陸路が雪でぬかるんでいるため、船で石狩川を降って江別まで向かうことになった。
「ふんふん」
『距離が大事? こっちでいいのか?』
「ふん〜」
馬と共に荷船へ乗り込むヴァシリへ確認するとコクコク頷かれる。
じゃあ私もこっちでいいか。監視したい。そも狙撃手相手に距離を取るのは悪手である。
絶対におまえから離れないからな……。
「あれ、英作ちゃんもそっちに乗るの? 頭巾ちゃんも?」
「まだコイツをそこまで信用してない、いつでも殺せる距離にいたい」
「あ、そ、そうなんだぁ……こっちでゆっくりしたらいいのにぃ……んも〜物騒ぉ」
ドン引きという顔で白石が口の端をひくつかせる。外輪式蒸気船に乗り込む尾形が白石の後ろを通り抜けていった。ほんの一瞬振り返り、何やらジトっとした目で睨みつけられる。
へ〜〜、ソイツは殺すんだ? 俺のことは殺さないくせに……とでも言いたげである。
それとこれとは話が別でしょ!?
プンッ、と頬を膨らませておく。と、右頬へちいさな衝撃。頬に溜め込んだ空気が口から抜けた。
「ふん」
「あんだテメエ」
同じ荷船に乗ったヴァシリが人差し指で頬を突いてきていた。その指を掴んで関節と逆方向へとゆっくり曲げていく。
「ッ〜〜?!!」
『あんまりふざけてるとぶっ殺すぞ』
「ふん〜ッ!! ふんふん」
『ハハッ、何言ってるかわかんねえわ〜〜』
声なく悲鳴をあげながら、器用に抗議のふんふんを叫ぶヴァシリを鼻で笑う。
手を離せばヴァシリは警戒を見せながら船首まで移動して私から距離をとる。とはいえ狭い荷船の上だ。
大した距離でもない。私なら一歩で目の前までいける。
狭い荷船の上だがわずかに広さのある船尾辺りで寝転がる。体を伸ばして、観察をする。
そうしてしばらく放置すれば気を取り直したのか、ヴァシリは双眼鏡を覗き込み始めた。
「ふんふん、ふんふん」
「………」
どこかワクワクしているような雰囲気だ。多分尾形のこと見てるなあ……。
尾形は杉元と喧嘩していないだろうか、と少し不安になってくる。
よくよく思い返すと尾形が杉元たちと行動しているとき大体私も一緒にいたんだなあ。
………。
「ふん〜?」
『アッ喧嘩してる〜! んも〜〜〜!!』
スッと、ヴァシリの隣に並び、双眼鏡を覗き込んだ。スクリュー船の船内でニヤニヤと笑う尾形とその襟を掴み上げる杉元の姿が早速見えた。
『「なんだテメエ、なんでそういう言い方しか出来ねえんだ? ふざけんなよ」
「ははあ、ふざけてんのは貴様だろうが、杉元」
「喧嘩やめな〜〜?」』
「ふんッ!?」
口の動きを読んで、アイツらが何を言っているのかをロシア語に翻訳して声に出す。目に入る唇の動きを読むことに集中していたためうっかり一般通過白石の唇も一緒に読んでしまった。
口でやめろと言いながら、行動を起こして止めることがないのが白石の長生きしそうな部分である。
口先だけでも止める素振りを見せるだけえらいぞ、白石。
「フンふん!」
「あん?」
双眼鏡を持つ腕の袖を引っ張られて、目線を外す。やたらとキラキラした目で私を見つめるヴァシリ(頭巾ちゃんフォーム)である。
前のスクリュー船を指さしてから、もう一度私を指さし、次に自分の口元を指さす。
『他の会話も翻訳してほしい?』
「ふんふん!」
『面倒くさいからヤダで〜〜す』
「フンッ!? フンフンッ!」
『ワタシ、ニホンジンですネ〜。お〜ムツカシッワタシ、ロシア語わからねデ〜ス。おまえが話してんのロシア語でもねえけど』
「ふん〜〜〜ッ!!」
お〜わからな〜いと肩をすくめて見せれば憤慨とでもいうように鼻息荒く眉を吊り上げている。
口の端を持ち上げて、顎を指さして指先をクルクルと回す仕草をする。
『何か話してえなら日本語オベンキョしてさっさとその顎も治したら〜? いつの傷だか知らねえけど治るの遅くね?』
