鉛筆だ。

 

 

 文字を書くのかと手元を覗き込んでいれば、頭巾ちゃんが描き上げたのは片目を包帯で覆った尾形である。なんだか拍子抜けだ。

 

 

「フンフン?」

『なんだ?』

 

 

 今度は右目の包帯を外し左で銃を構える尾形の絵を描く。自分の絵を取り出すと左撃ちの尾形の絵と同時に動かし対決、のような動きを見せた。

 続いて包帯した尾形の絵を持ち上げて、首を横に振った。

 

 

『そうだな、今の尾形に狙撃は出来ない。だからああして左撃ちに慣れようと足掻いてる』

「……フン?」

 

 

 頭巾ちゃんの手が右目の包帯を外して左で銃を構える尾形を持ち上げた。その絵を左右に揺らして、私を真っ直ぐに見つめながら首を傾げる。

 

 

『狙撃の腕が戻ってからなら、好きに対決でもなんでもしろよ。でも今は駄目だ、戦う術を持たない相手を殺すのはただの暴力だ』

「………」

『俺は暴力を決して許さない』

 

 

 うんうん、と頭巾ちゃんは頷きながら描いた尾形の絵を懐に仕舞い込む。

 ようやく私の言っている意味を理解してくれたのだろうか。だとすれば大快挙だ。

 

 ……まあ、仮に狙撃の腕が戻ってから尾形に対決を挑むとしても、そうなる前に俺がお前を殺すんだけどな。

 頭巾ちゃんへとあえて柔らかく微笑みかけて、その肩に手を置く。そして親しみやすい印象を与えるために声の調子を少しだけ変化させた。

 

 

『私の言っていることを理解してくれたんだな? なら嬉しいよ、……そうだ、名前はなんていうんだ?』

「ふん…フン……」

『なんて言ってるかわかんねえよ』

 

 

 頭巾ちゃんが頭巾の前を開けて、口を出す。顎を貫通したような銃痕が生々しく残っている。

 それからゆっくりと口を動かし始めた。どうやら唇の動きを読めと言っているようだ。

 それでようやく文字が書けないんだと理解する。

 改めて頭巾男の唇の動きに意識を集中させる。

 

 

「ゔぁ、すぃ……Васи́лий?」

「フンフン!」

「へえ、ヴァシリっていうのか」

「フン〜〜〜」

 

 

 ドヤ顔の長い鼻息が満足だと物語っている。

 

 

「へ〜〜、まあどうでもいいんだけどな、実際おまえの名前とか」

「フン〜?」

『いい名前だなって言ったんだよ、愛称はヴァーシャだったか』

「フンフン」

「ははあ……『絵が上手いな、ヴァシリ』

「ッ! フンフン!」

 

 

 うんうんと高速でヴァシリの首が上下に動く。

 

 

『実は私も絵を描く』

「フン!? フンフン!!」

『見てみてぇ〜、これ私が描いたの〜』

 

 

 目を見開き食いついてきたヴァシリへ手帳を広げる。ペラペラとヴァシリの手が手帳のページを捲っていく。

 

 

 裸婦画でその手が止まった。以前、白石も目を止めた例の絵だ。

 

 

「フン〜?」

『おいおいまさかおまえもその人で抜きたいとかいうんじゃねえだろうな』

「フン!? ……フンフン」

『何言ってるかわかんねえ〜、まあ違うならいいよ。そのモデルが気になるのか?』

「ふん」

 

 

 ヴァシリが頷く。描いていた裸婦は長く黒い髪をした細身の女だ。

 黒曜石のような黒い瞳にはいつだって光は宿らず、いつでも死の雰囲気を纏う陰気な女だった。

 いつも待ち人を探しながら私にすらその影を重ねる無礼な女で、最期には首を吊り自殺を図った。

 

 ヴァシリの指が裸婦像と私を交互に指差し、首を傾げる。

 芸術家の端くれとして、何かを感じ取ったのかもしれない。ヴァシリの手元の手帳、裸婦像へ手を重ねる。

 

 

『……そうだな、この人はただのモデルじゃないよ。記憶を思い出しながら描いたんだ、忘れたくなくてな』

「フン?」

『大事な人だった──』

 

 

 そこでヴァシリの顔を見上げる。ジッと薄青い瞳を覗き込む。その瞳に映り込んだ私は、どこまでも“花沢英作”である。

 それを忘れるな。前世は前世だ。今の私は花沢英作なのだから、未練を持ち込む気は毛頭ない。

 

 

『──随分と前に死んだがな』

 

 

 こんな感傷は今生に持ち込むべきではないのだろう。

 父のことや彼女のことも、もう朧げにしか残っていないくせに傷だけはやたらと残り続ける。どうせなら全て忘れられたらよかったのにな。

 

 

「ふん…?」

『ああ、彼女を愛していたよ』

 

 

 寂しがりで放っておけない人だった。私の性的指向に彼女は当てはまらないはずなのに、どうしても愛さずにはいられなかった。

 性欲込みの愛情を抱いていた。

 

 

 ──彼女を独りにさせたくなかった。

 

 

 彼女が探し求めていたのは別の男だったけどね。

 

 

『おまえにはそういう人はいないのか?』

「ふんふん」

 

 

 ヴァシリの首が横に振られる。まあまだ若そうだもんな。

 

 

『ふうん、もしもそういう話があるなら杉元に話してやるといい。杉元は恋のお話が大好きだから』

「ふん〜?」

『ああそうそう。やたら強い傷の男だ』

 

 

 ヴァシリの指が鼻の上を横に動く。傷痕を指で描いているのだと気づいて頷いておいた。

 しばらくして尾形が戻ってくる。またしても手ぶらであるが、仕方のないことだ。

 

 日が暮れた頃、杉元たちも戻ってきて、飴売りが刺青の囚人である可能性が高いと知らされた。

 海賊の顔を知っている白石が気づかなかったんなら海賊ではなかったんだろうしな。

 

 

「あれ? 英作さん、頭巾ちゃんはもう縛らなくていいの?」

「尾形を殺すのは狙撃ができるようになるまで待つらしいぞ」

「あらぁ、説得できたんだぁ〜、よかったねえ」

 

 

 それはそれとして、やはりヴァシリの尾形を見る目が獲物を狙う野生動物のソレなんだよなあ……。

 ん〜〜〜、監視は続行。

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