美しい女のスケッチだった。紙の上で細身の女が黒く豊かな長髪を頭の後ろで組んだ腕で持ち上げている。
描いた者の執着を写し込んだような目を奪う迫力がそこにあった。
目の前の将校はどうしてこの絵を仕上げないのだろう、と疑問を抱いた。
将校ともなれば画材に困ることもないはずである。
顎の怪我で上手く発音ができない。身振り手振りで日本人将校へ問いかけた。
しかしジェスチャーは相手に通じなかったようだ。
見当違いの答えを返す日本人将校に、ああそうだろうなと頷いておく。
痛みを堪える表情で死んだと告げられ、ならばこのスケッチはモデルが死んでいるからこそこれほどの仕上がりになっているのかもしれないと納得した。
いつか私にもこれほど想う相手が出来るだろうか。出来たとして、それ以上の執着を持ってして描き上げることが出来るか。
エイサクと呼ばれる、その将校はオガタの上司であるようだった。集団の中で気配を埋没させるオガタにとくに積極的に話しかけ、ときには指示を出し、私から守ろうとか目を光らせていた。
距離さえあれば私が負けることはない。だが、オガタの上官だけありエイサクは狙撃手への対処をよく心得ていた。
狙撃手を相手にするならば距離を詰めることだ。……当然、近接戦への備えもあるにはあるが。
「……」
「……フン」
エイサクは勘の鋭い男だった。ひとたび攻勢に出ようとすれば全身に襲いかかるのは肉食獣を前にしたときのような圧である。
肉食獣が獲物を前に「ああ、どういたぶってやろうか」と舌なめずりしながら様子を窺うような、そんな愉悦の混ざった敵意である。
離れたところで左撃ちの練習をし続けるオガタを狙撃しようとしていた準備をやめた。恐る恐る背後に忍び寄ったエイサクを振り向く。
目が合うとなんとも愉しげに目は細められ、口の端は吊り上げられる。
こうも距離を縮められてはスギモトのときのように簡単にねじ伏せられ、そしてあのときよりも遥かに悲惨な目に合うだけだろう。
『ヴァーシャぁ、ダメだぞう』
春の陽気のような朗らかな声音であった。それが逆にダラダラと汗を噴きださせる。
エイサクの手が腰から下げられた短剣の柄に触れている。再三の忠告を無視しての行動であるため、言い訳も出来ない。そもそも言い訳のための声も発せないのだが……。
ともかくこれまでエイサクに殺されることがなかったのはアシㇼパという少女を軸にしたこの群れにいるから、エイサクが群れの規律に従っているというだけなのだ。
「縺翫?懊>縲∬恭菴懊■繧?s」
川で新たに群れへと加わった大柄の長髪男がこれまた朗らかに現れた。
するとエイサクはいっそ聖母のようでさえあった笑みを消し去り、顔をしかめると大きく舌打ちをする。
「縺?>縺ョ?滄?ュ蟾セ縺。繧?s縺ョ縺薙→谿コ縺励■繧?▲縺ヲ?繧「繧キ繝ェ繝代■繧?s縺ォ繝√け縺」縺。繧?♀縺」縺九↑縺ゅ?」
「繧「繧キ繝ェ繝代b繧上°縺」縺ヲ縺上l繧九□繧阪≧繧医?蟆セ蠖「繧貞ョ医k縺溘a縺?」
「譛ャ蠖難シ」
何かを話している。日本語であるため私には到底理解が追いつかない。
向かい合う二人の表情は表向き笑顔で親しそうにさえ見える。しかし、二人から放たれる圧力が、どれもこれもザワザワと鳥肌が止まらなくなる類であるので、会話内容も推して知るべしなのだろう。
「縺ェ繧薙□縺翫∪縺医?ゅ←縺?@縺ヲ縺昴%縺セ縺ァ菫コ縺ォ遯√▲縺九°縺」縺ヲ縺上k?滉ソコ縺ョ縺薙→縺悟・ス縺阪↑縺ョ縺具シ」
「縺ッ?溘◎繧薙↑繧上¢縺ェ縺?〒縺励g?溘←縺薙r縺ゥ縺??繧雁叙縺」縺溘i縺昴s縺ェ逅?ァ」縺ォ縺ェ繧九o縺托シ溘≠繧薙◆縺ョ縺薙→螟ァ雖後>縺?縺代←?」
「螂?∞縺?縺ェ縲∽ソコ繧ゅ♀縺セ縺医′雖後>縺?縲∵オキ雉頑袷螟ェ驛」
エイサクが短剣を抜いた。長髪男もまたズボンにいれていた拳銃を取り出した。
「縺ゅ?縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ?」
「縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺」縺ッ縺ッ縺ッ?」
突然笑い出した……。こわい……。巻き込まれないよう銃を抱き込み、身体を縮めて震える。
「繧ゅ■繧阪s縲∝?隲?□縺懶シ」
「縺ゅ?縺ッ?∽ソコ繧ゅ□?√%繧薙↑縺薙→縺ァ谿コ縺励d縺励?縺医&縲ゅ♀縺セ縺医↓縺ッ縺セ縺?蛻ゥ逕ィ萓。蛟、縺後≠繧九°繧峨↑?」
「縺薙▲縺。縺ョ繧サ繝ェ繝」
またしてもにこやかに何かを話している。しかしどちらもお互いをギラギラと睥睨している。
そして私は二人のデカイのに囲まれて身動きを取れない。距離さえあれば私だって負けないのに……!
ひン……ッ! オガタ……ッ!
宿敵と定めた男の名前を心の中で呟けば、なんとなく元気が出てくるような気がした。
「……エイサク谿ソ」
いつの間にか左撃ちに打ち込んでいたはずのオガタが近くに来ていた。その手には鴨が掴まれている。
オガタが獲ったのか!
鴨を銃で獲るのは比較的難しいとされている。ということは、狙撃手のオガタが復活したというこ、と……。
再び襲ってきた肉食獣の圧に思わず身震いをした。
「縺翫▲魘ィ繧堤佐縺」縺溘?縺具シ∫嶌螟峨o繧峨★縺吶#縺?↑縲ゅ→縺ェ繧九→莉雁、懊?魘ィ骰九°?」
「縺セ縺ゅ?√◎縺薙∪縺ァ莉ー繧九↑繧牙挨縺ォ菴懊▲縺ヲ繧?▲縺ヲ繧よァ九>縺セ縺帙s縺後?縲ゅ≠縺ョ鬥ャ鮖ソ縺ゥ繧ゅ?蛻?∪縺ァ縺ッ窶ヲ窶ヲ」
オガタとエイサクが何かを話している。鴨を左手で掴んだままのオガタが右手で自らの髪を撫でつけた。
それがかつての銃を撃ち始めたばかりの頃の自分と重なり、言葉は分からずとも喜んでいるのだろうと理解する。
ともかく、一つだけはっきりとしているのは、オガタを殺すにはまずエイサクを先に仕留めねばならないということだ。
その後、オガタの獲った鴨でカモナベをして腹を膨らませた。まだ硬いものは食べれないのだが、エイサクが柔らかく解してくれて食べることができた。
おいしかった。