「………」
『杉元だったらもう完治してるのになあ』
異能生存体だからな。異能生存体と普通の人間の治癒速度を比べてしまうのも酷か。
見くびられたことを察してむっすりとヴァシリは双眼鏡で尾形を監視する作業に戻ってしまった。ハイハイ、ワタシも黙りますよって。
再び船尾で寝転がる。
突然、荷船を引くスクリュー船が旋回しバキバキと衝突音が聞こえた。
「なんだ?」
「フンフン」
「うん」
双眼鏡を覗いて様子を確かめる。どうやら小船と接触したらしい。洋装の大男がスクリュー船に飛び乗る瞬間をちょうど見た。
新たに乗り込んだ男たちは銃で武装し何やら不穏な雰囲気である。
「ふん? ふ〜ん」
『十中八九強盗だろうな、尾形は近接が弱いから死ぬかもしれない』
「フンッ!? フンフン! …フン!」
『俺が撃つ、おまえは銃を持つな。殺すぞ』
「……」
ス、と眉を吊り上げて銃を構えかけたヴァシリに釘を刺す。左撃ちが出来るようになるまで殺さないというコイツの言葉を私は一切信用しない。
片手で双眼鏡を覗きながら38式を構えて機を窺う。
船内で郵便配達員が銃を取り出したのが見えた。
甲板上では白石と杉元髪の長い大男に尾形が距離を保ちつつ向かい合っている。
近接弱いんだから尾形は大人しくしてなさい!
全くもうッ!
その距離じゃ銃も撃てねえだろうがよ。
上がりの蒸気船とすれ違う。そちらには軍人が乗り込んでいる。荷船の屋根の影に隠れる位置へ移動しなおす。
郵便配達員の唇が三途の川うんたらと動いた。同時に発砲する。
強盗の一人の側頭部に命中。
……発砲のタイミングを合わせれば銃声が重なって存在を気付かれることはない。
サイレンサーが欲しい。
ジャキ。郵便配達人の動きに注視しながら銃を操作する。
銃声を消せれば、それだけ出来る幅も機会も広がるというのにな。
郵便配達人の口角が持ち上がっているのが見える。一発目で命中すれば、さぞや気持ちがいいだろう。
S &W No.2アーミーリボルバー。リボルバーは装填に手間取るからなあ、六発撃ったら様子見をしようか。
船尾のあたりの強盗の頭を続け様に狙撃した。パアンパアン、と客室の窓ガラスが割れているので郵便配達員もちゃんと発砲している。
……撃った気になって、ああして連発できるの才能か?
戦場だと撃てない兵士が多いんだけども?
相手が強盗だっていう正義感と命中したという高揚に酔っているのか。
「乗客が襲われているぞ!」
「戻れッ戻れッ!」
銃声を聞きつけた軍人たちの乗るスクリュー船が引き返してくる。
杉元たちの乗るスクリュー船が大きく旋回する。軍人の乗るスクリュー船に体当たりを食らわせると外輪をぶっ壊した。
ついでに荷船を引いていた紐がちぎれた。
「あ〜あ〜」
「……」
『おい早く漕げよ』
「ふん……フン」
『え〜〜私もぉ?』
顔をしかめたヴァシリに竿を放り渡された。え〜んッ頑張ったのにぃ!
ヴァシリが船を漕いでスクリュー船を追う。チラチラと視線だけでおまえも漕げと訴えてくるが無視である。
「ふんふん……」
『ロシア軍人なら船を一人で漕ぐくらい余裕なはずだ』
「フンっ!」
『力持ちですごいぞぉ♡ ヴァーシャ♡』
「ふんぐぁ!!!」
『あはは、何言ってるかわかんね〜』
ヴァシリ、怒りの雄叫びに前髪を掻き上げた。
★
しばらく観察していたら、尾形の乗ったスクリュー船も外輪がぶっ壊れて止まった。
『今なら追いつけるぞ』
「フン〜!!」
『ははあ、がんばれがんばれ』
「コイツが海賊房太郎だよ、英作さん」
『変なヒゲだな』
「ふんぐっ」
「……ふ」
「え〜、なんて言ったのぉ? 殺すよ〜?」
思わず呟くと同時にヴァシリと尾形が吹き出した。ニコニコと人好きそうな笑いを浮かべながらナチュラルに物騒な大男に少し引く。
あとおまえらは変なヒゲで人のこと笑えなくない?
どうやら殺し合いの末に海賊房太郎と手を組むことに決めたらしい。そんなことある?
「……尾形、おまえロシア語はなせるんだ?」
「おっと言っておりませんでしたか」
「聞いてないねえ? そういうの早く言ってぇ?」
尾形が悪びれずに言う。
「ロシア語を話せることにそこまで重きは置きはしないが、部下の出来ることと出来ないことは明確にしておきたい。これからはきちんと話してくれ」
「はい」
「……なんで軍人と手ぇ組んでんの? さっきの話だと中尉ってやつは敵なんじゃねえの?」
尾形と話していると、海賊が私を指さしながら杉元と白石に問いかけた。
あん?
その仕草になんだか横柄さを感じてしまいカチンとくる。つーか指さすな。
「成り行きだよ、それに英作さんは少尉だし、鶴見中尉とはまた違う目的の別勢力だ」
「へえ〜〜〜〜? なあ英作サン? アンタの目的はぁ?」
「なんで初対面のやつに話さなきゃいけないの〜? もうちょっと信用を稼いでからにしてぇ?」
「え〜〜? なにそれぇ? めんどくさっ殺したろかな」
「やんのかよ、あ? テメエここでぶっ殺してやってもいいだぞ」
「ああん? 誰が誰を殺すってぇ?」
一歩近づき、頭ひとつ分高い位置にある海賊を睨め付ける。
暗くハイライトのない目で口の端を獰猛に吊り上げながら海賊が答えた。
バチバチと火花が散りながら睨み合う。なんだか知らないがやたらと勘に障る。
「喧嘩やめな〜?」
白石が言葉だけ喧嘩を止める。ああんッ、これじゃあ杉元と尾形のこと言えなくなっちまう。
「やめだやめだ。こんなくだらねえ喧嘩」
「そう? 俺に負けるのが怖いのかなぁ、英作チャンは」
「こ──」
殺してやろうか。衝動的に銃剣を抜いて海賊の首を斬りつけてやろうかと動きかけた。
「…………」
「………どんなに腹の立つ奴でも手を組んでる間は協調する」
「…………」
「………へえ?」
「フンフン?」
物言いたげな尾形の視線に気がついて両手を広げた。海賊が面白いものを見たとでも言うように尾形と私を見比べる。
そのすぐ後ろでヴァシリも同じように交互に見比べてくる。おまえは話の内容もわかってねえだろ、座ってろ。
岸に乗り付け、アシㇼパがチョウザメを捌くのを観察する。腹の中から黒い魚卵……キャビアが溢れ出す。
「おお、大漁だ」
「フンフン」
『ウォッカはさすがにねえだろ』
ヴァシリが酒瓶の絵を描いて私に見せてきたので軽く否定しておく。
ロシアならいざ知らず日本でウォッカは……手に入るのか?
ともかく輸入品になるだろうから高価ではありそうだ。
「うんうん、生だと塩漬けより断然美味いッ、チョウザメの卵はウォッカが合うのよね」
「お口の中の生臭さを洗い流してくれるよね…」
キャッキャとキャビアに杉元たちがはしゃいでいる。それを聞いて、俄然ウォッカを飲みたくなった。
本当に合うの? 気になる……試したい……。
それ私が尾形のこと追ってからキャビアの塩漬けとウォッカを食べたってこと?
ずるくない?
ずるいよね、尾形。と目線だけで隣の尾形にも語りかけた。もちろん視線だけで通じ合うはずはないのだ。
一体なんだ、と眉間に皺を作る尾形へ誤魔化すように笑いかけた。
「美味しいなあ、尾形」
「……はあ」
「フンフン」
それからチョウザメの切り身と黒い魚卵のオハウに舌鼓を打つ。
「杉元、ほら脳みそ」
「ヒンナヒンナヒンナ」
「なあに〜? それ」
「次は英作」
「うん、ヒンナ」
「マジでなにそれ、ねえ」
脳みその乗る匙を差し出されて口に含んだ。ギョ、と目を丸くする海賊が本気のトーンで問いかけてきた。
「フン?」
『ヒンナは食べ物に感謝を捧げるアイヌの言葉だ。ご飯が美味しいって意味ではない』
「ふん〜?」
『日本語だといただきます、ご馳走様に近い』
「フンふん、ふ〜ん〜ん」
「器用だな、おまえ」
杉元を指さして、首を傾げるヴァシリに簡単な説明をした。そして次はおまえだとさしだされたチョウザメの脳みそを恐る恐る口に運んで、鼻息だけでヒンナと言っている、ような気がする。
「…………」
「尾形ぁ? ヒンナはぁ?」
「………」
「………(がんばれッ♡)」
「………」
差し出された脳みそに尾形と目が合う。
ニッコリと笑ってウインクをすれば、尾形は脳みそを口に含むもすぐにそっぽを向いてしまった。
尾形ぁ、次はみんなの前でも言えるように頑張ろうなぁ!
そうして一行に海賊が加わり、札幌へと向かう。ガアガアと汚い鳥の鳴き声がして空を見上げれば鴨が飛んでいた。
北海道に鴨は春先に来るんだなあ、と見上げる。
「ねえアンタら、本当にただの上司と部下なの?」
「貴様に言う必要があるか?」
「ないねぇ、どうもそれだけの関係だけにゃ見えねえからさ、気になっちまった。そういうお互いの情報共有も手ぇ組む間は必要な協調じゃねえかな?」
ニコニコとさっきの私の言葉を引用してくる海賊にわずかな殺意が湧く。
「兄弟だ」
「へえ! それにしちゃあ……ああ、アンタが弟か」
「!?」
「………」
思わぬ指摘に困惑する。思わず尾形を振り向くが表情に変化はない。
馬鹿な……初見で私が弟だと見抜くだと……?
私の方が身長も高いし、こういうとアレだが偉そうなのに?
なに? 海賊には何が見えてるの? 殺しちゃおっか?
「私が弟に見えたと?」
「え〜? 違うの?」
「そんな……尾形の世話を焼いてるのは私なのに……?」
「ははあ、世話を焼かせてやってんですよ。なんと、気づいておられませんでしたか英作殿。アンタの上官としての立場を慮っているのですよ、これでも俺は」
「嘘こけぇ!!」
ここぞとばかりに嫌味を言ってくる尾形にギャンと言い返した。
その横でうんうんと頷くヴァシリの頭巾の先を引っ張り上げる。
『そんでおまえも話の内容がわかってねえのにフンフン頷いてんじゃねえよ』
「ふん〜ッ!」
ヤダヤダと頭巾が取られないように暴れるヴァシリ。頭巾の妖精さんかな?
またしても大いに不安が煽られるパーティーの新メンバーである。大丈夫かな……殺しちゃうかも……。
★
石狩川を降っていき茨戸の辺りから陸路に移る。ここから徒歩で札幌へと向かうのだ。
立ち寄った宿場町で山本理髪店の看板に尾形を振り返る。
「尾形がヒゲを剃ってた店だ」
「はい」
「ほら、おまえが狙撃した火の見櫓」
「はい」
「あ、おまえが火をつけた鰊番屋」
「いいえ」
「え?」
「火をつけたのは英作殿でしたよ」
「あのときはおまえが指揮官だったから実質おまえがつけたようなものだろ」
「………」
記憶を辿って順に指差していく。あれから大体一年位であるが、随分と昔のことのようにも感じる。
大人しく頷いていた尾形が突然否定したもので驚いてしまう。
確かに火をつけたのは私だった。でもそういうのは指揮官が負うべき責任だろうと私は信じる。
戦場で罪を負うべきは実行者の兵士か、それを支持した指揮官かという話だ。
「だから逆に私の命令でおまえが何かを行うときには、それで生じる全ての罪は私に負わせていいんだ。まあ、所詮は“なんてことのねえ弾除け”の言い分だからな……深くは気にしなくていい」
「………根に持ってんじゃねえよ………」
「はあん? 何か言いましたぁ? 尾形くうん!」
「いいえ何も?」
かつて尾形が私を土方らに紹介するときに言い放った言葉からの引用である。
低く不満を口にする尾形の顔を覗き込む。いつものように目をそらされ、なかった。
むしろガッツリ目が合い、ニッコリと口の端を持ち上げただけの胡散臭い作り笑いを浮かべていた。思わず後ずさる。
「こ、こわ、なに? 何か企んでるの? こわいよッ!」
「ははあ、随分な仰りようですなあ。英作殿を見習って笑顔の“こみゅにけえしょん”とやらを大事にしてみたのですがね」
「コミュニケーションだと!? 嘘だろ尾形ッ! いままでそんなこと自分からしたこと……いや、ある、あった、かも?」
よくよくこれまでの旅路を思い返す。尾形が私に自発的に話しかけてくることは、頻繁ではなかったもののあるにはあった。
夕張のあと土方たちと別行動をしていたときや、釧路の近くの海岸で煙草を吸うかと問われたとき……。
いやまて、兵営でも喫煙の練習をしているときちょくちょく尾形と遭遇した気がする。
あの頃は尾形自身に興味がなく「気がついたら居るなあ、アニサマ大変そ〜」としか感じていなかったが今から思えば何故だ、と疑問が浮かぶ。
尾形は勇作から逃げるためあちこちを移動していたはずで、……それがあれだけ頻繁に遭遇するものか?
あれだけ広い兵営で?
人が来ない部屋など他にも数え切れないほどあったのに?
……あれ?
尾形ってもしかして私に会いに来ていたのでは?
「…………ハハ、覚えちゃいませんか、別にかまいやしませんがね」
「おまえって思ってたより私のこと大好きなんだなあ……」
「はぁ?」
これもしかしなくても名探偵・英作になっちゃったな……。
顔をしかめる尾形の肩を優しく叩いて微笑みかけておく。うんうん私もおまえを愛しているよ。
「英作さ〜ん、と尾形。そろそろ出発するよ〜」
「お〜。ほら、尾形行くぞ」
「………」
納得がいかないと顔をしかめたままの尾形を急かして、杉元たちの方へと歩いて行った。
新聞には札幌で起きている連続娼婦殺人事件の続報とあちこちで子供が消えているという事件も載っていた。
「子供の誘拐犯……あいつかも」
「知ってるのか?」
海賊の話では上エ地圭二は子供を攫っては殺して庭に埋めていたという凶悪犯らしい。そして顔に落書きのような変な刺青がある。
杉元たちの言っていた飴売りと特徴が当てはまった。
子供の行方不明事件は少しずつ札幌に近づいている。これに気づかない鶴見中尉ではない。
「一体、札幌で何が起きようとしているんだ?」
アシㇼパの呆然とした呟きに一気に身が引き締まる心地がした。一連の連続娼婦殺人事件の犯人と上エ地に加えて海賊も札幌へ向かうのだ。
おそらくだが札幌で刺青人皮集めの最後の戦いが起こるのではないだろうか。
「刺青人皮を巡る戦いは大詰めってところだな。全ての刺青人皮、あるいは暗号を解読するのに必要な数の刺青人皮が集まれば次はいよいよ金塊争奪戦が始まるわけだな」
「……金塊、争奪戦が」
神妙な表情で重々しく呟くアシㇼパをじっと見下ろす。
現実っていうのは、いつ何時にも不公平なものだ。なんでアイヌの未来なんて大きすぎるものをアシㇼパが、成人も前の少女が背負わなきゃならないんだ。
そこにだけは純粋に怒りが湧く。それを背負わせた、その一点だけで私はアシㇼパの父を決して許すことが出来ない。
単なる個人が民族の未来だとか国の未来だとか、そんなものを背負う必要がどこにある。
……昔だったら私もそう言い切れたんだけどなあ。今の私はもう国のために戦うことを決めてしまっている。
全てはアシㇼパの選択次第、ということなんだろう。その選択を私も尊重しよう。
アシㇼパはまだ金塊をどうするべきかと答えを出せていない。アシㇼパ自身が答えを出すまでは私も黙っているべきだ。
例えばアシㇼパがアイヌの独立のために立ち上がるのなら、私も護国のためにその前に立ちはだからねばならないことも、
金塊を見つけ鶴見中尉の目的を阻んだとしても次には中央がやって来るということも。
いずれ訪れるだろう、その時までは。